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北朝鮮と世界核廃絶

2013年4月30日   田中 宇

 北朝鮮が祭典的なミサイル発射を挙行しないまま4月が終わる。4月15日の金日成生誕記念日も、4月23日の北朝鮮軍創設記念日も、北はミサイルを発射しなかった。発射は朝鮮半島をめぐる緊張を一気に高める。北朝鮮問題解決の主導役を米国から押しつけられた中国が、北に発射を見送るよう圧力をかけたのかもしれない。一方で米国は、核問題の交渉再開を北に提案した。米朝は、3月にニューヨークで実務者交渉をしている。北は、米国と水面下での交渉が続いているので、ミサイル発射を見送っているのかもしれない。 (Kerry, SKorea Offer New Talks to North) (US And North Korea Had Secret Meeting

 とはいえ、米朝が和解していく可能性はとても低い。交渉の条件が出発点から食い違っている。米国は、北が核兵器を廃棄するなら和解交渉を始めても良いと言っている。対照的に北は、米が北を敵視する限り、抑止力としての核兵器を廃棄するわけにいかない(先に米国が北への敵視をやめるなら核廃棄しても良い)と言っている。北は、米が北敵視をやめる皮切りとして、4月末まで北のすぐ近くで続いている米韓合同軍事演習を打ち切ることを求めた。だが米国は演習を続行、今後の演習も予定通りやると宣言し、北と交渉しない姿勢を見せている。 (North Korea sets conditions for talks

 もともと北を核兵器開発に追い込んだのは米国の方だ。90年代のクリントン政権は、北が核開発をやめる代わりに北に軽水炉を作ってやり、重油も供給する「枠組み合意」を結んだが、ブッシュ政権は02年秋に北を政権転覆の対象(悪の枢軸)と名指しし、重油供給を停止して枠組み合意を破棄した。報復として北は03年初めにNPTを脱退し、核開発を本格化した。北は「米国が北敵視をやめて枠組み合意を履行し続けるなら、NPTに戻る」と言っていた。米国は「エネルギー供給を止めたのだから、北はもうすぐ政権崩壊する。交渉再開は必要ない」として放置する姿勢を採った。 (Breaking out the Bush Korea playbook

 実のところ米国は、北を放置したのでなく、北の面倒を見るのを中国に押しつけた。北が崩壊して辺境が混乱するのを好まない中国は、米国がやめた北への重油供給を引き取って続けた(米国は無償供与、中国は有償供与だったが)。米国は中国に、北核問題6カ国協議の主導役を頼み、中国はしぶしぶ応じた。北を敵視したまま放置する一方で、北問題の解決を中国に押しつけるブッシュ政権のやり方は、オバマ政権に踏襲され、今もそのままだ。 (北朝鮮の核実験がもたらすもの

 北朝鮮は、中国式の市場経済が自国に流入するのを黙認し、北の国営企業は中国からの下請け受注を急拡大し、経済がかなり改善した。米欧日から経済制裁されても、北は崩壊しなくなった。だが北は安保面で、依然として米国から脅威を受けている。イラクのように米国から潰されたくない北にとって、米国に対する唯一のカードは「核兵器」だった。 (経済自由化路線に戻る北朝鮮

 北朝鮮は、米国が自国への敵視をやめるのを、6カ国協議開始から10年待った後、米国が北敵視をやめることはないと判断し、昨年末、核兵器保有を宣言した。北は、米国と和解して政権の存続をめざす戦略から、核武装して抑止力をつけて存続する戦略に転換した。 (North Korea's Justifiable Anger

 北に核を放棄させることは難しい。米国が北の核施設を先制攻撃することはまずない。軍事費削減が目標の米政府は朝鮮戦争の再開を望まない。また最近の米国は、中国が強く反対することをやらない。交渉で北に核を放棄させるのも困難だ。米国が再び北問題を主導することはない。永久に中国に押しつけたままだろう。北との交渉は、経済援助を出さねばならずコストがかかる。財政難の米国はやりたがらない。日本は北との和解を望んでいない。北と日米が和解したら、米国は日本の対米従属を認めなくなる。韓国は北との和解を望んでいるが、米国に頼むより中国に頼む方が早い。北の崩壊が自国の不安定につながる中国は、北に対して強い姿勢をとれない。米中など世界は、北の核を黙認するだろう。それしか選択肢がない。 (Obama edges to realpolitik on Koreas) (U.S., China agree on North Korea denuclearization push

 世界では、NPTで5大国以外の核保有が禁じられているが、5大国以外でインド、パキスタンやイスラエルが核保有し、おおむね黙認されている。北朝鮮もここに仲間入りする。これら4カ国は、いずれも分断国家だ(イスラエルの相手はパレスチナ)。しかし北は、印パやイスラエルと状況がかなり違う。朝鮮半島は、他の2組より敵対関係が激しく、常に全面戦争再開の危険があり、他の核保有国より核戦争を起こしやすい(近年は、イランと戦争するかもしれないイスラエルも危ないが)。北は、世界有数の孤立した好戦的な国であり、核保有を黙認される状態に満足せず、常に「わが国は核保有する強国だ」「米国が威嚇するなら先制的に核を使う」と声高に宣言し続けそうだ。 (North Korea Making Israeli Style Demands

 北の叫びに呼応して、米国の議会上院など軍産複合体は「北を潰せ」と応酬し、一触即発感を高める。日本の政府やマスコミも北の脅威を誇張し「だからTPPで国内の農業や健康保険制度を米国勢に潰されても日米同盟を守らねばならない」喧伝するだろう(北の目標は国家存続なので、日本に戦争を仕掛けない)。だが、これらの敵対喜び組以外の勢力にとって、北の核武装は、何とかしてやめさせねばならないことになる。核武装を防げないなら、核を持ったままで良いから静かにしていてくれという感じだ。

 北に核武装をやめさせられるとしたら、その動きは中国が主導するものになる。米国が北を抑制せず、北が核武装して世界(主に米日韓)を脅す姿勢を強める中で、中国は、北を抑制する策を強めていかざるを得ない。北の面倒を見るのを中国に押しつける米国の戦略は成功しつつある。 (China support for North Korea is rational

 米議会は、北朝鮮と取引をしている世界の企業や銀行、政府に対し、米政府や米企業との取引を制限する新たな制裁法を議論している。この法律の標的は中国であり、米国の中国敵視策の一つであるが、同時に、北朝鮮に圧力をかけて核問題を解決するよう中国に圧力をかけるものにもなっている。 (US lawmakers introduce tough N. Korea sanctions bill

 北は、米国が核兵器を廃棄するなら自国も核廃棄すると言っている。これは米国と自国を同格とみなす、ロシアなど大国と同じ態度だ。北は昨年から「強盛大国」を自称している。北朝鮮は最近「世界の核廃絶が進まない限り、朝鮮半島の核廃絶もない」と言い出している。北は、世界が核を廃棄することを、自国が核を廃棄する条件として持ち出している。興味深いことに、この点において北朝鮮とオバマ大統領が「同志」になっている。 (N Korea open to arms reduction talks

 オバマの大統領としての目標の一つが「世界核廃絶」だ。オバマはこの件で、何もしないうちにノーベル賞をもらった。しかし、核廃絶の第一歩となる米露の核軍縮すら進められないでいる。米政界では911以来、軍縮に強く抵抗する軍産複合体が強い。オバマは思うようにやれず、逆に、ロシア近傍に「迎撃ミサイル」と称するロシアを狙った短距離ミサイルを配備して米露の軍事対立を煽る結果になっている。 (オバマの核軍縮) (Obama accused of nuclear U-turn as guided weapons plan emerges

 オバマがどこまで自覚してやっているのか不明だが、米国が北朝鮮敵視を続けた結果、北が自国の核廃絶の交換条件として世界核廃絶を持ち出したことは、軍産複合体に妨害されているオバマの核廃絶構想を北が助ける構図になっている。核武装した北を放置して中国に押しつけているオバマは、同時に、自分がやりかけたが軍産複合体に阻止されてできない世界核廃絶を、中国にやらせようとしていることになる。オバマは、軍産複合体に縛られた米国自身よりも、中国の方が世界核廃絶の主導役に適していると思っているかもしれない。 (North Korea reiterates it will not give up nuclear arms) (A Chinese nuke umbrella for North Korea?

 国際情勢の中で、米国から中露などBRICSへ、静かに主導権が移転する分野が増えている。覇権の多極化である。たとえば地球温暖化対策も、09年のCOP15を境に、主導権が欧米から中国に移転している。かつて欧米先進国がBRICSに金を出させるために地球温暖化問題を誇張捏造したが、今では中国などBRICSが先進国に金を出させるために誇張捏造の構図を継承している。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘

 同様に、核廃絶問題も、北朝鮮核問題を皮切りとして、主導権が米国から中露に移っていくのかもしれない。イランやシリアなど中東の諸問題、ドルのゆらぎを受けた基軸通貨体制、国連の主導権など、国際的な多くの分野で、米欧の主導権が弱まり、中露など途上国側の主導権が増している。核に関しては、イランに核保有の濡れ衣をかけたIAEAの主導権が、米英から中露に移りつつある。対米従属のアマノ事務局長への反発が強まっている。NPT体制の改定と核廃絶の問題も、主導権が移転して不思議でない。 (IAEA chief Amano is US's puppet over Iran: German MP

 米国は、世界の核兵器の大多数を持っているが、核廃絶の主導役が米国でなければならないことはない。中露が核廃絶に向けた軍縮を提唱すれば、EUも賛成(政治統合でフランスの核はドイツの核になる。ドイツは核廃絶支持)する。英国はすでに核廃棄に向けて動いている。印パは上海協力機構の傘下で和解と核廃棄をやりそうだ。イスラエルは、パレスチナ問題を解決できれば国家存続が可能になり、核廃棄を条件にアラブやイランから不可侵の約束を取り付けられる(先週から意外な和平推進の動きがある)。そして北朝鮮は、米日韓が北敵視をやめて国交を正常化する代わりに核廃棄しうる。

 これらのすべてが動き出せば、米国も核廃棄に応じるかもしれない。世界は政治体制(覇権)の転換期に入っている。覇権通貨であるドルの崩壊は、これまで遠くに垣間見える暗雲にすぎなかったが、最近、具現化しそうな感じが増している。絵空事と見られていた世界核廃絶が、意外に早く具現化していくかもしれない。NPTが、国連安保理と同期した覇権システムそのものであることを忘れてはならない。



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