多極型世界の始まり2017年7月10日 田中 宇7月7-8日にドイツで行われた世界最高位の定例サミットであるG20は、地球温暖化対策や、自由貿易体制の強化といった、世界の多くの国々が推進したい政策に関して(従来の)覇権国である米国のトランプ大統領が賛成せず、強い決定を出せずに終わった。温暖化対策のパリ協定の推進に関して、G20の中で反対は6月に協定を離脱した米国だけで、あとの19カ国は賛成だ。トランプ政権の「悪い」政策や姿勢のせいで世界が諸問題を解決できない、といったトランプ批判をマスコミが流している。 (The Flashpoints for World Leaders at the Hamburg G-20) 米国が世界の主導役(覇権)を放棄している現状が、一時的なものであり、いずれトランプが軌道修正するか、弾劾され辞任するか、落選することによって、いずれ米国がまた主導役・単独覇権国に戻るという楽観論が、いまだに世界的に強い。米国は本質的に変わっておらず、トランプ政権が短期的な異常さをもたらしているだけだという見方が、多くのマスコミ報道の根底にある。 (Opinion: Angela Merkel and the G-20 Farce) 私が見るところ、こうした見方は間違いだ。トランプは軌道修正しない。トランプの覇権放棄・軍産複合体潰しの世界戦略を立てたのは選挙戦時代からの側近のスティーブ・バノンらで、バノンはトランプ就任2ヶ月後の4月初めに、政権内の軍産系の側近群との権力闘争に破れ、閑職に追いやられて無力化されたことになっている。だが実のところ、バノンは軍産からの攻撃をかわすため、権限を保持したまま「お隠れ」しただけだ。トランプは今回G20サミット参加のための欧州訪問で立ち寄ったポーランドで、ポーランド現政権が強行する反リベラル・反移民的・反ドイツ的な政策を鼓舞する演説を放ったが、この演説を書いたのはバノンの一派だと報じられている。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) (Trump’s theo-nationalistic Poland speech sounds a whole lot like Steve Bannon) (Trump’s nationalists triumphant after Europe trip) (Trump’s alt-right Poland speech: Time to call his white nationalist rhetoric what it is) トランプは最近、政権内の金融界出身の側近たちをはねのけて、中国やドイツからの鉄鋼輸入に報復関税をかける方針を強行決定したが、これも黒幕はバノンだ。トランプの世界戦略は今もバノンらが練っている。トランプは、選挙戦時代からあまり軌道修正していない。軍産エスタブとの権力闘争の激化や政府財政難のあおりで、方針のいくつかを先延ばししているが、それは根本的な軌道修正でない(米墨国境の壁の建設など、最初から有言不実行のつもりだった疑いがある政策もあるが)。加えて、トランプが弾劾されて辞める見通しもない。ロシア介入スキャンダルは、軍産が仕掛けた濡れ衣であり、弾劾に不可欠な「大統領の犯罪」につながらない。 (理不尽な敵視策で覇権放棄を狙うトランプ) (Washington Post and New York Times urge pullback on calls for Trump impeachment) 選挙でトランプが負けるには、米民主党にカリスマ的な指導者が出てくる必要がある。だが、今の民主党で有力な指導者は、軍産エスタブが敵視する左翼のバーニー・サンダースだけだ。民主党の従来の主流派である、クリントン家に代表される軍産エスタブ系は、サンダースを毛嫌いしている。次回2020年の米大統領選挙が、トランプとサンダースの戦いになったら、どちらが勝っても軍産エスタブが排除され続ける政権にしかならない。 (The Democratic journey to the populist left) (Trump Accuses Hillary Of "Colluding" With Democrats "To Beat Crazy Bernie Sanders") 民主党がエスタブ主流派と、反エスタブで草の根なサンダースの反主流派に分裂しているため、最近の米連邦議会の補選では、共和党が連勝している。これらの補選は、トランプの人気を占うものとされていた。共和党の連勝は、トランプの優勢を意味している。このままだと、民主党は政権に返り咲けず、トランプ政権が2期8年続く。軍産は、政権に戻れる見通しがないため、無力化されていく。軍産の機関であるマスコミやCIA(諜報界)も、影響力がさらに低下する。 (An Interview with Dana Rohrabacher about Russia, Turkey and Trump) 今の覇権放棄なトランプ現象があと7年半も続くことを、世界は覚悟する必要がある。その間に、中国やロシアやイランなどがここぞとばかりに覇権を拡大し、EUも対米自立した状態に慣れてしまう。7年半後に米国で覇権再拡大の野望を持つ次期政権が誕生したとしても、もう世界は単独覇権体制に戻れない。米国は、多極型になった世界の中で、中南米と太平洋地域の地域的な覇権を再拡大するのが精一杯になる。しかも、覇権の再拡大を希求する政権が、今後の米国で生まれる可能性自体が低下している。覇権の再拡大を希求する勢力は軍産だけだが、米国の2大政党の両方で、軍産のエリート政治の体制が排除され、左右両翼の草の根のポピュリズムに取って代わられる傾向だ。 (結束して国際問題の解決に乗り出す中露) (トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に) 最近のピューの世論調査によると、トランプは世界各国で嫌われているが、米国では依然としてトランプ支持者が国民の半分ぐらいいる。トランプ支持者の数は、昨秋の大統領選挙当時から減っていない。日本など大多数の諸国の人々と異なり、米国の人々は、覇権国の国民だけあって、世界における自国の評価をあまり気にしない。世界が米国を評価しないのは米国でなく世界の方に問題がある、米国が嫌いなら米国の安保体制にぶら下がるな、と考える傾向だ。世界から嫌われることは、トランプの再選を阻害しない。 (The Plummeting of U.S. Standing in the World) 軍産が米国の権力中枢に返り咲く方法として、911テロ事件(=軍産の自作自演)的な大規模テロ事件を米国内で起こすか、米国がロシアもしくは中国と世界大戦を起こすことが考えられる。軍産、たとえばヒラリー・クリントンが、中国よりロシアを敵視していたことから考えて、大戦になるなら中国でなくロシアとだ。政権を握るトランプは、軍産がこれらのクーデター的な返り咲き作戦をやらぬよう、やっても失敗するよう、監視しているはずだ。米露大戦勃発の可能性は、トランプ就任直前に強かったが、その後はほとんど感じられない。 (まもなく米露が戦争する???) 米国の諜報界やマスコミには以前から、軍産の一部のふりをしつつ、軍産の策略を過激にやってわざと失敗させる隠れ反軍産・隠れ多極主義的な勢力がいる(ネオコンなど)。彼らは今、反トランプのふりをした親トランプな、隠れ親トランプ派になっている。軍産が、自作自演の大規模テロ事件や、世界大戦を起こそうとすると、軍産内部の彼らが動き出し、ばれるようなひどい自作自演をやったり、国際社会が米国に味方したくなくなる稚拙な濡れ衣策をやり、大テロや大戦による軍産の再台頭を阻止しようとするだろう。トランプ政権が続くほど、軍産は力が落ちて返り咲きが難しくなる。以前は軍産の覇権主義を応援していた英国も、EU離脱にともなう混乱で自滅しており、軍産の助けにならない。 (トランプと諜報機関の戦い) トランプの覇権放棄は、短期的な現象でない。国際社会は、米国が単独覇権を立て直すことより、米覇権が崩れた結果としての多極型の世界をうまく運営していくことを重視するようになる。トランプの覇権放棄策が人類の世界運営に直接的な影響を与え始めた5月末のイタリアでのG7サミット以降、国際社会は米国に頼らずに世界運営をせざるを得なくなった。メルケルのEUや習近平の中国、プーチンのロシアなどが、トランプの米国に代わって主導役を担うようになり、多極型の世界運営が始まっている。 (米国を覇権国からふつうの国に戻すトランプ) ▼パリ協定は実のところ温暖化と関係ない ここまでの話で、トランプの米国が、今後も世界の覇権運営を担う状態に戻りそうもないことを説明した。次は、トランプが今やっていることが「悪いこと」なのかどうかについて考える。5月末のG7と今回のG20で、トランプは、パリ協定に象徴される地球温暖化対策、自由貿易体制の推進、アフリカや中東からの(偽装)難民を先進諸国が移民として積極的に受け入れる難民政策の3つについて、世界の大多数の諸国の賛成意見や説得を振り切って、拒否し続けている。それがトランプの「悪さ」として報じられている。だが、これらの3つの問題はいずれも、先進国のマスコミで喧伝される表のイメージ(幻影)と、裏の実態が、大きく乖離している。 (米欧同盟を内側から壊す) 地球温暖化問題に関しては、まず、地球の気温は1970-90年代の上昇傾向の後、この20年ほど横ばい傾向で、温暖化が進んでいない。太陽黒点との関係で論じている学者は、これから寒冷化しそうだと言っている。温暖化論者は「最近は気温が横ばいだが、いずれ確実に温暖化が進む」と、誰も予測できない遠い未来の話を、直観に反する方向で確定的に述べる迷信に陥っているが、世界はこの迷信を真実とみなし、温暖化対策をやらないと大惨事になると騒いでる。人類が排出した二酸化炭素など温室効果ガスが温暖化の主因であるという「人為説」は、いくつもある仮説のうちの(出来の悪い)一つにすぎないが、パリ協定やその前の京都議定書は、人為説を決定的な真実であると無根拠に確定し、二酸化炭素の排出を減らすことを人類の課題として設定している。温暖化対策は、分析のねじ曲げ、間違った主張に基づく「国際詐欺」であり、それを推進するG20など国際社会は「悪」である。温暖化対策を拒否するトランプの姿勢は、実のところ「正しい」ものだといえる。 (Updated NASA Data: Global Warming Not Causing Any Polar Ice Retreat) (Weather Channel Founder Backs Trump, Tells The TRUTH About Global Warming…) とはいえ、話はここで終わらない。2020年からの実施をめざすパリ協定は、実のところ、二酸化炭素の排出削減にあまり効果がない。パリ協定に盛り込まれた排出削減は、努力目標でしかなく、各国は自由に削減目標を設定でき、しかも、それを達成しなくてもかまわない。各国がパリ協定を支持するのは、地球温暖化を信じているからでなく、温暖化対策と称して、自国の関連産業に補助金を出したり、保護政策を続けたりでき、国内産業の振興に都合が良いからだ。 (Paris Agreement From Wikipedia) (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘) 温暖化対策の一つ前のバージョンである京都議定書は、二酸化炭素の削減を、各国の法的な義務にしていたが、パリ協定は温暖化対策を、法的でなく政治的な枠組みで扱い、各国が勝手に換骨奪胎できるようにしている。だから、製造業バリバリの中国など新興諸国も、パリ協定を支持している。昔から温暖化対策をインチキと看破してきた米共和党系の新聞WSJ紙は「パリ協定は温暖化対策と関係ない」と書いているが、そのとおりである。インチキを推進する人々は「WSJは温暖化対策に反対する石油産業の傀儡だ」と中傷するが、パリ協定も別の意味でインチキなので、エクソンなど石油産業はパリ協定を支持している。 (Trump Skips Climate Church) (A Climate Hysteric’s Fake Enemies List) 中国やロシア、インドなどBRICS諸国は、今回のG20で、米国が離脱しても、残りの国々でパリ協定を予定どおり推進すべきだと、団結して主張した。中国は、先進国以外の国々をまとめてパリ協定を推進する先導役だ(オバマがパリ条約決定時に中国に頼んでこの分野の覇権役をやらせた)。石油ガスの輸出で食っているロシアは、これまでパリ協定に反対だった。だが、パリ協定は温暖化対策のふりをした別なものであるので、ロシアにとってそれほどのマイナスでない。そのためロシアは今回、BRICSで団結して中国主導のパリ協定を推進し、パリ協定を嫌う米国を孤立させて、米覇権の崩壊と多極化を狙うことにした。 (Trump isolated by world leaders at G20) (Putin: "We Should Be Grateful To President Trump: In Moscow It's Cold And Snowing") トランプは温暖化懐疑論者であると同時に、国内産業保護もやりたがっている。そう考えるとトランプは、温暖化対策のふりをした国内産業振興策であるパリ協定を離脱する必要などなかった。しかし私が見るところ、トランプの真意は、温暖化とか産業保護よりも、米国が単独覇権をやってきた世界の体制を転換するところにある。トランプは覇権を捨てたい。プーチンや習近平はそれを拾いたい。パリ協定は、米国と中露の間の覇権転換・多極化の道具として使われている。 (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題) ▼トランプの自由貿易体制の否定は、米国経済覇権の放棄策 今年のG7やG20のサミットでは、トランプが自由貿易体制の推進を拒否し、メルケルら他の諸国がそれをいさめたり説得したりしたが効果なく、米国と他の諸国の分裂が明らかになった。先進国のマスコミでは、自由貿易体制を積極推進していかないと世界経済が成長できない、トランプは馬鹿だ、といった論調が支配的だ。しかし、自由貿易体制の象徴である各国の製造業分野の関税率の平均値は、すでに、先進諸国が1%台(日本は1・4%、米国とEU諸国は1・6%)であり、中国3・4%、韓国4・8%など、主要な新興諸国も5%前後までが多い。これまでの努力で、世界はすでにかなり低関税になっている。 (Tariff rate, applied, weighted mean, all products) 自由貿易体制の推進は近年、関税率の引き下げという、数値で表せる分野から、もっと曖昧な、非関税障壁の撤廃、知的所有権の保護、環境問題や労働慣行との絡みなどの分野に入っている。政府が「不公正な」政策をやった時、それを外国企業が国際法廷で訴えて無効にできるISDS条項も、NAFTAやTPPに盛り込まれた。これらの分野では、いったん体制ができると、国際政治的に強い国が、弱い国に対して「お前の国は不公正だ」と言えるので、米国のような国際政治力の強い国(覇権国)にとって有利になる。つまり、近年の自由貿易体制の推進は、世界経済の成長に貢献するというより、米国など強国の利益に貢献するものだ。中国が最近、米国が放棄した自由貿易体制の推進役に名乗り出てきたのは、中国が覇権国になってきたことを象徴している。 (大企業覇権としてのTPP) トランプが「馬鹿」な点は、自由貿易体制を否定することで、TPPなど、米国が日本などから経済的に収奪できる仕掛けを放棄したことだ。たしかに米国企業の工場が新興諸国から米国に戻ってきたが、米国の雇用増加にあまりなっていない。米企業は、新興諸国の賃金が高くなってきたので、工場のロボット化を大きく進め、ロボット化によって人件費が安い新興諸国に工場を置く必要がなくなり、大市場である米国に工場を戻している。トランプのけしかけは、工場の自動化を促進してしまい、あまり雇用増にならない。 (トランプの経済ナショナリズム) TPPなど、NAFTA以降の新たな自由貿易体制の推進は、米国の大企業に対し、米国の派遣を活用して金儲けさせ、米国の大企業を覇権運用に参加させることで、覇権運営者である軍産の仲間を拡大する意味があった。NAFTAはビル・クリントンの政権が作ったが、クリントンは同時に米国の軍事産業の縮小・合併も進めており、米国の覇権構造を冷戦時代の戦争主導から脱却し、軍事以外の一般の米国の大企業や金融界が覇権運営にたずさわる体制への転換をめざした。ドルと米国債の金融覇権体制が、社債や不動産担保債券などに拡大し、金融界が米国の覇権を使って儲けられるようになったのもクリントン時代だった。 (覇権過激派にとりつかれたグーグル) このような、米国の覇権運営者を拡大させてきた構図を、TPPやNAFTAからの離脱などによって、トランプは次々に破壊しようとしている。トランプの策は、米国の国益を棄損しているが、世界的かつ長期的な視点でみると、世界の政治構造を根本から転換することで、これまで発展を阻害されてきた諸地域に発展をもたらし、長期的な世界経済の成長を引き起こそうとしていると考えられる。 (世界経済の構造転換) (世界経済多極化のゆくえ) 米国の金融覇権の中枢にある債券金融システムは、すでにトランプ就任前から、中央銀行群がドルを過剰発行して債券を買い支えるQE策によって史上最大のバブル膨張をしており、いずれ再起不能に大破綻する。金融が大破綻すると、トランプ政権への人気も急落しかねないので、とりあえず金融の延命策が続けられているが、それもいつまで持つかわからない。最近、金融界のあちこちで、もうすぐ暴落だという予測が示唆されている。 (BofA: "Massive Market Inflection Point Coming This Summer: Will Lead To Fall Crash") (Stockman: This Is The Most Hideously Overvalued Market In History) (Record level of investors fear corporate bonds are overvalued) トランプの覇権放棄策によって、世界は、米単独覇権から多極型覇権への転換が加速し、メルケルや習近平やプーチンが活躍する、多極的な世界運営が始まっている。対米従属しかやってこなかった日本は、多極型世界を運営する技能が全く欠けており、安倍首相がG7やG20に出席しているが、他の首脳陣と談笑する映像が出まわるだけでメッセージは聞こえてこず、「その他大勢」の一人になっている。このテーマでは、まだ書かねばならないことがけっこうあるが、残りは後日書いていくことにする。
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