ウクライナ東部を事実上併合するロシア2017年4月26日 田中 宇2014年から続くウクライナ内戦は、米国の好戦派(軍産複合体)によるロシア敵視策の一つだ。ウクライナは17世紀からロシア帝国やソ連の一部であり、経済的にロシアの「国内」に近い状態で、民族的にも、ロシアに隣接するウクライナの東部2州(ドネツクとルガンスク)やクリミア半島はロシア語圏だった。米国は14年、ウクライナで反政府運動を扇動し、ロシアと不可分な関係にあったウクライナの親露政権を転覆し、ロシア敵視の極右政権とすげ替えた。極右政権がウクライナ東部に住むロシア系住民の権利や自治を剥奪しようとしたので、東部の人々は武装して対抗し、極右の民兵や政府軍と戦闘になり、ウクライナ内戦が始まった。 (ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) ウクライナ東部の自治勢力は、ロシアに支援を要請した。プーチンのロシアは、ロシア海軍にとって最重要なセバストポリ軍港があるクリミア半島を、軍事的な理由から、地元民の住民投票の結果をふまえる形で併合した。(ロシアのクリミア併合は、ウクライナ政府の反対を無視して行われたなどの点で国際法違反かもしれないが、米国がウクライナに内政干渉して政権転覆したのでロシアはやむなく国家安保上の観点からクリミアを併合せざるを得なくなったのであり、ロシアのクリミア併合のみの国際違法性を問うのは間違っている。少なくとも、米露間の謀略対決(ワルさ競争)でロシアが負けた事案と見るべきで、ロシアより米国の方が「巨悪」「ワル」である。米国のウクライナ政権転覆の違法性も問われねばならない。日米欧の国際法の専門家と称する人々の中には軍産の傀儡が多い。 (露クリミア併合の意味) (Ukraine Sabotages Trump’s Russia Detente) ロシアに併合されたクリミアと対照的に、ウクライナ東部2州については、住民の多くがロシアへの併合を望んだものの、ロシアは人道的な経済支援をしただけだった。東部2州の併合は、欧米のロシア非難を強める。ロシア政府は、財政難なこともあり、経済負担が大きくなる併合をしなかった。クリミア半島は1950年代までロシア領だったので、ロシアが併合するいくらかの道理があったが、東部2州はソ連成立以来ずっとウクライナ領だった。東部2州ロシア系民兵とウクライナ政府軍・極右民兵との内戦を止めるため、独仏露とウクライナ政府と東部2州の代表が「ミンスク合意」を締結したが、内戦は断続的に続いている。 (ウクライナ再停戦の経緯) (安定に向かいそうなウクライナ) ウクライナ内戦に対するロシアの姿勢はこれまで、ウクライナ政府が東部2州の自治拡大を認める憲法改定を行うことを前提に、内戦が終結して東部2州が安定したウクライナの一部に戻ることだった。東部2州は内戦で優勢になり、2015年夏に私はウクライナ危機が下火になっていくのでないかと予測する記事を書いたが、オバマ政権に巣食う米国の好戦派は、ウクライナ政府が譲歩するのを認めず、ウクライナ政府は自治拡大を拒否し、その後も内戦が続いている。 (ウクライナ危機の終わり) (Yushchenko: 2017, like 1917, will be a fatal year for Ukraine) ▼ウクライナの方から東部2州を切り離した。嬉々として2州を取り込むプーチン ロシアは、米国がトランプ政権になってロシア敵視を弱めたことを機に、東部2州を事実上併合する動きを強めている。この動きの始まりは、ロシアでなくウクライナ側が起こしている。トランプ就任直後の今年1月25日、米国の軍産に支援されつつ東部のロシア系民兵団と戦ってきたウクライナの極右民兵団が、東部2州とそれ以外のウクライナの境界地域の鉄道で、貨物列車の運行を阻止する動きを開始した。これにより、東部とウクライナとの経済面の断絶が始まった。 (In Ukraine, separatists issue ultimatum to end rail blockade) (OSCE observers monitoring railway blockade in Donbass) それまで3年間、東部とウクライナは内戦していたが、産業や消費など経済面は、東部とそれ以外のウクライナは不可分な存在で、貨物の断絶は起きていなかった。電力や水道も相互に供給されていた。東部にはウクライナの産業を支える炭鉱や製鉄所があり、ウクライナにとって東部との経済断絶は大きなマイナスになるので避けられていた。 (Ukraine Blocks All Road, Rail Links to Separatist Regions) だが、米国でのトランプ就任後、東部とウクライナの経済断絶が、ウクライナ側の方からの動きで引き起こされている。1月末に極右民兵団が始めた鉄道貨物輸送の断絶は、3月に、ウクライナ政府の公式な政策になり、東部とウクライナとの間のすべての貨物輸送が禁じられた。東部の炭鉱が産出する無煙炭に依存していた他のウクライナの諸地域の産業が困窮し、ウクライナにとって自滅的な事態になった。ウクライナ政府は2月末に経済非常事態を宣言した。ウクライナは米国や、敵であるロシアから石炭を輸入せざるを得なくなった。自らやった政策にしては、あまりに馬鹿だ(後述するが、米国がやらせたのだろう)。EUは、ウクライナ側に、ミンスク協定違反である貨物断絶をやめるよう求めたが無視された。トランプの米国は、ウクライナに対する政策を決めていないと言って曖昧な態度に終始した。 (Coal crisis hits Ukraine as far-right groups enforce blockade) (Ukraine bans all trade with rebel-held territory, as separatists seize assets) それまで、ウクライナ政府と、東部のロシア系自治勢力の両方が、相互に内戦しつつも、ウクライナの国家統合の維持を尊重してきた。だが、1月末の鉄道貨物断絶後、ウクライナ側が東部との関係断絶を強め、それに呼応して東部の自治政府も3月1日に、東部にある製鉄所や炭鉱、発電所などを接収し、40社の公共企業を、それまでのウクライナ政府の所有から、自治政府の所有に転換した。それまでウクライナ政府に納税してきた40社が、東部自治政府に納税するようになり、自治政府の財政基盤が強化された。 (Separatists Seize Factories, Coal Mines in Eastern Ukraine) (Kyiv stops trade with occupied Donbas, slaps sanctions on Russian bank subsidiaries) ウクライナ側が、東部との経済関係を断絶する動きは、東部を経済面で孤立窮乏させる意図があったのかもしれないが、それはまったくお門違いの誤算だった。東部は、ウクライナに断絶されると同時に、かねてからやりたかったロシアへの依存を強めた。ロシアは、ウクライナのミンスク協定破りを非難しつつ、正当防衛だ、人道上やむを得ないと言って、嬉々として東部への経済支援を強化した。 (Does Ukraine need its own Putin? – Sachenko predicts break-up of Ukraine) ロシア政府は2月18日(トランプの親露派側近フリンが辞めさせられた3日後)、東部の自治政府が住民に発行したIDカードを、ロシア国内のIDと同等に扱い始め、東部の住民が自由にロシアに行って、住んだり働いたりできるようにした。東部住民は、簡単にロシア国籍を取得できるようにもなった。東部自治政府はすでに、東部にある学校の教育課程を、以前のウクライナ語を使ったウクライナのものから、ロシア語を使ったロシアのものに変更している。東部はすでにロシアのルーブルを公定通貨としている。これらは、ロシアによる事実上の東部併合である。 (Putin Quietly Detaches Ukraine's Rebel Zones as U.S. Waffles) (Russia to recognise Ukraine IDs from separatist-controlled areas) ('Donetsk People's Republic' seeks sense of nationhood) ロシアは、ウクライナが輸入を断絶した東部の無煙炭を積極的に購入し始めた。ロシアの国営鉄道は、東部自治政府の財政基盤の強化に貢献するため、東部の無煙炭をロシア国内の売り先に運び、鉄鉱石をロシアから東部に運ぶための貨物運賃を格安に設定した。内戦でいたんだウクライナ東部2州の面倒を見るのは、財政難のロシアにとって負担が大きいので、東部の炭鉱や製鉄業を維持することで、ロシア側の経済負担が小さくなるようにした。 (What the IMF Doesn't Know About Ukraine) (Coal exports from the Donetsk People’s Republic begins to arrive in Russia) ▼仕上げは送電停止と、欧露会談。これはトランプの策略だろう 4月25日、ウクライナ政府は、東部2州への電力供給を停止した。東部の自治政府が電力料金をウクライナ側に支払っていないことが、供給停止の理由だと発表された。だが実のところ、東部とウクライナの間は、内戦なので相互に銀行間の送金ができない状態が続いており、東部政府は、払いたいが払えない状態だと言っている。25日の送電停止によって、ウクライナと東部との経済関係はすべて断絶された。ウクライナからの送電停止の直後から、東部は、ロシアからの電力供給を受け始めた。これにより、ウクライナ政府が、事実上、東部を分離してロシアに与える過程が完成した。 (Breakaway Ukrainian territory turns to Russia as Kiev cuts electricity) (Russia steps in after Ukraine cuts power to rebel-held east) その前日の4月24日、EUのモゲリニ外相が、外相として初のロシア訪問をしている。ロシアのラブロフ外相は、ロシアが東部2州の後ろ盾となり、EUがウクライナ政府の後ろ盾となって、双方にミンスク合意に基づく停戦を守らせ、内戦を終わらせていくのが良いと、モゲリニとの会談で提案した。EUがこのロシアの提案に乗るのかどうか、モゲリニは明らかにしていないが、この欧露会談の翌日、ウクライナが送電を停止して東部との経済関係を完全に断絶し、東部を分離してロシアに与える過程が完成している。ウクライナの事実上の二分割が確定し、ロシアが東部政府の面倒を見て、EUがキエフのウクライナ政府の面倒を見る新体制が始まったと考えられる。 (Russia to Influence Donbass Regions, Expects EU to Influence Kiev - Lavrov) ウクライナ政府は3月中旬、国内にあるすべてのロシアの銀行の支店に撤退命令を出した。ウクライナ政府は、東部2州だけでなく、その後ろ盾になっているロシアとの関係も断絶しようとしている。ウクライナは従来、ロシアの経済圏だったが、今後はロシアとの切り離しが進み、欧州の傘下に入る傾向が強まりそうだ。 (Ukraine imposes new sanctions on Kremlin-owned banks) ミンスク合意は、ウクライナが東部に広範な自治を与える代わりに、東部がウクライナ領内に残ることを目標にしている。しかし、いま起きている新事態は、ウクライナと東部が事実上の分離を固定化し、東部がロシアの傘下に、ウクライナがEUの傘下に入る流れだ。ミンスク合意体制が終わり、代わりにロシアとEUがウクライナを分割する体制が立ち上がっている。 (Will Trump Repeal Sanctions on Russia? A Conersation with an NSC Planner) この新体制は、誰の発案なのか。EUとロシアが決めたのか。たぶん違う。黒幕はEUでなく、トランプ政権の開始とともに新体制が立ち上がってきていることから考えて、トランプの米国だろう。米国が了承しないと、こんな展開にならない。ウクライナの政府と極右勢力は軍産複合体の傘下にあり、トランプは軍産と敵対する勢力であるが、米大統領になったことで、ウクライナの政府や極右を動かせる指揮権を得て、東部との経済関係を断絶するよう命じたと考えられる。 (Senate Foreign Relations Committee Agrees to Be Hostile Toward Russia) トランプは就任当初、軍産の影響力を潰し、軍産が進めてきたロシア敵視策をやめて、プーチンのロシアとの関係改善を進めようとしていた。だが実際には、軍産がトランプに反撃し、トランプの対露和解策を担当していたマイケル・フリン安保担当補佐官が2月中旬に微罪の「ロシア密通」スキャンダルで辞任させられた。トランプは対露和解をあきらめざるを得なくなった。 (フリン辞任めぐるトランプの深謀) (A Back-Channel Plan for Ukraine and Russia, Courtesy of Trump Associates) フリンの辞任後、ウクライナ政府が東部との関係断絶を加速するとともに、ロシアが東部を傘下に入れる動きを強め、東部がウクライナから分離してロシアの一部になっていく傾向が進んだ。トランプ政権は、ロシアを敵視したまま、米国の傀儡であるウクライナ政府を動かし、東部を分離してロシアに与えてしまう策を急いだと考えられるそして、その仕上げが、4月24日のモゲリニの訪露と、25日の電力供給の停止だった。 (Mogherini seeks better ties on first official visit to Russia) ウクライナ東部2州は、すでに2014年に、ウクライナからの分離独立を宣言している。東部2州は今回、ウクライナ側から経済的に切り離されたことを機に、3年前に宣言した分離独立を実態として履行した。今後、ロシアが東部2州を正式な自国領として併合していくのかどうか、まだわからない。ロシアは、グルジア(ジョージア)から分離独立した南オセチアなどや、モルドバから分離独立した沿ドニエストル(トランンスニストリア)などの親ロシア地域に、国内に準じる待遇を与えて経済的にテコ入れしている。 (A quarter of a century: is the Transnistria scenario solution for Donbass) この「沿ドニエストル方式(トランスニストリア式シナリオ)」と呼ばれるやり方を、ロシアは東部2州にも適用しつつある。クリミア方式の、正式なロシアへの併合だと、欧米からの非難が強いが、沿ドニエストル方式なら、欧米からの非難も強くなりにくい。停戦さえ継続できれば、ロシアからの経済テコ入れで、東部2州は比較的早く復興できる。EUがこの新体制を受け入れ、キエフ政府を経済支援していけば、ウクライナ側も再建できる。 (Transnistria and Donbass: Historical Parallels and Possible Similar Scenarios for the Future) (Russia Parts Ways With a Longtime Trade Partner) トランプは、軍産に阻まれて表向きロシア敵視を続けざるを得ないが、その状態のままロシアとこっそり話し合って、軍産が引き起こしたウクライナ内戦を解決し、ウクライナの人々を殺戮から解放しつつある。トランプはこのところ目標未達や翻身や譲歩ばかりで人々を失望させているが、その裏でこっそりやっているウクライナ内戦解決策を見ると、依然として、トランプ政権は人類にとって非常に良い存在だと私は思う。プーチンは、表向きトランプに失望したなどと言っているが、実のところトランプに感謝しているはずだ。 (Tillerson: Sanctions on Russia Will Remain ‘Until Crimea Is Returned’)
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