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債券から見える米覇権放棄とバブル依存の加速

2018年1月30日   田中 宇

「世界で最も安全な長期債券」である10年もの米国債(US10Y)の利回りが、1月30日に急騰し、4年ぶりの高水準である2・7%台まで上がった。US10Yの利回りは、2・2%だった昨年9月から上昇傾向で、昨年末から上昇が急になった。債券は、価値(=需要、信用)が高いほど金利が低くなる。利回り上昇は、長期米国債の安全性が疑われていることを示す。昨年末以降、米国に対する信用失墜を象徴する、ドル安と、長期米国債の利回り上昇の両方が起きている。 (10年もの米国債の金利チャート

 米国債は、すべての債券の頂点に立っており、米国債金利の上昇は、米国の優良企業が資金調達する際の社債の金利上昇(資金コスト増)につながる。US10Yが3%を超えると、企業のコストが増え、経済への悪影響が急拡大すると言われている。US10Yの2・7%超えに対し、財界金融界は、米国覇権の衰退と米企業のコスト増という2つの面から、騒動になっている。リーマン危機後、再膨張している巨大な金融バブルの再崩壊がいよいよ起きるのか。 (Market Euphoria May Turn to Despair If 10-Year Yield Jumps to 3%

 最近の私の記事を読んでいる人は「いやいや、バブルはまだ崩壊しそうもない」と答えるだろう。米国は覇権崩壊しつつあるが、米国のバブルはまだ崩壊しない。債券の序列の先頭に立つUS10Yは米国覇権の象徴だが、債券の序列の最後尾に位置するジャンク債(HW00など)は、米国の金融バブルの象徴だ。ジャンク債の金利は、年初来、長期米国債と逆に低下傾向で、史上最低の水準を維持している(HW00が5・1%)。ジャンク債金利が異様に低い限り、潰れるはずの企業も比較的安いコストで資金調達できるので潰れず「好景気」を演出でき、自社株買いや企業買収もさかんにやれるので株価も下がりにくい。年初の記事に書いたとおり「迷ったらジャンク債の利回りを見よ」である。米国は、覇権の喪失(トランプの意図的な戦略としてみると覇権の放棄)が起きている一方で、バブルの膨張がまだ続いている。 (ジャンク債HW00などの動向チャート) (まだ続く金融バブルの延命) (Corporate funding costs hit post-crisis lows) (株高債券高・バブル膨張の中で進むドル基軸システムの崩壊

 マスコミは、長期米国債の金利上昇の理由を「米国と世界の経済成長によってインフレ懸念が増大し、それが金利に上乗せされて利回り上昇になっている」と報じている。私から見ると、この説明はお門違いだ。この30年、金融システムの規模が急拡大し、実体経済の規模よりはるかに大きくなったため、実体経済の価格変化(インフレ、デフレ)は、金利変動の主たる要因でなくなっている。金利変動の主たる要因は、金融システム内部の人々(投資家)のリスクに対する感受性(リスクの値付け。リスクプレミアム)の強弱になっている。リスクが軽視される(方向に投資家が扇動され続ける)とバブルが膨張するが、バブルが崩壊(もしくは秩序だって縮小)すると、投資家のリスク感受性が拡大し、金利が上昇する。米国は、金融バブルが膨張しており、それが株高など経済成長しているかのように見えるだけで、実際の経済成長は統計値より少ない。 (Global bond sell-off rattles markets

 私が見るところ、長期米国債の金利上昇の理由は2つある。一つは日銀と欧州中銀が日欧の国債を買い占めていたQEを減額し始め、日欧の民間金融界が自国の国債を買えるようになって米国債を嫌々ながら買う必要がなくなったから。もう一つは、トランプの米国への懸念を強めた世界各国が、ドル安や米国の覇権放棄、バブル崩壊を予測し、米国債を買わなくなっているからだ。 (Why a sliding dollar may come back to bite Donald Trump

 2番目の傾向はとくに、中国や日本などのアジア諸国に強い。年末以来、中国や日本が米国債を買わなくなっているという報道が出ている。中国政府は、依然として米国債を買っていますと表明したが、これは、米国債の値崩れ(金利上昇)を先送りし、その間に売ってしまうためのウソだった可能性がある。中国政府系の債券格付け機関は最近、米国債を格下げした。中国は、米国債を、欧州などを経由して迂回購入してきた部分があり、何か月か経たないと購入の全体像が見えてこない。最新データである昨年11月分は、日本も中国も米国債の購入を減らしている。今後、トランプの覇権放棄策の効果が出てくるほど、世界的に米国債は買われなくなっていく。 (China Downgrades US Credit Rating From A- To BBB+, Warns US Insolvency Would "Detonate Next Crisis") (China and Japan slow down purchase of US Treasury securities

▼米金融界の詐欺拡大を扇動してバブル膨張させ、当座の自分の人気保持と、最終的な大崩壊につなげるトランプ

 アジア諸国の米国債離れは、TPP11の創設が決まったこととも同期している。TPP11は、戦後初めての「アジア太平洋における米国抜きの国際経済体制の出現」だ。欧州は1990年のEU統合開始以来、米国抜きの経済体制を構築しているが、アジア太平洋の米同盟諸国には、これまで「ハブ&スポーク」形式の米単独覇権体制しかなかった。TPP11は、アジア太平洋の対米自立傾向(多極化対応)の始まりであり、米国債やドルの必要性の低下を引き起こし、ドル安・米国債安(金利上昇)につながっている。 (Why Australia and Asian allies are turning away from US to China

 一方、ジャンク債の金利が低い理由は、私が見るところ、トランプが自分の人気取りとして株高や好景気の演出を続けるため、米金融界が債券発行・資金調達をめぐる詐欺的な手法を再拡大するのを、規制緩和の名のもとに、こっそり扇動・黙認しているからだ。債券のコスト(利回り)を決める際、担保の掛け目や、債券保険(CDS)の料率(保険料)決定のやり方が重要になる。怪し気な担保をまっとうな担保とみなすことを許したり、債券が破綻した際に支払うべき保険金の原資(保険料の集合体)が非常に貧弱(リーマン危機時に起きかけた、債券が連鎖破綻したら保険業界も破綻)な状態を許すことが、トランプ政権下で拡大している。トランプは、米国の金融バブルを扇動しており、それがジャンク債の金利の低さをもたらしている。トランプによる延命策は、最終的なバブル崩壊をより巨大なものにする点で「隠れ多極主義」でもある。 ("It Just Gets Worse And Worse": A Record 32% Of Used Car Trade-Ins Are Underwater

 これらを総合すると、今の米国は、QEの縮小と、覇権の放棄(喪失)によって悪化しつつある金融の状況(利回り、信用度)を、国内金融のバブル膨張によって穴埋めしている。その結果、米国覇権を象徴するドルや長期米国債の状況が悪化している半面、米金融のバブルを象徴するジャンク債や株価は輝かしい状態が続いている。金利が低い米国債の利回り上昇と、金利が高いジャンク債の金利低下により、両者の金利差であるリスクプレミアムは、どんどん小さくなっている。これが小さいほど、バブル膨張がひどい(人々がリスクに無関心)ことを意味する。 (Rising U.S. Risk Premium?

 長期米国債の金利が急上昇した1月29日から30日にかけて、ジャンク債(HW00)の金利も少し上昇した。もし今後、ジャンク債の金利がどんどん上昇するなら、それは米国のバブル崩壊を意味し、株価も急落する。だが私が見るところ、トランプ政権がバブル膨張の度合い(米金融界の詐欺の度合い)を調整する手綱を持っており、それを調整することでバブル崩壊を先送りできるので、ジャンク債の金利は上がりにくい。外国勢が買わなくなった分の米国債を、米金融界が金融詐欺で作った資金で買い取れば、そのうち長期米国債の金利上昇はおさまる。米国の覇権失墜は進むが、それはドル安としてのみ顕在化する。バブル膨張が続き、株価は下がらない。 (ジャンク債HW00などの動向チャート) (ジャンク債利回りの長期動向

 米国債の長期債と短期債を比べた金利差(イールドカーブ、金利曲線)に対しても、似たような説明ができる。最近、長期米国債の金利が上昇する半面、短期米国債の金利は低下しており、イールドカーブが急峻化している。イールドカーブは、平坦化がバブル膨張を示し、急峻化はバブル崩壊を示す。そのため、いよいよバブル崩壊だと騒がれている。この現状は「QEの終わり」に関係している。昨年末までの1年間、米国の長期債の金利は日欧中銀のQEの影響で低めに抑えられていた半面、米連銀がQEを日欧に押し付けて自分だけ再健全化する策の影響で、短期金利の利上げが続いた。これが昨年のイールドカーブの平坦化を引き起こした。だが、年末以来、日欧中銀のQE縮小の始まりで長期金利が上昇し、日欧が続けられなくなったQEを再び米連銀が引き受けることになると短期金利の利上げ傾向が終わるとの見方から、短期金利が下がり、イールドカーブが急峻化に転じている。QE縮小はバブル崩壊につながるので、イールドカーブの急峻化がバブル崩壊の前兆だという点は正しい。だが、トランプのバブル膨張策があるので、近日中にバブル崩壊するとは考えにくい(不確実だが)。 (Treasury yield curve may be set to steepen

 一昨日、金地金が上昇しそうだと書いたが、その後、地金相場はドル建ても人民元建ても下がっている。ドルの国際信用が低下しているので、いずれ金相場は上昇するだろうが、その前にまず、米金融界が金融詐欺で作った資金で金先物の売りをどんどん入れる下落局面が出現している。バブル膨張の加速で、金融システムの不安定さ、変動性・乱高下の傾向が増し、金融の先行きを分析する場合の「当たり外れ」のリスクも増大している。・・・と、ここまで書いたところで金相場を確認すると、また急騰している。まさに乱高下している。 (金地金の激戦) (US Dollar Weakens Against Commodities and Other Currencies

 今日はTPP11の地政学分析を無料配信しようと思って昨日準備したが、今朝起きてみると米国債の金利が高騰していたので、3回続けて金融関係の有料配信になってしまうが、今回の記事を書いた。TPP11は次回に書く。 (Japan to boost ties with high-level China visit



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