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崩れゆく日本経済

2014年11月24日   田中 宇

 日本銀行が10月末から拡大した量的緩和策(QE。円を増刷し、新規発行の日本国債を全量買い支える策)について、FT紙が「無謀だ」「(円や日本国債の信用が失墜し)過大な円安になり、輸入物価上昇から目標値を大きく超えるインフレとなる悪循環に陥り、国債金利が高騰して財政破綻につながりかねない」と警告する論文を掲載した。 (Japan's stimulus plan is not courageous but foolhardy

 この記事を書いたのは、カナダや英国、BIS(国際決済銀行)などの中央銀行やOECDの幹部を歴任したカナダ人の経済学者ウィリアム・ホワイトだ。彼は、リーマン危機を予測・警告した人としても知られ、通貨の多極化を進めるG20で独メルケル首相の顧問もつとめている。 (William White - Wikipedia) (William White Website

 彼によると、日銀の勘定(バランスシート)はQE拡大によって急速に肥大化し、いずれ健全性を示す勘定総額の自国GDP比が、世界の他の諸国の中央銀行をはるかにしのぐ大きさ(不健全さ)になる。日本政府はQEが景気回復になると喧伝するが、QEは景気回復に役立たない。日本の不景気の元凶は少子高齢化(就労する年齢層の減少)だと彼は言う。日本の消費者物価の低下は15年間に4%以下なので、大したデフレでない。(QEが必要な理由とされる)デフレスパイラルが悪化する兆候もない。QEの目標である企業の増産・投資増・輸出増は、いずれも実現していない。中小企業は(もともと輸出産業でなく)QEによる円安で原料高騰の悪影響だけ受けている。日本人は賃金が減り続け(日本経済の牽引役である)消費が減っている。QEは目的を達成できず、不必要な政策だ。

 ホワイトによると、日銀のQEは円安を加速し、輸入価格の高騰が突然のひどいインフレにつながり、円安とインフレが悪循環して止められなくなる恐れがある。インフレで(常にインフレ率を上回る必要がある)長期国債金利が高騰し、政府は赤字増による景気対策ができなくなり、国債の利払いが増加し、戦後の先進国として史上初の財政破綻に陥る。円安がひどくなり、日本政府は外貨準備(多くが米国債として保有)を取り崩して円を防衛せざるを得なくなり、日本政府の売りで米国債金利が上昇する(米政府の財政破綻や債券市場崩壊につながる)。この手の警告は、かなり前から分析者の間から出ていたが「陰謀論者」「金地金おたく」のたわごとと無視されていた。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (逆説のアベノミクス

 しかし今回は、現代の中央銀行制度を創設したアングロサクソンの中央銀行界の要人であるホワイトが、この警告を発している。日本は、この警告を重く受け止めるべきだ。黒田や安倍や、その提灯持ちである「金融専門家」やマスコ(")ミの方が間違っている。最近はグリーンスパンまでが、陰謀論者や金地金おたくと同じことを言い出している。 (陰謀論者になったグリーンスパン

 今のところ、日本政府の閣僚や幹部の口先介入で円安傾向が止まっている。しかし今後、政府の口先介入で円安を止められなく恐れがあり、そうなると円安・輸入価格上昇・インフレの悪循環の懸念がぐんと増す。為替は1ドル118円で止まったかに見えるが、今年中に120円を割って円安が進むとの予測もある。 (Yen weakness challenges other central banks

 FTの別の記事は、QEに代表されるアベノミクスが日本の貧富格差をひどくしていると書いている。富の再配分がうまくいく「一億総中産階級」の均一社会が戦後の日本の良さで、それが日本の権力機構である官僚の功績だった。経済成長が鈍化して成熟社会になり、中産階級の消費が経済の主力になった後も、あの均一状態を維持できていたら、日本経済の成長は今よりましだったはずだ。しかし気がつけば、そんな良好な均一性が失われて久しい。日本が戦後の「一億総中産階級」の古き良き状況に戻ることは、決してない。醜悪な格差社会が拡大するばかりだ。多くの日本人が、まだ日本が均一社会だと思っているかもしれないが、それはもはや(報じられるだけの)幻影だ。この日本の崩壊に対し、草の根から転換を引き起こそうとする動きはいくばくかあるが、上からの動きは全くない。 (Abenomics fuels Japanese debate on widening inequality

 崩壊後の日本を生き続けねばならない若い人は気の毒だ。文句を言わない草食な若い世代に比べ、団塊世代以上の中高年は文句ばかり言う人が多いが、彼らは古き良き均一社会を謳歌できた幸せな人々だ。

「ものづくり(工業生産)」が日本経済を支えているというのは(意図的に煽られた)幻想だ。日本経済の6割は、消費で成り立っている。米国は7割だ。貧富格差が拡大して中産階級が崩壊すると、消費主導の先進国経済は崩壊する。日本はついに不況に再突入したが、この不況は今夏の終わりから少しずつ顕在化していた。不況の引き金を引いたのは、今年4月の消費税の増税だ。消費増税が不況の原因とわかっている以上、来年また消費税を上げたら、不況がさらに悪化することが確実だ。 (Japan Is Dying And We Still Don't Get It?!) (Japan slides into recession, prompting talk of snap election

 財務省が日銀に送り込んだ黒田総裁は、景気回復のためにQEを拡大したと豪語する一方で、安倍首相に対し、約束どおり消費税を上げろと要求した。消費増税は、財政を握る財務省が万難を排して進めたいことだから、財務省出身の黒田が、財務省(と外務省)の傀儡として首相をやっている安倍を脅したのだろう。しかし、消費減で税収が減って最終的に困るのは財務省だ。黒田の盟友だった経済学者の河合正弘は、今や消費増税に反対している。官僚機構は、自分たちの権力の後ろ盾である米国の覇権がゆらぐ中、近視眼的になっている。世界的にみて、独裁末期によくある症状だ(日本の官僚独裁の末期状態は、米国の覇権崩壊をはさんで今後何十年も続くかもしれないが)。 (Bank Of Japan Warns Abe Over "Fiscal Responsibility" While Monetizing All Its Debt) (Kuroda Ally Flags Warning on Delaying Sales-Tax Increase

 中産階級の家計を助けるため、財界が主導して大企業の従業員の賃上げを進める動きがある。しかし不況なのに日銀が通貨を過剰発行し、そのうえ賃金を引き上げると、円安による物価高騰と相まって、インフレが短期間で急上昇し、冒頭で紹介したFTの警告が具現化する可能性が強まる。日本経済はかなり行き詰まった状態にある。 (Japan's Last Stand - Portent Of Keynesian Collapse

 今回の日本の不況は景気循環的なものでなく、不可逆的な悪化だ。不況の基底にあるのは、08年のリーマン倒産以来の債券金融システムの不可逆的崩壊だ。リーマン危機後、日本だけでなく、米欧日先進国を中心に、世界経済の全体が、構造的な経済危機の中にいる。この30年間の米国主導の先進国経済の拡大を支えてきた債券市場の崩壊が、隠されたり延命したりせず露呈すると、今よりずっとひどい状況になる。QEや財政出動、統計指標のごまかしなどで、経済が少しずつ好転しているかのように見せているが、その表層的な見せかけの下には、リーマン倒産後、延命隠匿されているだけの危機が存在している。 (揺らぐ経済指標の信頼性) (米雇用統計の粉飾) (日本経済を自滅にみちびく対米従属

 日本の不況再突入は、米国覇権の危機を受けた官僚機構の近視眼的な動き(QEや消費増税、財政赤字拡大)によって、表層的な見せかけの維持に失敗した結果だ。事態は今後さらに悪くなるだろう。



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