仮想現実化が進む世界経済2014年10月8日 田中 宇
この記事は「ユーラシアは独露中の主導になる?」(田中宇プラス)の続きです マスコミ報道によると、米国が対露制裁を強めて以来、ロシアからの資金流出が続き、ロシア経済が危険な状態になっている。今年の上半期、ロシアから740億ドルの資金が流出した。ドルやユーロに対するルーブルの為替下落に歯止めがかからず、ロシアの中央銀行は為替市場への介入によって2日間で17億ドルも使ってしまった。 (Russia Spends Up to $1.75 Billion in Two Days to Buoy Ruble) ロシアだけでなく欧州も危ないと報じられている。IMFは、ユーロ圏の経済が不況に陥りそうだと警告を発した。ドイツ銀行は、ユーロの再弱体化とドルの強さの維持によってユーロが下がり、今の1ユーロ=1・27ドルの為替が、2017年に1ユーロ=0・95ドルまで下がると予測している。 (IMF sees risk of new eurozone recession) (Euro to fall below parity with dollar by 2017: Deutsche) ロシアやEUの経済悪化が報じられるのと対照的に、米国に関しては、ドルや米国債が持つリスクを示す金利やインフレ率が、今後もずっと低いままだという予測が流布している。 (Inflation's Not The Only Way Easy Money Destroys Wealth) (Bond King Bill Gross' Next Act) こうした、露欧が悪化するが米国は悪化しないという方向を示す報道を集めると、前回の記事で書いた、米国の経済覇権が崩壊してユーラシアがEU(ドイツ)・ロシア・中国の主導になるという予測が間違ったものに見えてくる。「田中宇は、世界が多極化すると思い込んでいるので、世界に対する見方が間違うのだ」といった、以前からある私に対する批判がちらつく。 (◆ユーラシアは独露中の主導になる?) しかし事態をよく観察すると、別の状況が見えてくる。たとえば昨日FTが出した「資金調達難の危機に瀕するロシア企業」と題する記事は、題名こそロシアの危機を語っているが、中身を読むと、ロシアの大企業は再来年まで資金難になりそうもないと書かれている。ロシア経済を支えるのは石油ガスだが、ロスネフチやガスプロムといった大手の石油ガスの国有企業は、中国と長期の輸出契約を結んでおり、米国から経済制裁を受けても、ずっと先まで資金の獲得に困らない。露政府は、石油ガス国有企業の儲けを使って、石油ガス以外の分野で米欧に経済制裁される企業の損失を補填する計画だ。露企業の多くは、今年と来年の分の運転資金をすでに調達しており、困るとしたら再来年からだという。 (Russian companies face credit crunch danger) 昨今のように世界経済の先行きが不透明な時に、再来年にどうなるかという予測は、的確さに疑いがある。米国こそ、今年QEをやめた後の金利動向が不確定で、再来年まで金融が持つかどうかわからない。債券の神様と言われた米投資家のビル・グロスは「米国の金利はこの先もずっと低いままだ」と断言しているが、正確には「米連銀と金融界の延命策が成功している限り金利はずっと低いままだが、失敗すると金利高騰、金融破綻だ。どちらに転ぶかわからない」である。 (Gross PIMCO Exit Sparks Record Liquidations In Short-End Of Yield Curve) プーチンのロシアは、エネルギーの長期安定確保を望む中国に対し、比較的安価に石油ガスを長期供給することで、同時に自国の長期的な収入源の確保を実現する戦略を確立している。米国がロシアを経済制裁してもこの枠組みは壊れず、米国がロシアを経済破綻させることはできない。プーチンは、ロシアにとって一番大事な国は中国だと言っている。中国は余裕資金を多く持っている。米国自身、巨額の米国債を中国に買ってもらい、覇権維持を中国の余裕資金に依存している。米国が中国の資金を攻撃して枯渇させれば、ロシアに入るはずの資金もなくなり、ロシアを破綻させられるが、中国の資金で米国債を買ってもらっている以上、それができない。 (Europe still a key partner for Russia, but China a priority - Putin) 中国の資金は、ロシアだけでなく欧州にも流入し続けている。2011年に米英投機筋が南欧の国債先物市場を攻撃してユーロ危機を起こした後、米国の資本が大量に南欧諸国から逃避したが、その穴を埋めたのは中国資本だった。イタリアやギリシャなどでは、中国資本が国家経済の維持に不可欠な存在になっている。 (China swoops in on Italy's power grids and luxury brands) 中国からEUへの直接投資は、2010年に61億ユーロだったが、12年には270億ユーロに急増した。米国勢が金融破綻させて資金を引き上げて価値が急落し、安値感が出た南欧諸国の企業や不動産などの資産を、中国の国有企業や民間投資家がこぞって買った。米国は、EU統合を阻止する策として、今後またユーロ危機を再燃させるかもしれないが、それは中国がEUの資産を安値で買いあさり、EUがロシアと同様に中国との関係を強化して生き残る多極化の道に入ることにしかつながらない。多極化は空想でない。マスコミが系統的に報じないので人々が気づかないだけで、粛々と進んでいる。 (Chinese investors surged into EU at height of debt crisis) 最近「ロシアがもうすぐ経済破綻しそうだ」「ユーロはもうダメだ」「中国もいずれ経済破綻する」「ドルだけは永久に安泰だ」といった、国際マスコミによる経済分野の仮想現実の創造が拡大している。日本では昨年から「アベノミクスは日本経済を良くする」という歪曲報道が席巻した。従来、仮想現実の創造(善悪の歪曲)は「サダム・フセインがいかに極悪か」「中国やロシアは独裁で悪い」「米英は常に正しい」といった政治面が中心だったが、米国の金融システムの潜在危機が増した最近は、経済記事の仮想現実化が強くなっている。 (逆説のアベノミクス) 仮想現実を見せられた人々は、それが現実と思い、露中や欧州から投資を逃避させ、その結果、仮想現実が本物の現実になるかもしれない。しかし、ユーロは11年以来もうダメだとずっと言われてきたが破綻していないし、中国もいずれ破綻すると言われながら破綻していない。今回書いたように、ロシアもたぶん破綻しない。仮想現実は本物の現実にならず、ずっと仮想の存在だが、人々の多くは延々と騙され続けている。 国際マスコミが仮想現実化の傾向を強めていることは、国際マスコミの報道を重要な情報源としている私にとって、分析作業を難しくしている。それぞれの報道がどの程度の歪曲誇張を含んでいるか判断が難しい。全体として近年の報道は、米国の覇権維持のため、米経済の健全性を過大評価し、中露など新興市場やEU経済の危険性を過大評価する傾向がある。しかしその一方で、中露など新興市場が脆弱さを持っているのも事実で、どこまでが歪曲でどこからが事実か、判断が難しい。 たとえば、アルゼンチンの国債デフォルトの問題について私は、新興市場諸国がドルのシステムから追放され、非ドルのBRICSシステムの傘下で再生するシナリオでないかと推測した。今夏、デフォルトしたアルゼンチンを中露の首脳が相次いで訪れ、未開発の石油ガス田の利権を中露が開発するのでないかという話がながれた。これは、多極化や非ドル化の動きになるが、そのような流れになるのか、それとも単にアルゼンチン経済が破綻して終わるのか、まだ見分けがつかない。そうこうするうちに、南米ではベネズエラも国債破綻に瀕している。 (◆米国自身を危うくする経済制裁策) (Argentina Goes Full-Venezuela - Plans To Regulate Prices, Profits, & Production) 今回紹介したFTの記事のように、題名と中身が食い違っていると、マスコミが歪曲したい方向性と、歪曲しきれない現実の両方をかいま見れるので参考になる。その意味でFTは比較的良心的だ。半面、NYタイムスなど米国のマスコミは、最初から最後まで仮想現実で貫く傾向が強く、参考にならないことが多い。なるべく多くの分析を読むことで、多くの報道文の中の「ぶれ」を見分け、報道の中の歪曲を見つけていくしかない。
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