米国依存脱却で揺れるサウジアラビア2014年1月10日 田中 宇昨年12月中旬、米政府が、シリアの反政府勢力の代表格である「シリア国民連合(SNC)」に対し、シリア内戦でアルカイダが優勢になっており、このまま米欧がアサド政権を倒す戦略を続けていると、アサドの代わりにアルカイダの政権がシリアにできてしまい、世界的な「テロ戦争」の観点から非常にまずいことになるので、アサド政権を倒さず続投を容認することにした、と表明した。 (West Tells Syria Rebels: Assad Must Stay) SNCは、トルコや欧米に亡命する世俗派(イスラム主義反対)の親米シリア人活動家が主導し、米欧の受けが良く、シリア反政府勢力の代表とみなされてきたが、イスラム主義の諸勢力が席巻するシリア内戦の戦闘現場では弱い。シリア内戦は、アルカイダや非アルカイダ(ムスリム同胞団など)のイスラム主義の武装諸勢力どうしの対立が激化している。アルカイダがシリアを乗っ取るより、アサド政権が続投していた方がましだという考え方は、シリアの南隣のイスラエルにもあり、米国のアサド容認はやむを得ない決断だった。 (Israel Sees Western Jihadists in Syria as a Future Security Nightmare) (米国の諜報機関は、シリア内戦が始まった当初から「間もなくアサド政権が倒れ、シリアは安定した民主的な国になる」と予測し続け、外れ続けた。シリア国民の2割近くの35万人が難民になった今になって、米当局はようやく姿勢を現実方向に転換した。米当局はかつて「米軍が侵攻したらイラクは安定した民主的な国になる」と予測したが、その結果50万人以上の無実のイラク国民が殺される大惨事が起きた。同じ失策が、奇妙なまでに何度も繰り返されている) (Syria: White House Accepts Reality) アサドを支持してきたロシアは「アサドを倒すと大変なことになることに、ようやく米欧が気づいた」と満足げだ。シリア情勢は、昨年8-9月に米オバマ大統領が、シリアを空爆すると大風呂敷を広げた後、防衛長官や国務長官ら側近にも相談せず、やっぱり空爆は無理だと言ってやめてしまい、後始末をロシアに丸投げし(オバマの空爆中止が独断だったことは最近露呈した)。 (West starting to realize they are aiding terrorists in Syria - Lavrov to RT) (Time for Obama to get a grip - White House overhaul is long past due) ロシアは国連を代表して動き、アサド政権に対し、化学兵器の廃棄したら国際的に許してやると提案し、大喜びで受け入れられた。化学兵器と製造施設の撤去は昨年末に一段落した。化学兵器の破壊場所を提供してくれる国がないので、公海上で破壊することになり、ノルウェーとデンマークの船が化学兵器を載せてシリアを出港し、それをロシアと中国の軍艦が護衛した。米英の軍艦が不在で、ロシアと中国の軍艦が護衛した点が、多極化の具現化として注目される。アサド政権の首相は「わが国は、イランやBRICSのおかげで外交的に勝利している」と述べた。 (Russian, Chinese warships to secure marine transfer of Syria's chemicals) (`Syria victories thanks to Iran, BRICS') 1月22日から、シリア内戦を終わらせる国際会議が予定されている。それに先だってロシアは昨年末、シリア国内の石油ガス開発について、シリア政府と契約を結ぶという戦利品を獲得した。 (Russia tightens links to Bashar al-Assad with Syria energy deal) (Russia's growing Middle East influence) 米国の腰くだけに対し、これまでアルカイダ系を含むイスラム主義のシリア反政府武装勢力を支援してきたサウジアラビアが、不満を爆発させた。サウジの駐英大使をつとめるナワフ王子が昨年12月17日、米ニューヨークタイムスに「シリアの最大の問題は化学兵器でなくアサド政権だ。シリアやイランに対する米欧の政策は、中東を不安定化する。わが国は、アラブの盟主・イスラム発祥の地・エネルギー部門の世界の中央銀行として、米欧のやり方を看過できないので、アサドやイランの台頭を防ぐため独自の動きを拡大し、シリア反政府武装勢力を支援する。米欧は、アルカイダ系が強くなったのでシリア反政府勢力を支援できないと言うが、話が逆だ。米欧が支援しないのでアルカイダ系が強まったのだ」という趣旨の宣言文を発表した。 (Saudi Arabia Will Go It Alone) 最近のサウジの米国嫌いは徹底している。サウジ王政は昨年末、イラン傘下のヒズボラの影響力が強まったレバノンで、ヒズボラの対抗勢力になりうるレバノン国軍に対し、同国の軍事費の2年分以上にあたる30億ドルを一括で寄付したが、そこには「米国の武器を買ってはならない。フランスから買え」という条件がついていた。 (Saudi Arabia gives $3bn boost to Lebanese army) サウジの影響力が強いペルシャ湾岸アラブ産油国(GCC)のアラブ首長国連盟(UAE)も、これまで使っていた米国製の諜報用人工衛星に、衛星が採取した情報が自動的に米国の機関に送信される「裏口」が設けられていた可能性があるという理由で、フランス製に買い換えることを決めた。国家機密に属するこの手の話が漏洩されるところが、GCCの君主たちの反米感情を物語っている。 (French-UAE Intel Satellite Deal in Doubt) サウジなどから急なご指名を受けて驚喜したフランスからは、オランド大統領が昨年末にサウジを訪問した。オランドは左派だが、米国がシリアのアサド政権(名目だけだが左派の社会主義)の存続を容認することに反対し「左派なのになぜ?」と、国際的に疑問を抱かれていた。オランドの反アサド姿勢は、左派性と関係なく、サウジで利権あさりができるという国策に基づいていた。オランドは昨秋来、サウジと並んで米国離れを起こしているイスラエルにも急接近している。 (Feeling US snub, Saudi Arabia looks to France) (見えてきた中東の新秩序) サウジやGCCの米国離れは、中国への接近にもつながっている。昨年末、中国の外相がサウジアラビアを訪問した際、サウジなどGCCは大歓迎し、中国との関係を強化していくことを決めている。中国はGCCの一カ国であるバーレーンの政権転覆に反対して同国の君主制を支持するなど、GCCの支配者たちが喜ぶことをやっている。すでにサウジの最大の原油輸出先は中国で、サウジと中国の関係は今後さらに強まることが必至だ。中国外相はサウジを訪問した後、サウジと呉越同舟の関係になりつつあるイスラエルも訪問している。 (Arab monarchies eye stronger ties with China) GCCのうち4カ国は昨年末、通貨統合に向けた動きを再開し、15年初めまでに通貨統合することを決めた。GCCの諸通貨は今のところ米ドルに為替連動(ペッグ)しており、通貨統合してもドルペッグを続けることが予定されている。しかし、原油の最大の輸出先が、人民元決済を希望する中国になり、GCCが買い貯めてきた米国債の価値下落が懸念される中で、この通貨統合は、いずれドルが基軸通貨でなくなる時に、GCC諸国がその悪影響を最小限にするための政策に見える。 (Gulf countries take steps to achieve monetary unity) (THE NEW INTERNATIONAL MONETARY SYSTEM AWAITS THE EURO) サウジでは、すでに昨年10月、外交諜報担当のバンダル王子が、米国のみに頼った外交戦略をやめて、フランスや中露など、他の諸大国との関係を強化してバランスをとる方針を表明している。米国のケリー国務長官は「サウジはバンダルが問題だ」と語ったとされる。12月のナワフの宣言文は、シリアやイランとの関係性について、10月のバンダルの表明よりも一歩踏み込んでいる。バンダルは、中東戦略を後退させる米国への依存を下げると宣言しただけだったのに対し、ナワフは、サウジが独力でアルカイダを含むシリア反政府勢力を支援する姿勢を表明した。 (◆米国を見限ったサウジアラビア) バンダルの宣言は米国を突き放す方向だったが、ナワフの宣言は逆に、米国の右派にもっと努力しろと圧力をかける方向を持っている。米国では、オバマ政権(大統領府)がアサド容認やイランとの和解を進めているが、米議会は逆に、イランへの経済制裁を強めようとしている。ナワフの論文の内容は、米政界の右派やネオコンが言っていることと、ほとんど同じだ。サウジは、まだ米国に期待している部分があることが、ナワフ論文から読みとれる。(イスラエルはナワフ論文を見て「サウジは核武装するに違いない」と言って、イスラエル自身の核武装をうやむやにする道具に使おうとしている) (Will Saudi Arabia really go it alone?) 英国は最近、オバマ以上にイランに接近し、多極化を先取りする国家戦略に転換している。サウジが、駐英大使であるナワフの名前で宣言文を発表した背景には、多極主義の傀儡になった英国に対する批判もありそうだ。 (中国主導になる世界の原子力産業) とはいえ、ナワフが宣言したサウジ独力での反アサド・反イラン戦略は、成功しない見通しがすでに強くなっている。シリア内戦でサウジが支援してきたイスラム主義の反政府武装勢力は仲間割れが激化して建て直しが困難だ。反政府勢力が強い北部の大都市アレッポでは、非アルカイダ系の勢力が、アルカイダ系の勢力の拠点を襲撃して追い出した。 (Rival Rebels Oust al-Qaeda From Aleppo Headquarters) シリア内戦は、近隣のイラクやレバノンに波及し、イラクでは昨年末、バグダッド政府に反抗するスンニ派が伝統的に多い町ファルージャの市役所や警察署を、アルカイダ系の勢力が占拠した。米軍はアルカイダ掃討を名目に03年にイラク侵攻したが、11年に撤退した後、今ではいくらアルカイダが跋扈してもイラクに再派兵しないと米政府が表明している。イラクのシーア派主導のマリキ政権は、同じシーア派の隣国イランに頼ってファルージャ掃討に乗り出す。イランは「武器を支援するが兵力は出さない」と言っているが、シーア派の聖地が多いイラクには、従来から多くのイランの革命防衛隊配下の男たちが巡礼者に混じって入り込み、イラク軍を支援しており、イラク軍はなかばイランの傘下にある。 (Fall of Fallujah refocuses US on Iraq) (Iran General Offers Equipment, But No Troops, for Iraq's War) 米国が中東への軍事関与を減らす一方、中東各地でアルカイダが跋扈し、中東諸国は手に負えない状況になっている。中東におけるアルカイダの支配地が、これまでになく広がっている。 (Al Qaeda controls more territory than ever in Middle East) 中東諸国は、これまでのように各国が個別に米国に頼ってアルカイダを掃討しようとして、逆にアルカイダをはびこらせる米国の「テロ戦争」に使われてしまっていた状況から、米国に頼れず中東各国どうしが直接に連携してアルカイダを掃討していこうとする戦略に転換している。この転換は前代未聞で、中東の国際政治を英仏植民地になる前の状況に引き戻すかもしれない(だが、解決への道は険しい)と、ロバートフィスクが書いている。 (Robert Fisk; This is "Arab unity" as we have never seen it before. But watch out) イラクやイラン、シリア、レバノン、イエメン、ヨルダン、エジプトなどの中東諸国が、アルカイダ掃討で結束しようとする中で、サウジだけは、シリアでアルカイダを支援している。サウジ自身は「アラブの盟主としてやらざるを得ない」と宣言するが、これではアラブの他の諸国の同意が得られず、サウジは逆に孤立を深めてしまう。 (米国の裏の傀儡勢力であるアルカイダは、長期的に見て、米国の中東支配の後退とともに掃討されていくだろう。米国の諜報機関はその時に備えて、すでに「アルカイダの頭目ビンラディンは死んだものの、インターネット上の分身・アバターになって、イスラム世界の過激な青年たちに支持されている。アルカイダに対する人気はネット上で続いている」と、米国が得意とするネットのプロパガンダ構造の中でアルカイダが存続していることにする策略を始めている) (US feared threat from `virtual bin Laden') シリアでのアサド容認と並び、イランの台頭を米国が容認していることも、サウジを苛立たせている。イランとの対峙において米国の後ろ盾を失いつつあるサウジは昨秋来、配下のGCC諸国を率いて、イランに対抗する策を強めようと画策した。しかし、サウジがGCCで新戦略としてイラン敵視を提案したところ、国王が昨夏にイランを訪問して米欧とイランの間を仲裁しようとしたオマーンが反対し、イランとの貿易取引が多いUAEも賛成せず、サウジの提案は結実しなかった。 (Iran is on the rise in 2014, but dangers abound) GCCとイランは、ペルシャ湾をはさんだ隣国であり、GCCはシーア派住民も多く抱えている。イランは人口が多い半面、GCCは砂漠ばかりで人口が少なく、GCCはイランからの圧力を常に受けている。イランが米欧から制裁されつつも、中露などに支えられ、発展途上諸国の間で影響力を拡大してきた中で、GCCは全体として、すでにイラン敵視を貫けない状態になっている。米国の影響力がさらに低下していく中で、サウジはイランとの敵視をいずれ後退させ、イランと共存する戦略を強めるだろう。すでにイランはそうした流れを予測し、サウジに対して昨年から和解を呼びかけている。 (◆敵味方が溶解する中東) 似たような動きはイスラエルやトルコにもあり、それらの全体像を描くのが今回の記事の目的だったが、サウジのことだけで長くなってしまった。イスラエルやトルコのことはあらためて書く。
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