シリア空爆策の崩壊2013年9月13日 田中 宇シリア空爆をめざす、米国オバマ政権の策が失敗に瀕している。シリアで8月21日に化学兵器を使ったのが、シリア政府軍なのか反政府派なのか、国連調査の結論が出ないうちに、政府軍の犯行を決めつけて「制裁」として急いでシリアを空爆しようとした米政府は、国連で各国の強い反対を受け、米国内でも6つの世論調査のすべてで米国民の過半数が空爆に反対している。 (6 Polls Agree: Americans Strongly Oppose Attacking Syria) 9月3-4日に行われた。ギャロップの世論調査では、シリア空爆を支持する米国民は36%しかいない。02年のアフガニスタン侵攻への支持が82%、03年のイラク侵攻への支持が59%だったのに比べ、ぐんと支持が低い。9月5-9日にロイター通信が行った調査では、シリア空爆を支持する米国民は16%に減った。その前週は支持者が20%いた。オバマのシリア空爆案に対する米国民の反対は急速に拡大している。米国民はこれまで、米国の外交戦略をエリート層の決定に委ねていたが、初めてそれを拒否するようになっている。これはシリア問題にとどまる話でなく、米国の外交戦略の根本に関わる。米国は今後、世界に対する介入や関与を弱め、孤立主義(国内優先主義)に転換しそうだ。 (The American Public's Foreign-Policy Reawakening) 大統領府(ホワイトハウス)が米議会に諮ったシリア空爆議案は、上院の外交委員会を通ったものの、上院と下院の本会議では反対意見が強い。多くの議員が、地元の有権者からのひっきりなしの空爆反対表明の電話を受けている。コロラド州の共和党下院議員の事務所によると、地元有権者からの電話の98%が空爆反対の遺志表明で、空爆賛成の電話は2%のみだという。03年のイラク侵攻の時、地元の議員に侵攻支持の電話がをかける市民が多かったのと対照的だ。アリゾナ州の好戦派の共和党マケイン上院議員が地元で有権者との対話集会を開いたところ、怒りながら空爆反対を表明する市民が多く、マケインは圧倒された。 (US Congress Finds `Overwhelming' Public Opposition to Force in Syria) 米大統領府は8月30日、シリア政府が8月21日に化学兵器を使ったと考えられる根拠について発表した。一般公開されたのは4ページで、連邦議員に開示された機密報告書は12ページだった。この報告書の特徴は、米政府の諜報諸機関を統括するクラッパー国家情報長官の署名がないことだ。本来、この手の報告書は、各諜報機関が上げてきた分析と結論をまとめ、大統領や安全保障担当の側近らの承認を経て、国家情報長官が発表するものだ。しかし、8月30日の発表を行ったのはクラッパーでなく、大統領府の報道官だった。報告書の序文を見ると、通常書いてあるべき「諜報諸機関が結論を出した」という文章の代わりに「諜報諸機関が分析した」ものに「米政府が結論を出した」と書いてある。 (Government Assessment of the Syrian Government's Use of Chemical Weapons on August 21, 2013) つまり、諜報諸機関が出した結論と大きく異なる別の結論を大統領府(オバマと側近たち)が出し、それを諜報諸機関が自分らの名前で出すことを了承できなかったため、諜報諸機関を代表する国家情報長官が署名できず、発表もできなかったので、代わりに報道官が発表する異例さになった。 (Irrefutable Assad link to gas attack lacking by Gareth Porter) 米諜報機関の関係者らによると、大統領府は、諜報諸機関が出してきた報告書の分析内容のうち、シリア政府軍が化学兵器を使ったと米国が主張する際に都合の良い論拠のみを選んで並べ(これを米諜報用語で「さくらんぼ摘み」という)、シリア空爆が必要だとする報告書を書いた。 (Rep. Alan Grayson: Syria Intelligence Manipulated) 以前の記事にも書いたが、シリア政府軍が化学兵器を使ったとする根拠の一つになっているのが、イスラエル軍諜報部(モサド)の信号傍受隊(8200部隊)が傍受した、8月21日にシリア軍の高官と化学兵器担当責任者が電話で話している交信だ。軍高官が、非常にあわてた様子で、化学兵器担当者に「化学兵器が使われたようだが、どうなっているんだ」と問い詰めている交信だとされる。これについて米大統領府は「軍高官の知らないうちに現場が化学兵器を使った」と結論づけている。 (◆シリア空爆騒動:イラク侵攻の下手な繰り返し) だが実際のところ、イスラエル軍が傍受した交信は後段に、現場担当者が「私たちは化学兵器を使っていません。使ったのは私たちではありません」と高官に強く言い返す場面があり、それらの全体から考えると、化学兵器を使ったのは政府軍以外、おそらく反政府勢力だろうと言う話になる。しかし米大統領府は、後段の場面を無視し、前段の、高官が現場を問い詰める場面のみを報告書に載せ、化学兵器を使ったのはシリア軍だ、と結論づけている。さくらんぼ摘みの一例である。 (High-Level U.S. Intelligence Officers: Syrian Government Didn't Launch Chemical Weapons) さくらんぼ摘みは、イラク侵攻の根拠になった02年夏の「イラクが大量破壊兵器を持っている」とする報告書を書く際に、ブッシュ政権が使った手法だ。イラク占領が大失敗し、イラクが大量破壊兵器を持っていなかったことも判明し、米政界では、諜報界が作った報告書を政治家がねじ曲げるさくらんぼ摘みを禁じるようになった。だが今回、ブッシュの馬鹿なやり方の尻ぬぐいをさせられたオバマ自身が、ブッシュ並みかそれ以下の稚拙なさくらんぼ摘みでシリア空爆を正当化する報告書を作り、数日後には、オバマのさくらんぼ摘みの実態を指摘する記事が(テレビや新聞はあまり書いていないが)少なくともネット界に流布している。ブッシュの歪曲はイラク侵攻後まで問題視されなかったが、オバマの歪曲は数日しか持たなかった。 (Congress Denied Syrian Facts, Too) シリア政府軍が化学兵器を使ったとオバマ政権が主張する根拠のもう一つは、ユーチューブなどのインターネット上にアップロードされた、化学兵器の被害者を映した動画や静止画像である。しかしこれについても、国連の人権理事会が、捏造されたニセモノと結論づけたと、露外相が言っている。そもそも米国という超大国の当局が、国家の命運をかける戦争の主要な根拠として、誰がアップしたかわからないネット上の画像を採用せねばならないのは馬鹿げている。 (UN says Syria attack videos fake: Russia) (U.N. Rights Panel Cites Evidence of War Crimes by Both Sides in Syria) 米諜報界では、12人の元諜報幹部が連名で「8月21日に化学兵器を使ったのはシリア軍でない」と主張する書簡をオバマあてに出している。現役の諜報担当者は、上司であるオバマや大統領府の間違いを公的な発言として指摘できない。それで元幹部たちが声を発している。 (U.S. Intelligence Officials Tell Obama It Wasn't Assad) 米国では諜報界だけでなく米軍も、制服組の最高位にいるデンプシー統合参謀本部長が「シリア空爆は、アルカイダなどイスラム過激派を強化するだけの馬鹿げた策だ。いったん空爆したら、戦争は(オバマが言うような2-3日で終わらず)数カ月から1年以上かかる。ロシアやイランとの戦争に拡大するかもしれないが、米軍にその準備がない」と、空爆に反対している。 (Gen Martin Dempsey Warns Not To Strike Syria: US Not Ready) 未確認情報であるが、米軍の最高幹部の6人が最近オバマに会い、シリア空爆はアルカイダを支援することになり、テロ対策の愛国法に違反する違法行為なのでやめるべきだと詰め寄ったという。これが事実なら、米軍はクーデターの一歩手前だ。実際の状況がクーデターにどれだけ近いか不明だが、米軍人最高位のデンプシーがシリア空爆に対する消極姿勢を公式に表明しているところから考えて、米軍がオバマのシリア空爆を止めようとしているのは事実だ。 (Military coup in progress in washington D.C) シリア内戦では今年3月にも、北部の都市アレッポで化学兵器が使われている。この事件の時も、米欧の政府やマスコミは、シリア政府軍のしわざだと主張する半面、シリア政府は自分たちでなく反政府勢力のしわざだと主張した。事件の後、シリア政府は自分らの無実を立証するため、攻撃現場の検証と分析をロシアに依頼した。ロシア当局は7月に分析結果を報告書にまとめ、サリンとフルオロリン酸ジイソプロピルが、化学兵器が反政府勢力のバシャイル・アンナスル(Bashair An-Nasr)が自作したロケット砲に込めて発射されたと結論づけた。この報告書は国連事務総長に提出されたが、国連も露政府も報告書を公表していない。ロシア外務省は最近、報告書の簡単な要約を発表した。露報告書は100ページ超の長さで、米政府が発表した報告書が、議員用機密版ですら12ページしかなかったのと比べて詳細だ。 (Comment by the Information and Press Department of the Russian Ministry of Foreign Affairs regarding the investigations into the use of chemical weapons in Syria) (Russia gave UN 100-page report in July blaming Syrian rebels for Aleppo sarin attack) (The UN Has Had Evidence That Syrian Rebels Have Been Using Chemical Weapons Since May) 3月に使われた化学兵器は、イラクのアルカイダ系のスンニ過激派組織が製造し、シリア反政府派の拠点となっているトルコに運び込み、そこでトルコ当局の家宅捜索により一部を没収されたが、残りはシリアに搬入されていたことを、米国の国防総省も認めていると報じられている。 (U.S. military confirms rebels had sarin) (US military knew Syria militants had sarin gas: Document) 国際的には新興諸国や発展途上諸国、米国内的には世論だけでなく、諜報界、米軍などの現場までが、オバマのシリア空爆に反対している。広範な反対論を受け、米議会の下院でシリア空爆に反対を表明している議員が全体の約4割の200人を超える半面、賛成を表明しているのは1割以下の20人台にすぎない。 (Less Than 10% Of The House Support Obama) オバマ政権は8月下旬、米英仏でシリアを空爆する策を考えていたが、英仏の国内政界に反対意見が多く米国単独でやらざるを得なくなった。オバマは8月31日、空爆の正統性を維持するため、これまで無視してきた米議会に空爆の了承を得る方針に転換した。しかし議会で開戦についての最終決定権を持つ下院の過半数が空爆に反対している以上、議会に諮るのは危険だ。もし下院が空爆に反対する票決を出したら、オバマの政治的威信は大幅に低下する。 (◆米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動) 米国では憲法で、戦争開始の最終決定権が議会下院にあると明記されている。しかし現実は、米国が単独覇権国となった第二次大戦から60年あまり、朝鮮戦争、ベトナム戦争、テロ戦争、イラク戦争と、戦争する権利が議会から大統領に移る傾向が拡大する一方だった。今回、オバマがシリア空爆の可否について議会に諮ることにしたのは、この戦後の傾向をくつがえし、大統領が開戦権限を議会に戻し始めたことを意味し、画期的だ。 (Congress to the rescue on Syria?) オバマは、8月末にシリア空爆を議会に諮ることにした時、これまで自分が超党派的に動いて共和党を取り込んできたし、空爆は好戦性が強い共和党主流派が好むことなので、議会が空爆を了承すると考えたのかもしれない。だが、その直後からの空爆反対の世論の盛り上がりの結果、このまま議会に決議を求めたら否決されてしまうという行き詰まりの状態になった。オバマは「妻のミシェルも戦争に反対だ」と表明し、下院議長のペロシの孫も空爆に反対していることが明らかにされた。オバマは議会に決議延期を求めざるを得なくなったが、その根拠が見つからなかった。 (The Isolated War Party) このオバマの難局に、意外なところから救いの手がさしのべられた。それはロシアと、それを補佐するイランからだった。ロシアは、シリアがすべての化学兵器とその開発施設を国際的な管理下に移したうえで破壊して破棄し、シリアが化学兵器禁止条約に加盟する代わりに、米欧がシリアを空爆しないと約束するという案を作り、9月9日に訪露したシリア外相に提案し、シリアは翌日、正式にロシア案を了承した (Russia urges Syria hand over chemical weapons to intl control to avoid strike) ロシアの提案は米欧を驚かせたと報じられている。しかし、この報道はウソだ。私は9月3日に配信した記事で、イスラエルのハアレツ紙の記事をもとに「オバマ政権は、シリアを空爆できない場合の次善の策として、シリア政府軍が化学兵器を勝手に使えないよう、ロシアが国連を代表してシリア政府軍の化学兵器を管理する案を検討している」と書いた。ハアレツ紙は、オバマが9月5日からロシアで開かれたG20サミットでロシアにこの提案をするかもしれないと書いている。ロシアの提案は、議会に否決されたそうで窮したオバマ政権がロシアに頼み、提案してもらったと考えるのが妥当なようだ。 (Obama stuck with grenade in hand that he doesn't want to throw) (◆米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動) (Russia proposes putting Syria chemical arms under global control) ロシアは、シリアの地中海岸のタルトスに海軍基地を借りている。シリア軍の化学兵器は、タルトスの露軍基地に移動して保管し、それをロシア以外の国連代表団が管理することが検討されている。シリア軍は、化学兵器だけでなく、ミサイルなど米軍の空爆対象にされそうな武器も、空爆を回避する目的でタルトスで保管してほしいとロシアに頼んでいる。 (Syria, Iran and Russia working on counter-proposal to U.S. strike) ロシア提案を受け、シリア政府は9月12日、国連に対し、化学兵器禁止条約への加盟を、必要書類を添付して正式に申請し、受理された。シリア政府は「わが国はすでに化学兵器禁止条約に加盟している」と宣言した。 (Kerry warns against stalling techniques as Syria joins UN treaty) ロシア案は、米国の面子を潰さずに、米国がシリア政府に化学兵器使用の濡れ衣をかけた問題を解決しようとしている。「シリア政府軍が化学兵器を使った」という米国の主張に対し、正攻法で切り返すなら、化学兵器を使ったのが反政府派であることを立証する報告書を国連が出すことになる。だが、これだと米国は、シリアに濡れ衣をかけた重大な過失が露呈して国際信用を失い、オバマも議会から弾劾されかねず、オバマはそれを防ぐためロシア案を拒否してシリアを空爆するかもしれない。シリア空爆は中東大戦争につながりかねないので、米国の面子を保ってやる必要があった。そこでロシアは、誰が化学兵器を使ったかを曖昧にしたまま、それと微妙に異なる別件として、以前から国際社会がシリアに求めていた化学兵器禁止条約への加盟問題を持ち出し、シリアが条約に加盟する見返りに、米国がシリアの化学兵器問題の解決を認め、シリアを空爆しないと約束する案を出した。 オバマは、ロシア提案を受け「うまくいくかどうか疑問だが、外交で解決を試みることは良い」という面子保持の発言をしつつ、米議会に対し、ロシアにやらせてみたいので空爆案の票決をしばらく延期してくれと要請した。このまま票決していたら、議会下院は空爆案を否決しただろうから、オバマはプーチンに助けられたのだが、米政府はそれを認めたがらないし、マスコミもそのような論調を書きたくない。ロシア案には、国連やアラブ連盟、EUも賛成しており、シリア空爆が挙行される可能性は大きく減っている。 (Obama asks congress to postpone vote on military action against Syria) とはいえ、ロシア提案はまだ発効していない。シリアは化学兵器の放棄を約束したが、米国はシリア空爆の選択肢を棄てていない。フランスやポーランドといった親米諸国は、ロシア案に「シリアが化学兵器を全廃せず一部隠し持っていることが判明したら、国際社会(米欧)はシリアを空爆できる」という一文を入れるよう求めている。この一文は、かつてフセイン政権のイラクが、大量破壊兵器を正直にすべて国連に差し出して廃棄したのに、米英から「まだ持っているに違いない」といちゃもんをつけられ、大量破壊兵器保持を理由に侵攻された「正直者が馬鹿を見る」やり方が、シリアで繰り返されることを意味している。北朝鮮は、米国がこのやり方でイラクを陥れて侵攻したのを見て、核兵器開発の廃棄を拒否するようになった。「隠していたら空爆する」という一文を追加したら、シリア政府はロシア案を拒否するだろう。ロシアは、一文追加に強く反対している。 (Russia balks at French plan for U.N. Security Council resolution on Syrian chemical arms) また、内戦が続くシリアで、政府保有の化学兵器を、反政府勢力から攻撃されることなく安全に移動する方法も確定していない。ロシア案はまだ途上の段階だ。半面、ロシアはイランと協力し、シリアの化学兵器問題だけでなく、その先のことも提案している。シリアが化学兵器問題が解決し、和平会議が開かれてシリア内戦が終わったら、その後シリアで、アサド大統領が参加しないかたちで総選挙を行い、アサド政権以外の政権を民主的に創設することを、イランとロシアが提案している。 (Syria, Iran and Russia working on counter-proposal to U.S. strike) ロシアやイランが、アサドを外して選挙を行うことを提案している理由は、米欧が「ロシアやイランはアサド政権を守ねために、化学兵器を使ったのはアサドでないとウソを言っている」と主張していることに対応し「われわれが守りたいのはアサドでなく国際法だ」というプーチンの主張に実体感を持たせるためだろう。 (A Plea for Caution From Russia - By VLADIMIR V. PUTIN) 【続く】
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