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よみがえる中東和平<2>

2017年5月22日   田中 宇

この記事は「よみがえる中東和平」(必読)の続きです

 米国のトランプ大統領は、初の外遊としてサウジアラビアの訪問を終え、次の目的地であるイスラエルに向かっている。この記事の配信が終わるころにはテルアビブの空港に着く。私は、5月22-23日のイスラエル訪問中に、トランプが、イスラエルのネタニヤフ首相と、パレスチナのアッバス大統領の8年ぶりの会合を仲裁し、中東和平交渉を再開する可能性があると考えている。 (Saudi FM: Trump can broker Israeli-Palestinian peace deal, and we’ll help

 今日でなく、トランプがイスラエルを去ってローマに向かう明後日に、私がこの記事を配信すれば、不確実な予測でなく、現実に沿った確実な記事が書ける。直前に予測を書くと「はずれ」のリスクが大きく、自ら分析者としての信用を下げることになりかねない。にもかかわらず、私が明後日まで待たず、トランプがイスラエルに着く直前の現時点で予測記事を書きたいと思うのは、国際情勢の分析が最もダイナミズムを持つのが、事態が確定する前の、いくつもの可能性が存在する段階であるからだ。

 これまでの経緯は、以前の記事「よみがえる中東和平」と、「潰されそうで潰れないトランプ」の終わりの方に書いた。今回の記事を読む前に、これら2本を読むことが必須だ。 (よみがえる中東和平) (潰されそうで潰れないトランプ

 公式予定によると、トランプはイスラエル滞在中、5月22日の午後にエルサレムでネタニヤフと会い、23日の午前中にベツレヘムでアッバスと会う。公式日程では、2人と別々に会うのであって、トランプが2人の会合を仲裁することはない。米大統領府によると、今回のトランプ訪問は象徴的なものであり、中東和平について具体的な前進はないという。イスラエル政府も、同様のことを言っている。 (Trump heads to wary Israel in search of the 'ultimate deal'

 だが、トランプが今回の中東訪問に出発する前日の5月19日、サウジアラビアが、イスラエルに対し、新たな中東和平を提案した。02年から提案しているアラブ提案(サウジ提案)の一部を、さらに甘くしたもので、ネタニヤフが和平交渉の開始に同意し、西岸入植地の建設凍結やガザ封鎖の解除を宣言しただけの段階で、イスラエルとアラブ諸国の間に直通の電話回線や、航空路の設定(イスラエル民間機のアラブ諸国上空通過の権利付与)を行うと提案している。 (Gulf States Offer Better Relations If Israel Makes New Bid for Peace

 バザールのアラブ商人が、それまでの法外な言い値をやめて、大幅な値引きを言ってくる瞬間は、そこまで下げれば買い手がそれを買うだろうし、商人もそれで利益が出ると現実的に考えた時だ。サウジがこんな甘い提案をしてきたのは、ネタニヤフが中東和平に乗ってくると考えたからに違いない。イスラエルに着いたトランプが、ネタニヤフに対し「俺が仲裁してやるから今日明日中にアッバスに会え」と提案し、ネタニヤフが「良いですよ」と言う展開が予定されていることを、トランプ、サウジ、ネタニヤフ、アッバスの全員が共有していなければ、今回の現実的なサウジ提案が出てこないだろう。 (Gulf States Offer Unprecedented Steps to Normalize Israel Ties in Exchange for Partial Settlement Freeze

 アッバスも5月21日、西岸の総面積の6・5%を占めるユダヤ人入植地をイスラエル側に編入する代わりに同等の土地をイスラエルからパレスチナ国家に編入する土地交換によって、パレスチナとイスラエルの国境を確定する提案を発表した。これは、以前の記事で紹介した「オルメルト提案」の中身と全く同じだ。アッバスは5月初めに訪米してトランプと会った際、オルメルト提案に沿って中東和平を進めたいと伝えている。サウジとアッバスが新たに出した提案は、多分野に広がる中東和平のうち、一つをイスラエルが進めたら、アラブパレスチナ側も一つを進めるという現実的なロードマップ方式になっており、実現していきやすい。 (Abbas to propose large-scale land swap with Israel: Official

 これらの新提案に関して、アラブ諸国のマスコミはほとんど報じず、解説記事も出ていない。アラブ諸国の政府も、否定も肯定も、何のコメントも出していない。イスラエル右派も、同様に何のコメントも反応もしていない。無視している。アラブ諸国とイスラエル右派が、このような無視をするのは、それがトランプも了承したものであり、実際に事態を動かしうる、基盤をともなった現実的なものであるからだと、イスラエルのハアレツ紙が書いている。 (Saudi Proposal to Israel Could Be the Stuff of Trump’s Dream Deal in Mideast

 イスラエルでは、ネタニヤフの連立政権の極右政党が出している閣僚たちが、トランプの訪問に対する敵視を急速に強めている。最近まで、トランプはイスラエルの右派に支持されていたが、今回の訪問が近づくにつれ、トランプはパレスチナ国家建設に対する支持を強め、それと同期してイスラエル右派がトランプ支持から敵視へと態度を変えた。右派閣僚たちは空港へのトランプの出迎えにも来ないつもりだったが、怒ったネタニヤフに命じられて渋々出ることになった。トランプの方も、右派閣僚の一人ずつと会って握手すると何を言われるかわからないので「時間が足りないので握手会はしない」ことになった。 (Preparations for Trump’s Visit Expose Political Rifts in Israel) (Netanyahu orders ministers to attend Trump greeting ceremony

 イスラエル右派は今後、トランプ敵視の米議会やマスコミ軍産との結託を強め、トランプ政権を潰そうとする動きを強めるだろう。トランプは、時間的な余裕がない。今回のイスラエル訪問時にネタニヤフとアッバスを8年ぶりに面談させ、中東和平交渉を再開しない限り、イスラエル右派やマスコミ軍産に潰されかねない。そう考えると、トランプが今回のイスラエル訪問時に、ネタニヤフとアッバスを引き会わせて予定外の中東和平会談を挙行する可能性が高いと考えられる。この極秘(予定外)の予定は、すでにネタニヤフ個人や、アッバスやサウジ王政の了解を得ているはずだ。そうでなければ実現しない。 (米マスゴミによる中傷記事の象徴

 トランプの36時間のイスラエル滞在の公式日程の間で、予定外の中東和平会談が行われるとしたら、現地時間22日午後の空き時間か、23日の午前中にトランプがベツレヘムに行ってアッバスに会う時にネタニヤフも同行する形だろう。 (Trump's visit to include speech at Israel Museum, private visit to Jerusalem holy sites

 逆に、予定外の中東和平会談が行われない場合、ネタニヤフが最初から拒否していたのでなく(それならトランプはイスラエルに来ない)、最初は了承していたネタニヤフが、土壇場になってやはりアッバスとは会えませんとトランプに伝えてきた場合だろう。ネタニヤフは、過去にプーチンやEUにアッバスとの会合を設定されるたびに、いったんは「もちろん行きますよ」と答えておいてドタキャンしてきた常習犯だ。この場合、トランプは中東和平に対して今後も何の成果も残せない可能性が高まり、かなりまずい立場に追い込まれる。イスラエル右派は、もうトランプを信用しない。米議会と軍産マスコミと一緒になって、トランプ潰しが強まる。 (Israeli Justice Minister Slams White House Map of Israel for Not Including West Bank

 だが5月17日にネタニヤフとトランプが訪問前の最後(?)に電話した際は20分しか話していない。もしネタニヤフがそれ以前に会合をキャンセルしたなら、こういった電話は説得交渉になり、1時間ぐらいの長いものになるはずだ。17日の電話は、トランプが、ヨルダン国王との電話の後でネタニヤフにかけており、西岸の治安維持などに関する、何らかの実務的な交渉の話だった可能性がある。 (Trump Called Netanyahu, but White House and Israel Kept Mum

 以前の記事にも書いたが、イスラエルの宗教政治の右派でなく、国家安全を守る業界(イスラエル軍や諜報界)の人々は、シリアやレバノンで高まるイランの脅威に対抗するため、トランプの提案に乗って中東和平を進め、その見返りとしてアラブ諸国との協調を深めるしかないと考えている。シリアとイラクの両方で、まもなくISIS退治が一段落する。そうなると、イランからイラクを通ってシリアに来る道路が再開され、イスラエル近傍のシリアやレバノンでのイランの影響力が一段と強まる。すでに、この道路上に位置するシリア・イラク国境のアルタンフでは、ヨルダンから最近侵攻してきた米英ヨルダン軍と、イラン・シリア・ロシアの軍勢がにらみ合いを開始している。ヨルダン軍の上層部では、米英と一緒にシリアに侵攻するのは国際法違反なので良くないという意見が出ている。侵攻状態は長続きできない。 (Syria: Why America really attacked pro-Assad militia convoy) (Syria & allies push back at US-held border post) (Retired General: Jordan Won’t Support Ground Invasion of Syria

 70年ぶりに、イラクとシリアの軍事交流も始まった。60年代のイラク・シリア間のバース党分裂からサダムフセインまで、イラクとシリアは仇敵だった。イラクとシリアが両方ともイランの傘下に入って結託する。イスラエルにとって大きな脅威だ。 (Iraqi officers land in Syria, stir Israeli concern

 シリアでのイランの影響力は強まる方向だ。困窮するイスラエルを見透かすように、トランプとアラブ諸国は、今回リヤドで「イラン敵視クラブ」ともいうべき連合体の結成をうたい上げ、イスラエルに「一緒にやろうよ。パレスチナ国家への妨害をやめさえすれば仲間になれるよ」と呼びかけている。(長期的に見るとイラン敵視は恒久体制になりえず、いずれイランとの和解になる) (Warmth and scale of Trump-Saudi embrace could spell trouble for Netanyahu) (Trump attacks Iran in ‘good and eil’ speech

 イスラエルの上層部で、現実的な安保諜報業界の人々が、過激かつ非現実的な「親イスラエルのふりをした反イスラエル」な過激策ばかりやっている宗教右派を無力化することができるなら、ネタニヤフは右派の反対を無視してトランプの中東和平に乗るだろう。連立政権を組み換え、和平に反対する宗教右派を追い出し、和平に賛成する中道派などと組み直すか、それができなけれぱ総選挙になってしまう。総選挙に勝てないとネタニヤフが考えているなら、トランプの提案をドタキャンするだろうが、その場合、イスラエルの長期的な国家安全が危機になる。トランプ政権も危機が増す。

 すでにトランプの専用機がイスラエルに着いている。急いでこの記事を配信する。



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