インド洋を隠然と制する中国2015年8月20日 田中 宇アフリカの旧フランス領であるジブチは、アラビア半島の紅海の対岸、インド洋からスエズ運河に向かう海路に面した小さな国だ。ここには、アフリカ大陸で唯一の米軍基地であるレモニエ基地(Camp Lemonnier)がある。米国は911直後の01年から同基地を租借し、テロ戦争の拠点として使ってきた。今は、米軍の世界最大級の無人戦闘機・偵察機の拠点であり、米軍はここからISISやイエメンなどを攻撃する無人機を飛ばしている。またジブチには、ソマリア沖に出てくる海賊を探知・退治するため、米仏独や日本、インド、そして中国などが軍隊を置いている。海賊退治には20カ国が参加している。 (China negotiating naval base with Djibouti) そのジブチで、中国が軍事基地を新設する動きを続けている。ジブチの権力者であるイスマイル・ゲレ大統領は、1999年から3期15年間大統領をしている。彼は以前ずっと米国と親密な関係にあり、ジブチは米国のテロ戦争にとって重要な国だった。しかし近年、米国の政府や議会がゲレの独裁的な政治手法や人権侵害を非難する傾向を強めた。ジブチは来年、大統領選挙がある。ゲレは以前、不出馬を表明していたが、最近、憲法の4選禁止の規定を改訂し、来年の選挙に出ようとしている(前回2011年の選挙前にも、ゲレは憲法を改定し、3選を可能にした)。米政府は、来年の選挙でゲレの出馬を阻止しようとしている。 (US frets over its sole base in Africa) (Ismail Omar Guelleh - Wikipedia) 5月6日、米国のケリー国務長官がジブチを訪問してゲレに会い、自分の続投のために憲法を改訂するなと圧力をかけた。するとゲレは4日後の5月10日、仏AFP通信のインタビューの中で、中国がジブチに軍事基地を作ることを希望しているので交渉中だと突然暴露した。米軍はジブチに、主要拠点で国際空港に隣接するレモニエ基地と、副次的拠点として港湾のオボック基地の2つを持っているが、米軍にオボック基地から出ていってもらい、代わりに中国軍に入ってもらう構想をゲレが表明した。ゲレの表明は、米国が選挙の件で内政干渉するなら中国に頼るぞ、内政干渉するな、という米国への警告だった。 (Djibouti President: China Negotiating Horn of Africa Military Base) ジブチと中国は、昨年2月に戦略協定を締結した。中国軍がジブチの港を以前より自由に使えるようになり、見返りに中国がジブチの港湾やその他のインフラ整備を進め、中国軍がジブチ軍に訓練や設備供与を行うようになった。ゲレ政権のジブチが中国寄りになるのを見て、米国がゲレを批判する度合いが強まり、今年5月のゲレの中国基地交渉暴露へと発展した。 (China's Military Base in Djibouti Exposes US Decline) 米軍はジブチに4千5百人が駐屯し、基地使用料として年間6300万ドルをジブチ政府に支払っている。一方、中国軍は1万人が駐屯する構想で、1億ドルの基地使用料を払うと言っていると、ゲレは語っている。中国に対抗する意味で、米国は今年から基地使用料を倍額にするという。 (China Comes to Djibouti) その後、ジブチに中国軍が基地を設ける件で、新しい話はない。ゲレは米軍にオボック基地から出ていってもらうと表明したが、米軍は同基地を使い続けている。中国の外務省や国防省(国防部)の広報官は、記者会見でこの件を記者から尋ねられたが「ジブチとは友好関係を保っている」と述べただけで明確な返答を避けた。中国軍は、日本の自衛隊と同様、以前からソマリア沖の海賊退治のためにジブチに駐留してきたが、小規模なもので、1万人駐留計画はジブチ側の誇張である感じがする。 (China military declines to confirm Djibouti base plan) しかし、中国がジブチを戦略拠点と考えていることは確実だ。中国は、ジブチの港湾を改良する建設事業に4億ドルを投資する計画だ。ジブチは歴史的に、内陸の山岳国で古くからの強国だったエチオピアに物資を運ぶ流通路の港湾として機能し、ジブチとエチオピアを結ぶ鉄道が重要な交通インフラだ。中国はこの鉄道を高速鉄道として作り直す建設事業にも30億ドルを投資する。 (China to take over strategic US military base in Djibouti) 中国の国際戦略は、インフラ整備など経済面で投資して相手国と親しくなり、港湾や空港を必要に応じて中国軍が使えるようにしておくことだ。中国が、米軍を押しのけて1万人規模の基地をジブチに作る気があるのか疑問だが、中国がジブチに気前良く投資していることから、重要な戦略拠点と考えていることは間違いない。 (US vs China in Djibouti) ジブチの港湾の運営は、20年前からドバイの港湾運営会社であるDPワールドが請け負ってきた。しかし昨年夏、ジブチ政府はDPワールドが贈賄を試みたスキャンダルを暴露し、DPワールドとの契約を解約し、代わりに今年から港湾の運営を中国の政府系企業に任せている。港湾の運営を中国企業が手がければ、中国軍が港湾を利用する際に有利だし、中国と敵対する諸国の港湾利用を妨害することもできる。 (China deal threatens only American military base in Africa) (Djibouti Files Arbitration Against DP World Over Alleged Corruption in Port Deal) ジブチを取り込んでいく中国に、米国は、対抗していくどころか逆に、中国寄りになるゲレ政権のジブチを見捨てて出ていく傾向だ。ジブチに中国が基地を作ると、中国軍がそこを拠点に、近くにある米軍拠点の信号を傍受し、米軍の重要情報が中国に漏洩しかねないとの理由で、米軍は最近、重要な情報をジブチに置かないようにしている。テロ戦争や無人機による戦争は、諜報戦の要素が大きい。重要情報をジブチに置かなくなることは、米軍がジブチを、従来のようなテロ戦争や無人機戦争における重要拠点として扱わなくなることを意味している。米議会は、ジブチ政府に圧力をかけて中国軍の基地を作らせないようにする策をとっているが、それをやるほどジブチは米国から離れ、中国寄りの姿勢を強め、逆効果だ。 (Djibouti: U.S. Worried About China's Military Plans for Djibouti) (China Dominates America in Djibouti) ジブチのレモニエ基地はアフリカ唯一の米軍基地であり、米国にとって地政学的に重要な拠点だ。出て行くはずがないと考える人が多いだろう。しかし米国は、すでに中央アジアのキルギスで、出て行くはずがない地政学的な重要拠点から、あっけなく総撤退している。米軍は、ジブチの国際空港の一部をレモニエ基地として借りたのと同時期の01年の911事件後、キルギスの国際空港の一部をマナス基地として借り上げ、アフガニスタン占領の補給地として使いつつ、近くの中国やロシアににらみを効かせる拠点にしていた。しかし昨年、アフガニスタン占領の終了(大幅縮小)とともに、米軍はマナス基地から撤退した。 (Kyrgyzstan's Eastward Slide) 加えて今年7月下旬、米国務省がキルギスの反政府活動家アジムジャン・アスカロフ(Azimzhan Askarov)に「人権擁護者」賞を与えたことに怒ったキルギス政府は、報復として、冷戦終結後の1993年に米国と結んだ協力協定を一方的に放棄し、米国と疎遠になった。アスカロフは2010年の反政府暴動で警察官を殺した罪で終身刑を受けて服役中で、キルギス政府から見れば犯罪者だ。キルギスは冷戦後、協力協定のもとで米国(主に国務省傘下のUSAID)から合計20億ドルの支援を受けたが、協定の破棄は事実上、キルギスが今後の米国からの支援を断るものだ。 (Kyrgyzstan cancels cooperation treaty with United States) (Kyrgyzstan cancels cooperation treaty with US) キルギスは7月に米国との関係を疎遠にした直後の8月中旬、ロシアが主導するユーラシア経済同盟に加盟した。キルギスは、米国の傘下からロシアの傘下に鞍替えした(キルギスには以前からロシア軍の基地がある)。米国は「中国包囲網」に不可欠な、中国に隣接するキルギスに米軍拠点を設ける権利を失ったことになる。米国がアスカロフに与えたらキルギスから疎遠にされることは事前に予想できた。米政府は、まるでユーラシアでの露中との地政学の戦いに負けることが目的であるかのように、最悪のタイミングで人権外交を展開した。 (Mulling Kyrgyzstan's Decision To Join The Eurasian Economic Union) (Is Russia Behind the U.S.-Kyrgyzstan Diplomatic Row?) キルギスを、ジブチの先例と考えた場合、米国がジブチ政府の人権侵害や権威主義を非難するほど、ジブチは非難してこない中国に頼るようになり、最後には米軍基地を追い出して中国軍に基地を作らせ、米国の傘下から中国の傘下に鞍替えしてしまう。米国にとって、キルギスの喪失がユーラシアの喪失である(アフガニスタンもすでに中露イランのものだ)のと同様、ジブチの喪失はインド洋東部地域の喪失につながりうる(まだケニアやタンザニアなどが米国の傘下だが)。 (Becoming a Maritime Power? - The First Chinese base in the Indian Ocean) 中国軍がジブチに駐留する理由は、航路の防衛だ。日仏独の駐留と同様、ソマリア沖に海賊が出没して自国の船に危害を加えるからだ。しかし、ソマリア沖の海賊の出没は、2011年ごろまで年に数百件もあって多かったが、2013年から激減し、昨年や今年はほとんど海賊が出てこなくなった。米仏独日中など国際軍の海賊探知力が上がったからであり、国際軍が駐留をやめたら再び海賊がはびこるといった(恒久駐留を正当化する)見方もあるが、海賊退治だけを理由に中国軍がジブチへの駐留を増強するのは奇異だ。増強の理由はむしろ、インド洋の航路において、これまですべての国々の船舶を防衛してくれていた米国が、中国など「敵性国」の船舶を防衛してくれなくなり、中国軍自身が中国船の航路防衛を行わねばならなくなっているからだろう。 (Piracy off the coast of Somalia - Wikipedia) 中国は最近、ジブチだけでなく、インド洋の島々や沿岸の中小の諸国で、経済面の投資を強化する見返りに、中国軍による港湾や空港の利用を認めさせる軍事戦略を展開している。インドの南西にある諸島のモルジブでは7月、中国が島々を埋め立てて軍用施設を作ることを許可するかのような新法が制定され、インドなどが苛立っている。モルジブは従来、外国人の土地所有を禁じていたが、10億ドル以上の総投資額で、事業用地の7割以上を海水面埋め立てて造成するなら、その土地を投資者の外国人が所有できる新法を制定した。モルジブは1200の島々から成っている。中国は最近、南シナ海の珊瑚礁埋め立てによる軍事施設建設などを通じて埋め立て技術を磨いており、モルジブの新法は、中国が埋め立てで軍事基地を作るためのものに違いないと騒がれている。 (China says India's fears of military base in Maldives unfounded) (Maldives Reassures India, Says 'No' to Chinese Bases) 中国はモルジブへの投資を急増している。モルジブに来る観光客で最も多いのもいまや中国人だ。モルジブの現政権は今年2月、前大統領で人権活動家のモハメド・ナシード(Mohammad Nasheed)を投獄したため、インドがこれに抗議してモディ首相のモルジブ訪問を延期した。モルジブは従来、経済面でインドの影響下にあったが、アブドラ・ヤミーン大統領の現政権は、中国にすり寄ることで、インドとの関係を疎遠にしている。首都マーレの空港建設は当初、インド企業(GMR Infrastructure)に発注されていたが、モルジブ政府は昨年、インド勢をキャンセルして代わりに中国企業に建設を発注し直した。モルジブの展開は、いくつもの点でジブチに似ている。 (New land law in Maldives gives India China chills) (China says not planning military bases in the Maldives) (モルジブは1978年から30年間、マウムーン・ガユームが大統領だったが、欧米の圧力で多党制に切り替わり、08年にナシードが大統領になった。しかし、12年にクーデター的にナシードが失脚し、その後の選挙でナシードは選挙妨害を受けた末、ガユームの弟であるアブドラ・ヤミーンが選挙に勝ち、現大統領をしている) (Former Maldives president Mohamed Nasheed jailed for 13 years) (Maumoon Abdul Gayoom Wikipedia) インドの東南にある島国スリランカでは、逆に、中国が応援してきた前大統領マヒンダ・ラジャパクサが、8月17日に行われた議会選挙で自らの政党を第一党に返り咲かせることに失敗した。スリランカは、中国と疎遠になる道を歩んでいる。スリランカは、シンハラ系7割、タミル系2割などの多民族国家だ。05年から今年初めまで大統領だったラジャパクサは、シンハラ系の民族主義を扇動して人気を博したが、タミル系を抑圧したため、南部にタミル系が多いインドから批判され、関係が悪化した。インドとの関係が悪化したラジャパクサは、中国に頼る傾向を強め、コロンボ港の港湾建設やニュータウン建設など、インフラ事業の多くを中国に発注した。スリランカへの最大の援助国は、09年に日本から中国に交代した。 (New era for Sri Lanka as Rajapaksa loses) (Sri Lanka's China Policy: Contrasts and Continuities) しかしラジャパクサは政治腐敗が問題になり、中国からの融資金の多くが高利だったことも指摘され、今年1月の大統領選挙で敗北し、8月の議会選挙で再起を図ったが再び敗北、野党化が決定的になった。ラジャパクサの辞任以来、中国に発注した建設事業の多くが再審査の対象になり、建設が止まっている。新政権は、中国との関係を続けるといいつつも、インドや米欧日など、中国以外からの投資を増やすことで、中国の影響力を薄めようとしている。 (Sri Lanka heads for 'Chinese election') (Sri Lanka's prime minister pledges continued China ties) (Controversy over Chinese investment in Sri Lanka) このほか、インド洋上の島嶼国セイシェルでも、中国が軍事拠点を作ろうとしていると騒がれている。インド洋に面したミャンマーでは、11月に選挙をひかえ、野党党首のアウンサン・スーチーが6月に初めて中国を訪問した。ミャンマーの現政権(元軍事政権)は従来、中国からの支援や投資で国家運営を何とかやってきたが、中国勢が計画していたダムの建設を差し止めたり、中国国境沿いで少数民族と紛争を起こすなど、中国との関係が悪化している部分があり、中国は「現政権でなくスーチーを支援することもできるぞ」という警告を送る意味で、スーチーを北京に招待したと考えられている。 (From Antarctica to Djibouti, China's Presence Is Expanding) (Analysis: What's Behind Democracy Icon Aung San Suu Kyi's China Visit?) (Suu Kyi's China trip a symbol of Myanmar power shifts) 中国はアフリカで、インド洋側の東海岸だけでなく、喜望峰を越えた西海岸のナミビアにも、軍事拠点を設けようとしていると報じられた。ナミビアの新聞は昨年、中国政府の非公式文書を引用しつつ、中国がナミビアのウォルビスベイ(Walvis Bay)など、インド洋の周辺の18の国々に、海軍の拠点(基地)を設ける計画だと報道した。18カ国の中には、パキスタン、スリランカ、ミャンマー、ジブチ、イエメン、オマーン、ケニア、タンザニア、モザンビーク、セイシェル、マダガスカルが含まれている。 (China's Naval Plans for Djibouti: A Road, a Belt, or a String of Pearls?) 中国軍はこの報道を否定した。しかし中国は、これらの18カ国のすべてで、港湾や空港、道路、鉄道、鉱山などの建設・開発に大規模な投資を行っている。見返りに中国軍は、これらの国々の港湾や空港を、必要に応じて利用できるようになっているはずだ。中国は昨年、東南アジアからインド洋、中央アジア、中東、アフリカにかけての地域の諸国と協調し、投資や貿易、支援を強化していく「海のシルクロード」と「一帯一路」の戦略を開始した。中国政府はこれらの戦略について「影響圏の拡大が目的でない」と宣言しているが、中国軍が、自国の支援する国々の港に立ち寄りやすいのは確かだし、中国企業が建設・管理している港湾を中国海軍が利用しやすいのも事実だ。 (China Seeks Djibouti Access; Who's A Hegemon Now?) 中国の戦略は、スリランカのラジャパクサ下野ような失敗もあるが、中国は共産党の一党独裁であり、国際戦略を何十年もの長い期間で考えられる。政権交代がある民主主義国では、まず政権の維持ができないと安定的な国際戦略を実行できないが、中国はそうでない。スリランカは今後も地政学的に親インドと反インドの間を揺れるだろうから、中国は何年か後に再び反インドの傾向が出てきたときに乗れば良いだけだ。 (China's new Silk Road passing through Pakistan poses a military challenge for India) 昨秋、中国の潜水艦部隊が、初めて公式にインド洋を航行し、海賊退治の拠点であるジブチまで行った。この時、中国の潜水艦は、スリランカ(コロンボ)とパキスタン(カラチ)に寄港している。これ以降、中国の潜水艦がインド洋を公然と航行し始めた。インド政府は「中国の潜水艦がインドの周辺を遊弋し、脅威になっている」と非難した。これに対し、中国側は「中国が輸入する石油の8割がインド洋を通過している。インドがインド洋に対して特別の役割を持つことは認めるが、インドだけでインド洋の航海の安全を守れない以上、中国は自国軍を出して中国船の航海の安全を守らざるを得ない。中国の潜水艦がインド洋を航行することを、インドは許容すべきだ」と反論している。 ('Be broad-minded to accept Chinese subs in Indian Ocean') (China clout in Indian Ocean) 冷戦後、インド洋の公海上の航行の安全を守るのは、覇権国である米国の任務だった。インドは、親米国として、米国がインド洋を守ることを前提としつつ、インド洋はインドの影響圏でもあると主張している。対照的に中国は、自国を敵視する米国が、中国の船の航行の安全を守ってくれなくなる傾向を見て取り、ソマリア沖の海賊退治だけでなく、インド洋全体での中国船の航行の安全を守るため、ジブチやスリランカ、モルジブ、セイシェル、パキスタン、モザンビークなどを経済面から傘下に入れ、中国軍が立ち寄れる補給基地としての機能を、それらの国々に持たせている。 (China's Growing Global Military Presence: Walk Softly and Carry a Small Stick) 米軍は以前、中国がインド洋で「真珠の首飾り」のように点々と島々に軍事基地を作り、インド洋を支配しようとしていると警告していた。しかし最近の中国は、インド洋で恒久的な軍事基地を点々と作るのでなく、今回の記事で書いたような、経済支援(または高利貸し)の見返りとして、港湾や空港などを中国軍の補給基地として使わせてもらう戦略を採っている。中国は、経済戦略としての「海のシルクロード」と「一帯一路」の裏側に、軍の補給基地の使用権を各地で獲得する戦略を潜ませている。「海のシルクロード」は「真珠の首飾り」よりも、効率や国際イメージの点で、はるかに巧妙な戦略だ。 (`Sea-based' PLA Navy may not need `String of Pearls') 「真珠の首飾り」より「海のシルクロード」の方が巧妙で効率的だということは、米軍自身も良く知っているし、すでにやっていることだ。米軍は冷戦終結まで、アジアで日本や韓国、フィリピン、インド洋ではディエゴガルシアやバーレーンなどに恒久的な基地を置く、まさに「真珠の首飾り」戦略をやってきた。今も、これらの昔ながらの恒久基地の多くは存在しているが、冷戦後に米軍が構築している新たな拠点は「基地でなく場所」(Places not Bases)の戦略に基づいている。たとえばシンガポールがそうだ。 ('Places not bases' puts Singapore on the line) 地元の軍隊が使う軍港や、民間の港湾や飛行場を、必要に応じて米軍が使わせてもらうことで、恒久基地を作らずに軍事行動ができるようにする。それが、米軍の「基地でなく場所」の戦略だ。これは中国の「海のシルクロード」戦略とまったく同じものだ。米軍の、2010年以降の「中国包囲網」戦略は、海兵隊が豪州や東南アジア、日本などの拠点を点々とするシステムなど「基地でなく場所」の戦略で行われている。この新戦略からみると、沖縄の米軍基地は、古臭い「真珠の首飾り」の戦略に基づく存在だ。 (US Military in Asia: 'Places not Bases') 中国は、アフリカとの貿易額を急増している。アフリカはすでに経済面で中国の傘下にいる。中央アジアやイラン、アフガニスタンといったユーラシア中央部も、上海協力機構や「一帯一路」戦略で、これまた経済面で中国の傘下に入っている。ユーラシア中央部はロシアの影響圏でもあるが、中国とロシアは近年非常に仲が良く、相互補完の関係にある。中国は、ユーラシア中央部からインド洋、アフリカまでの広範な地域に対し、影響力を拡大している。地政学に詳しいイアン・ブレマーは「世界で唯一、世界戦略を練っている国は、米国でなく中国だ。米国は支離滅裂だ」と述べたが、言い得て妙だ。 (China's Military Base in Djibouti Exposes US Decline) (China's Afghanistan Moment) ジブチには、日本の自衛隊も駐屯している。ジブチの国際空港の、米軍レモニエ基地と反対側の一部分を借りて拠点にしている。日本は、インドと同様、米国覇権の傘下にあり、インド洋の公海航路の防衛は米国の仕事だと考えている。以前は、それで正しかった。しかし、近年の米国は、アフガニスタンから撤退し、キルギスの基地を撤収し、パキスタンを見放して中国に押し付け、イラン敵視を解消し、インド洋の艦隊を太平洋に移動し、イスラエルと疎遠になるなど、中東から中央アジア、インド洋、アフリカにかけての地域から抜けていこうとしている。今後、この地域で中国やロシアが影響力を持つほど、米国は抜けていくだろう。 (中国を使ってインドを引っぱり上げる) 今のところ、インド洋上の自国の貿易船を自国軍で守らねばならないのは中国だけだが、米軍がインド洋から出て行く傾向を強めると、日本や欧州も、インド洋上の自国船を自国軍で守らねばならなくなる。その際、各国がばらばらに防衛するのでは効率が悪い。当然、複数の国々で協調して守ろうということになる。その国際軍のモデルは、すでに20カ国が参加しているソマリア沖の海賊退治で示されている。日本は近年、対米従属を続けるための方策として、中国を嫌悪するプロパガンダがばらまかれている。しかしいずれ、日本が対米従属を続けても、米軍はグアム以東に引っ込み、インド洋での日本船の航行の安全を守ってくれなくなる。日本にとっての脅威は、中国が攻めてくることではない。尖閣諸島問題は、日本側が煽って対立を激化しているものだ。 (尖閣で中国と対立するのは愚策) (頼れなくなる米国との同盟) 日本が米国に頼れず、インド洋での自国船の航路の安全を自衛隊が守らねばならなくなった場合、同じ航路を使っている中国や韓国とまったく組まず、完全に自前でやるのが良いとは思えない。対米従属の意味が低下して、対米従属維持のための中国・韓国敵視策もお門違いなものになっていくだろう。いずれ日本は、航路防衛で中国や韓国と協調せざるを得なくなる。 (シーレーン自衛に向かう日本) 日本では今年、集団的自衛権の拡大が行われている。これは、中国と戦うための軍事拡張だと言われている。だが、米国の覇権力が低下してインド洋の航路防衛を米国に頼れなくなることとあわせて考えると、米国がやってくれなくなる航路防衛を自前でやるために、日本の集団的自衛権の拡張が必要になってくる(日本国憲法は、米国の恒久覇権を前提にしている)。しかも、この場合の「集団」は、日本と米国の集団でなく、日本と中国、韓国などの集団だ。集団的自衛権の拡大は、米国の命令を受けて日本政府がやらされている観があるが、実のところ米国は、再びイラク侵攻のような覇権主義をやる時に日本を引っ張り込むためでなく、米国自身の覇権が低下した後、日本が中国や韓国と協調してインド洋の航路防衛などで自前の防衛をやれるよう、日本に集団的自衛権を拡大させているのでないか、とすら思える。
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