北朝鮮問題の変質2017年8月16日 田中 宇北朝鮮が8月10日、中距離ミサイルを、米軍基地があるグアム島の近くまで飛ばす準備を進めていると発表した。この表明は、米国のトランプ大統領が8月8日に、北朝鮮が米国を脅すなら、米国は北朝鮮を先制攻撃する(fire and fury)と威嚇したことに対抗する、北側からの報復だった。この北の表明は、この20年近く、米国が続けてきた「悪の枢軸」などの単独覇権戦略のなれのはて、失敗した姿を示している。 (Raising the stakes: Why North Korea is talking up Guam) 米国のこの間の単独覇権戦略は、自国より明らかに弱い諸国や勢力の中から「敵」をみつくろい、それらと戦うことを口実に、世界に米軍を駐留し続ける策だった。90年代末に、イラクやアフガニスタンを「ならず者国家」に指定したのを皮切りに、911後、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」に指定し、イラク転覆後の05年には、北朝鮮やイラン、ミャンマーなどを「圧政国家」に指定した。米国に敵視された諸国のうち、イラクやリビアは政権転覆されたが、イランは逆に強くなり、シリアはロシアの傘下、ミャンマーは中国の傘下に入ってしまった。 そして北朝鮮は、米国に敵視されるほど、核やミサイルの開発を急ぎ、米本土に到達すると称するミサイルを作ったり、グアム島を先制攻撃すると脅したりして、逆に米国にとって脅威になってしまった。米国の単独覇権戦略上の「敵」とされた中小諸国の中で、実際のミサイル発射をともなう形で、米国を攻撃すると威嚇したのは、北朝鮮が初めてだ。米国自身は脅威を感じず、遠くの中小の勢力を敵として威嚇し続け、その近くの同盟諸国(日韓サウジなど)を対米依存にしておくのが、冷戦後の米国の世界支配の策だったが、北朝鮮は今回その策に風穴を開け、米国に具体的な脅威を与え始めている。 (We Can Stop North Korea From Attacking Us. All We Have to Do Is Not Attack Them) (Amid North Korean Tensions, Mattis-Tillerson Show Is Key to the Drama) 前回の記事に書いたように、今回の米朝対立の激化を演出したのはトランプだ。おそらくトランプは、自国の覇権戦略の破綻を進化・顕在化するために、米朝対立を扇動している。これまで、北が米国にとって直接の脅威でなかった時期に、米国の覇権主義勢力(軍産複合体)は、北を先制攻撃せよと強硬姿勢をとっていたが、今回、北のミサイルが米本土に届きうる新状況になると、彼らは急に、北の問題は軍事でなく外交で解決すべきだとか、北に対して先制攻撃でなく冷戦型の封じ込め策に転じるしかないとか、勇ましくない言い方に変わっている。マチス国防長官と、ティラーソン国務長官は、トランプの先制攻撃発言を帳消しにするかのように、WSJ紙に連名で、北問題は外交で解決すべきだと書いている。 (北朝鮮の脅威を煽って自らを後退させる米国) (Mattis, Tillerson break with Trump on North Korea) 北の弾道ミサイルは、まだ能力が低い。重い核弾頭を搭載できそうもないし、大気圏再突入時に燃え尽きる可能性も高い。北はまだ米国にとって脅威でない(米覇権戦略は破綻してない)と主張する記事も多い。だが、北が核兵器と、米本土に届きうるミサイルを持ったという新事態によって、これまで米国の軍産やマスコミが放っていた「北を先制攻撃・政権転覆すべきだ」という言説がかなり消失した。米国が北を先制攻撃・政権転覆する可能性は大幅に低下した。 (Experts Doubt North Korea Could Nuke the US) (US, China, Koreas Revisit Diplomacy After Soaring Tensions) 北の弾道ミサイルは能力が低いので、米軍が北を先制攻撃した場合、北は報復として、米本土よりも、米同盟国である韓国を攻撃する可能性が高い。韓国の文在寅大統領は「米国は韓国に許可を得ずに北を攻撃してはならない」と表明している。これに対し、好戦派の米議員らの間からは「北が米本土に与える脅威が大きくなった場合、韓国の意向や犠牲を無視して、北を先制攻撃するしかない。同盟国の安全より、米本土の安全を優先すべきだ」という意見が出ている。こうした主張は、米韓の同盟関係に亀裂を入れ、相互の不信感を拡げてしまう。 (Seoul Warns U.S. Against Unilateral Military Action Against North Korea) (Moon Vents Korea Frustration by Asserting Right to Veto U.S.) これまで北の脅威は、米国の覇権体制の一環である、韓国の対米従属を維持するために重要な要素だった。だが今回、トランプの扇動によって北の脅威が肥大化し、米国が韓国に配慮する余裕が減って、韓国にとって米国が頼りになる存在でなくなりつつある。米国が北を抑止できなくなるのと対照的に、中国が北を抑止できる唯一の国として台頭していることも、韓国の転換をうながしている。 (Is North Korea Showing the Emperor is Naked?) ▼トランプは北朝鮮問題を「シリア型」で解決するつもりかも 北朝鮮は、8月10日にぶちあげたグアム島攻撃計画を、8月15日になって棚上げ・延期した。北がグアム攻撃計画を引っ込めたのは、中国が禁輸措置によって圧力をかけたからだ。中国政府は8月14日、国連安保理で決めた北への経済制裁の一環として、石炭や鉄鉱石、鉛、海産物の、北からの輸入を禁止すると発表した。北の貿易相手の9割以上が中国で、北から中国への最大の輸出品(=外貨収入源)は石炭だ。中国は今年2月に、北からの石炭輸入の停止を発表した。だが、その後も石炭の輸入は続いていた。中国が今回再び石炭輸入の禁止を発表したことからは、今度は本気で禁輸するという意味なのだろう。 (North Korea Follows Familiar Playbook With Guam Reversal) (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ) 中国政府は、北からの石炭や鉄鉱の輸入を禁じる一方で、中国から北への、石油やガソリンの輸出は停止していない。中国は、北への石油輸出を止めないことで、北を完全には追い詰めないようにしている。中朝貿易はもともと密貿易の割合が高く、中国当局が密貿易をどの程度取り締まれるか不明だ。だが北は、中国が北からの輸入を禁止した直後、グアム攻撃の棚上げを表明している。北は昨年、中国に強く警告されて以来、核実験をしていない。経済の手綱を握る中国が本気で警告すると、北は従う。中国による今回の北制裁も、北朝鮮に弾道ミサイル発射を思いとどまらせる効果があるかもしれない。 (China Bans Coal, Lead, Iron Imports From North Korea) (New sanctions spark a China-North Korea diplomatic row) 中国はこれまで北制裁に消極的だった。その中国が今回、北からの石炭鉄鉱などの輸入禁止に踏み切ったのは、トランプが、北を制裁したがらない中国に腹を立て、中国企業が米国の知的所有権を盗用している件を調べあげて経済制裁すると言い出したからだ。中国政府は、トランプのやり方を非難しつつも、対米貿易で損失を被りたくないので、北からの石炭鉄鉱などの輸入禁止を発表した。トランプが北との敵対を過激に強めたことも同様に、中国が対北抑止に動かざるを得ないようにするための奇策だったとも考えられる。 (The ‘Fire and Fury’ Crisis: Trump Risks a Backfire Over China and North Korea) (China Bans Key North Korean Imports) 米朝対立の打開策として、中国は、北が核やミサイルの開発を中止し、米韓が合同軍事演習を中止するという、交換条件による和平交渉を提案している。北は、中国の提案を無視してミサイル発射を繰り返したが、今後、中国による輸入禁止が効果をもたらした場合、北は態度を転換し、中国案を飲んで交渉の場に出てくるかもしれない。もともと北の核ミサイル開発の目的は、米国からの先制攻撃や政権転覆策を防ぐことだ。北は、核ミサイルの開発が一段落して抑止力がつき、米国からの敵視が低下した後になると、敵対を重ねるよりも、交渉によって米韓軍事演習の中止や在韓米軍の撤退を求める策に転じた方が、自国のためになる。 (Is Trump Spear-Heading a Bluff on North Korea?) 北の独裁政権は、米韓と和解せず、緊張関係を維持した方が、国内の結束を維持できる面もあり、それを考えると、すんなり和平に転じるかどうかわからない。だが、政治体制としては、政界での政争が絶えず、個人主義の国民が多い韓国より、外国に依存しない独裁体制で国民の洗脳も進んでいる北の方が強い。在韓米軍が撤収した後の韓国は、北にとって、かなり御しやすい国になる。北が緊張緩和を歓迎する素地は意外と大きいともいえる。 (北朝鮮の政権維持と核廃棄) 中国案に乗ってこないのは、むしろトランプの米国の方かもしれない。トランプは、習近平が提案する6か国協議の再開に賛成していない。北が中国案に乗った場合、北と対話したい文在寅の韓国は、喜んで中国案に乗る。だが、トランプは、韓国との齟齬を拡大する隠れた意図を持って米韓軍事演習の継続に固執し、中国案を拒否する可能性がある。トランプの外交戦略は総じて、軍産よりも過激な好戦策をやることによって、軍産の策を無効にしつつ、ドイツやトルコやフィリピンなど同盟諸国を反米の方に押しやり、中露イランなどを隠然と強化する隠れ多極主義だ。トランプは当初、ロシアに対して和解策だったが、軍産に妨害されたため、対露政策も隠れ多極主義に転換している。オバマやビルクリントンもそうだったが、和解策をやると、必ず軍産に妨害されて潰される。 (North Korea backs away from Guam strike threat) トランプが中国案に乗って北に対して和平姿勢に転じると、とたんに軍産より弱くなる。好戦姿勢を維持し、米韓軍事演習の中止を拒否し続け、韓国との齟齬を拡大し、文在寅が米国から離反し、韓国が対米自立して、南北が中国の傘下で和解するよう仕向けるのが、トランプらしいやり方だ。これは米国(オバマとトランプ)が、シリア問題でアサドを敵視し続け、アサドが露イランの傘下に入ってシリアが存続し、中東覇権から米単独から多極化するように仕向けたのと同様の流れだ。 (How China Sees the Next 'Korean War') 対米従属の傾向が強い韓国は、そこまでなり切れないかもしれない。その場合、南北和解は進まず、在韓米軍の駐留と、軍産を超えるトランプの好戦的な激怒ツイートが続くことになる。 (Donald Trump, North Korea and Inconvenient Truths)
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