シーレーン自衛に向かう日本2010年5月17日 田中 宇外電で2週間前に報じられたので、すでにご存じの方も多いかもしれないが、日本の自衛隊が、ソマリア沖のアデン湾(インド洋西岸)を航行する船舶を海賊被害から守るため、アデン湾の奥にあるアフリカのジブチに、基地を作ることになった。自衛隊は米国のイラク占領に付き合ってイラクに駐留した際、サマワに基地を作ったが、日本のシーレーン(貿易航路)を防衛するために自衛隊が海外に基地を持つのは今回が初めてだ。 ソマリア沖ではここ数年、国際船舶に対する海賊の攻撃が相次ぎ、米国、EU、中国、ロシア、インド、イラン、韓国などが海軍を派遣し、多国籍軍体制(SHADE)を組んで航路警備を行っている。日本の自衛隊も昨年春以来、駆逐艦2隻と哨戒機2機などを派遣し、国際的な警備活動に参加している。ソマリア沖は、年間2万隻の国際船舶が航行しており、日本籍船はその1割を占める。日本は、米軍に依存するだけでなく、わずかでも自衛隊を派遣して航路警備に貢献するよう、米国などから要請されたのだろう。 (Piracy rattles Japan to open first foreign military base) 自衛隊は従来、米軍がジブチに作った基地の施設を借りて、派遣した150人の自衛隊員の宿舎としていた。だが、海賊の活動がなかなか下火にならず、駐留が長引きそうなので、自衛隊は、自前の宿舎と哨戒機のための格納庫を今年中に完成させることにした。米軍の宿舎を使う限り、ジブチの自衛隊員はハンバーガーなど米国の食事ばかり食べねばならないが、派遣が長引くので和食も食べられるよう、自前の宿舎を作るということらしい。 (News Spotlight: Japan's Military Base in Djibouti) 以前の記事「中国を使ってインドを引っ張り上げる」に書いたように、ソマリア沖の航路警備の多国籍軍体制を率いるのは、中心の合同軍(CMF)、EU諸国海軍(EU NAVFOR)、中国軍という、米欧中の三極体制である。米国は、インド洋の地域大国だが対英米従属姿勢が抜けないインドではなく、遠くの自立した大国である中国に、多国籍軍のアジア代表をやってもらっている。これは「隠れ多極主義」の米国による、インドに対するあてつけ(引っぱり出し作戦)だろうと私は分析している。同様に、ここまで中国が重視されるのなら、日本も出ていかざるを得ないわけで、海上自衛隊がジブチに海外基地を作るのは「中国を使って日本を引っ張り上げる」という動きともいえる。 (中国を使ってインドを引っぱり上げる) 中国は、おそらく米国からの要請で、海賊退治の多国籍軍のアジア代表を引き受けたものの、派兵のコストを気にして3隻しか軍艦を派遣していない。2隻出している日本とあまり変わらない。「日本が海外に軍事基地を作る」というと「日本軍国主義の再来」とみなされて中国の反日感情を煽るのが従来の構図だったが、今回の話は全く逆だ。3隻しか出していないのにアジアの代表にされた中国は、同じアジア勢として日本の自衛隊がジブチに基地を作り、腰を据えて海賊退治を継続するのを喜んでいるはずだ(新華社はこの件で「日本の軍事拡大」を指摘する記事を出したが)。 (Japan's first overseas base aimed at expanding military boundaries) 日本がジプチの米軍基地を借りているように、中国はジブチのフランス軍の基地を借りている。中国軍もアデン湾周辺に独自の基地を持とうと考えたが、まだ実現していない。 (EU anti-piracy force welcomes China interest) ジブチでの自衛隊基地の建設は、控えめに考えるなら、自衛隊員に和食を出し、哨戒機の雨ざらしを避けるための施設を作る話になる。そのためか、日本のマスコミはこの件をほとんど報じていない。しかし、貿易大国となったのにシーレーンの防衛を米軍に頼ってきた日本の戦後体制を考えると、本件は、日本が自分でシーレーンを防衛する方向性を示す話として画期的である。自衛隊は、すでに「テロ対策(米国のテロ戦争)」の枠内で、イラクのサマワに基地を作ったり、米軍と一緒に公海上の臨検に参加したり、インド洋の給油活動を行ってきたが、今回の基地建設は、それをさらに一歩進めるものとなる。 対米従属的な頭で中国を「日本の敵」と考えれば「海賊退治の国際貢献で中国に負けるな」ということになる一方、左翼的な頭で考えれば「自衛隊の海外基地建設は憲法違反!」ということになる。だが、今後米国の覇権が退潮していく多極化の流れで考えると、海賊退治は「日中韓などアジア諸国の共同シーレーン防衛」の試みということになり、安全保障面の「東アジア共同体」作りの一環となる。 ▼海賊の黒幕は英米イスラエル諜報機関? 911以来のテロ戦争は、米英イスラエルの諜報機関による自作自演の色彩があるが、ソマリア沖の海賊問題も似た構図を持っている。 ソマリアの海賊は、アブダビ、モンバサ(ケニア)、ピレウス(ギリシャ)、ナポリ、ロッテルダム、ロンドンなど、ソマリア沖に向かう船の出港地となりうる各国の港町にネットワークを張りめぐらせ、船舶保険の代理店などから情報を詐取して、ソマリア沖を通る船の積み荷の種類や、自衛用の武器や警備員を乗せているかどうかを、事前に把握している。積み荷に違法性が感じられる場合、海賊の標的になりやすい。海賊に船を乗っ取られても、積み荷の違法性が暴露すると困るので、船主は公的機関に通報したがらず、海賊の言いなりで身代金を払うからだ(戦車を運んでいたウクライナの船が襲撃されている)。海賊は、GPSや食糧など装備も万全だ。「ソマリア沖の海賊は、情報収集や後方戦略の面で、そんじょそこらの欧州諸国の諜報機関よりはるかに優れている」との指摘もある。 (Somali pirates set up "agencies" on three continents) 昨年5月、英ガーディアン紙は、ソマリア沖の海賊が英国ロンドンの情報コンサルタントに支援され、ロンドンで集めた情報が衛星電話でソマリア沖の現場に伝えられ、襲撃する船を決めていると報じた。人質となった船長は、海賊が船の運航日程や船内装備について非常に詳しく知っているので驚いたという。この記事は、スペインのラジオ局が、EUの諜報機関から得た情報をもとに報じたものの転電だ。英国の船は襲撃対象から外されているとも書かれている(今年に入って英国船が襲撃されたが、カモフラージュかも)。 (Somali Pirates Guided by London Intelligence Team, Report Says) 情報分野のコンサルタントは多くの場合、どこかの国の諜報機関の出先機関である。英国の船舶が襲撃対象から外されているとしたら「コンサルタント」の背後にいるのは、英国のMI6か、その兄弟分である米CIAやイスラエルのモサドである。 ('Somali pirates receive tips from London') MI6とCIAとモサドは、一つのつながった機関であるともいえる。彼らは911事件の「犯人」とされる「アルカイダ」の背後にいる機関だ。911によって引き起こされたテロ戦争は、米英イスラエルが「テロ対策」の名目で、世界を諜報面から長期支配できる構造を持っていた(米国の「やりすぎ」の結果、その構図は崩れているが)。 (アルカイダは諜報機関の作りもの) 米英イスラエルの諜報機関がソマリア沖の海賊の黒幕だとしたら、その戦略の目的は「テロ戦争」と同じものだ。国際船舶の1割以上が航行するソマリア沖で、米英イスラエルにとって警戒すべき国の船舶が海賊に襲撃される。新興諸国の経済的な発展を阻害できるし、反米諸国の武器輸送を妨害できる。ソマリア沖はサウジアラビアの前面にあり、イスラエルはアラブの大国であるサウジに脅威を与え続け、サウジの対米従属を維持させられる(アルカイダもサウジの組織とみなされた)。 (Piracy in the Red Sea: Saudi points towards Israel) テロ戦争は、米国の「やりすぎ」のために破綻し、米軍の力は浪費され、イスラム諸国は反米になり、ロシアや中国の台頭を招いて多極化につながっているが、ソマリアの海賊も同様の展開になっている。隠れ多極主義な傾向を強める米国は、米軍がイラクとアフガンで手一杯なことを理由に、ソマリア沖の海賊退治に中国やロシア、インド、それからイランにまで参加を許し、中国を多国籍軍のアジア代表にしてしまう多極化策をやっている。海賊退治の多国籍軍は、多極型の「世界政府海軍」の原型になりうる。これは、従来の米国主導の多国籍軍とは対照的な存在だ。 (Navies of the world uniting) 「米英イスラエル中心体制」の維持発展のためのはずのテロ戦争やソマリア海賊は、いつのまにか、その体制を破壊して世界を多極化する流れを生み出している。流れの中で、日本の自衛隊もジブチに基地を作らざるを得なくなり、対米従属から「日中韓での合同シーレーン防衛」へと転換していく道を歩まされている。日本が米国に頼らず、中韓と合同でシーレーンを守れるなら、沖縄の米軍基地も要らないことになる。 ▼沖縄からいよいよ覚醒する日本 普天間の米軍基地問題では、鳩山首相の「5月までに解決」の約束が果たされなかったため、マスコミ総出で鳩山たたきに熱中している。しかし、以前の記事に書いたとおり、民主党(小沢一郎)の戦略は「沖縄を皮切りに日本を覚醒させ、巨額の思いやり予算で米軍を引き止めて日本に駐留させてきた官僚機構の対米従属戦略と官僚支配を崩すこと」である。 (沖縄から覚醒する日本) 沖縄県民は「基地は要らない」という意思でますます結束している。4月27日、沖縄の読谷村(よみたんそん)で沖縄島民(123万人)の1割弱にあたる10万人近くが参加して反基地集会が開かれた。米国の分析者ダグ・バンドウは「(この集会で示された)基地負担の重さに関する沖縄県民の意思表明を、米政府が受け止める時が来ている」と書いている。読谷の10万人集会は、沖縄の民意を示す分水嶺となった観がある。本土のマスコミがどんな歪曲報道をしても、本土の人々が騙され続けるだけだ。この先、誰が日本の権力を握ろうが、沖縄の民意は変えられない。小沢の戦略は成功している。 (Japan Can Defend Itself by Doug Bandow) 鳩山政権は、普天間や嘉手納で行われてきた米軍の飛行訓練を、沖縄だけでなく全国各地の基地に分散することを検討し始めた。これは1972年の返還以来、沖縄というパンドラの箱に封じ込められていた基地問題を、40年ぶりに再び全国にばらまき、米軍基地に出て行ってもらいたいと明確に考える沖縄の覚醒を、全国に拡散させる動きである。小沢は戦略を拡大している。ブレジンスキーはワシントンでニヤニヤしているだろう。 (米軍飛行訓練を全国に分散…政府検討)
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