すたれゆく露中敵視の固定観念2016年8月20日 田中 宇中東で、ロシアや中国による安定化策が進んでいる。その一つは、ロシアからの要請を受け、トルコがシリアとの国境の全面的な封鎖を検討し始めたことだ。シリアで内戦を起こし、アサド政権を倒そうとしてきたISISやアルカイダ(ヌスラ戦線)は、人材や武器、資金の補給路を、トルコからシリアへの越境ルートに頼ってきた。トルコとシリアの国境線は総延長が820キロある。そのうち98キロの区間が今でも開いており、ISやヌスラの唯一の補給路になっている。トルコがこの国境を完全に封鎖すると、ISヌスラは補給路を絶たれ、アサド政府軍や露イランの支援軍に潰され、内戦が終結に向かう。 (Turkey Needs Political Will to Lockdown Border With Syria) (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成) ISヌスラは、トルコ国内に多く潜んでいる。これからシリアに行く勢力やシリアから戻ってきた勢力などだ。従来、エルドアン大統領傘下の諜報機関がこれらの勢力の世話をしてきた。トルコが対シリア国境の完全封鎖に踏み切ると、これらの勢力がシリア内戦に参加できなくなる。追い詰められた彼らが、トルコ国内で自爆テロなどを頻発させる懸念がある。エルドアンはこのリスクを恐れ、国境の完全封鎖に踏み切れない可能性も残っている。トルコが国境を閉鎖したら、国連が監視団を編成、派遣し、国境閉鎖の維持を監視する構想も出てきた。 (Turkey 'Will Have to Agree' on International Observers at Syrian Border) トルコが対シリア国境を開けていた理由の一つは、国境のシリア側にクルド人勢力(YPG)の支配地が広がっており、クルド自治区の台頭を好まないトルコは、ISヌスラを傭兵として使い、クルドと戦わせていたからだ。トルコが国境を完全封鎖すると、シリア側でクルド勢力が伸長し、トルコにとって脅威が増す。この点を補うため、ロシアはクルド勢力に圧力をかけ、ユーフラテス川の西岸にある町マンビジュからクルド軍を撤退させ、地元のアラブ勢力に町を明け渡させた(クルド人は、ユーフラテス西岸を取ることで、さらに西方にあるクルドの町アフリンと、ユーフラテス東岸のクルド地区を合体させたかった)。クルド人がユーフラテス西岸をあきらめる代わりに、トルコがISヌスラを見捨てる国境の完全封鎖を行うという交換条件の成立が、ロシアによって画策されているようだ。 (Turkey expects Syrian Kurdish forces to withdraw after Manbij operation: minister) (Syrian civil war map) これらの新たな策によってISヌスラが退治され、シリア内戦が終わっていく見通しが立ってきたところで、中国から軍の幹部がシリア政府を訪問し、中国がシリア政府軍に軍事訓練をほどこし、兵器など物資を支援することになった。冷戦時代からシリアに軍事基地を持つロシアが大胆にリスクをとって昨秋からアサド支援の軍事進出をしてきたのと対照的に、中東から遠い中国は、これまでシリア内戦に表立って関与せず、慎重な態度をとっていた。中国は、アサドを敵視する米国との対立に巻き込まれるのを恐れていた。最近、ロシア主導のシリア安定化策が成功し、米国も反対できない状況になったので、中国は慎重姿勢をやめて、正式にアサド政権への支援の強化することにしたのだろう。中国からの軍事支援の開始は、内戦当初からアサドの地上軍を支援してきたイランの負担軽減にもなる。 (China says seeks closer military ties with Syria) シリアの内戦が終わると、ISISとの戦いはモスルを中心とするイラク西部に移る。それを見越してか、最近、ロシア軍が、イラン西部のハマダンのイラン空軍の基地を、爆撃機の発進拠点として使い始めた。今のところ、シリアのアレッポのISヌスラを空爆するため、ロシア本土から飛行するより距離が3分の1ですむイランの基地を使うことにしたという話になっている。今後を考えると、ハマダンからだと、モスルはアレッポよりさらに近いので、シリア内戦が終わり、イラク軍やクルド軍によるモスル攻略が本格化したら、ロシア軍はそのままモスルのISを空爆し始めるのでないかと予測される。 (Russian use of Iranian air base shows Moscow's renewed military might) ▼現実主義のプーチンに負ける非現実主義の米国 これらの流れの全体に感じられるのは、プーチンのロシアやエルドアンのトルコが、一度決めた敵味方の関係に固執せず、現実的に動いていることだ。そのことは、米国が、いったん決めた敵味方関係に固執し、ロシアやイラン、アサド政権、中国などに対する固定観念的な敵視から米国自身を解放できないのと対照的だ。米国は、敵視の固定観念から逃れられない一方で、昔からの味方(NATO加盟国)であるトルコが最近いくら反米親露的な言動をとっても黙認してしまうこともやっている。 (米欧がロシア敵視をやめない理由) 米国のタカ派の言論サイトであるナショナルインテレストは最近、米国が硬直した敵味方関係に固執しすぎた結果、中東の運営に失敗していることを批判する論文を載せている。米国は、中東においてロシアの何倍もの軍事力を持っているのにISヌスラを退治できない一方、ロシアは敵味方の関係に固執せず、ISヌスラを倒すという共通の目標があるイランと柔軟に連携して基地を使わせてもらい、効率的にISヌスラを倒している。ロシアは、トルコに対しても、ISヌスラを擁護する姿勢から倒す側に転換することを条件に仲直りを進め、シリアでの成功につなげている。ロシアは「現実主義」の戦略で成功し、米国は「非現実主義」に固執して失敗している。オバマは、核兵器開発疑惑を解決し、米国がイランと協調できる態勢を作ったが、米国内の勢力(軍産複合体)に阻まれ、成功していない・・・といった内容だ。 (Russian Realism in the Middle East) (軍産複合体と闘うオバマ) 私が見るところ、米国が敵味方関係に固執しすぎて戦略的な失敗を招いているのは、下手くそだからでなく、敵が強いままでいてくれた方が米国の戦略が軍事偏重になって軍産の優勢が保たれるからという、意図的なものだ。露中イランといった「悪」と協調せず、「善」なる同盟諸国とのみ協力するという意味で「理想主義」とも呼ばれる米国の「非現実主義」は、01年の911の少し前から米国の世界戦略を席巻し続けている。「敵」を強化する非現実主義をやりすぎた結果、米国は、中東、中央アジア、アフリカ、中南米など広い範囲で影響力を低下させている。 私が見るところ、この「やりすぎ」も、軍産を潰したい勢力による意図的な策(隠れ多極主義)だ。その結果、今回の例に見るように、米国が単独覇権を維持する余力を失う一方で、中露イランやトルコ、BRICSなど非米的な諸国が台頭し、米国の中に、中露など非米諸国への硬直した敵視をやめて協調関係を結び、米国の世界戦略にかかる負担を減らすべきだという、現実主義に傾注した考え方が出てきている。 (中東を反米親露に引っ張るトルコ) 米大統領選挙でいうと、トランプが現実主義(反軍産)を代表し、クリントンが非現実主義(硬直した敵味方関係への固執、軍産)を代表している。どちらが次期大統領になるかにかかわらず、長期的な流れは、米国の非現実主義の破綻と、現実主義への転換である。中東はすでに「迷えるサウジとその子分たち(GCC)」をのぞき、米国でなくロシアが主導する体制下で動いている。 (米大統領選と濡れ衣戦争) ▼中国も包囲網を乗り越える 東アジアで、敵味方が硬直した米国の非現実主義が最も貫かれているのが、南シナ海紛争を中心とする米国主導の「中国包囲網」だ。だが、この分野でも先日、ASEANと中国の間で来年半ばをめどに、南シナ海での衝突を回避するための行動規範を制定することになった。南シナ海紛争をテコに、中国との敵対を強化したい米国(や日本)を入れず、地元勢力であるASEANと中国の間で行動規範が制定されて守られれば、南シナ海の紛争は沈静化し、中国包囲網は機能しなくなる。 (Conduct code push for South China Sea) ASEANと中国は、02年にも南シナ海での行動規範を定め、これにより紛争が棚上げされ下火になったが、11年に米国(クリントン国務長官が担当)が「アジア重視策」という名の中国包囲網策を開始し、フィリピンやベトナム、日本などをたきつけて南シナ海で中国敵視の姿勢をとらせた。中国は、それに対抗して、南シナ海のサンゴ礁を埋め立てて軍事基地化する工事を急ぎ、一触即発の事態となった。行動規範は有名無実化した。 (中国の台頭を誘発する包囲網) (米国が誘導する中国包囲網の虚実) 先日の国連海洋法条約の裁定では、中国の全面敗訴となり、対立的な事態が悪化しそうになった。だが、これまで南シナ海問題で最も中国と敵対してきたフィリピンで、新たなドゥテルテ大統領がちょうど就任し、ドテルテは従来のフィリピンの姿勢を大転換させて中国との対話の開始を宣言した。ドテルテが特使に任命したラモス元大統領は、すでに香港で中国側との会談を開始しており、今後北京を訪問して対話を進めることになってている。ドテルテの登場で緊張は緩和され、中国は再びASEANに歩み寄り、新たな行動規範を作ることになった。 (Philippines seeks formal talks with China amid South China Sea tension: Ramos) (逆効果になる南シナ海裁定) 新たな行動規範ができても、中国などがそれを順守せず、再び紛争になるかもしれないが、米国が軍産主導で敵対を扇動することを乗り越えて、地元勢力(ASEANと中国)が安定化を実現していく実績が作られていくほど、地元勢力による現実主義の策がまさるようになり、中東と同様、東南アジアも、不安定な米国覇権の体制から、より安定的な多極型の体制に転換していく。 (No guarantee China will honor code of conduct) (加速する中国の優勢) ▼米国防総省も多極化を予測 米国防総省の調査部門(Defense Technical Information Center)が最近発表した報告書は、今から約20年後の2035年に世界が、中国やロシアなどBRICSの諸国が米国と並び立つ多極型の体制へと転換しているのでないかと予測している。いずれ(米国が)単独で世界の問題を解決する金のかかリすぎるやり方をやめて、違う(多極型の)解決方法がとられるようになりそうだ、と報告書は書いている。国防総省も、多極化を予測している。 (The Joint Force in a Contested and Disordered World) (World order in 2035: US could lose ability for global dominance, DoD paper says) 多極型世界において「極」となる地域諸大国どうしは、対等な関係であり、相互の戦争や対立を避ける。今の国連安保理の常任理事国を再編したものが、多極型世界の極の諸国になる。中国やロシアは、米国や欧州と並び、極となることが約束されている。世界が今までの米単独覇権体制から、多極型体制に転換していくのなら、米国という、多極型世界の極の一つが、中国やロシアといった他の極の諸国を敵視し、潰すことを目指しても、それは無駄なこと(もしくはルール違反の「悪いこと」)になる。すでに中東やアフリカ、アジアの国際政治上、ロシアや中国はなくてはならない国になっており、露中を敵視する米国主導の戦略は、現時点で馬鹿げたものであり、軍産の不正な策でしかない。米国が国力を温存したいなら、露中敵視は早くやめた方が良い。露中敵視を続けていると、米国の方が諸国から愛想をつかされ離反される。 (米国と対等になる中国) 「中国は一党独裁の悪い国だ」「ロシアはウクライナに侵攻した悪い国だ」といった善悪観が世界的に根強いが、米国は「2党独裁」だし、無実のイラクに侵攻した「悪い国」だ(しかも、ロシアはウクライナに侵攻していない。マスコミが歪曲報道しただけだ)。日本も「官僚独裁」で、明示的でないだけに中国よりたちが悪い。サウジアラビアやイスラエルなど、露中よりひどい人権侵害をしている国が、米国の大事な同盟国の中にいくつもある。露中は敵視されて当然だと思う人は、マスコミなど軍産の価値観歪曲策にだまされている。
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