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シリア内戦の終結、イランの台頭、窮するイスラエル

2017年9月18日   田中 宇

 シリア内戦は、終わりかけているのに、報道でそれが知覚しにくい、終わりがあいまいな戦争になっている。15年秋にロシア軍がアサド大統領のシリア政府軍を支援するために参戦して以来、ロシアとイランに軍事支援された政府軍が、IS(イスラム国)やアルカイダなどイスラム過激派(テロリスト)の反政府勢力に勝ち続けてきた。反政府勢力は、米国やサウジアラビア、トルコ、イスラエルなどに軍事支援されているが、露イランに支援された政府軍や、米軍に支援されたクルド軍(YPG)に勝てず、退却し続けている(米国は、表でYPGを支援しつつ、裏で米諜報界がテロリストをも支援している)。 (The West might hardly believe it, but it now seems the Syrian war is ending – and Assad is the victor

 天王山だったアレッポも昨年末奪還され、ラッカも今夏、事実上奪還された。ISカイダが政府軍と戦い続けているのは、シリアの東部と南部の一部の地域だけになり、残りの地域では退治されたか停戦・武装解除されている。反政府勢力は負け続けているが、裏にいる米国が負けを認めず、諜報界の一部門である米マスコミも反政府勢力の敗北、アサドと露イランの勝利を報じない。そのためシリア内戦は、アサド側が勝って終結した感じが強まっているのに、終わったことになっていない。私はこの2年間に、シリアの内戦終結や「内戦後」について何度も書いている。 (内戦後のシリアを策定するロシア) (シリア内戦がようやく終わる?) (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出

 シリア内戦が、アサド露イラン(とクルド)の勝ちで終わりつつあるのは確かだ。今後テロリスト側が盛り返して政権転覆することはない。敗北の事実を米国側が認めないのは、悔しいからでなく、米国の傘下の勢力のいくつかが、敗北の準備をする時間を必要としているからだろう。シリア各地で政府軍に投降したアルカイダとその家族が、トルコに支援されつつ、トルコ国境近くの町イドリブ周辺に移住しており、それが敗北の準備の一つだ。トルコ自身、自国と接するシリア北部にクルド人自治区ができることに対する抵抗や準備、交渉を必要としている。 (Syrian rebels in talks with U.S. about surrender in Aleppo, evacuation

 米国にとって、アルカイダやトルコよりもずっと重要な自国傘下の負け組は、イスラエルだ。イスラエルは1967年の中東戦争でゴラン高原をシリアから奪い、現在まで占領している。占領地ゴラン高原の端に、シリアとイスラエルの(事実上の)国境がある。シリア内戦中、イスラエルは、この国境のシリア側にいたアルカイダを支援し続け、自国とシリア政府軍の緩衝地帯として機能させてきた。だが昨年から、イラン傘下の勢力(レバノン出身のヒズボラと、イラク出身の民兵団)が、ロシア軍の軍事支援を受けつつ、イスラエル国境から数キロのところまで進出してきた。これはイスラエルにとって大きな脅威だ。 (The Reason For Netanyahu's Panicked Flight to Russia

 イランとイスラエルは仇敵どうしだ。米国の外交戦略の立案過程を牛耳るイスラエルは、米国を通じ、米傀儡だったイラクのサダム・フセインをけしかけてイラン・イラク戦争を起こしたり、イランに核開発の濡れ衣をかけて制裁したりしてきた。対抗してイランは、イスラエルの北隣のレバノンの武装勢力ヒズボラや、南隣のガザの武装勢力ハマスなどを軍事支援してきた。2012年に米国の扇動でISカイダがシリア内戦を起こした後、アサド政権から軍事支援を頼まれたイランは、当初から、イスラエルに隣接するシリアとレバノンを、内戦後、イランの影響圏にして、イスラエルに脅威を与えることが内戦参加の目標だった(レバノンは90年代からシリアの影響圏)。 (The True Story Of How War Broke Out In Syria

 内戦の前半期、イランが加勢してもアサド軍は苦戦し、そのままだとISカイダに政権転覆されそうだった。だがそこで、オバマの米政府が、内戦終結のために露軍がシリアに進出するよう、ロシアのプーチンを説得してくれて、アサドとイランは露軍の支援を得て、見事に挽回できた。露軍は、米諜報界がISカイダ支援する補給路を次々と空爆して壊した。(オバマは、イランに対する核の濡れ衣を解く一方、イスラエルにいろいろ意地悪してくれた、イランの隠れた恩人である)。ロシアと米国に助けられて、イランとアサドはシリア内戦に勝ち、イランは今年初めから、シリア南部のイスラエル隣接地域に傘下の民兵団を展開した。 (ロシアのシリア空爆の意味) (イランとオバマとプーチンの勝利) (Russian Intervention in Syrian War Has Sharply Reduced U.S. Options

▼イスラエルが中東和平の努力をしなかったので米軍がシリア南部の進駐をやめた感じ

 イラン傘下のヒズボラやイラク民兵団は、昨年末に北部の大都市アレッポをISカイダから奪還する戦いが終わった後、シリア南部のイスラエル近傍に進駐してきた。同地域には、イスラエルが支援するアルカイダ系の反政府勢力が展開しており、それを退治するためにイラン系の勢力が進駐した。イラン系民兵団は、ロシア軍の空爆支援を受けつつ、イスラエルが支援してきたアルカイダを退治し始めた。脅威を感じたイスラエルは、2月以降、シリア南部のイラン系の軍事拠点を空爆し始めた。加えてイスラエルは、ロシア(米露)に対し、シリア南部からイラン系の勢力を追い出してほしいとか、シリア各地に作られている「安全地帯(戦闘禁止区域)」を、イスラエル国境近くのシリア南部にも設けてほしい(イスラエルが支援するアルカイダの壊滅を防ぐため)とか要求し始めた。

 ロシア(米露)は、安全地帯の設置に了承した。だが、安全地帯の停戦状態を監視する役目をイラン系の民兵団に与え、イラン系が「官軍」で、イスラエルが支援するアルカイダが「賊軍」の役回りで安全地帯を作る計画になった。それを聞いたイスラエルは、そんな安全地帯ならいらないと言って、急に反対する側に転じた。この安全地帯構想は、米露が話し合って決めており、イスラエルはロシアだけでなく米国にもしてやられたことになる。 (IS SYRIA BEING PARTITIONED INTO ‘DE-ESCALATION’ SAFE ZONES?

 安全地帯の構想に頼れないとわかったイスラエルは、シリア南部のヒズボラなどの拠点を空爆す実力行使を続けた。これに対し、ロシアは今年3月、イスラエルに猛烈に抗議し、これ以上、イスラエルがシリアを領空侵犯して空爆を続けるなら、地対空ミサイルをシリアに配備している露軍がイスラエル機を撃墜するかもしれないと警告した。アサド大統領は、イスラエルの領空侵犯に警告を発したロシアに感謝の意を表明した。 (Syrian Envoy: Russia Has Told Israel Freedom to Act in Syrian Airspace Is Over) (Assad: Russia has ‘important role’ in preventing Israel-Syria clash

 ロシアに頼んでもらちがあかないと考えたイスラエルは、トランプの米国に対し、シリア南部に軍事駐留してくれと頼み始めた。露イランとイスラエル・アルカイダ連合の一触即発の対立現場に入っていくことを危険と考えた米軍は、5月初旬、シリア南部の中でも、イスラエルの近傍でなく、反対側の、イラク・シリア国境の地域(アルタンフ)に、ヨルダンから2千人の軍勢で越境侵入して駐屯した。IS退治が名目だったが、その地域にISはいなかった。 (US, UK, Jordan deploy troops, tanks in southern Syria: Reports

 米軍が駐屯したシリア・イラク国境の町アルタンフには、イランからイラクを経由してシリア南部に入る道路が通っており、駐屯には、イランの補給路を断つ意図があった。露軍やイランの軍勢は、アサド政権から要請されてシリアに進出したが、アサドを敵視する米軍は、許可を取らず国際法違法の状態で侵攻して駐留した。

 米軍がアルタンフに駐留した時期は、トランプが5月下旬にサウジやイスラエルを歴訪し、イスラエルに中東和平(西岸入植地の凍結・撤退)をやらせる見返りに、サウジとイスラエルが和解してイランを共通の敵とする同盟関係を構築する案を開始した時期と一致している。イスラエルがサウジと和解するために必要な中東和平の推進をする見返りに、トランプが米軍をシリア南部に派兵するという合意があった感じだ。だがその後、中東和平は全く進展していない。イスラエルのネタニヤフ政権は、和平反対の右派勢力に取り囲まれたまま、スキャンダルまで次々と起こされて身動きがとれない。 (よみがえる中東和平) (Criminal Indictments Loom Large for Israeli PM

 トランプは、中東歴訪から2か月たっても中東和平が進まないため、7月下旬、CIAに対し、シリア反政府組織(アルカイダ)に対する支援を打ち切るよう命じた(CIAは「穏健派の反政府勢力」を支援していることになっていたが、反政府勢力の中に穏健派などおらず、ISかアルカイダしかいない)。シリア南部で、イスラエルのために、アサドやイランの軍勢と戦っていたアルカイダは、CIAから供給されていた武器や資金を絶たれ、戦えなくなった。彼らは、戦線を離脱して、ヨルダンに越境避難するか、トルコが元アルカイダの兵士や家族の面倒を見てくれる北部のイドリブ方面に逃げるか、投降してアサドの政府軍に鞍替えするしかなくなった。 (Trump’s Syria Muddle) (Trump Ends CIA Program Of Funding Terrorists In Syria; Will Things Actually Change?

 7月から8月末にかけて、米国やサウジアラビアの外交官らが、米サウジの支援を受けていたシリア反政府勢力の代表たちに対し、内戦における敗北を認めてアサド政権と和解するよう、説得して回った。米政府は表向き、アサドを絶対許さない姿勢をとり続けていたが、交渉の現場では、もはやアサド政権を倒せないことを認めていた。 (Pentagon Confirms Its In-House Rebels Defected to the Syrian Army) (US, Saudis urge Syria opposition to accept Assad’s political role: Report

 8月末には、シリア南部の対イラク国境の町アルタンフに駐留していた米軍が、シリア政府軍とイラン系民兵団に、国境検問所を明け渡した。イランからイラクを通ってシリアに至る幹線道路が再開され、アサド政権とイランやヒズボラが勢いづいた。9月上旬には、アルタンフの米軍が撤収し、ヨルダンに出て行くことが発表された。シリア南部は、米軍が立ち去り、アサドとイランの軍勢が、ロシアの空爆支援を受けながら守っていく地域になった。CIAは、サウジやヨルダン政府と連名で、シリア南部に残っている反政府勢力に対し、ヨルダンに撤収するよう命じた。 (Iraq, Jordan officially reopen vital trade route on border) (US Orders South Syria Rebels to Retreat Into Jordan

 こうした流れの中、8月末から9月初めにかけて、ロシアや国連、米国の元シリア大使(Robert Ford)、英国の著名な中東ウォッチャー(Robert Fisk)らが相次いで「シリア内戦の終結」「アサドの勝ち、ISカイダの負け」を宣言した。国連のシリア担当特使(Staffan de Mistura)は「反政府派は負けを認めねばならない」と宣言した。 (Syrian Rebels Need to Accept That They Didn’t Win War) (Former Obama Ambassador to Syria: Iran Is in Syria to Stay

 北部も地中海岸もレバノン国境沿いも戦闘が終わり、反政府派が武装解除されている(東部はデリゾールにISが残っているが、陥落は時間の問題だ)。南部の戦闘終結、米軍撤退は、まさにシリア内戦の終結になっている。米国中心の国際マスコミの多くは、こうしたシリア内戦の新展開を曖昧にしか報じていない。 (Saudi Arabia and Israel Might 'Directly Intervene' in Syrian Conflict

▼戦争にも和平にもならないイスラエルとイラン

 米軍とその傘下の反政府勢力がシリア南部から撤退した力の空白を、イランとその傘下のヒズボラなどシーア民兵団が、急速に埋めている。イスラエルは、味方をしてくれていた米軍や反政府勢力(アルカイダ)にシリア南部を去られてしまい、その空白を仇敵のイランやヒズボラに埋められ、脅威が急増している。ヒズボラなどイラン系勢力は、ゴラン高原のイスラエル国境から5キロのところまで進駐してきている。ヒズボラは、シリアのためにゴラン高原を武力で奪還すると宣言し、血気盛んだ。 (Israel Held Secret Talks With US, Russia to Object to Syria Ceasefire

 イスラエルにとっての脅威が急増したのは、米軍を撤退させ、アルカイダ支援を打ち切ったトランプの米国のせいだ。しかし、そもそも米軍が今年5月、シリア南部に駐留したのは、イスラエルが中東和平(西岸入植地撤退)を進めてサウジと結束してイランに対抗する約束で、それを加勢するための米軍の呼応策としてだった。ネタニヤフが入植地を撤退せず、トランプとの約束を反故にしているのだから、米軍がシリア南部から撤退しても、イスラエルは文句を言えない。(イスラエルのメディアは最近、サウジの皇太子が秘密裏にイスラエルを訪問したと報じたが、根拠のないガセネタだろう) (Breaking News of Saudi Crown Prince's "Secret" Visit To Israel Brings Embassy Scramble

 ネタニヤフは8月末、米国とロシアを訪問し、自国の窮地を何とかしてくれと頼んだが、ほとんど収穫を得られなかった。米国は、トランプ政権中枢からスティーブ・バノンが追放されるなど権力闘争のまっただ中で、上の空の対応しかしてくれなかった。ロシアはイスラエル国境沿いに少数のロシア軍顧問団を派遣することに同意したが、これは兵力引き離しの軍勢でなく、事態を監視するだけだった。イスラエルは徴兵制を強化するなど、有事体制を急いで構築している。9月に入り、ヒズボラを仮想敵とする大規模な軍事演習を行った。9月12日には、イスラエル軍機がシリアに領空侵犯し、ヒズボラの武器庫などを空爆している。シリア軍は、ロシアから買った地対空ミサイル(S200)を撃って対抗した。 (Israel to Simulate War With Hezbollah in Largest Military Exercise in Decades

 事態は一触即発になっている。イスラエルと、シリア・イラン・ヒズボラが、いつ全面戦争を始めてもおかしくない、と考えられないこともないが、私はそう考えない。戦争にはならないと思っている。その理由は、イスラエルがシリアに戦争を仕掛けたら、強大なロシア軍を相手にすることになるからだ。ロシアは、シリア政府に頼まれてシリアを守っており、イスラエルが攻めてきたら反撃する。ロシアは、シリアに、イスラエル全土をもカバーできるレーダー機能を置いている。イスラエル軍の動きは、すべて事前にロシアに筒抜けだ。これでは戦争できない。今の政治状況から考えて、イスラエルが露イランアサドに戦争を仕掛けたら、米国は中立を保つ。イスラエルは味方を得られず、06年の対ヒズボラ戦争よりもっと悪い条件で停戦せざるを得なくなり、弱体化を露呈してしまう。 (ヒズボラの勝利

 逆に、イランやヒズボラの方からイスラエルを攻撃する可能性も高くない。今の中東において、パレスチナ人を苦しめるイスラエルは悪者になり、ISカイダを退治したイランやヒズボラは正義の味方になっている。イランやヒズボラは、戦争でなく、この政治的優位を生かした外交的な問題解決を探っているはずだ。

 イランで、シリア進出を担当しているのは、事実上の軍隊である「革命防衛隊」で、彼らは公営企業の運営などイラン国内に巨大な経済利権を持ち、その儲けをシリアやイランでの影響力の構築につぎ込んでいる。最近、革命防衛隊の拡大を快く思わないリベラル傾向のロハニ大統領は、革命防衛隊の腐敗を摘発するかたちで経済利権を削いでいく動きを行なっている。そして、革命防衛隊の最高司令官であるイランの指導者ハメネイ師は、自分より下位にいるロハニ大統領による腐敗摘発の動きを了承している。ハメネイ自身が、防衛隊は大きくなりすぎたと考えているわけだ。これからシリアでイスラエルと戦争する気なら、ハメネイが防衛隊の摘発を了承するはずがない。イランは、イスラエルと戦争しようとしていない。 (Iran cracks down on Revolutionary Guards business network) (Iran cracks down on Revolutionary Guards business network

 イランとイスラエルは、戦争しそうもないが、和解もしそうでない。しばらくは、にらみ合いが続く。だがその間にも、イランの影響力は拡大し続ける。イスラエルは90年代、バラク首相の時代に、ゴラン高原を返還してシリアと和解することを模索していた。その構想は、00年のアサド父の死去によって潰えたが、ゴラン高原を返還してシリアと和解する利得自体は今も変わっていない。パレスチナ問題とうまく切り離せれば、イスラエルがゴラン高原を返還してシリアやイランと和解することが、長期的にあり得る。



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