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従属先を軍産からトランプに替えた日本

2017年2月14日   田中 宇

 まず本文執筆前の予定要約。トランプ政権の最大の目標は、軍産複合体による世界支配(米単独覇権)を終わらせることだ。目標達成のため、有権者からの支持を維持し、再選を果たして8年やりたい。それには雇用拡大、経済成長、貿易赤字の低減、金融危機再発の先送りが必要だ。トランプは、NAFTAやTPPを潰して2国間貿易体制に替えることで、貿易相手国が軍産でなくトランプ自身に対して貢献するよう、構造転換した。トランプは、英国のメイ、日本の安倍、カナダのトルドーの順に招待して首脳会談し、軍産とトランプとの戦争で軍産でなくトランプの味方になると約束させる見返りに、同盟国として大事にするという言質を与えた。(対照的に、トランプの味方をしたがらない豪州やドイツは敵視されている) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (米国に愛想をつかせない世界) (Why Abe Is So Nervous Ahead Of His Meeting With Trump

 戦後ずっと「対軍産従属」だった日本政府(官僚独裁+自民党)は、トランプ当選までクリントン=軍産だけを応援していた。トランプ当選後、急いで方向転換してすり寄ってきた安倍に、トランプが提案したのは「俺が再選して軍産潰しを続けられるよう、経済で協力しろ、そうすれば日本が切望する対米従属を続けさせてやる」ということだ。安倍は、この提案を了承した。今後、米国の対日貿易赤字を減らすため、円高ドル安が容認されていく。日銀は、米金融システムを支えるQEを続けつつ、これまでQEの副産物としてあった円安効果を殺していくことを迫られている。実体経済面では、日本車の米国内での生産比率の引き上げが求められそうだ。TPPより日本に不利な2国間貿易協定も提案されてくる。日本がこれらを拒否すると、トランプのツイートに日本への非難が再び交じるようになる。 (Can Japan Get A Better Deal Than The TPP?) (Here's who's counting on Trump to make Japan trade deals

 トランプの目標は米単独覇権の解体なので、最終的には、対米従属(=官僚独裁、日本官僚機構が、米覇権の傀儡として振る舞うことで、日本の国会より上位にある状非民主的な体制)の大黒柱たる在日米軍もいなくなる。だが、それまでの軍産とトランプの戦いが続く最大8年間、日本は、経済でトランプを支援する見返りに、在日米軍に駐留し続けてもらえる。 (トランプ革命の檄文としての就任演説) (Why dealmaker Trump won’t get one up on Abe’s yen policy

 トランプは、東アジアより先に中東や欧州での覇権転換を進め、東アジアには貿易面でトランプの加勢をしてもらう策を優先することにしたようで、安倍訪米の直前にトランプは、習近平と電話して「一つの中国」を承認し、米中間の対立を緩和した。トランプは以前「中国が対米貿易を均衡させる気がないなら、一つの中国を承認しない」という趣旨を言っていた。トランプが一つの中国を承認したことは、中国がトランプの提案を受ける形で米国との貿易交渉に入ることを了承したという意味が感じられる。要約ここまで。以下本文。 (米欧同盟を内側から壊す) (Why Shinzo Abe Is Banking on a Bromance with Trump

▼在日米軍をそのままにしてやるから、俺と軍産との戦いで俺に味方しろ。円高を甘受しろ

 トランプは選挙戦以来、日本の米軍駐留費の負担不足、日本当局による円ドル為替の不正操作、日米間の貿易不均衡、日本車メーカーが米国内で十分な製造をせずメキシコなどからの部品輸入が多すぎること、などを批判してきた。トランプが、2月10日に訪米した安倍に対し、これらの不満を表明して対立するのでないかと予測されていたが、実際には何の対立もなく首脳会談が終わった。円ドル相場をめぐる対立は先送りが表明され、貿易不均衡の是正のため日本側が譲歩して円高が容認される先行きが見えてきた。経済は日本が譲歩させられる。だが、日本政府が最も懸念した安保面は全く問題にされなかった。 ("No News Is Good News") (Japan's trade mission: Get through to Trump

 トランプの、選挙戦から今までの言動を見ると、彼の最大の目標は、米国の権力を握ってきた軍産複合体を潰し、世界を米国の覇権から解放することだ。日本の権力構造は、官僚が軍産複合体の傀儡として機能することで国会(政治権力)よりも上位に立つ官僚独裁機構であり、日本の権力機構はトランプが潰そうとしている軍産複合体の一部だ。トランプが安保面で日本に厳しい姿勢をとるのは納得できる。この見方に立つと、トランプが安倍との会談において安保面で日本に満額回答を与えたのは意外なことになる。 (世界と日本を変えるトランプ) (Golfing With Abe Was Easy; Now Comes The Hard Part

 しかし、少し見方を変えて、日本側が、トランプと軍産の戦いにおいて、選挙戦中のように軍産(=クリントン)に味方するのでなく、トランプの味方をしますと宣言したらどうだろう。トランプは喜び「わかった。それなら当面、在日米軍はそのままにしてやる。その代わり、安倍君は僕に何をしてくれるかな」という話になる。安倍がトランプに対して与えられるものは、米国の雇用増や、米企業の儲けなど、経済面でトランプを優勢にすることだ。こういう筋で日米が話を進め、安保面が先送りされ、まず経済の話になり、日本が経済でトランプに無限の譲歩をする姿勢をとったのが、今回の安倍訪米だろう。 (Trump says U.S. committed to Japan security, in change from campaign rhetoric) (米国を覇権国からふつうの国に戻すトランプ

 トランプ(やその後継政権)がいずれ軍産を潰した後、在日米軍の撤退など、日本が対米従属できない新世界秩序が立ち上がる。対米従属によって権力を維持してきた日本の官僚機構は(かつて鳩山小沢が試みたように)権力を日本国会に奪われる可能性が高まる(311以後の「防災独裁」=国民の役所依存体質の強化など、官僚が対米従属以外の権力構造を構築し、間抜けな国民や政治家を出し抜いて権力を維持する可能性も高い。政界も官僚あがりに席巻されており、日本の民主化はたぶん永久に無理だが)。 (民主化するタイ、しない日本

 だから日本の官僚機構は、軍産でなくトランプの味方をすることに不満だろう。だが、米国で軍産が「野党」になってしまっている以上、日本が軍産と組み続けることは「対米反逆」になる。官僚たちは、安倍がトランプにすり寄るのを看過せざるを得ない。この点で安倍と官僚、特に外務省は一枚岩でない。トランプが、ニクソンのように軍産に弾劾されると、安倍も田中角栄のように引きずり降ろされるかもしれない。官僚は、この先何十年も日本の権力を握るつもりだが、安倍はあと数年の権力維持が目標だ。トランプが権力を握る限り、安倍は日本官僚を迂回できる環境にいる。 (American cars have a hard time in Japan

 ミスター円の榊原英資やJPモルガンなどは、トランプの要求を受けて今年末までに1ドル100円を切る円高になると予測している。アメ車の魅力を高めて日本人が買いたくなるようにするには(もし可能だとしても)十年以上かかる。日米の貿易不均衡を是正するには、為替をいじるのが手っ取り早い。米国の食肉業界などは、大いに期待している。 (Japan's Mr Yen says dollar could fall below 100 yen by end-2017) (Trump-Abe Rapport Won’t Stop Yen From Passing 100, JPMorgan Says) (Meat groups urge Trump to push for trade deal with Japan

 日銀が14年末から急拡大して続けているQE(債券買い支え)は、リーマン危機後、延命しているだけで蘇生していない米国の金融システムの再崩壊を防ぐために必要不可欠だ。「債券の神様」ビルグロスは最近、日欧の中銀によるQEがないと米経済は不況に再突入すると指摘している。日銀のQEは円売りドル買いを誘発し、日本政府が希求する円安を実現する手段でもあった。だが今後はトランプの意向を受け、日銀はQEをやりつつ円安にしないような動きを強いられる。大規模なQEは日銀のほか、ユーロ圏のECB(欧州中央銀行)もやっているが、ユーロ圏は今年、崩壊感を強める。 (US would sink into recession without ECB and BOJ QE says Gross) (米国と心中したい日本のQE拡大

 フランスは、5月の大統領選挙でルペンが勝ったら、ユーロを離脱してフランに戻る国民投票をやる可能性が高まる。ユーロ離脱後に作るフランは為替が急落し、フラン建ての仏国債は実質的な価値が急縮小し、フランスは財政赤字を減らせるが、同時に仏国債は債務不履行(デフォルト)とみなされ、これが世界の債券金利を上昇させ、リーマン危機再来の懸念が強まる。すでに危険なギリシャやイタリアなども、ユーロ離脱や国債の債務不履行へと動きかねない。ルペンの優勢は、英国のユーロ離脱や米国のトランプ当選の影響を受けたものだ。トランプは、ルペン当選=ユーロ崩壊を煽っている。 (Economists: Le Pen Victory Would Lead To "Massive Sovereign Default", Global Financial Chaos) (President Le Pen – small risk, big shock) (Italy’s Banking Crisis Is Even Worse Than We Thought

 ユーロ圏の金融が崩壊して金利が上がると、もはやECBに米国中心の世界金融システムの安定役を期待できない。米国の金融システムを延命させてくれる米国外の最大勢力は日銀になる。その意味でも、トランプは安倍を厚遇し、安保面で日本が望む現状維持を(当面)了承する代わりに、金融と経済の面で貢献させようとしている。(ユーロ崩壊という、これまでより一段と規模の大きな国際金融危機の前に、すでにQEが限界に達している日銀に、この先どこまで無理をさせられるか大きな疑問ではあるが) (Draghi Takes QE Case to Brussels as Politics Keeps Risk High) (米国の緩和圧力を退けた日本財務省

▼東アジアはまず経済面でトランプに貢献させられる

 トランプは、安倍と会う直前に習近平と就任後初の電話会談を行い「一つの中国」(台湾を国家とみなさない姿勢)を承認した。安倍の訪米前に日本に来たマティス国防長官は「尖閣諸島は日米安保条約の範囲内だ」と宣言し、その宣言を出し渋ってきたオバマ前政権からの態度変更を行った。一つの中国承認と、尖閣の日米安保範囲内の宣言は、いずれも日本が米国にやってほしいことだ。 (Trump embraces Abe after moving to heal rift with Beijing) (Trump opposes undermining Japan's control of disputed islands: U.S. official

 日本は、米国が台湾問題で中国と敵対するのを好まない。米国が日本に「台湾の面倒を日本が見ろ」と言いかねないからだ。いずれ米国の覇権崩壊と中国の台頭が進み、日本が米国の後ろ盾なしに中国と対峙した時に、日本が台湾を抱えていると、中国との協調関係(対中従属)に移行できない。日本の中国敵視は、あくまでも対米従属のためのものだ。日本は中国と本気で対決する気などない。だから日本は米国に、台湾でなく尖閣で中国と対峙してほしい。理想主義的なオバマは、日本の対米従属根性が嫌いだったが、トランプは、対米従属させてやるから俺を応援しろという現実主義で動いている。一つの中国も尖閣も、米国側は、口を動かすだけですむ。 (Are the Senkaku Islands Worth War Between China, Japan and America?) (Trump Will Use Abe Visit to Soothe Worried Asia-Pacific Allies

 一つの中国から尖閣への対立点の移動は、中国にとっても利得がある。中国は、台湾問題を国際紛争にするのを認められない。対照的に、尖閣(や南シナ海)は、中国も認める昔からの国際紛争だ。トランプが台湾問題で折れたのは、中国側とのこれまでのやり取りで、貿易紛争である程度以上の譲歩を引き出せる感触を得たからだろう。それと、北朝鮮問題もある。 (Trump And Abe Joint Press Conference: Highlights And Live Feed) (Mattis visit unlikely to calm Trump-rattled allies

 北は最近、トランプと新たな交渉をしたいと考えて、世界を慌てさせるため、原子炉の再稼働やミサイルの試射を繰り返している。北を何とかするには、まず中国に動いてもらう必要がある。トランプは以前から「北の問題は中国に責任がある」と言っている。中国は「いやいや、北の若大将は、うちでなくトランプさんと会いたくてミサイル撃ってるみたいですよ」と言ってくる。東アジアより先に中東や欧州の問題を片付けたいトランプは「そんなこと言わずに中国が動いてくれ。一つの中国を承認してやるから。いいだろ?」と習近平に持ちかけた感じだ。北朝鮮をめぐる外交が動き出す気配はまだないが、北の問題がトランプにとって東アジアの安保問題での最優先課題である感じはする。 (US launches review of North Korea policy) (North Korea restarts nuclear reactor used to fuel weapons program



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