トランプの軍産傀儡的アフガン新戦略の深層2017年8月25日 田中 宇8月21日、米国のトランプ大統領が、アフガニスタン戦争の新戦略に関する演説を行った。トランプは、今年1月の大統領就任まで、アフガン占領は失敗が確定しているので米軍を総撤退させると公約していた。トランプの撤退公約は、アフガンやイラクなど数々の戦争の失敗で厭戦機運が高まっている米国民に支持され、トランプ当選の原動力の一つとなった。だがトランプは今回、公約をくつがえし、アフガニスタンへの米軍の増派を発表した。 (Trump Goes from Afghanistan War Skeptic to True Believer) (Trump Unveils New, Dramatic Afghanistan Strategy: "We Aren't Nation-Building Again, We Are Killing Terrorists") 彼は演説の中で、自らの翻心について「実際に大統領になってみると、撤退して終わらせるわけにはいかないとわかった。米軍が撤退したら、アフガニスタンをテロリストに取られてしまう。ISを根絶し、アルカイダを破り、タリバンによるアフガン政府の乗っ取りを防いで勝利してからでないと、撤退できない」と述べた。実際は、米軍の駐留が長引くほど、ISカイダやタリバンが跋扈する構図になっており、就任前のトランプはこの構図を踏まえて撤退を主張していた。今回の増派の理由の説明は詭弁だ。 (You're the puppet: Breitbart attacks Trump's Afghanistan proposals) トランプはアフガン増派を決める直前、世界に対する軍事介入や経済支配(自由貿易圏設定)などの覇権戦略をやめたい「ナショナリスト」の最重要側近だったスティーブ・バノンを首席戦略官から解任している。バノンが辞めるまで、政権中枢では、アフガン撤退を主張するバノンらナショナリストと、アフガン増派を主張するマクマスター安保担当補佐官ら「軍産・グローバリスト」が対立していた。トランプ自身はナショナリストを支持していた。軍産側は、米議会の与党である共和党の主流派と結託し、トランプがナショナリスト支持をやめない限り、トランプの経済政策への妨害を続ける姿勢をとり、トランプに圧力をかけていた。 (バノン辞任と米国内紛の激化) 政府予算や税制の改革、財政赤字上限の引き上げ、オバマケアを廃止して浮かせた補助金をインフラ整備や減税に回すことなど、トランプがやりたい経済政策は、何も議会を通らない状況だ。このままだと、財政赤字が上限に達しており、米国債を発行できないため、9月29日以降、米政府は行政機能の一部閉鎖に追い込まれる(オバマ政権下の13年にも起きている)。経済政策の行き詰まりは、日欧中央銀行のQEによって前代未聞の巨大バブルが膨張している金融市場のバブル崩壊の引き金を引きかねない。株価急落の懸念があちこちで語られている。 (Market Odds Of Government Shutdown Surge: Republican Sees "Chances As High 75%") (The next crash risk is hiding in plain sight) 経済崩壊を防ぐため、トランプは今回、議会や政権内の軍産グローバリストの要求を飲み、ナショナリストの姿勢を放棄し、バノンを辞めさせ、アフガン増派を発表した。その見返りに、赤字上限の引き上げや、トランプ好みの財政と税制の転換を、米議会が進める話になっているのだろう。だが、トランプの思惑(もしくは密約)どおり、議会が今後、経済政策でトランプに譲歩するかどうかは怪しい。議会が経済政策への妨害を続けた場合、トランプは、単に、ナショナリスト的な公約を破棄して軍産の傀儡になってしまったことになり、有権者からの信頼を失い、政治影響力の低下もありうる。トランプが辞任(死亡)した場合に昇格するペンス副大統領を筆頭とするトランプ政権内の軍産や、共和党のネオコンは、アフガン増派の決定に大喜びしている。 (White House Praises Trump’s Empty Afghanistan Speech As Very Presidential) ▼タリバンとアフガン政府を和解させ内戦終結したい 今回のトランプのアフガン新戦略を「増派」と「バノン解任」の要素に焦点を当てて分析すると、上記のようなものになる。だが、今回の新戦略をさらに詳細に見ていくと、(いつものとおり)かなり違う位相が見えてくる。トランプは今回の演説で、米軍の増派以外に、3つの新しい姿勢を打ち出した。(1)「アフガニスタンを米国好みの世俗リベラルな国家として再建する」という、これまでの米政府のアフガン占領の目標を破棄する。目標を「テロ退治」だけに絞る。アフガニスタンをどんな国にするかは、米国でなくアフガン人が決める。(2)タリバンを潰すという従来の目標を放棄し、タリバンと、(米傀儡の)アフガン政府を和解させることを新たな目標とする。(3)タリバンの後見役であるパキスタンに対する非難を強めるとともに、パキスタンの敵であるインドに対し、アフガン問題への介入を呼びかけている。 (Trump’s warning to Pakistan could push it closer to Iran, China, Russia, analysts say) 私の見立てでは、今回のトランプのアフガン戦略の転換で重要な点は、米軍増派そのものよりも、(1)(2)の、国家再建とタリバン敵視の放棄だ。トランプは増派の人数を発表しなかったが、おそらくマクマスターが前から望んでいた4000人だ。大した増派でない。これまで、アフガニスタンに増派される米軍は、タリバンと戦うアフガン政府の国軍を訓練する要員だった。アフガン政府と国軍は、米国の傀儡であるとアフガン人全員が知っているので、政府も国軍も、士気が異様に低く、腐敗している。国軍兵士の登録者の4割が、実際には存在しない人物、つまり「幽霊要員」で、幽霊兵士の給料をアフガン政府の高官や政治家が着服している(イラク国軍も同様だった)。こんな状態では、米軍がいくら国軍を訓練してもタリバンに勝てない。米軍側もそれを知っている。これまでの米軍増派は、米国のアフガン占領を永久に成功させず恒久化するための軍産の策に沿っていた。 (Ghost Troops: 40% of Afghan Military `Doesn't Exist') (Afghanistan's 'ghost soldiers': thousands enlisted to fight Taliban don't exist) だが、米軍が今後、トランプの演説どおりの新たなアフガン戦略を実践するとしたら、新たにアフガニスタンに派遣される米軍の任務は、国軍の訓練でなく、ISなど、タリバン以外の「テロリスト」との戦いになる。米政府は、タリバンをテロ組織とみなしている。だが実のところ、タリバンは、レバノンのヒズボラや、イラクの民兵団(いずれもシーア派)と似て、ナショナリズムに立脚する武装した民族集団、武装政党であり、テロリストでなく、もっと正当な政治組織、民族解放団体だ。ISやアルカイダが、国際的なイスラム帝国の創設・復興を目標にしている(もしくは、それすら看板のみで、実体は、CIAや米軍が世界支配のための「敵」として結成・涵養している米傀儡の勢力である)のと対照的に、タリバンは、アフガニスタンを米国など列強の植民地・傀儡状態から解放して独立させることを目指している。植民地解放・民族自決の闘争は、国連に認められた正当な行為だ。 (Hayes: Is the Taliban a Terrorist Group or a Partner for Peace?) トランプはタリバンへの敵視をやめていないが、その一方で、アフガニスタンを米国の傀儡国家として「再建」することを放棄し、アフガニスタンの将来は(米国でなく)アフガン人が決めるべきだと言いつつ、タリバンとアフガン政府との和解を推進すると言っている。米国は、アフガニスタンを世俗的(非イスラム、欧米風)な国家にしようとして失敗している。タリバンは、自国をイスラム主義の国家にしたい。米国とタリバンは、国造りの理念が正反対だが、現在のアフガン人(亡命してない人々)の多くは、世俗国家でなく、イスラム主義の国家作りに1票を投じると考えられる。アフガン人に決めさせると、タリバン(とその仲間たち)が選挙で勝ってしまう。 (Trump’s Afghanistan strategy isn’t to win. It’s to avoid losing) タリバンはすでに、アフガニスタンの国土の半分近くを占領している。中央政府が完全に統治できているのは首都カブールの周辺だけだ。今のアフガン政府は米国傀儡なので、国民に支持されていない。現アフガン政府とタリバンを和解させると、その後のアフガン政府は、親米・世俗色が薄まり、タリバン色が強くなる。トランプの演説直後、ティラーソン国務長官が「タリバンと無条件で交渉する用意がある」と発表している。ティラーソンは同時に「米軍がアフガン駐留を続けるのは、中央政府に対するタリバンの圧勝を防ぎ、タリバンを交渉の場に引っ張り出すためだ」とも述べている。 (Rather than swift military victory, Trump's Afghanistan plan seeks stalemate and negotiated settlement) (Trump's Afghanistan war strategy: Use military to force peace talks with Taliban) ▼ひそかに中露イランを加勢してアフガン和平に駆り立てる 米政府は09年にも、アフガン占領の終結をめざすオバマ前大統領が、タリバンとの交渉を手がけ、失敗している。当時、タリバンとの交渉を取り仕切ったのはヒラリー・クリントン国務長官だった。軍産と結託して次期大統領を狙っていたクリントンは、アフガン占領の恒久化を望む軍産の意向に沿い、タリバンが拒否するような交渉のやり方を続け、オバマのアフガン撤退策を潰した。 (Trump's Assessment of the Taliban Was Straightforward and Candid) クリントン時代の国務省は、国家建設の事業と称し、アフガニスタンで「女性解放・男女同権」のシンポジウムやワークショップを頻繁に開催したが、いつも出てくる面々は同じで、一般のアフガン女性たちと関係ないところで開かれるそれらのイベント開催時の治安維持などロジスティクスのために膨大な経費がかかる仕組みにして、軍産の予算消化や儲けに貢献していた。アフガン大統領夫人は、偽善的なこの手の米国製の女性解放イベントを批判していた。 (Expensive and Useless: America's Botched Afghanistan Aid) (SIGAR Says $416M for Afghan Women Could Go To Waste) オバマは、アフガン撤退を試みたが、クリントンら政権内の軍産に阻止された。トランプも、大統領就任から7か月で、軍産敵視のバノンやフリンらを失い、議会や、政権内の軍産にアフガン撤退の希望を阻止され、増派の決定を余儀なくされている。オバマと同様、トランプもアフガン撤退に失敗するのでないか。懸念は大きい。 (Trump's 'Obama-Lite' Afghanistan Strategy) だが、09年と現在では、アフガニスタンをめぐる国際情勢に、大きな違いがある。それは昨年来、中国とロシアとイランが結束して、アフガン問題を解決しようと動いていることだ。中国とロシアは、2000年に中露主導でユーラシアの安保経済協力組織「上海協力機構」を作ったころから、アフガニスタンの内戦終結・安定化を希求していた。ロシアは影響圏である中央アジアの安定のため、中国は国内の新疆ウイグル自治区の安定のため、アフガン内戦の終結を希望していた。イランも、ペルシャ語(ダリ語)を話す人が多いアフガン西部を、自国の影響圏と考えている。 (中国がアフガニスタンを安定させる) (米露逆転のアフガニスタン) 911後、米国がアフガニスタンで恒久占領の体制を組み、中露が介入できる余地が失われたものの、やがて米国はアフガン占領に失敗する傾向を強めた。近年、習近平の中国政府が、ユーラシアで地域覇権の拡大をめざす一帯一路戦略を開始し、アフガニスタンやパキスタンの安定化が、中国にとって喫緊の課題になった。中東でも、覇権戦略を(未必の故意的に)失敗させた米国に代わって、シリアやリビアなどで、中露イランが結束して内戦終結とその後の安定化策を手がける傾向が増している。中露イランは、中東での安定化のノウハウをアフガニスタンでも生かし、タリバンとアフガン政府を和解させようと動いてきた。 (中国の一帯一路と中東) (Three countries undermining Afghanistan progress that President Trump didn’t call out) ロシアは昨年後半から、タリバンに接近し、武器支援までしていると、米軍が指摘している。ロシアはそれまで、タリバンと敵どうしだった。アフガニスタンでは歴史的に、米国傘下の国だった東隣のパキスタンが、両国にまたがって住むパシュトン人が結成したタリバンを支援する一方、パシュトン人に対抗するタジク人やウズベク人など中央アジアやイランにまたがって住む人々は「北部同盟」を結成し、ロシアやイランに支援されてきた。だが近年は、米国がパキスタンをいじめつつタリバン敵視に固執して負け戦を拡大し、それを見たロシアやイランがタリバンに接近している。パキスタンは、米国にいじめられるほど、中国を頼りにするようになり、中露イランが結束してタリバンに近づき、タリバンの側に立って、米国傀儡のアフガン政府との仲裁を試みる態勢になっている。 (Videos suggest Russian government may be arming Taliban) (国家崩壊に瀕するパキスタン) これまでは、米国がタリバンとの和解を拒否し、脆弱なアフガン傀儡政府の維持に固執しつつ、アフガニスタンを軍事占領していたため、アフガニスタンに派兵していない中露イランの影響力には限界があった。だが、トランプが今回の演説で示した姿勢を今後も変えずに実践した場合、アフガン政府の側に立つ米国と、タリバンの側に立つ中露イランが、内戦終結に向けて交渉する展開がありうる。トランプは今回の演説で(おそらく軍産マスコミへの目くらましとして意図的に)中露イランの国名を全く出していない。だがその一方で、トランプは、演説の重要点(3)に書いたとおり、タリバンの後見役であるパキスタンに対する非難を強め、インドに好意を示し、パキスタンを中国の方に追いやる姿勢をとっている。トランプのこの態度は、今後のアフガン周辺外交にける中国の立場を強化し、米国自身の立場を自滅的に弱める「隠れ多極主義」である。 (Russia: Trump Afghan policy aims at China) (New US Afghan policy may push Pakistan towards China, Russia: Report) ロシアは、昨年からのシリア内戦の和解交渉において、中央アジアのカザフスタンの首都アスタナを、シリアの各派と関係諸国の代表が集まる交渉の場に指定し、アスタナで和平会議が何度も開かれている。ロシアはアスタナを、シリアだけでなくアフガン内戦の和解交渉の場としても使おうとしている。アフガン内戦終結に向けた、中露イランのお膳立ては、すでにかなり進んでいる。 (US Needs Russia, China Despite Differences on Afghan Solution - Congressman) (It's Time to Make Afghanistan Someone Else's Problem) 問題は今後、トランプの米国がそこに乗っていくかどうかだ。シリアに関して、米国は、アスタナ会議に高官を派遣せず、オブザーバー参加しかしていない。露イランやアサドを敵視する軍産が、アスタナ会議への米国の本格的な参加を妨げている。アフガン問題に関して、トランプが、軍産によるこの手の妨害を乗り越えられるのか。その点が、この問題の今後の注目点となる。 (Moscow's Syrian-Afghan Summits are Geotrategic Masterstrokes)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |