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構造転換としての中国の経済減速

2015年9月1日   田中 宇

 中国経済は減速するのか。株の暴落は、中国経済が大きく減速する序章なのか。それは今、世界中の経済専門家にとって、分析すべき最大の課題といえる。08年のリーマン危機後の世界経済の成長の3分の1は、中国経済の成長によるものだ。中国経済が大幅に減速すると、世界経済は不況に陥る。世界経済を下支えする力は、米連銀の緩和策よりも、中国の過剰投資政策の方がずっと強い。QEは、金融システムの延命に効果があるが実体経済を改善しない。世界の実体経済を支えてきたのは、中国の過剰投資だった。中国が過剰投資を縮小した結果、世界は不況の瀬戸際にある。FTは、QEを「宴会の酒(パンチボール)」にたとえ、中国の過剰投資策を酒よりずっと強い「麻薬(モルヒネ)」にたとえている。 (China-led market distress echoes taper tantrum) (ADB Chief Economist: Claims of China's growth collapse 'greatly exaggerated'

 中国の株暴落、人民元と金利の切り下げ後、中国経済が大幅減速しそうだとの観測が一時流れたが、その後、中国経済は大して減速しないといった分析が席巻するようになっている。 (China Stunner: Real GDP Is Now A Negative -1.1%, Evercore ISI Calculates

 IMFは、8月中旬に発表した報告書に、中国の経済成長率が昨年の7・4%から今年は6・8%に減速するとの予測を盛り込んだ。ムーディーズは8月28日、中国の来年の経済成長率についての予測を、以前の6・5%から6・3%に引き下げた。いずれも、大した減速を予測していない。 (China pays the price of change) (On Second Thought, China Slowdown Will Hit Global-Growth Outlook

 ゴールドマンサックスは、中国のバブル崩壊の元凶となっている地方政府の過剰投資について、中国政府が地方政府の高利の短期債務を、政府発行の低利の長期債務と交換(スワップ)し、投資部門が再活性化するので、中国経済の成長率が7-9月期の前年同期比7・5%から、9-12月期に8%成長へとむしろ加速すると予測している。 (GOLDMAN SACHS: Chinese economic growth is about to accelerate

 中国経済があまり減速しないとか加速するといった予測が、具体的な成長率の数字をあげているのと対照的に、中国経済の大幅に減速するという予測には、具体的な数字がついていない。しかし、なぜ減速しそうかという構造的な分析は、大幅減速説の方がずっと説得力がある。中国経済は減速しにくいとの予測は、米欧日の株価を維持するための楽観論にも見える。IMFは中国経済の成長率を下方修正しそうだ。 (IMF: Global markets should brace for China slowdown) (IMF Says China Economy Slows; Caixin China PMI Collapses

 インド人の経済学者サンジーブ・サンヤル(Sanjeev Sanyal)らによると、中国は投資主導の経済成長から離脱する移行期に入っており、投資の減速により、今後数年間、中国の経済成長率が低下すると予測される。彼によると、08年のリーマン危機後の世界不況によって工業製品の需要が世界的な落ち込んだため、中国は、世界への工業製品の輸出を増やすことで経済成長するそれまでの経済戦略を棚上げし、代わりに自国のインフラ整備や住宅建設などの投資を急増することで経済成長を維持した。 (Secular decline in China's growth could last several years: Sanjeev Sanyal

 この投資増加策によって、中国は世界から鉄鉱石やエネルギーなどのコモディティ類、原材料を旺盛に輸入し続け、これがリーマン危機後の世界経済が不況から立ち直る原動力になった。米国など世界からの投資資金が、中国の交通インフラや工業設備、住宅建設などに投資され、資金は中国の株式市場にも入り込み、昨年からの株高をあおった。中国は、世界の投資資金の4分の1を使ってきた。 (Not seeing a cyclical downturn in China, but a structural shift: Sanjeev Sanyal

 しかし、数年間の旺盛な投資の後、中国のインフラ整備や住宅建設は過剰気味になり、建設されたが使われていない工業設備や商業施設、住宅などが全国各地でかなり目立つようになっている。中国経済は11兆ドルの規模(GDP)だが、毎年5兆ドルの資金が中国の固定資産に投資されてきた。GDPの50%近い巨額の投資が行われているのだから、投資効率がやや低くても年率20%ぐらいの経済成長を中国にもたらしても不思議でないが、実際の経済成長率は7%程度であり、投資効率が非常に悪い。無駄な投資が大半であり、効率は年々悪化するばかりだ。FTやボストングローブなども、サンヤルと同様の分析を載せている。 (Why worries about China make sense) (The end of China's growth model

 中国では、今年前半に2200キロの新たな高速鉄道(新幹線)が開通するなど、インフラ投資が依然旺盛だが、高速鉄道の新設はすでに最重要幹線網で一段落し、しだいに最重要でない路線の高速化になっている。投資効率は低下している。 (News Analysis: China boosts infrastructure investment to shore up growth

 中国の固定資産投資は明らかに過剰だ。しかし、この数年間の中国の過剰投資がなかったら、リーマン危機後の世界不況はもっと長く厳しいものになっていた。中国は、世界経済にとって大恩人である。日本も、中国の投資拡大がなければ、アベノミクスなどと命名して浮かれていられなかった。 (新興市場バブルの崩壊

 とはいえ、中国の過剰投資策は昨年あたりから弊害の方が多くなり、中国政府は今年から投資の増加を抑える政策を始めていた。今夏の中国株の暴落は、こうした過剰投資策の終焉を受けたものだった。 (China's push-me-pull-you policies leave the world reeling) (The Great Unwind, China Begins Dumping Treasuries

 中国政府は、投資増を抑えたら経済成長が減速すると予測し、低成長が続く今後の状態を示すものとして「新常態」(new normalの訳語)という言葉を流布してきた。景気が減退すると、所得が減って市民の不満が増すなど、世の中全体の状況が悪くなる。中国の役人や企業人たちの中には、経済の減速を容認する習近平政権の姿勢に反発し、投資バブルを再燃・延命させようとする者が多い。 (Crises Put First Dents in Xi Jinping's Power) (We have reason to believe the unthinkable is happening to China's president

 こうした全体的な趨勢に対抗するため、大統領に相当する習近平は、汚職取り締まりキャンペーンを使って共産党上層部の他の有力者たちの権力を削いで自分の力を増強し、毛沢東以来の大きな権力を握るようになった。トウ小平が1990年代に作った「集団指導体制」の時代が終わりつつある。習近平は、自分の側近たちに党内に小組織を作らせ、バブルを維持・延命させようとする役所から権限を奪い、政策決定権を小組織に与えている。 (The Chinese model is nearing its end

 今夏の株の暴落も、習近平ら政権上層部は、意図して効果的な株価対策をやらず、暴落を看過容認した観がある。7月初めの暴落では、2日後まで中国当局が本格的な市場介入をしなかった。8月の暴落では、前日に利下げをやる選択肢があったのにやらず、暴落が2日続いた後の翌週になって「あとのまつり」的な利下げをやるなど、間抜けに見える政策をとっている。米欧の新聞は「中国政府は株価対策もきちんとできない無能な奴らだ」と書いている。だが、投資抑制と経済の減速を容認すべきかどうかをめぐって議論してきた中共の上層部が、株価の暴落を予測して対策を考えていなかったとは思えない。 (China's Next Problem: Paying for Its Stock-Market Bailout

 習近平は、株価下落の責任を首相の李克強に押しつけている。実のところ李克強は、首相としての権力のかなりの部分を習近平に奪われ、中共史上再弱の首相と呼ばれている。株暴落への稚拙な対応は、李克強でなく、習近平の意図するところだったと考えられる。 (This Could Be Very Bad News Ahead Of China's Open Tonight) (Questions over Li Keqiang's future amid China market turmoil

 投資バブルの戦略を縮小し、代わりの策を何もしなければ、中国経済はかなり減速する。習近平は、何か代わりの策をやろうとしているのだろうか。一つ指摘されているのは、中国国内に向けた投資増を抑止していく穴埋めとして、他の新興諸国や発展途上諸国の産業インフラなどの固定資産の国際投資を中国が急増することだ。中国は昨年から「海のシルクロード」「一帯一路」といった、国際インフラ投資の戦略をさかんにやっている。今春には、国際インフラ投資のための銀行としてAIIB(アジアインフラ開発銀行)も設立した。 (China Takes Its Debt-Driven Growth Model Overseas

 この国際投資が、従来の中国の投資戦略と異なる点は、従来の中国が米国など世界からドル建てなどで資金調達して国内投資に回していたのと対照的に、昨今の中国の国際投資は多くの部分が人民元建てで、ドルや米欧に依存せず、中国自身の資金を世界に投資することだ。これまでの中国の国内投資は、リーマン危機後の世界経済の成長に不可欠なものだったので、それを代替する今後の中国の国際投資も世界経済の成長に不可欠なものになる。AIIBにそっぽを向いた米国や日本は、自らを負け組の側に置いたことになる(米国は隠れ多極主義、日本はその米国に従属)。人民元は来年、国際基軸通貨の一つとしてIMFのSDRに組み入れられるだろう。 (China's overseas investment paving way for renminbi internationalisation

 投資バブル戦略を代替する中国の経済成長策としてもう一つ存在するのは「投資でなく国内消費で高度成長を実現すること」だ。FTなどは最近、株価が暴落しても北京や上海の市民の消費は旺盛です、と言いたげな記事を何本も出している。中国政府は、市民が金曜日に半休をとって週末に余暇に出かけてカネを使うことを奨励している。過剰投資戦略が終わり、超高級ブランドはぱったり売れなくなったが、白物家電などは人気商品がよく売れている。 (China's caravan parks defy economic fears) (China slowdown belies consumer market health

 米国では、約半分の家庭が資産の一部を株式に投資しているが、中国で株式投資をやっているのは20-30人に一人だけだ。中国では、株価の暴落が市民全体の所得減に直結しない。中国では今年に入り、投資増の抑制で、製造業や建設業が明確に成長鈍化しているが、サービス業は成長が加速している。中国の消費社会は成長しつつある。 (Why China's stock market implosion might not be very meaningful) (On Second Thought, China Slowdown Will Hit Global-Growth Outlook

 しかし、中国経済を投資主導から消費主導に転換するのは、少なくとも短期的に、かなり難しい。消費主導の成長モデルへの移行は、何年も前から提唱されていたが、実現はゆっくりしか進んでいない。中国人の多くは倹約家で、贈答や贈賄など「形を変えた投資」以外の、自家消費の部分では、なかなか旺盛に消費しない。ラテン的なブラジル人は、リーマン後の金利低下を背景に、旺盛な消費で2010年ごろまで一時期高度成長していたが、今はマイナス成長だ。この時期に、中国は旺盛な投資をしていた。この「ありとキリギリス」的な対照性には、国民性が反映されている。中国は、今後もなかなか旺盛な消費社会にならないだろう。 (Emerging markets: Fixing a broken model

 このほか、これまでの投資バブル政策の中で巨額の起債や銀行借入をして不動産開発事業などに投資して多くが失敗している中国の地方政府の負債(高利の短期債務が中心)を、中央政府が債務保証する低利の長期債務と交換(スワップ)することで、経済が再活性化するという分析もある。中国経済の成長率が7・5%から8%に加速するという、前出のゴールドマンサックスの予測の根拠になっているものだ。この交換をやらないと、いずれ地方政府の事業性負債の多くが事業の破綻によって返済不能になり、金融危機を引き起こすが、交換を実施すると、それが新たな事業資金になって経済が再活性化すると、以前から多極化を予測してきた欧州のシンクタンク(LEAP)が分析している。中国政府が地方政府の債券を買い支える中国版QEもあり得るという。 (China - The potential financial meltdown

 しかし私から見るとこれは、すでに行き詰まりを見せている投資バブルの再燃・再扇動でしかない。以前に非効率な投資を頻発していた地方政府が、今から急に効率的な投資をやるとは思えない。バブルを再膨張で延命させると、その後のバブル崩壊がさらに大きくなって手に負えなくなる。米国の債券金融システムがこの破綻の道をたどり、日本が日銀のQEで破綻道に同伴している。

 中国政府は最近、人民元を切り下げるなど、米国などからの投資金が自国から流出するよう仕向けている。これは株の暴落を黙認したのと同様、習近平政権の意図的な戦略だろう。今後、米国の債券金融システムがしだいに不安定になるだろうから、その際に自国への投資金が乱高下に巻き込まれるのを防ぐため、あらかじめ米国からの資金を意図的に流出させ、代わりに人民銀行が作った国内資金で穴埋めすることにしたと考えられる(そのため人民銀は国内銀行の準備金比率を下げた)。こうした姿勢から推測すると、習近平政権が米国と同じようなバブルの再膨張策をやりたがるとは思えない。

 中国政府の幹部の中には、経済が減速したらバブルを再膨張させるのが良いと考える者が多く(それは従来の世界的な常識論でもある)、バブル再膨張を禁じる習近平の策は不評だ。習近平は、自らに権力を集中させて独裁者になることで、常識論の台頭を食い止め、バブルの再膨張を防ごうとしている。経済成長が7%以下になると暴動が増えて政権崩壊につながりかねないと、中国政府自身が以前に言っていた。この論理は、中国がこれまでの投資バブル策を正当化するための誇張だった可能性もあるが、暴動が増えた場合の政権崩壊(党上層部の分裂)を防ぐため、習近平が独裁権力を強化したとも考えられる。 (We should worry about China's politics not the economics

 今のところ、一帯一路やAIIBなどの対外投資の増加だけでは、既存の投資バブルを完全に代替することはできそうもない。一帯一路はもともと新疆ウイグル自治区の成長策として作られたが、同自治区とパキスタンやキルギスを結ぶ道路沿いにある開発区は、どこもガラガラで事業として成功していない(私は昨夏見に行った)。いずれ変わるかもしれないが、今はまだ無駄な投資が大半だ。中国経済はしばらく減速した状態(新常態)が続きそうだ。そして、中国の減速は世界不況を引き起こす。 (米国の利上げと世界不況

 覇権分析として見ると、中国が対外的な固定資産投資を増やすことは、米国が覇権国になった直後の第二次大戦後、ドイツ・西欧や日本などに対してマーシャル計画など大きな国際投資を行ったことと似ている。米国の覇権(債券金融システム)がいつまで持つかによって、中国の台頭や覇権多極化の今後の速度も変わってくるが、世界情勢が覇権転換期の様相を強めていることは感じられる。



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