ビルダーバーグとグーグル2013年6月14日 田中 宇6月6日から9日まで、英国ロンドン郊外のホテルで「ビルダーバーグ会議」が開かれた。同会議は毎年1回、欧米のどこかのホテルを借り切り、欧米各国から100人以上の有力者(政治家、高官、銀行家、企業家、学者、言論人、王族など)が集まって、世界の政治経済の今後のあり方を完全非公開で議論する。同会議は1954年から毎年開かれ、そこで話し合われたことが、直後に開かれるG8(G7)サミット(今年は6月17日から英国の北アイルランドで開催)の議題や声明に反映されるなど、米欧の覇権(世界支配)戦略を決める「世界政府」的な存在と言われてきた。 (Bilderberg 2013) 同会議は、有力者が多く集まるのにマスコミに報じられず、秘密会議の色彩が濃かった。以前は、ビルダーバーグ会議の存在そのものが「陰謀論者の空想」とみなされて否定されがちだった。ここ数年、会議事務局が、毎年の開催地と日程が漏洩し、「世界政府」や「覇権」に反対する市民運動家が開催ホテルの近くに集まって監視活動をするようになったが、マスコミはほとんど無視していた。しかし今年は、前代未聞の規模で欧米マスコミの注目を集め、会場の近くには、英国の有名なテレビキャスターら500人あまりの記者が押し掛けた。会議事務局は、従来どおり取材陣がホテルの敷地内に入ることを拒否したものの、これまで一度も開いたことのない記者会見を来年から開くことを約束した。 (Bilderberg 2013: friendly policemen, a press zone and the One Show) 同会議は私的な集まりなのに、英国の警察に警備を担当させて公金を使っているとの批判記事も出た。各国の有力者が集まるので、多数の警察官を動員して金のかかる手厚い警備が不可欠だ。地元の警察は、ゴールドマンサックスやBPなど、会議に参加している企業が警察に寄付金を出し、その金で警備しているので公金利用が少ないと弁解した。 (British taxpayers to pay 'millions' towards secretive Bilderberg meeting security) 会議が大騒ぎで報じられ、参加者は、悪事の会合に荷担した印象を社会から持たれ、肩身の狭い思いをするようになった。ビルダーバーグは、有力者が国際的にこっそり集まって世界の今後を話し合う「裏の存在」として重要だったのに、暴露的に報道されて「表の存在」に引っ張り出され、会議の意味が低下した。おもてに引っ張り出されると、G8との意義の違いが減る。記者会見が行われる来年は、その傾向がさらに強まる。 (Bilderberg 2013, the world's most secretive conference: live) そもそもリーマンショック直後、世界経済のあり方を議論する最有力のおもての国際会議の座が、米欧中心のG8から、米欧と中国など新興市場諸国が対等に並び立つG20に移っている(その後G20は大して機能していないが)。世界経済の牽引役は先進国から中国など新興市場に移っているし、中東など国際政治の問題でも中露の意向を無視できなくなった。こうした覇権の多極化とともに、中露など新興諸国の有力者を入れず米欧勢だけで話し合うビルダーバーグの意義は低下している。一昨年の会議に中国の代表(外務次官)が招待されたが、中国の参加は一回きりで終わっている。ビルダーバーグは時代遅れになっている。 (中国を招いたビルダーバーグ) 今年の開催地となった英国は、戦後、米国の世界戦略の黒幕として振る舞い、覇権の中枢に居続けた国だ。ビルダーバーグは、英国のスパイでもあったオランダの皇太子が創設し、英国の息がかかった会議だ。英国の上層部がビルダーバーグを大事だと考えたら、マスコミに会議の開催を無視させるのは簡単だった。今年、大騒ぎの報道がなされたことは、英国の支配層がもうビルダーバーグを重要と思っていないことを感じさせる。英国は、米国から同盟関係を希薄化され、EUからも離脱しそうで、米欧同盟の中心から外されている半面、多極化に呼応して中国など新興諸国との関係強化を模索している。英国がビルダーバーグを軽視しても不思議でない。 (ビルダーバーグと中国) とはいえ捨てる神あれば拾う神ありで、意外なところから、ビルダーバーグを「救済合併」する勢力が現れた。それはインターネット企業のグーグルである。ビルダーバーグの今年の開催地となった「グローブホテル」は、グーグルが07年から毎年「ツァイトガイスト会議」を開いているホテルでもある。今年のツァイトガイストは、ビルダーバーグが開かれる直前の日程で開かれており、両会議は参加者がかなり重複している。グーグルのシュミット会長は、ビルダーバーグの常連参加者だ。グーグルは、ツァイトガイストとビルダーバーグを合体させようとしており、今年はその元年という感じだ。 (Bilderberg & Google Zeitgeist 2013) ツァイトガイストは「時代精神」という意味の単語で、もともと、グーグルで検索されることが多いキーワードを分析し、人類の今の時代精神を判断する試みだ。ツァイトガイスト会議は政治的で、エリートの政治家や銀行家を集めるだけでなく、エジプトなどの「アラブの春」の革命を起こした市民運動の若手指導者を呼んで参加させたりしている。ビルダーバーグは「エリートによる世界支配」という悪いイメージが強いが、ツァイトガイストは「自由」を尊ぶ若者に人気の良いイメージなので、合併によって会合のイメージを好転できる。 (Google-Berg: Global Elite Transforms Itself For Technocratic Revolution) (Kings Without Kingdoms: G8, Google-meisters, and Bilderbergers) ネット企業が覇権組織ビルダーバーグを乗っ取るのは、不可解かもしれない。しかしグーグルは、個人情報とリンクしているGメールアカウントの入力が必須なアンドロイドOSによって、世界中でスマートフォンを使う人々のプライバシー情報を全部集められる諜報機関の機能や、ニュースや検索結果を集めて恣意的に並べることで、人々の「事実観」「善悪観」を世界的に安あがりに操作できるプロパガンダ機関の機能を持っている。諜報やプロパガンダは、覇権運営と不可分だ。グーグルは、覇権に近い場所に位置する企業であり、ビルダーバーグを取り込んでも不思議でない。 (The Bilderberg, Google and the G8: New Global Tax Regime Already in the Works) CIAはかつて違法に盗聴器を仕掛けて情報を集めた「悪者」だが、グーグルは人々にスマホを買わせた上、グーグルに電話帳を預けることなどを「かっこいい」行為として喜んで情報提供させている。ログイン(グーグルへのプライバシー開示)しない人は遅れているという価値観が、世界的に形成されている。グーグルは、諜報機関として非常に高効率だ。 (米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代) アップルは、ハードウェアの自社製造にこだわる製造業的色彩の強い会社だ。対照的にグーグルは、スマホのハードウェア製造をやらず、サムスンなど他の企業に任せきりな半面、個人を特定できるGメールアカウントを入力しないとアンドロイドのスマホがろくに機能しないなど、ユーザーの個人情報や利用履歴を集めることに強く固執している。OSの中でも、マイクロソフトのウインドウズは、個人を特定できる情報を入れずに利用できる。アップルやマイクロソフトは企業的で、グーグルは諜報機関的だ。諜報機関として機能することで、グーグルは覇権運営の中枢に入り、利益や存在感を維持拡大できる。グーグルはアップルのライバルというよりも、覇権関連企業という意味でJPモルガンや米軍事産業、米英大手石油会社に近い。 米国では今、ネットや通信に関する諜報機関であるNSA(国家安全保障局)が、グーグルやマイクロソフト、フェイスブックなどネット大手企業9社のサーバーに蓄積されているユーザーの個人情報や利用履歴、メール、動画、各種ファイルなどを勝手にアクセスできる態勢が米国で作られていたことが発覚し、政治的騒ぎになっているが、NSAによる情報集めは、グーグルを初めとするネット企業に大きく依存している。 (NSA taps in to internet giants' systems to mine user data, secret files reveal) 情報を持っているのがNSAでなくグーグルだという点で、グーグルはNSAより上位にある。グーグルは、ビルダーバーグの前に、すでにNSAやCIAと併合している(Gメールと検索エンジンとアンドロイドOSを融合したように)。諜報の業界は、英米イスラエルなど欧米系の主な諜報機関やアルカイダなど外郭組織の間で相互に要員が入り込んで融合している。同様に、グーグルはNSAやCIAと融合しているし、ビルダーバーグとツァイトガイストの融合もその流れだろう。私はこれまでに「グーグルと中国」「ビルダーバーグと中国」という記事を書き、今回「ビルダーバーグとグーグル」を書いた。今後、覇権システムの転換とともに三者の関係がどうなっていくか注目したい。 (グーグルと中国) (ビルダーバーグと中国)
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