クルドの独立、トルコの窮地2015年9月9日 田中 宇シリアの反政府武装勢力の一つに「第30部隊」(Division 30、New Syrian Forces)がある。内戦が長引くなか、反アサド武装勢力の多くはISISやアルカイダ(アルヌスラ戦線)といったイスラム過激派で、穏健派の武装勢力がクルド人しかおらず、シリア国民のほとんどを占めるアラブ人の穏健派武装勢力がない(以前にいた穏健派武装勢力は亡命するか、過激化してISISやアルヌスラに鞍替えした)。米国は、ISISやアルカイダを敵視しているので彼らと一緒に反アサド戦線を組めない。米国は、自分らと組める穏健派の反アサド武装勢力を作ろうと、昨年、5億ドルの政府予算をつけ、5千人の穏健派シリア人を集めて軍事訓練してシリアに送り出す計画を開始した。 (New Syrian Forces - Wikipedia) だが、米国の代理人が北シリアのアレッポ周辺で行った穏健派勢力の募集は、ほとんど人が集まらなかった。シリア人の多数を占める穏健的な人々は、ISISなど過激派を嫌っていたが、同時に米国も嫌いだった。穏健派市民の多くは、アサド政権が持続してISISが退治されることを望んでいた。アサドを嫌う人も、米国の力を借りて武力でアサド政権を倒すべきだとは考えていなかった。募集担当者は、米国との関係を強調しすぎたので、米国の傀儡勢力を集めようとしているとみなされ、人々にそっぽを向かれた。米政府は、それならクルド人(シリアの人口の10%前後)を軍事訓練しようと考えたが、米国と組んで第30部隊の創設を手がけていたトルコが、クルド人を敵視しており、猛反対した。トルコはむしろ、トルコ語を話すトルクメン人(シリアの人口の数%)を集めたいと主張した。失策と混乱の中、結局集まったのは約百人だけで、その多くはトルクメン人だった。 (Lessons from the Bay of Pigs in the Syrian `Division 30' debacle) 米国が武装勢力を訓練してシリア内戦を激化することについて、国防総省や軍産系の勢力とトルコは熱心だったが、オバマ大統領は消極的で、むしろロシアが仲裁する和平交渉に期待していた。そのため第30部隊は超少人数でかまわないということになり、今春からトルコで軍事訓練を行い、7月半ばにシリアに入国し、戦闘を開始することになった。だが、彼らは目立たないように入国したにもかかわらず、すぐ一部のメンバーがアルヌスラに誘拐され、残りのメンバーは事前に設置してあった基地に到着したものの、すぐにアルヌスラに攻撃され、何人かが戦死した。米国が渡した新品の武器も奪われた。米軍機が援護の空爆をしにきたが、くるのが遅すぎた。 (Obama's "Moderate Terrorists": US Trained and Funded Syrian Rebel Force Division 30) (シリア内戦を仲裁する露イラン) 第30部隊のシリア入国の前、米国のエージェントがアルヌスラと話をつけ、ヌスラは30部隊を攻撃してこないはずだった。30部隊は全滅を避けるため「自分たちの敵はISISであり、ヌスラは敵でない。米国がヌスラを敵視するのは間違っている」と表明した。彼らは、親ヌスラに鞍替えすることで、身を守ることにした。米国が巨額の予算をつけて訓練した穏健派武装勢力は、過激派ヌスラの軍門に下った。 (US-trained Syrian fighters refusing to fight) 30部隊は、隠密にシリアに入国したのに、すぐヌスラに誘拐された。それは、米国直系の軍事勢力がシリアにできることをいやがったトルコ当局が、30部隊の入国をヌスラに知らせたからに違いないと、米国の当局者がマスコミに話している。トルコが裏切ったというわけだ。30部隊の入国は、米国とトルコの当局しか知らないことだった。 (Turkey duped the US, and ISIS is reaping the rewards) しかし考えてみると、30部隊の多くはトルクメン人で、トルコに好都合だ。トルコは、シリアでISISと戦う唯一の穏健派武装勢力であるクルド人が、米欧やロシアなどから支持・支援されて台頭していることに大きな脅威を感じている。トルクメン人主体の穏健派武装勢力がISISを打ち負かして功績を挙げ、クルド人に負けずに世界から支持支援されるようになることこそ、トルコの望むところだ。トルコが30部隊を潰そうとしたという説はおかしい。 (War with Isis: Is Turkey's buffer zone in Syria a matter of self-defence - or just anti-Kurd?) 30部隊が基地を作った北シリアのアザーズ(Azaz)の周辺は、北シリアのトルコ国境近くに2カ所あるクルド人の地域(コバニとアフリン Efrin)の間に位置し、2つのクルド人地域が合体して独立国に近い自治区(Rojava、西クルド)になっていくのを妨害できる要衝にある。クルド軍(YPG)は北イラクでISISと戦い、国境沿いの2つのクルド人地域を合体する影響圏の拡大を試みている。トルコは、2つが合体して独立国に発展するのを防ぐため、国境沿いにISISやアルカイダの巣窟(飛行禁止区域)を意図的に作っていたが、30部隊の基地はその地域内にあった。30部隊はトルコに嫌われていたのでなく、むしろトルコの傀儡だった(資金だけ米国が出していた)。30部隊を失敗させたのは、トルコでなく米国自身の内部勢力だろう。 (Despite demands, Syria no-fly zone a no-go for US) (Rojava - Wikipedia) 米国の新聞は、30部隊の失敗を、1961年に米諜報機関が亡命キューバ人を訓練してキューバに攻め込ませて惨敗した「ピッグス湾事件」と同質な、あまりに稚拙な作戦と指摘している。ネオコンが03年のイラク侵攻の大義として「イラクの大量破壊兵器保有」を扇動した時も、あとですぐばれる稚拙さだった。これらはいずれも、米国の諜報界に、過激で稚拙な戦略を扇動・遂行して意図的に失敗に導く勢力がいることを示している。ネオコンの真の目的が、米国の覇権を自滅させる隠れ多極主義だったとしたら、彼らは大成功している。30部隊の壊滅も同様に、わざと稚拙にやって失敗させる米諜報界の策の観がある。 (歴史を繰り返させる人々) (Syrian rebels: Turkey tipped al Qaida group to U.S.-trained fighters) (Lessons from the Bay of Pigs in the Syrian `Division 30' debacle) オバマが今夏イランを制裁解除し、台頭に導き始めて以来、シリア情勢は、イランやロシアが優勢、米国やトルコが劣勢となっている。イランとロシアは、シリアのアサド政権と、唯一の穏健派武装勢力であるクルド人を和解させ、その上でアサドとクルドの連合軍がISISを倒し、ヌスラを解散させる計画だ。この計画では、クルド人が北シリアの居住地域に準国家的な自治区を作ることをアサド政権が容認し、クルド人はアサドが政権に残ることを容認し、両者とシリアの他の諸勢力で連立政権を作る。プーチンは先日、アサドが連立政権化を了承したと述べた。 (Putin: Syria's Assad Ready to Share Power) (イランがシリア内戦を終わらせる) クルド人は、第一次大戦後に国家創設を認められず(英国は、いったんクルド人にトルコ帝国からの独立運動を扇動したが、トルコ共和国ができるとクルドの独立を支持しなくなった)、トルコ、イラク、シリア、イランの4カ国に分かれて住んでいる。このうちイラクは、クルド人自治区がすでに独立国に近い状態だ。シリアも、露イランの調停で内戦が和解するとクルド人の準国家ができそうだ。イランでは、中央政府がクルド地域のインフラ整備を急に進めたり、初めてクルド人の外交官を大使に任命するなど、クルドの懐柔を試みている。クルド人は、イラクとシリアでも親イラン(反アラブ)の傾向で、イランのクルド人が分離独立する懸念は今のところ低い。だがトルコでは、中央政府とクルド人(PKK)の対立が続いており、イラクとシリアのクルド人が独立傾向を強めると、トルコのクルド人(国民の2割)も合流しようとする動きが強まる。 (Growing Kurdish Unity Helps West, Worries Turkey) (Sunni Kurd named Iran's first envoy in Cambodia, Vietnam) 11年からのシリア内戦で、トルコはアサド政権の転覆を求めたが、内戦前の米軍イラク侵攻後の時代、トルコとシリアの関係は改善し、貿易が急増し、09年には合同軍事演習も行われた。しかし米国がアサド敵視を強めて内戦を誘発し、内戦でアサド政権の崩壊が現実の可能性として出てくると、トルコは、アサド政権崩壊でクルド人が独立国を作り、イラク側のクルド人地域と合体していくことを恐れた。トルコは、アサドが嫌いだからというより、シリアのクルド人の独立を阻止するため、あえてアサドを敵視して米国に協力するかたちでシリアに介入した。昨年、シリアとイラクにISISが出現し、クルド人と対峙するようになると、トルコはISISを支援し、クルド軍がISISと戦って疲弊するよう仕向けた。 (Syria-Turkey relations - Wikipedia) (Syrian Kurdish leader: Turkey turns blind eye to ISIS) (Kobani Surrounded, Kurds Report ISIS Fighters Attacking From Turkey) だがシリア北部の戦況は、しだいにクルド軍が優勢になり、ISISは追い出された。米国では、軍産複合体がISISを支援していたが、オバマ政権は軍産の好戦戦略を嫌い、軍産より過激にやって軍産の戦略を破綻させる策をやった。オバマ政権は、濡れ衣に基づくイラン制裁を解除してイランを強化し、イランがアサド政権やクルド人を支援する力を強めてやったり、ロシアがイランの肩を持ち、アサドやクルド人が有利になるシリア内戦の和解策を進めるよう、ケリー国務長官が何度も訪露したりした。その結果、シリア内戦は、クルド人やイランが優勢、ISISやトルコが劣勢となった。 (Turkey takes off gloves in battle against ISIS) (イランとオバマとプーチンの勝利) イランが制裁を解除されて台頭する道筋が確定的になった今年7月、オバマ政権はトルコに対し、これまでのようなISISへの支援や黙認をやめ、ISISとの戦いにきちんと参加するよう求めた。トルコはそれを了承したが、同時に、これまでISISにクルドを攻撃させていたのができなくなるため、トルコ軍が直接、シリアにあるトルコのクルド人過激派PKKの拠点を空爆し始めた。トルコは2年前からPKKと結んでいた停戦協定を一方的に破棄した。トルコのエルドアン大統領は最近「ISISよりPKKの方がトルコにとって脅威だ」と、本音を暴露している。 (Turkey Invades Iraq: Two Battalions Launch Ground Incursion In "Hot Pursuit" Of "Terrorists") (Erdoan says PKK, not ISIL, urgent threat for Turkey) イラクのクルド人は03年の米イラク侵攻前、米イスラエルに支援されてサダムフセインと戦っていたころから武装し、立派な軍隊(民兵団、ペシュメガ)を持っていたが、シリアのクルド人は、11年に内戦が始まるまでほとんど武装していなかった(アサド政権に弾圧されていた)。シリアのクルド人を武装させ、軍隊(YPG)の強化に貢献したのは、シリアを拠点にトルコ政府軍と戦っていたトルコ人クルド組織PKKだった。PKKは、YPGの生みの親といえる。YPGはシリアでISISと戦う唯一の穏健派勢力で、今や米欧のISIS退治に不可欠な友軍だ。それなのにトルコは、YPGの親分であるPKKを分離独立主義のテロリストとして空爆殺害し続けている。 (Kurds Accuse Turkey of Allowing IS Attack on Kobani) (People's Protection Units From Wikipedia) トルコにしてみれば、トルコから分離してクルド人国家を作ろうとするPKKは、ISISができるずっと前(80年代)からの脅威であり、ISISと戦える勢力がPKKの子分であるYPGしかいないという理由でトルコにPKK敵視をやめろと圧力をかける国際社会の方がおかしい、ということになる。しかし、そもそもトルコ・ナショナリズムに基づいてクルド人の民族意識を抑圧し、人権弾圧してきたトルコの国是に問題があるという話にもなり、クルド問題でトルコは国際的に孤立しそうな流れになっている。 (The YPG: America's new best friend?) 中東の国境線の多くは第一次大戦後に確定した。その後、トルコやイラク、シリアなど、新生国家が各自のナショナリズムを扇動して国内を統合することが国際的に奨励され、自分の国を持てなかったクルド人の民族意識は軽視された。トルコ政府が国民の2割を占めるクルド人を「まつろわぬ民」として弾圧しても、誰も非難しない時代が続いた。しかし今、覇権国である米国が、イラク侵攻(3分割誘導)やテロ戦争という名の混乱醸成、エジプトやシリアの政権転覆の誘発、ISIS涵養など、中東諸国の根本的な枠組みを変えてしまう(故意の)失策を続けた結果、中東は第一次大戦当時に匹敵する再編期に入っている。 (わざとイスラム国に負ける米軍) (米英を内側から崩壊させたい人々) 露イラン主導のシリア再建策が成功したら、シリアとイラクにクルド国家が作られる可能性が高まる。トルコとイランでも、クルド人の自治拡大要求が強まる。特にトルコは、国内にクルド人の自治区を作ることを認めざるを得なくなるかもしれない。この流れを食い止める策として、トルコ軍がシリアやイラクに侵攻し、ISISと組んでクルド軍を完全に潰すという選択肢があるが、これをやるとトルコはまったくの「テロ支援国家」になる(与党AKPが11月の選挙に勝つためにクルドに本格戦争を仕掛ける可能性がある)。 (AKP may resort to civil war to remain in power: Turkey opposition) トルコの現政権(AKP、エルドアン政権)は、2002年に政権をとって以来、それまでの政権よりもクルド人に融和的だった。以前の政権はイスラム政治を敵視する世俗主義で、トルコ・ナショナリズムのみを基盤としたため、同化に消極的なクルド人への弾圧が必須だったが、AKPはイスラム主義の傾向を強めたため、トルコ人もクルド人もイスラム教徒が大多数である点で変わらず、クルド人を無理矢理トルコ人として同化する必要が減った。AKPは、それまで禁止されていたクルド語の教育や放送を認め、12年からはクルド人組織PKKと停戦した。しかし、シリア内戦でのクルド人の国際発言力の拡大を受け、クルド人の独立機運が強まり、それを封じるためトルコ軍は昨秋からPKKへの空爆を再開している。 (Kurdish Anger Soars as Turkey Won't Open Iraq Arms Corridor) 今年6月のトルコの総選挙では、クルド運動家と左翼運動家が作った政党HDPが躍進し、AKPは02年以来初めて過半数をとれなかった。11月にやり直し選挙をすることになり、AKPはとりあえず連立政権を作ろうとしたが、第2政党のCHPは短命とわかっている政権への参加を拒否した。AKPは結局、親クルド政党であるHDPと連立政権を組んだが、クルド政党が与党に入る前代未聞の事態の中で、トルコ軍がクルドのPKKへの空爆を拡大するという異様な展開になっている。 (Turkey appoints opposition groups to interim cabinet) 今年7−8月には、トルコからギリシャを通って西欧に行こうとするシリア人などの難民が急増し、全欧的な大騒動になった。トルコからギリシャ経由で西欧に向かう難民の7割程度がシリア人で、そのほとんどは内戦勃発後、シリアから出てトルコに何年か住んでおり、今回新たにシリアから出てきたわけでない。対岸のギリシャのコス島(Kos)との間の海が狭いトルコのボドルム(Bodrum)などに、業者に手引きされた多数の難民が夜間に押し寄せ、次々にゴムボートでコス島にわたったが、地元の警察や沿岸警備隊は、ゴムボートが転覆したとき以外動かず、難民の出国を黙認していた。 (Amid Perilous Mediterranean Crossings, Migrants Find a Relatively Easy Path to Greece) 越境を試みる難民のほとんどは、越境を手引きする業者に金を払って依頼している。業者の勧誘や当局筋の誘導・脅しがなければ、多数の難民が越境する騒動は起こらない。難民騒動は、トルコの治安当局や諜報機関、その下部組織である業者などによる、意図的な動きであると考えられる。 (Engineered Refugee Crisis to Justify "Safe Havens" in Syria) (難民はリビアからイタリアなどにも来ており、それらはトルコと関係ない。だが、全く異なる複数のルートで難民の大量流入が同時に起きている点は、諜報事案のにおいがする。ヨルダンでは最近、国連がシリア人難民キャンプの20万人に、資金難で食糧配給が滞るかもしれないと同送メールを送り、難民の危機感を煽った。国際機関は、諜報に長けたアングロサクソンや仏人が現場の幹部をしており、危機感の扇動によって難民が欧州に押し寄せる事態を誘発できる) (UN Text Messages Over 200,000 Syrian Refugees: Food Aid To Be Cut Off) トルコは総勢200万人のシリア難民を国内に抱えている。難民の中にはクルド人も多い。トルコ政府は、難民が西欧に押し掛ける事態を誘発した可能性があるが、その意図は、露イランのシリア再建策に賛成し始めたEUに対し「クルド人の独立を容認しろと言ってトルコに意地悪していると、無数の難民が西欧に押し寄せますよ。良いですか」というメッセージを送ることだろう。 (Russia Was Right About How to Deal with Syrian Crisis - Finnish President) このほか、8月にタイのバンコクで起きた寺院(エラワン廟)の爆破テロも、トルコの諜報機関が絡んでいるようだ。タイが約100人のウイグル人(トルコ系)を中国に強制送還したことに抗議する意味で、中国人観光客がよく来るエラワン廟(金儲けがかなうとされるパワースポット)を選んで爆破テロが起こされたらしく、ウイグル人の独立運動を支援してきたトルコの民族主義運動組織「灰色の狼」のメンバーが、テロ実行犯の容疑者として逮捕され、自宅から爆弾の材料らしきものが押収されている。 (Bangkok bombing: Was it the Grey Wolves of Turkey?) (Jane's Analyst Implicates NATO Terror Group in Bangkok Blast) (ウイグル人のイスラム信仰を抑圧しすぎる中国) 灰色の狼は60年代に設立され、かつては世俗的な極右のトルコ民族主義だったが、近年はイスラム主義に傾注している。同組織はトルコの野党MHPの系統で、同党は今年6月の選挙で投票数の16%を獲得し、第3政党の座を維持している。灰色の狼は、右翼の政治組織でもあり、トルコの諜報界と関係ない組織ではない。トルコは自暴自棄になりつつあるのか。最近まで中東で最も安定した国の一つだったトルコは、急速に崩壊色を強めている。 (Grey Wolves From Wikipedia)
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