他の記事を読む

OPEC減産合意の深層

2016年12月4日   田中 宇

 11月30日、サウジアラビアを盟主とする石油輸出国の国際組織であるOPECが、リーマンショック不況の08年以来8年ぶりに、ようやく減産に合意した。原油価格は7%ほど急騰した。OPECはすでに今年9月、大枠で減産に合意していたが、核問題の経済制裁を昨年解除され、産油量の正常化に向けて増産中のイランが減産を拒否した。スンニ対シーアの地域覇権争いでイランを敵視するサウジは、イランの主張を退けて対立し続け、減産交渉が頓挫していた。 (The return of OPEC) (Oil Up 7 Percent as Market Awaits Details of First OPEC Production Cut in Eight Years

 今回OPECが減産で合意できたのは、OPEC非加盟の大産油国であるロシアのプーチン大統領が、サウジとイランを仲裁したからだ。原油安の傾向が続く中、政府収入の9割を石油に依存するサウジは財政が急速に悪化し、国民の不満や王家の内紛がひどくなっており、何とか減産協定を結びたかった。シリア内戦の仲間としてイランと親しいプーチンは、イランに減産でなく今後の増産分の一部放棄を合意させ、ロシア自身も減産に参加することでサウジを説得し、減産総量の不足分をサウジがかぶることで話がまとまった。ロシアとOPECが協力して減産するのは2001年以来15年ぶりだ。 (OPEC in first joint oil cut with Russia since 2001, Saudis take 'big hit') (Russia, Iran agree to coordinate steps in oil market ahead of OPEC talks

 OPEC(サウジ)はかつて米国の傀儡で、米国の世界的なエネルギー戦略に沿って動く機関だった。80年代に原油安を誘導し、ソ連を崩壊に導いた。だが近年は、サウジと米国の齟齬が拡大した。米国はシェール石油など国内の石油開発を進め、911以来イスラム敵視が横行する米政界では「もうサウジの石油は要らない。サウジ王政など潰してしまえ」といった主張が出た。 (多極側に寝返るサウジやインド) (サウジアラビア王家の内紛) (イランとサウジの接近を妨害したシーア派処刑

 サウジは、1バレル70ドル以上でないと採算が取れない米国のシェール産業を潰すため、14年夏にOPECを使って原油安を誘発し、原油価格は1バレル30ドル以下まで低下した。シェールの油田は油井の寿命が数年間と非常に短いため、米シェール産業は、巨額の借金をして新規油田を開発し続けねばならない。原油安で赤字が続くと借金を返せず潰れていくはずだった。 (米サウジ戦争としての原油安の長期化

 だが、リーマン以来凍結したままの金融市場を延命するため、米連銀や日欧の中央銀行がQEなど金融の超緩和策を続け、前代未聞のゼロ金利状態が長期化した。シェール産業は、この異様な状態に救われ、サウジが引き起こした原油安で窮乏しつつも完全に潰れず何とか延命した。シェール産業の借金はジャンク債市場の大黒柱の一つで、その連鎖破綻は米金融界の全体を潰しかねないので、米金融界はシェール産業を潰さないよう資金供給を続けた。先に行き詰まったのはサウジ財政の方だった。 (Meet The Man Who Made The OPEC Deal Possible) (中東諸国の米国離れを示す閣僚人事

 米国にとってサウジは、カナダに次ぐ石油の輸入先だ。米国のトランプ次期大統領は、国内のシェールなどの石油産業を保護するため、サウジからの石油輸入を禁止すると発言している。実際に禁輸するか怪しいが、トランプが環境規制を緩和し、米国内の石油開発が進むほど、サウジからの輸入が減り、サウジにとって米国は経済的に重要でなくなる。 (Trump: We Are Banning Saudi Oil From America) (Company Level Imports

 安保面でも、サウジは米国と組んで一緒にシリア内戦でイスラムテロ組織(IS、アルカイダ)を支援し、アサド政権を倒そうとしてきた。だが今や、アサドはロシアの軍事協力を得て優勢になり、米サウジが支援してきたテロリストたちを次々と退治している。トランプは、米大統領に就任したらシリアのテロリストへの支援を打ち切り、ロシアと協調してテロ退治する側に転向すると言っている。サウジは、シリア内戦において米国に追従したがゆえに負け組に入ってしまい、今や米国にもはしごを外されている。サウジはイラン敵視も米国と一緒にやっていたが、オバマがイランと核協約を結んでイラン敵視を緩和し、こちらもはしごを外された。トランプはイラン敵視を復活しそうだが、同時にサウジ敵視も増長しそうで、サウジはこれ以上米国に追随しても馬鹿を見るだけだ。 (OPEC Deal Becomes More Urgent, Harder to Reach on Trump Victory) (Saudi Arabia's strategy of cheap oil prices has failed) (シリア内戦がようやく終わる?

 このような中で、トランプが次期大統領になり、シリア内戦におけるロシアの勝利、米国の失敗(中東撤退)が確定的になった今のタイミングで、OPECを率いるサウジが、ロシアに頼んでイランとの和解を仲裁してもらい、減産による石油価格の引き上げを開始するのは、サウジの国家戦略として納得できる。石油分野での和解が、軍事安保まで拡張されるには時間がかかるかもしれないが、今後、サウジが抱えて泥沼化するイエメン内戦(サウジと、イエメンのシーア派との戦い)を、ロシアとイランの協力で解決していく可能性も強まる(イエメン内戦の終結はこの方法しかない)。今回のロシアによるサウジとイランの間の仲裁は、ロシアの中東覇権の拡大の象徴であると同時に、OPECが米国の傀儡から脱したことをも意味している。 (Russia Works With OPEC, But Won't Cut Oil Production) (ロシアとOPECの結託

▼プーチンからトランプへのカネのかからない「就任祝い」

 今回のOPECの減産は「減産」と銘打っているものの、よく見ると、加盟国はどこもほとんど減産していない。最近もしくは今後増産する分の一部をあきらめるだけだ。サウジをしのいで世界最大の産油量を持つロシアは、ソ連崩壊以来の最大の産油量を産出し続け、毎月記録を更新している(10月が日産1120万、11月が1123万バレル)。ロシアは日産30万バレルの減産に応じたが、これは8月以来の増産分50万バレルより少ない。しかも、ロシアは減産を来年6月までに少しずつ行うと発表している。忘れっぽい世界の人々やマスコミは、ロシアが本当に減産したか確認しないかもしれない。ロシアは減産しないつもりだと、石油業界で疑われている。 (Oil Russia To Cut From November's 11.231 Million Bpd Output) (Ahead of promised cut, Russia's oil output hits record high) (Russia won't stick with its side of the OPEC cut bargain: Analyst

 サウジも増産傾向で、今年4月の日産1015万から最近では1070万バレルへと増やしている。サウジは日産50万バレルの減産を約束したが、これは春以降の増分より少ない。サウジに次ぐOPEC第二の産油国イラクは、ISとの戦いにカネがかかるので減産に応じられないと言いつつ、土壇場で20万バレルの減産に応じた。だがイラクは同時に、日々の産油量を、OPECが発表している460万バレルでなく、イラク石油省が新たに発表した480万バレルと認定してくれるなら、20万を減産すると言っている。統計数字を20万バレル増やした上での20万バレル減産、つまりイラクは減産しないということだ。 (Oil Winners And Losers Of The OPEC Deal) (OPEC, Russia Expand Diplomatic Push to Secure Oil-Cuts Deal

 産油諸国の産油量は当事者しか事実を知らない不確定な数字なので、水増しや過小評価が昔から世界的に横行している。OPEC全体で今回、今の3364万から114万バレル減らすことが合意されたが、そのうちの72万バレルは、産油減と国内消費増で石油の輸出国から輸入国に転じ、OPECを脱退するインドネシアの産出枠との相殺だ。 ("No Going Back": Iraq Demands Exemption From Oil Production Cut, As Rosneft Slams Saudis) (Net oil importer Indonesia leaves producer club OPEC, again

 ロシアもイランもサウジも、事実上減産することなしに、今回の減産協定を決めている。「減産」という言葉が報じられるだけで原油相場が急騰した。イランとサウジは少し歩み寄り、それを実現したロシアの覇権が上昇した。石油の巨大輸入国である中国も、これまでの安値で備蓄を急増しており、相場の上昇で儲かっている。 (China is the big winner in Opec's new world order

 最も損したのは、中東覇権やOPECへの影響力を失った米国か?、というと、そうでもない。今回のOPECの減産による石油価格の再上昇は、ロシアのプーチンから米国のトランプへの、カネのかからない「就任祝い」になっている。トランプは、エネルギー産業への過激な規制緩和を実行し、シェールなど米国内の石油ガス開発や、パイプライン敷設を振興することで、景気回復や雇用増につなげようとしている。従来のような1バレル40ドル台の原油相場だと、シェール石油産業は赤字で、いくら規制緩和しても新たな油田開発に着手する動きにつながらない。だが、今回のOPECの減産劇によって、原油は60ドル台まで上がりそうだと予測されている。 (OPEC Oil Cuts May Revive US Fracking Boom

 米国のダラス連銀によると、米国のシェール油田は、掘削や採油の技術向上によって、採算分岐点が14年の79ドルから、今では53ドルに低下しているという。もしこの効率化が本当なら、原油が少し上がるだけで、シェール産業は黒字になり、トランプの過激な規制緩和が奏功する素地が生まれる。 (Dallas Fed: $53 per barrel the new magic number in the Eagle Ford

 米国が産油国に転換すると喧伝される「シェール革命」は、サブプライムローンにつぐ新たな詐欺的な投資先を開発したい米金融界の錬金術商法であり、技術向上による採算点の低下は以前からさかんに報じられており、鵜呑みにできない部分がある。権威ある(笑)マスコミの一つであるFTの記事は、シェールなど米国の石油は1バレる80ドル以上にならないと開発が進まないと認め、79ドル採算点説を採用している。 (Shale Don't bet on Donald Trump opening the spigots on US oil

 この問題はあるが、もし原油価格が十分に上がり、米国でシェールの石油ガス開発が再び増加し、経済成長や雇用増になると、それはトランプの「功績」になる(シェールの詐欺性を考えると永続的発展は疑問。環境破壊の問題もある)。この「就任祝い」の見返りにトランプは、プーチンへの中東覇権の譲渡を一歩進めたことになる。トランプは多極主義者だろうから、中東の覇権をロシアに与えて多極化を推進することは、目標に合致している。多極化も推進でき、自分の経済政策の功績も得られるので、トランプにとって、今回のOPEC減産は一石二鳥だ。米国のエネルギー業界の人々を反ロシアから親ロシアに転じさせ、多極化を阻止して米単独覇権を維持したい軍産複合体から引きはがす効果もある。 (米国民を裏切るが世界を転換するトランプ) (Putin mediates Riyadh-Tehran differences on slowing OPEC production



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ