イランとオバマとプーチンの勝利2015年4月20日 田中 宇米連邦議会上院の外交委員会は4月14日、オバマ大統領ら(米英仏独露中、P5+1)が6月末に締結しそうなイラン核問題の協約について、本来大統領権限のみで署名・発効できる協約を、特例として、議会が審議して協約の可否を票決できることにする新法案(Iran Nuclear Agreemant Review Act of 2015)を可決した。 (A Reckless Act in the Senate on Iran) オバマ政権は、イランとの核協約が、議会下院の批准を必要とする「条約」でなく、大統領だけの権限で締結発効する「声明」であるとの法解釈をしている。今回の新法案はそれを無視し、イランとの核協約の可否に米議会が介入できるようにする。オバマの最重要の外交課題であるイラン核問題の解決が、米議会によって妨害されそうな流れになっている。 (Did the Senate just blow up the Iran nuclear deal?) オバマは何年もイランと交渉し、イランが核(原子力)開発の一部を抑制する見返りに、国連や米欧が経済制裁を解除する協約を4月2日に暫定締結し、6月末の正式締結をめざしている。イランが核兵器開発しているという非難は、偽情報以外の根拠がない。米議会を牛耳るイスラエルにとってイランが脅威なので、軍産イスラエルは、イランに核兵器開発の濡れ衣をかけて制裁、政権転覆を試みてきた。オバマは濡れ衣を暴露して解決するのでなく(プロパガンダを是正は難しい)、イランに部分的に譲歩させ、イランの(もともと存在しない)核の脅威が低下したことにして暫定協約にこぎつけた。 (イラン核問題の解決) (Obama Blinks on Iran Nuke Vote) 米議会は協約を潰すことをめざし、今回の新法案を2月から検討していた。オバマは、可決されても拒否権発動で廃案にすると言って強く反対してきた。だが今回、上院外交委員会が与党民主党を含む全会一致で新法案に賛成し、オバマが拒否権を発動しても議会が再可決して発効させる可能性が増したため、オバマはこれまでの反対を取り下げ、この法案への賛成を表明した。P5+1とイランが核協約を締結し、オバマが署名しても、議会がそれを否決する可能性が強まった。イスラエル政府は大喜びしている。 (Israel satisfied with Senate compromise bill on Iran deal) これとは別に、米議会は「オバマが勝手にイランとの協約に署名しても、イラン制裁法を廃止しない」と宣言している。イラン制裁法は議会が可決した法律なので、廃止するには議会の決議が必要だ。これまで米国のほか、国連安保理とEU(欧州各国)が、イラン制裁を法制化している。イランは、核開発を制限する見返りに、国連と米欧のイラン制裁法が全廃されることを求めている。国連とEUは、P5+1とイランが協約を締結したらイラン制裁法を廃止する予定だが、米国だけは、議会が拒否しているので制裁が続行される。制裁が解除されないなら協約に署名しないとイランは言っている。 (Iran-U.S. differences over nuclear deal widen) オバマは、議会やイスラエルの強い反対を乗り越えて、4月2日の暫定合意を何とか締結した。米政界で軍産イスラエルの圧力に打ち勝つのは並大抵のことでない。オバマは、苦労して暫定合意までこぎつけたのに、ここで力尽きるのか。ネタニヤフの高笑いが聞こえるかのようだ。 (Israel cheers as Obama retreats before Congress on Iran deal) ・・・と思いつつ、事態を詳細に読み込んでいくと、どうも様子が違う。イランとの協約が、議会批准事項の条約でなく、大統領権限で発効できる声明であるという法解釈を、米議会は否定していない。米議会がイランとの協約の可否を採決しても、それは法的に有効でなく、象徴的な行為でしかない。今回の新法案に関してイスラエルが喜んだ点は、米議会による票決でなく、米大統領府がイランとどんな交渉をしたか、機密文書を含めて議会に提出することを義務づけている点のようだ。 (Iran leader: We are in talks with `the major powers,' not the U.S. Congress) オバマ政権は、米議会を迂回しつつ大統領の権限をうまく使って対イラン制裁を実質的に解除していくことを、イランと協議している。オバマは、たとえばイランがISIS(イスラム国)との戦いを最も有効に展開している点を重視し、イラン制裁法の対象になっているイランの組織や高官を、核問題でなくテロ戦争の立場で、制裁対象から外す大統領令を発することができる。オバマの策を無効にするには、大統領府とイランとの交渉の詳細を把握し、米議会がオバマのやりそうな迂回策を察知し、対抗的な法律を制定すればよい。大統領府とイランの交渉は非公開なので、交渉をめぐる機密文書を全部出すことを新法で義務づけない限り、迂回策を察知できない。 (Obama could ease Iran sanctions without Congress) とはいえ、大統領令は臨機応変に発動でき、オバマがイランの要求にしたがって制裁を骨抜きにしていくことは簡単で、議会がそれを阻止し続けることの方が難しい。イランは表向き「制裁が一気に全廃されない限り協約に署名しない」と言っているが、オバマが信用できると思えば、制裁の全廃でなく大統領令による骨抜き策に同意するだろう。オバマ政権は4月17日、このやり方を「創造的交渉」と命名し、推進していくと表明した。米政府が凍結している、米国の銀行口座にあるイランの石油収入代金の部分的な凍結解除も検討されている。 (Obama open to 'creative negotiations' on Iran sanctions) (Obama suggests possible compromise on Iran sanctions) 4月17日、オバマは爆弾発言をもう一つ発した。それはロシアの地対空ミサイル「S300」に関してだ。イラン核問題が解決されそうなことをふまえ、露政府は米国の求めに応じて2010年から凍結していたS300のイランへの売却を、凍結解除して実行することを4月13日に発表した。イランがS300を持てば、イスラエルにミサイルを撃ち込まれても迎撃しうる。 (Russia lifts ban on S-300 missile system delivery to Iran) (Russia Lifts Ban On Selling Anti-Aircraft Missiles To Iran) これまでイランの「核開発」を口実に、イランへの空爆も辞さずと豪語していたイスラエルは、S300の配備によってイランに対する軍事抑止力が低下し、優位を失う。ネタニヤフは「イスラエルに対するイランの脅威が強まる」と抗議したが、プーチンは「S300は防衛専用なのでイランの脅威は強まらない」と答え、配備決定を正当化した。 (Putin: Iran `Does Not Pose Any Threat to Israel Whatsoever,' So Have Some Missiles) 激怒したイスラエルは、ロシアに報復するため、ウクライナに殺傷力の大きな兵器を売ることを検討すると表明した。外国勢がウクライナに兵器を売ることは、ロシアなどが仲裁してウクライナ内戦の停戦を決めた「ミンスク合意」に違反するが、好戦派の米議員たちは、ミンスク合意など無視してウクライナに強力な兵器を売るべきだと主張してきた。イランとウクライナを舞台にロシアとイスラエルの対立が強まるなら、米国はイスラエルの肩を持つのが従来の常識だった。 (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) (Israel downgrades rank of rep at Putin's WW2 event) ところがオバマ大統領は4月17日、ロシアがイランにS300を売ること非難するどころか、逆に、ロシアはもっと早くS300をイランに売っても不思議でなかったのに、よくここまで長期にわたって売却を棚上げしてくれたものだと、ロシアに感謝する意味の発言を行った。オバマは、S300が防衛専用の兵器であると指摘し、ネタニヤフに対するプーチンの発言を肯定したうえで、国連のイラン制裁に含まれていない防衛専用のS300をロシアがイランに売るのは自由だったが、米国がロシアに売るなと頼んだのでロシアはS300を売らなかった、と経緯を説明した。 (Obama: Russia could sell defensive S-300 missile to Iran sooner) このオバマの発言に、イスラエルの政府高官や著名分析者たちは仰天した。イスラエルのチャンネル10テレビ局の放送は「これでイスラエルが米国とイランの協約を妨害できる可能性はゼロになった」とする匿名の政府高官の発言を紹介し、分析者(Ben David)が「これは『新しい米国』の誕生だ。この状態はずっと続く。私たちは、この新体制に慣れるしかない」と発言した。 (Israel analysts shocked by Obama's comments on sanctions, S-300 supply) (This Is the New America': Israeli Reporter Says) この「新しい米国」が何を意味するか詳述されていないが、イスラエルに牛耳られイランやロシアを敵視するのが「従来の米国」で、イスラエルを軽視してイランやロシアを支持するのが「新しい米国」だと読める。「従来の米国」は軍産主導の単独覇権主義で、「新しい米国」はオバマが隠然と進めている多極主義のことだ。4月14日の米上院外交委員会の新法案可決は、オバマとイランの敗北、イスラエルの勝利に見えたが、4月17日のオバマの「創造的交渉」宣言とS300売却容認は、イランとロシアの勝利、イスラエルの敗北となった。 倫理的な善悪の観点から見ても、従来の「米国とイスラエルが善で、ロシアとイランが悪」という二元論から、米国がオバマと軍産に分裂した上で「オバマとロシアとイランが善、軍産イスラエルが悪」に転換している。軍産イスラエルは、イランに濡れ衣をかけて政権転覆しようとして失敗し、イランとオバマとロシアは、辛抱強い交渉で濡れ衣を迂回して協約し、濡れ衣を無効にした。ウクライナのミンスク停戦協定でも、ロシアは停戦協定を作って遵守する「善」で、軍産イスラエルは停戦を簡単に破ろうとする「悪」だ。テロ組織ISISとの関係でも、イランは最も真剣にISISと戦っている半面、軍産イスラエルはISISをこっそり支援し続けている。 (It's a Waiting Game in Donbass. What Comes Next?) (ISISと米イスラエルのつながり) (イランと和解しそうなオバマ) オバマはイランだけでなくロシアに対しても、親露・反軍産的な態度を顕在化しつつある。3月下旬、NATOの新任のストルテンベルグ事務総長(ノルウエー前首相)が訪米し、オバマとの面会を希望して事前に米大統領府に打診していた。オバマは、ストルテンベルグが面会を希望した3月26日に大した日程がなかったにもかかわらず、大統領府はNATO事務局の面会要請を無視して返事を出さず、面会は実現しなかった。オバマは反露的なNATOの新事務総長に会わないことでプーチンにすり寄る姿勢を見せたと、米政界のタカ派がオバマを非難している。 (Obama Snubs NATO Chief as Crisis Rages) (Kneel Before Putin: Obama Snubs NATO Chief As Russia Grows More Aggressive) 6月末のイランとの本格合意が締結されるかどうか、まだ確定的でない。しかし、すでに国際社会はイランとの関係強化に着々と動いている。4月2日の暫定協約後、イランが絡んだ地政学的な動きがあちこちで噴出している。多くは、イラン核問題の解決を前提に、以前から出されていた構想だ。イラン核問題の本質が「核兵器」でなく、核問題を口実にイランが絡む転換・多極化を防ごうとする「地政学」であることが見て取れる。特に目立つのはロシアとの関係強化だ。 (Iran urges India, China & Russia to counter NATO missile system) ロシアとイランは、広域の安全保障体制を構築しようと動き出した。両国の間にある中央アジアやコーカサス地域の安定化について、中国やインド・パキスタン、トルコ、エジプトなども取り込み、露イランが新たな地域安全保障のシステムを作る話を進めている。これはたぶん、イランが上海協力機構に入る構想と一体だ。 (Guest Post: Russian-Iranian Cooperation In The Creation Of New Regional Security Systems) (Iran ready to broaden cooperation with Russia - Iranian official) (非米同盟がイランを救う?) 中国は、イランで原子力発電所を作る事業に参画することを決めた。これまでイランの原発建設はロシアが独占的だった。オーストラリアとイランは、ISIS退治などテロ対策で協調することで合意した。豪州は、中国主導の国際銀行AIIBへの加盟でも、対米従属を離れて多極化に合流している。ISISと最も真剣に戦っているイランは、豪州(など国際社会)にとって「(ヒズボラなどを支援する)テロ支援国家」から「テロ対策を一緒にやる国」に転換している。ヒズボラ自身、ISISと果敢に戦っている。 (China to build nuclear power plants for Iran) (Australian FM: Tehran, Canberra share common interests in fight with terrorism) ロシアとイランが長期の同盟関係を組むはずがないという見方があるが、これはロシアと中国が長期同盟を組むはずがないという見方と同様、旧来の敵対関係に固執しすぎており、世界の趨勢を見誤っている。ロシアとイランの結束は、シリアやイエメンの紛争を仲裁する潜在力を持っている。シリア内戦に関しては、国連が、5月に開始する停戦会議でのイランの参加を求めている。シリア停戦会議は、ロシアの主導で行われている。 (UN Envoy: Iran Will Be Involved in Next Round of Syria Peace Talks) (中露結束は長期化する) 米国とイランの核協約は、米国がイラン経由でアサドに圧力をかけて辞任を迫ることにつながるので、アサドにとってマイナスだという見方をWSJ紙などが流しているが、これも(米国の好戦派を煙に巻くための?)頓珍漢な話だ。米イラン協約は、米国がイランの台頭を容認するもので、イランが望むアサド政権温存によるシリア内戦終結への道を開き、アサドにとって有利だ。イランと同様、ロシアも、アサド政権の温存がシリア内戦終結の早道と考えている。アサドは、ロシアの停戦仲裁を大歓迎している。露イランの台頭でアサド政権が温存され、米イスラエル、サウジの影響力が低下するのが今後のシリアの長期的な流れだろう。 (Iran Nuclear Deal Could open up broader rapprochement between Iran and U.S.) (UN special envoy for Syria urges global community to listen to Russia on Syrian crisis) ISISは表向き米欧の「敵」だが、国連安保理でシリア(アサド政権)がISISをテロ組織として指定することを提案したところ、米英仏ヨルダンの反対で否決された。ロシアは、ISISを敵視したがらない米英仏ヨルダンを批判した。ここでも善悪の逆転が起きている。 (US, Britain, France, Jordan refuse to name ISIL as separate terror group) サウジアラビアの3月末以来のイエメン侵攻に対しても、イランとロシアは結束して外国軍撤退、内戦終結、和解交渉、連立政権組閣を呼びかけている。サウジは、露イランの停戦の呼びかけを拒否している。イランは、サウジがイエメンを侵攻し続けても勝てず、イエメンの戦争は最終的にサウジが敵視するフーシ派の勝利になるとの予測を発表している。サウジ王政は、サウジを分裂弱体化しようとする米イスラエルの策略にはまり、自滅的なイエメン侵攻をやっているというのがイランやヒズボラの見方だ。 (Russia to throw weight behind Iran's Yemen initiative at UN) (Yemen war, beginning of ominous plot to divide Saudi Arabia: Iran diplomat) (Saudi Arabia rejects all-inclusive arms embargo on Yemen proposed by Russia) こうしたイランの見方は、フーシ派が親イランのシーア派勢力だからだと思う人が多いかもしれないが、それは間違いだ。イランを敵視する米軍幹部や、好戦派のマケイン上院議員らも、サウジのイエメン侵攻は失敗するとの予測を表明している。米軍幹部によると、サウジ王政は、米軍がイエメン侵攻を悪い作戦だと考えていることを知っていたので、直前まで米国に知らせずにイエメン侵攻を挙行したという。 (US generals: Saudi intervention in Yemen `a bad idea') (Hassan Nasrallah: The war in Yemen announces the end of the House of Saud) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) イエメン侵攻後に露呈したのは、サウジ軍の兵力のほとんどが外国人の傭兵部隊であることだ。空軍パイロットはパキスタン人、士官はヨルダン人、歩兵はイエメン人が多いと報じられている。石油成金のサウジがくれるカネが目当てのイエメン人の傭兵たちが、サウジのために祖国の武装勢力と本気で戦うわけがない、というのが「サウジは勝てない」説の一つの根拠だ。パキスタン議会は、サウジから巨額の支援金をもらってきたのに、サウジのイエメン侵攻への正式参戦を否決した。サウジはいずれ傭兵戦争に行き詰まり、露イランの停戦案に乗らざるを得なくなる。 (Saudi military almost entirely staffed by mercenaries) (Pakistan Parliament Rejects Saudi Call to Join Yemen War) イラン核問題が解決に向かっていることは、世界的にロシアを有利にしている。ロシアはこの優勢を活用し、ユーラシアの各地で、ロシア中心の自由貿易圏(ユーラシア経済同盟)に入りませんかと誘っている。ベトナムは先日、加盟に調印した。タイも加盟を誘われて検討している。トルコは、すでにEUと貿易協定を結んでおり、それに抵触しないよう、特別な露トルコ協定が検討されている。ユーラシアの真ん中から多方面に出口があるロシアは、昔から便乗型の覇権戦略を好んでいる。 (Vietnam to Join Free Trade Area with Russian-led Economic Bloc) (Russian PM offers Thailand free trade zone with Eurasian Economic Union) (Russia+Turkey=Free Trade Zone?) ロシアとイランは、イラン核問題の解決の余勢を駆って、こんどはイスラエルの核兵器を標的にした「中東非核化条約」を国連で締結することを目標に動き出している。イランの核は濡れ衣だが、イスラエルの核は本物だ。 (Russia will insist on creating nuclear weapon free zone in Middle East at NPT Conference) オバマは09年、世界非核化の呼びかけでノーベル平和賞をもらったが、あの賞は、授賞から6年かけてイランへの核の濡れ衣を解き、イスラエルの核保有という真の悪をあばいていくという、その後のオバマの動きの全体に対して先制的に与えられたのかもしれない。 (オバマのノーベル受賞とイスラエル)
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