フリン辞任めぐるトランプの深謀2017年2月16日 田中 宇まず本文執筆前の予定的要約。トランプ大統領の安保担当補佐官で、ロシアとの和解を主導していたマイケル・フリンが、就任前に駐米ロシア大使と電話で他愛ない話をしたことを理由に辞めさせられた。更迭理由は、許可なく民間人が対立的な外国と交渉することを禁止した有名無実な18世紀の「ローガン法」に違反した疑いだ。フリンが有罪なら、ヒラリークリントンや、ワシントンの国際ロビイストの多くが有罪になりうる。対露和解を強行するトランプを阻止したい軍産複合体が、いよいよ反撃してきたか。プリーバスやコンウェイといった他の側近の地位も揺らぎ出し、最後はトランプ自身の弾劾までいくかもと報じられている。 (Did The CIA Just Stage A Micro-Coup Against Trump Administration?) (Dan Rather: "Trump's Russia Scandal Could Be Bigger Than Watergate") とはいえ、この話は何かおかしい。選挙戦中から軍産マスコミと対立し続けてきたトランプは喧嘩に強く、こんな微罪で側近を辞めさせる必要などない。フリン更迭の原動力は、軍産の圧力よりもトランプの意志ということになる。トランプは最近、フリン辞任話の高まりと同期して、ロシアとの和解の延期と、イラン核協定を破棄する決意の棚上げを静かに進めている。対露和解は軍産が反対し、イラン核協定の維持は米民主党やイスラエル中道派が望んでいた。フリンは、対露和解とイラン核協定の破棄を、トランプ政権中枢で最も強く推進していた。フリンの後任は、イランと前向きな関係を持つハーワードだ。 (Justice Department warned White House that Flynn could be ulnerable to Russian blackmail, officials say) (The Media’s War against Michael Flynn) フリンの辞任はネタニヤフ訪米の直前だった。訪米したネタニヤフとトランプは、パレスチナとの和平交渉(2国式)より先に、サウジなどアラブ諸国とイスラエルの和解を進めることで合意した。ネタニヤフは、サウジと和解してヨルダンに圧力をかけてもらい、パレスチナ自治政府(西岸)とヨルダンの合邦を進めたい。これはトランプから見ると、米国抜きの中東の安定を実現するものだ。アラブとイスラエルの和解の後、アラブとイラン、イランとイスラエルが和解すると、中東の根本的な安定になる。このシナリオに沿うなら、イランの核武装を抑止できる核協定は破棄せず温存した方が良い。 (トランプの中東和平) (The Flynn resignation throws NSA into upheaal) (US-Russian steps s Iran await new NSC chief) フリンは14年、オバマにDIA長官を更迭された後、オバマ敵視が高じてイラン核協定に声高に反対し続けた。トランプは、オバマに挑戦する奇人のフリンを評価して安保担当の高官にした。トランプは、対露和解とイラン核協定破棄という、軍産ユダヤ2大政党といった米国のエリート層が許容できない2つの姿勢の主導役としてフリンを高位に据えた。そしてトランプは今、フリンの追放と同時に、対露和解とイラン核協定破棄の両方を棚上げする方に動いている。トランプは、TPPの破棄や規制緩和は就任後すぐに手掛けたが、ロシアとイランに関する政策は、すぐやるといいながらやってない。トランプ流の目くらましかもしれない。 (Ignore the Tough Talk – Trump’s Iran Policy Will Be Much Like Obama’s) (Inside The Secret Campaign To Oust Flynn) 私のこの見方が正しい場合、今後、トランプと軍産の関係は、対立激化でなく安定化する。トランプがフリン更迭のカードを切るのは、軍産とトランプが何らかの折り合いをつけた結果と考えられるからだ。逆に今後、辞任圧力がプリーバスやコンウェイに広がるなら、私の今回の説が間違っており、トランプが軍産に負けており、あっけなく弾劾されて終わるかもしれないことを意味している。要約ここまで。以下本文。 (Critics Already Talking Trump Impeachment After Flynn) (Pressure builds for probe into Trump-Russia ties) ▼茶番に茶番を重ねたフリン更迭劇 2月15日のフリン辞任は、茶番の上に茶番を重ねる政治劇だ。フリンの更迭理由は2つある。一つは要約に書いたローガン法違反。この法律は、18世紀末に制定されたが、いまだに誰もこの法律で起訴されていない。同法が禁じる「政府の許可なく敵性国家と交渉すること」は、中国や、911の「犯人」サウジアラビアなどの代理人をする、クリントン家やブッシュ家を筆頭とするワシントンDCのロビイストたちが常々やってきたことだ。フリンは、トランプ政権就任前の民間人だった昨年末に、駐米ロシア大使と電話し、オバマがやった追加のロシア制裁について話した。フリンは電話で「トランプ政権になったら、対露制裁を続けるかどうか再検討する」と述べた。社交辞令的な他愛ないこのやり取りが、ローガン法違反とみなされた。これ自体、すでに濡れ衣だ。 (Trump critics need to be careful what they cheer for) フリンの更迭理由の2つ目は、このロシア大使との電話で話した内容についてウソをついたこと。フリンは、問題の電話について後日ペンス副大統領に問われた際、対露制裁の話はしていないと返答したが、問題の電話をFBIが盗聴しており、制裁の話をしていたことが発覚し、それを知ったペンスがフリンをウソつきだと激怒した。実のところ、フリンは上記の社交辞令的なやり取りしかしていない。対露制裁について突っ込んだ話をロシア側としていない。軍産傘下のペンスがフリンを「ウソつき」扱いしたのも濡れ衣的だ。 (FBI needs to explain why Flynn was recorded, Intelligence Committee chairman says) (Flynn's talks with Russian ambassador point to larger problem) トランプ政権で対露和解を主導する「ロシアのスパイ」フリンが、駐米ロシア大使に、オバマがやった対露制裁の解除を約束した、というのが、フリン非難のマスコミ報道の骨子だ。FBIの電話盗聴で、フリンのスパイぶりが立証された、とも喧伝された。しかし実際は、フリンは社交辞令しか話していない。スパイでない。しかもFBIやNSAなど米当局は、裁判所の令状なしに米国民を盗聴することが禁じられている。FBIなど米当局は、違法な盗聴をしただけでなく、盗聴記録をワシポスやNYタイムスにリークして書かせた。フリンよりFBIが犯罪者だ、とトランプを擁護する共和党の上院議員(上院諜報委員長)が問題にしている。 (Will Trump Repeal Sanctions on Russia? A Conersation with an NSC Planner) これらの話の全体は、大統領選挙中からクリントン陣営や米マスコミが無根拠に言い続けてきた「ロシア政府は、ハッキングや偽ニュースなどによって米選挙を不正にねじ曲げ、ロシアのスパイであるトランプ政権を不正に勝たせた」という濡れ衣のシナリオに沿っている。オバマ政権は、このウソ話を根拠に昨年末、駐米ロシア大使館の要員を制裁対象に加えて強制帰国させた。この追加制裁に関する電話のやりとりを理由に、今回フリンが更迭された。 (A Win for the Deep State . The ousting of Mike Flynn takes us down the road to a police state) フリンへの圧力は、1月20日のトランプの就任直後から高まり続けてきた。その後、プリーバス主席補佐官やコンウェイ顧問、スパイサー報道官といった他のトランプ側近についても、トランプに評価されていないとか、失言や間違った行動が喧伝され、辞めさせられるかもと報じられている。 (Could Reince Be On His Way Out As Chief Of Staff?) (Trump reiews top White House staff after tumultuous start) (Kellyanne Conway faces Ethics Office inestigation, ‘retweets’ white nationalist same day) ▼ポイントは対ロシアでなく対イラン、イスラエル中東問題? 近年の米国がロシアを敵視する根拠は、ウクライナ東部にロシア軍が侵攻したと喧伝されていることと、ウクライナ領だったクリミアをロシアが併合したことだが、前者は事実でない(ロシア人で個人的に義勇兵としてウクライナ東部に行った者は多数いるが、ロシアの政府や軍隊は関与していない)。後者は、重要な露軍港があって住民もロシア系ばかりのクリミアをウクライナに預けておく前提だったウクライナの親露性を、米国が扇動してウクライナの政権を転覆して喪失させた(反露な極右政権に差し替えた)からであり、併合はロシアの正当防衛といえる。米国(米欧日)のロシア敵視は、濡れ衣+自作自演のインチキで、その上に「トランプ政権はロシアのスパイ」という無根拠話が乗り、さらにその上に、今回の濡れ衣に基づくフリンの更迭話が乗っている。 (Trump will be extremely tough with Russia) トランプは、濡れ衣に基づくロシア敵視の構造を壊してロシアと和解する姿勢をとり、イラク侵攻以来の軍産マスコミの濡れ衣戦争にうんざりする米国民に支持されて当選した。だが、フリンに関してトランプは、マスコミを非難しつつも、軍産側が用意したウソの構図を否定せず、フリンを更迭した。すでに書いたフリン更迭の2番目の理由であるペンス副大統領の怒りは、トランプ政権内部の話であり、軍産と関係ない(ペンス自身は軍産系の人だが)。要約に書いたとおり、トランプ自身がフリンを更迭したいと考えていたはずだ。 (An insurgent in the White House) フリン更迭は、トランプのロシアとの関係の中でしか報じられていないが、フリンのもうひとつの特徴は、オバマが締結したイラン核協定に強く反対し、トランプ政権内で核協定の破棄(再交渉)最も強く主張していたことだ。ネタニヤフ訪米で、トランプがイスラエルを中心とする新たな中東戦略(対アラブ和解の優先)を打ち出したこととのタイミングの一致から考えると、フリン更迭の裏側にある最大要因は、ロシアでなくイラン核協定だと考えられる。 (US not to kill nuclear deal between Iran, P5+1: Analyst) イラン核協定も、濡れ衣とウソ話の多重構造になっている。米政府はイラク侵攻後、イランが核兵器を開発しているので先制攻撃すると言い続けたが、イランは核兵器など開発していなかった。それは国連のIAEAが何度も出した報告書で立証されている(イランは、米国を交渉に引っ張り出すため、大量の遠心分離器を買うなど、疑われる行動はしていた)。オバマ政権は、イランの核兵器開発を抑止する核協定を国連(P5+1)の枠組みで15年夏に調印し、米議会を迂回するやり方で発効させた。ネオコンやイスラエル右派は「イランは協定をこっそり破って核兵器開発している(はずだ)。協定を破棄せよ」と無根拠に主張し続けている。 (イランとオバマとプーチンの勝利) (対米協調を画策したのに対露協調させられるイラン) トランプは、この右派のインチキ運動に乗り、イラン核協定を廃棄すると選挙戦で宣言し、オバマ憎しで核協定に反対するフリンを起用した。トランプのこの動きは、米政界に強い影響力を持つイスラエル右派を取り込んで当選するためだったと考えられる。トランプは、対ロシアで濡れ衣戦争の構図を打破してプーチンとの和解を打ち出す一方、対イランでは最もウソな濡れ衣戦争の構図に便乗して核協定破棄を打ち出してきた。 (The Neocons’ Back-Door to Trump) イスラエル政界は、右派(西岸の不正入植者集団)に牛耳られている。ネタニヤフは右派を代表する指導者として政権をとっているが、右派の言うとおりにやっていると、イスラエルはまわりが敵ばかりになって滅びる(米国でイスラエル右派を支持するキリスト教原理主義者たちは、イスラエルを滅亡に追い込んでキリストを再臨させようとしている)。右派はイラン核協定の破棄を叫ぶが、イスラエルの軍部や外交界は、イランの核兵器開発を抑止できる現協定の維持を希望している。 (入植地を撤去できないイスラエル) ネタニヤフは今回の訪米で、トランプの協力を得て、対サウジ和解、ヨルダンと西岸の合邦という、成功すれば中東の新たな安定につながる、従来の2国式とは異なる道を歩むことを発表した。右派が進めている西岸入植地の拡大は、2国式の推進を不可能にしているが、入植地以外の西岸をヨルダンに合邦する新政策を追求するなら、西岸に入植地があっても大した問題でなくなる。新政策を実現するため、トランプは娘婿のユダヤ人のクシュナーを中東特使として重用している。ネタニヤフの訪米と同期して、トランプはCIA長官を中東に派遣してトルコ、サウジ、パレスチナ(西岸)を回らせ、イスラエルとアラブ・イスラム側の和解を後押ししている。 (イスラエルのパレスチナ解体計画) (Trump & Netanyahu agree: Israel-Gulf peace first) これらの新たな動きが始まるのと同時に、トランプは、イスラエル右派の気を引くために採っていたイラン核協定破棄の姿勢を静かに取り下げ、核協定破棄を推進する担当者だったフリンを、濡れ衣の罪で辞めさせた。そのように私は分析している。フリンの後任の安保担当補佐官になると報じられているロバート・ハーウォードは、ロードアイランド州の実家がイラン系米国人の居住地区に隣接し、幼少時からイラン人(イラン系米国人)と接して生きてきた「知イラン派」だ。 (Trump Offers National Security Adisor Job To Lockheed Executie Robert Harward) (Flynn’s replacement plans housecleaning and other notable comments) 話を対ロシアに戻す。フリンの辞任により、トランプ政権は今後、ロシアと和解する姿勢を棚上げしていく可能性が高い。トランプは「ロシアはクリミアをウクライナに返せ」と言い出している。前述したように、ウクライナが反露政権である限り、ロシアはクリミアを自国領にし続ける。前から書いているが、トランプの目標は覇権構造の転換(多極化)であり、米露が和解しなくても多極化が進むなら、対露和解は重要でなくなる。今年の欧州の選挙で、独仏が親露的な傾向の政権になれば(たとえば仏がルペン、独はSPD)、西欧はウクライナの反露政権を支持せず批判制裁するようになる。そうなると、いずれウクライナの政権は反露から親露に再び戻る。ウクライナが親露政権になると、ロシアはクリミアをウクライナに返還しやすくなる。ロシアがクリミアをウクライナに返すと、トランプか今出している条件が満たされ、米露和解が実現する。 (German leftists gain eough support to defeat Merkel in next poll: Survey) (The Knives Come Out: Schauble Says Martin Schulz Is The German Donald Trump) (Le Pen Kicks Off Presidential Campaign Echoing Trump: The Highlights From Her Manifesto) トランプは2月18日、就任後初の、2万人の支持者を集める予定の集会を、フロリダ州メルボルンの空港の大きな格納庫で開く。そこは昨年9月、トランプが会場に入りきらない数万人の支持者を集め、当選への道を開いた記念すべき場所だ。2020年の再選に向けた動きの始まりと報じられているが、タイミング的に、軍産リベラルマスコミとの闘いで負けないための、有権者からの支持を示すための闘争戦略にもみえる。トランプと軍産との戦いはまだまだ続く。 (Trump to take breather from White House, hold rally this weekend) (President Trump to Hold Mega Rally in Melbourne, Florida This Saturday)
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