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EU統合の再加速、英国の離脱戦略の大敗

2017年6月16日   田中 宇

 欧州各地で、EUやユーロから自国を離脱させようとする政治運動に対する支持が、急速にしぼんでいる。6月11日にイタリアの約千の市町村で行われた地方議会選挙の一回戦で、EUやユーロからの離脱を主張していた非主流の政党「五つ星運動」が意外な大敗となった。25の大都市で、五つ星の候補が1回戦負けした。対照的に、EU統合を推進する中道右派の諸政党が勝っている。イタリアは来年、議会の総選挙を行う見通しで、そこで五つ星運動が大勝しそうだと、最近まで報じられていたが、五つ星が政権をとる可能せが急減している。イタリア議会選挙は6月25日に決選投票する。 (Italy's anti-establishment 5-Star suffer local election beating) (Italy's Anti-Euro Five Star Movement Suffers Voting Setback

 フランスでは、EUやユーロからの離脱を掲げた極右のマリーヌ・ルペンが5月の大統領選挙で、中道右派・非主流でEUユーロ支持、メルケル(独仏同盟)支持のマクロンに負けた後、6月11日の議会選挙の一回戦でも、マクロンが党首である「共和国前進」が圧勝(総議席577のうち400以上が確実)した半面、ルペンが党首である「国民戦線」は10議席以下しか取れない見通しだ。 (National Front deputy threatens to quit over Le Pen’s euro U-turn) (Le Pen's far-right surge loses momentum in France

 ルペンは、大統領選挙の敗北後、EUやユーロからの離脱を、国民戦線の党是から外す方針を表明した(と英新聞が報道)。大統領選の結果から、仏国民がEUやユーロからの離脱を望んでいないことが明らかになったからだという。ルペン側近の国民戦線幹部の中には、ルペンの方針転換に猛反対する者も多く、国民戦線は内部分裂する中で支持を縮小している。EU統合派を懸念させていたルペンの脅威は、ユーロ離脱の党是放棄で、完全になくなった。 (France's Le Pen abandons 'Frexit' and franc pitch, Telegraph newspaper says) (Marine Le Pen to abandon ‘Frexit’ plans following disastrous election defeat

 マクロン圧勝と、ルペンのユーロ離脱策の放棄により、フランスは、EU・ユーロ・独仏同盟を離脱する方向から、EU・ユーロ・独仏同盟を全力で再強化する方向に大転換した。独仏は、軍事統合を加速している。EUとユーロは、縮小再均衡によって再強化する道をたどり始めている。米国のヘッジファンド業界は仏大統領選後、2年ぶりに、ユーロの上昇を予測する傾向に転じた。新たな流れから考えると、9月のドイツの議会選挙でも、メルケルの中道右派政党CDUが勝って第一党の座を維持するだろう。独仏の同盟状態が壊れない限り、EUは壊れない。EUとユーロが政治的に崩壊する可能性は、大幅に低下した(欧州中央銀行の米国傀儡のドラギ総裁による、ユーロを犠牲にしてドルを救うQE政策は続いている。経済的にユーロがいったん崩壊していく可能性はまだ高い)。 (Hedge funds turn positive on euro for first time since 2014) (Berlin Stands for Closer Cooperation With Paris in Defense Area - German MoD) (The ECB Has Almost Run Out Of German Bonds To Buy

 米国のピューリサーチによる世論調査によると、欧州の多くの国々で、EUを支持する人の割合が、英国が国民投票でEU離脱を決めた1年前より、大幅に増えている。フランスでは、EU支持の比率が、昨年の38%から、56%へと増えた。ドイツでは、50%から68%に上昇した。スペインでは47%から62%に上がった。英国ですら、EU支持が1年前の44%から、いまや過半数の54%に増えている。昨年でなく、いま英国でEU離脱を問う国民投票をやれば、残留派が勝つ可能性が高い。今も自国のEU離脱を希望する人が過半数なのはギリシャだけだ。 (After Brexit, European Views on EU) (Poll Finds Support for European Union on Rise

 欧州各国でEUへの支持者が増えた背景として考えられる一つは、昨年に離脱決定後の英国で混乱が続き、うまくいっていないことを大陸諸国の人々が見て取り、自国の離脱を望まなくなったことだ。もう一つは、EUの統合市場政策(国境検問廃止)が原因で、昨夏に「猛威」をふるった、中東から欧州に大勢の難民が流入して、犯罪者や路上生活者の急増など市民生活に悪影響を与えた難民危機が、その後、目立たない形で難民流入規制が行われ、沈静化していることだ。米国がトランプ政権になり、欧州との同盟関係を粗末に扱うようになったため、欧州各国がバラバラに対米従属するのでなく、EUとして団結するしかなくなったこともありそうだ。 (European support for EU surges in wake of Brexit vote) (Europeans More Favorable to EU, Survey Finds

▼EU支持の再増加に先んじて前倒し選挙したが間に合わなかったメイ

 先日の英国の総選挙で、EU離脱を急ぐメイ首相の保守党が、事前の思惑に反して議席を減らした理由、それからメイが前倒し選挙に打って出た理由も、このことで説明がつく。メイとしては、英国を含むEUのほとんどの国で、EU離脱の支持者が減っていく中で、英国のEU支持者が半分以下で、しかもメイへの支持が高い状態が続いている間に、前倒しの総選挙をやって過半数を大きく上回る議席を保守党が獲得しておき、その圧勝の正統性を楯に、今後の世論調査などで英国のEU支持者がどんどん増えても、それを無視してEUの交渉を最短距離で進め、EUからの離脱を実現したかったのだろう。だが、メイの思惑よりも早く、EUからの離脱を望む英国民の割合が減少しており、メイが打って出た前倒し選挙は失敗に終わった。 (May’s U.K. Election Gamble Imperiled

 メイの敗因として考えられるもう一つは、英国と米国の両方で、貧富格差の拡大、中産階級の貧困化を受けて、いわゆる極左と呼ばれる左翼勢力が急速に支持を拡大していることだ。英国の今回の選挙では、労働党の極左コービン党首への人気が急上昇した。貧困層が増える地方の若者が、昨年の国民投票でEU離脱に投票した後、今回の選挙ではEU離脱のメイでなく、教育の再無料化や公共サービスの復活を掲げたコービン労働党の左翼を支持した。(メイは今回の選挙前に福祉の縮小を打ち出して支持を減らし、縮小を撤回したが挽回できなかった) (Corbyn most popular Labour leader in 40 years) (Labour pledges to abolish tuition fees as early as autumn 2017

 米国の民主党では、昨年の米大統領選の予備選でヒラリー・クリントンに負けた極左のバーニー・サンダース上院議員への支持が急増している。英国と同様、米国でも、貧困層としての人生を強いられそうな若者がサンダース支持に回っている。今回の英選挙で、サンダースは労働党に請われて訪英し、コービン支持者から称賛された。英米の政治風土は連動している。昨年、英国の国民投票でEU離脱が可決された時、これで米国ではトランプが勝つ可能性が高まったと指摘され、そのとおりになった。今また米英で連動して極左の指導者への支持が急増している。この急増が起きる前に、メイが前倒し総選挙をやって保守党の議席数を伸ばそうとしたが、少し遅すぎて失敗したとも考えられる。 (Sanders Movement Plots Democratic Party Takeover At Weekend Gathering) (Inspired by Sanders, activists in Chicago push Democrats to left — or out of the way) (Bernie Sanders Is Super Excited About Jeremy Corbyn’s Anti-Austerity Campaign

 メイは今回の選挙で議席を減らしたが、選挙後も、全速力でEU離脱を進める姿勢を変えていない。選挙後の内閣改造でメイは、EU離脱を強硬に主張するスティーブ・ベイカーをEUとの交渉を担当する閣僚に据えた。EUと英国の1回目の交渉は、選挙前に決まった予定どおり6月19日に行われる。 (Theresa May Appoints a Leading EU Opponent as a Brexit Minister) (Theresa May confirms start date for Brexit talks after pressure from EU

 今回の選挙で、EU離脱は争点にならなかった。労働党のコービンも、EUからの離脱を支持している。だが、保守党も労働党も、議員ら内部者の中に、EUを離脱すべきでないとの主張がかなり多い。メイの英政府は3月下旬に正式に離脱をEUに申請している。これを全面撤回しろという主張は、英政界で強くない。強いのは、経済面だけEUに残るべきだ、単一市場に残り、英経済への打撃を減らすべきだという「ソフト離脱」の主張だ。だが今のところメイはそれも拒否し、依然として、EUから完全に離脱する「ハード離脱」を目指している。EUから離脱金を払えと言われたら拒否し、それによって離脱後のEUとの貿易などの協定を結べないまま離脱してもやむを得ないと言っている。 (Labour rules out working with Theresa May on Brexit until she dumps 'no deal' rhetoric) (Michael Gove: Brexit 'consensus' needed after general election

 英国の国益を考えると、EUの単一市場に残った方が良い。だが、それは無償でない。ノルウェーは、EUに加盟していないが、単一市場に入っている。その代償としてノルウェーは、毎年EUに上納金を払っているし、EU諸国との間の国境検問を廃止するシェンゲン条約に加盟し、テロリストを含む中東からの難民が自由に出入りできる。英国は以前からシェンゲン条約加盟していない。シェンゲンに入るかEU加盟をあきらめるかの二者択一をEUから迫られたことを受け、英国は、国民投票を行なってEU離脱を決めた。今後の英国が、単一市場にだけ残る見返りにシェンゲン体制に入るのでは、何のために離脱を決めたのかわからなくなってしまう。 (Pay up, make nice if you want "soft Brexit", EU to tell May) (What is soft Brexit? How could it work as UK negotiates leaving the EU?

▼英国はEUに戻っても小国扱いされるだけ。失敗は不可逆的

 フランスやドイツの首脳陣は、英国に対し、今からEU離脱を撤回しても良いですよと言っている。しかし、この発言には「ただし、離脱撤回の再加盟後は、以前のような大きな権限をさし上げられないですけど」という「下の句」が隠されている。創設時からのEUの加盟国だった以前の英国は、EUの主導役(覇権国)であるドイツと並ぶ、強大な影響力をEU内で持っていた。英国は、その影響力を使って、東欧諸国を次々とEUやユーロ圏に引き入れ、EUを過剰に拡大させて弱体化した。 (Wolfgang Schäuble: EU door remains open to UK

 英国がEUに入ったのは、EUの一部になって自国を繁栄させようとしたからでない。英国にとって永遠のライバルであるドイツの覇権拡大になるEUを、内側から壊して失敗させるために、英国はEUに入った。英国はEUに入ったが、ユーロやシェンゲン体制に入らず、その一方でユーロやシェンゲン体制を過剰に拡大する扇動行為をやって、ユーロ危機や難民危機を引き起こし、EUを内側から弱体化しした。このような策略は、EU内での英国の影響力や発言権が大きかったから可能になった。 (英国が火をつけた「欧米の春」

 英国がEUに戻るなら、以前と同じ影響力を復活できるのでなければ意味がない。ドイツやフランスの首脳陣は、英国が言葉巧みにEUを弱体化してきた流れを熟知している。だから「英国には離脱してほしくしない」「ぜひ戻ってきてほしい」と言いながら、その後に「もう邪魔しないでほしいので、戻ってきても、以前よりずっと小さな影響力しかあげませんけどね」と小さな声でつけ加えている。 (Will the UK seek a soft or hard Brexit?

 昨年6月、英国がEU離脱を決めた意図について、他のEU諸国の離脱を誘発し、EUを弱体化させて潰すとどめの一発として挙行したのでないか、英国を皮切りにフランスやイタリアなどのEU離脱が引き起こされ、ドイツの覇権であるEUが崩壊していくのでないかという分析が欧州から発せられ、私もその線に沿った解説記事を出した。当時、フランスではルペンへの支持が、イタリアでは五つ星運動への支持が急増するなど、各地でEUやユーロからの離脱を掲げる勢力が急伸していた。 (英国の投票とEUの解体

 だが、それから一年たち、ルペンは大統領選に破れ、フランスの政権はEUとユーロを強く支持するマクロンになった。イタリアの五つ星も勢いが低下した。EU解体の可能性は急減している。英国が、自らの離脱によってEU解体を誘発する戦略であったとしたら、その戦略は失敗している。失敗だったのなら離脱を撤回すれば良い、マクロンもそれをメイに提案した・・・、という見方が間違っていることは、すで書いた。英国がEU離脱を可決してからの1年間で、EUの中枢では、英国を外し、ドイツや独仏同盟を主導役にする体制が急いで組まれた。マクロンの当選後、独仏は、軍事統合の加速や、ユーロの再強化に向けた戦略を急いで具現化している。今後、英国がEUに戻ったとしても、中枢の意思決定に入れてもらえない。 (Emmanuel Macron Tells Theresa May EU’s ‘Door Remains Open’ to U.K.

 今後もし、英保守党内で、メイの今回の選挙失敗を非難する形で権力闘争が激化し、メイが辞任し、EU離脱をやめようとするソフト離脱派が首相になったとしても、大したことはできない。いまさらEUに戻っても、小国扱いされるので無意味だし、単一市場なと経済面だけEUに残る策も対価が高すぎる。英国のEU離脱は、すでに逆戻りできない形で、大失敗として固定されている。英ガーディアン紙は、そのような論調の記事を載せている。 (Thanks, Brits – Brexit has vaccinated Europe against populism) (May's Ministers Plot Softer Brexit to Keep U.K. in Single Market

 この1年間で起きたことのもう一つは、米国のトランプ化だ。EUの国家統合策は、米国のレーガンやパパブッシュ政権の後押しで、欧州大陸を対米自立したドイツの覇権地域にする「多極化」の目的で、敗戦国根性で(軍産英に)洗脳されていたがゆえに躊躇する西ドイツの尻を米国が引っ叩きつつ作られた。英国は欧州統合に強く反対したが、米国に無視されたので、90年代のブレア政権以降、EUを内側から壊す策を推進した(狡猾なブレアは表向きEU全面支持を標榜した)。ブレアは、クリントン政権の米国と同盟関係を強化し、米国の威を借る形で、対米従属の洗脳が色濃く残るドイツに圧力をかけ、EUに影響力を行使した。(ブレアは長く英政界を去っていたが、かつて自分が仕掛けたEU弱体化策が、母国のEU離脱によって無効になっていくのを看過できず、最近、EU離脱を阻止する政治運動を開始した。しかし、あまり影響力を持てていない) (Britain Must Keep Tony Blair Out Of Brexit Discussion – OpEd) (Blair urges voters to back anti-Brexit candidates — even if Tory

 こうした歴史を見ると、英国がEUに影響力を行使できたのは、米国が英国や欧州との同盟関係を重視していた(英国が、米国に対しても影響力を行使できた)からだったとわかる。クリントンの次の子ブッシュ政権は単独覇権主義を標榜して英国を冷遇したが、その次のオバマは再び欧州や英国との同盟関係を尊重した。しかし、今のトランプになって米国は、欧州・ドイツへの敵対心をむき出しにしている。英国に関してトランプは、EU離脱を推進するメイ政権には寛容で、EU離脱を推進した英国独立党首のナイジェル・ファラージを重用した。だが、もし今後、メイが保守党内の闘争に負けて辞任し、ソフト離脱派(離脱撤回派)が首相になると、たぶんトランプは英国に意地悪し始める。英国は、米国の後ろ盾を失ったまま、EUやドイツに対する影響力を回復できない。ドイツも、トランプ嫌いをテコに、EUを引き連れて対米自立を加速する。 (Merkel, Europe Should Accept Trump's Challenge) (Nigel Farage, U.K. Outsider, Finds a Home in Donald Trump’s Orbit

 米国の大統領がヒラリー・クリントンになっていたなら、違う展開になっていたかもしれない。米民主党、とくにクリントン家は、米英同盟の強化による米国覇権の維持と、ドイツの対米従属を重視する傾向だ。だが、英国が国民投票でEU離脱を可決し、その影響もあって、米国民がトランプを当選させた結果、英国は欧州での影響力を不可逆的に大幅低下させ、欧州はトランプ嫌いと対米自立の機運をテコに、EUへの支持が再強化される事態になっている。 (Europe should chart a new course without the US) (Macron Invites All Americans Disappointed With Trump To Flee To France

 英国のEU離脱は、英国の国際戦略上の大失敗となったが、英国の最上層部は、大失敗となることを予測しつつ、世論を操作して国民投票でEU離脱の可決に持ち込んだのでないかと私は勘ぐっている。「資本と帝国の相克」を感じる。これについては、あらためて書きたい。 (資本の論理と帝国の論理



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