ユーロ危機と欧州統合の表裏関係2012年5月17日 田中 宇欧州で、メルケル首相のドイツが主導してきた、財政緊縮策を最優先するユーロ危機対策に対して「民主的な反乱」が起きている。5月6日のギリシャ総選挙は、それまで35年間、政権をたらい回ししてきた2大政党(緊縮賛成派)が惨敗し、代わりにEUがギリシャに認めさせた緊縮策に強く反対する急進左派連合シリザが第2党に躍進し、緊縮策が通らなくなった。 (The Countdown To The Break Up Of The Euro Has Officially Begun) 同じく5月6日のフランス大統領選挙では、緊縮より経済成長を重視する政策を掲げた左派のオランドが、メルケルとの独仏協調を重視して緊縮策を掲げてきた右派のサルコジを破り、仏は17年ぶりに社会党政権になった。ドイツでも、最大の州であるノルトライン・ウェストファーレン州の地方選挙で、メルケルの与党(CDU)が敗北した。CDUは7連敗している。 (Merkel faces pressure after election loss) 4月27日にはルーマニアで、EUに命じられた緊縮策を進めようとする中道右派の政権に対する不信任決議が議会で通り、政権崩壊した。オランダやスペイン、イタリアなどでも、EU主導の緊縮策を進めようとする政府が、議会や世論から猛反対を受けている。 (France and Greece are just the beginning - Europe is entering a downward spiral) 事態が最も重大なのは、今回もギリシャだ。ギリシャは1974年に軍事政権が終わって以来、新民主主義党とパソック(社会主義運動)という2大政党が合計で8割前後を得票し、どちらかが政権に就く構図が定着していた。だが今回は2党合計で3割しかとれず、EUの緊縮策を支持する政党を全部集めて連立しても過半数に届かなかった。緊縮に反対する政党シリザが、反緊縮派を集めて試みた組閣も過半数をとれず、3党が試みた連立政権作りの組閣がすべて失敗し、6月17日にやり直し選挙を行うことになった。今回の選挙では、戦後の欧州で初めて、ネオファシスト政党が議席を得た。全体の7%にあたる21議席という多さだ。 (Under Threat of New Election, Greek Wrangling Wears On) 2010年春以来、ギリシャ国債が米英投機筋などから執拗に売り攻撃され、財政金融が崩壊したギリシャの政府は、ドイツ主導のEUが立案した財政緊縮策を受諾して導入する代わりに、EUから救援資金を借りてしのいだ。公共部門以外の経済が脆弱なギリシャでは、政府の緊縮策によって多くの国民が生活苦に陥り、政府への反発が強まって総選挙になった。 (ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題) ▼全EUを道連れにすると脅すギリシャ左派 緊縮策の即時破棄を掲げ、大躍進したシリザの党首(左派連合の最大政党の党首。Alexis Tsipras)は「緊縮策を破棄したら、EUから救済金を受けられず、国債が返済不能(デフォルト)になってユーロからの離脱を余儀なくされる」との与党側からの批判に対し「緊縮策を破棄したら救済金を出さないぞと言うのは、ドイツなどEU側の脅しにすぎない。ギリシャがデフォルトしてユーロから離脱したら、他の南欧諸国にもデフォルトが感染し、ユーロ全体が解体し、ドイツなど北の国々も破滅に追い込まれる。だからドイツなどは、ギリシャを見捨てられない」と強気の態度をとっている。 (Crisis escalates as insurrection breaks German control of Europe) ギリシャ国民の多くは、ユーロからの離脱を避けたいと思っている。ユーロから離脱して以前の通貨ドラクマに戻ったら、新ドラクマの価値は急落し、ドラクマ建てに強制転換された国民の預金が価値を失うからだ(だから国民は、通貨がユーロのうちに現金にしておこうとATMの前に並んでいる)。シリザは、こうした民意を知っているので「緊縮策を破棄してもユーロから追い出されない」と主張し、有権者の支持を失わないようにしている。 (Greece will run out of money soon, warns deputy prime minister) シリザ党首のこの主張は、脅しだけでなく現実論だ。ギリシャの発行済み国債の97%は、EUが金融界と交渉して支払い遅延を認めさせたが、残る3%、4億ユーロ強について、5月16日に償還期が到来した。EUからの支援が止まり、30日以内に元利の支払いが行われない場合、ギリシャ政府は本格的にデフォルトする(これまでは見なしデフォルト)。イタリアやスペインの国債に危機が感染し、連鎖破綻が起きるだろう。EU側は、連鎖破綻を防ぐための「安定化資金」を用意してあるので破綻は広がらないと言うが、前代未聞の事態なので、資金がいくらあったら連鎖破綻を防げるか、「防火壁」は十分な高さなのか、誰も明確に言えない。 (Greece Faces Big Debt Payment Tuesday: Now What?) (Faith fades in eurozone firewall) シリザの党首の見立てが正しく、ギリシャが緊縮策を破棄してもEUが支援をやめられず、従前通りの支援が続くとしたら、今度はドイツなど北部諸国の世論がそれを許さない。EUがギリシャの反乱に手こずっているのを見て、ちゃっかりな人が多いイタリアでは、野党が「わが国も緊縮策に関するEUとの交渉をやり直すべきだ」と言い出し、EU統合を強く支持するモンティ首相を困らせている。ギリシャ人やイタリア人が大きな態度に出始めたのを見て、ドイツの野党議員は「決められた緊縮策を進めない限り、もう一銭もギリシャに支援金を出さないぞ」と喧嘩腰の発言をしている。しかし、欧州の南北が本気で喧嘩してギリシャがデフォルトした場合、ドイツも大打撃を受ける。 (Germans warns Greece: no cuts, no aid) (Merkel and Monti Revive Old Berlin-Rome Axis) EUの主導役であるドイツはこれまで、国債危機に見舞われる南欧諸国に、支援策と緊縮策を抱き合わせた対策をとることを求め、対策は経済的に成功して、危機は今年2月に一段落していた。しかし政治的には、緊縮策を強要されたギリシャなどの人々が投票行動を通じて反乱を起こし、絶体絶命の窮地を作り出している。「ユーロの崩壊は時間の問題だ」といった、米英投機筋やMI6の高笑いが後ろから聞こえてくるような記事が、またよく流れるようになっている。今度こそ、ユーロとEUはもう終わりなのだろうか。 ▼財政統合の第2弾としての成長協約 そう思いつつ、ネット上の英文の関連記事を読んでいくと、危機のどさくさ紛れにEUが統合を促進するという、以前からの動きと同じものが、今回の窮地に際しても行われていることが見えてきた。独仏主導のEUは、南欧諸国が放漫な財政政策を二度とやれないようにする危機対策の一環として、EU加盟国の政府が立案した予算案を議会に通して法制化する前にEU当局に見せ、同意を得る必要があるとする「財政協約」を作った。これはEU各国の重要な国権(行政権、立法権)だったはずの財政決定権を奪い、超国家組織であるEUの権限にするという、欧州政治統合の一つだった(英国とチェコが反対して拒否権を発動したが、独仏側は拒否を手続き的に乗り越えて条約化した)。 (◆ユーロ危機からEU統合強化へ) 今回、EUは、ギリシャの緊縮拒否や「緊縮より成長」を掲げて当選した仏オランドの登場などを受けて、EUが「成長協約」を結ぶことを計画している。これは、欧州中央銀行がEU全体としての共通建設国債を発行したり、欧州開発銀行の増資を行ったりして資金を作り、南欧を中心とする諸国のインフラ整備やハイテク産業投資、環境関連投資など、長期の国家建設に役立つ投資を行い、南欧諸国の雇用増と経済成長につなげる政策だ。 (EU mulls `Marshall plan' for Europe) この新計画は、戦後、米国が欧州経済を立て直すために行った資金援助「マーシャル計画」と「ギリシャ(グリース)」をつなげた「グレシャル計画」とあだ名されている。この建設事業と並び、ユーロの為替を切り下げてEUの輸出競争力をつける案も出ている。 (Germany will blink and won't let Greece exit euro) 公的資金を使って経済をテコ入れする策は、米国など行われている。それに対してドイツなど欧州大陸勢は「公金の使いすぎは財政赤字を増やし、不健全だ」と批判してきた。だが今回、ドイツやEU当局は、ギリシャの事態や仏オランドに引っ張られる形で、公金を使った経済テコ入れ策に同意している。独政府は「財政協約の改定には応じられないが、財政協約に追加する形で成長協約を作ることはできる」と言っている。ドイツは、これまでの頑固な緊縮策を捨てたのか? (Europe's new "Marshall Plan"?) いや、ドイツの転換には統合強化という裏がある。ドイツが一時的に「緊縮おたく」をやめて「成長、雇用」といった言葉を多用するようになったのは、成長協約によって、不況時の拡張的な財政策の決定権を、EU各国の国権から奪い、EU当局の権限にするためだろう。EUは、財政協約によって緊縮方向の財政決定権を各国から奪い、成長協約によって拡張方向の財政決定権を各国から奪って、EUの政治統合を進めようとしている。 (Berlin prepares for pragmatic partnership) 財政協約による公共事業の原資として、欧州共通国債の発行が検討されている。これは、ドイツの政財界や世論がずっと反対してきたことだ。ドイツは財政と経済がEUで最も優良なので、国債の格付けが最も高い。欧州共通国債を発行し、国債発行の欧州統合を進めると、ドイツより格付けが低い各国は、ドイツのおかげで努力せず高い格付け(低金利)の資金が得られる半面、ドイツは他の怠慢な諸国のせいで調達金利の上昇に甘んじねばならない。ドイツの政財界は従来、財政協約が完遂されて放漫だった南欧諸国の財政が不可逆的に改善した後でなければ、国債発行を共通化できないと主張してきた。 しかし、政治統合を進めたい欧州中枢の人々(旧貴族らエリート)の利害は、ドイツ一国を超えている。欧州のエリートは、統合の推進役をドイツに任せているが、彼らは欧州を統合してエリート主導の超国家の運営を恒久化したいのであり、ドイツの国益は二の次だ。だから彼らは「ギリシャ危機を乗り越えるために、ドイツが譲歩して欧州共通国債の発行を前倒しすることが必要だ」と言って、ドイツの政財界を黙らせる火事場泥棒をやっている。 ▼独仏主導で金融行政の統合も もう一つ、金融規制の欧州統合も進められようとしている。金融界に対する規制は、従来、各国の行政権の一部だった。今回の金融危機では、EUが各国の金融界にギリシャ国債の権利を放棄させたが、そういった交渉には、金融規制の権限が各国に分散されているのなくEUに統合されていた方が好都合だ。すでに通貨(ユーロ)が単一である以上、金融行政も単一である方がよい。そういった金融危機の教訓を口実に、EUは金融規制を統合しようとしている。 (Integrated banking system lends itself to stronger EU) 統合的な公共事業という「おみやげ(見せ金)」をつけてEUが財政統合を進めようとしているのと同様、金融行政の統合にも、銀行が破綻に瀕した場合の預金保険的な救済基金(bank resolution funds)をEU共同で設立するという見せ金がついている。金融危機に見舞われているスペインで先日、経営難の大手銀行が国有化されたが、この政策はスペイン政府とEU当局の協調下で行われており、すでにEUは金融行政権を持ち始めている。 (Europe May Need More Power to Deal With Bank Crisis) 金融規制統合は、90年代後半以来、欧州の銀行が「自由化」「自由市場原理」に引っ張られ、債券金融やデリバティブに巨額資金を投入した挙げ句、リーマンショックで大損した経緯を繰り返さないという意味もある。EUの金融行政は、デリバティブなど米英型の金融取引への規制を強めるだろう。EUは、米オバマ政権の「ボルカー規制」を横から支持する勢力になりそうだ。EUは、国際金融取引に微少な税金を課す「トービン税」も推進するだろう。トービン税は、世界的に定着すれば国連(世界政府)の財源になる。 これらに最も反対するのは、金融界(シティ)によるデリバティブなどの荒稼ぎが国家経済の大黒柱だった英国である。そして、英国との喧嘩を受けて立ちそうな欧州大陸側の闘士が、オランド仏新大統領だ。オランドは選挙戦の最中から「最大の敵は国際金融界だ」と公言し、当選直後には「英国はシティの利益だけを優先し、欧州の危機対策への協力を怠っている」と英政府を攻撃している。 (New French leader fires a broadside at Britain: You only care about the City of London, says President Hollande) オランドは就任直後に訪独するまで、メルケルに会ったことがなかったという。右派出身のメルケルは、同じく右派のサルコジと仲良しで、左派のオランドと馬が合わないとの観測も出た。しかし、オランドが選挙戦で主張していた「緊縮より成長、雇用だ」という主張は、今やそっくりEU当局やメルケルに受け入れられ、EU統合を強化する理屈や口実に使われている。オランドがメルケルに会ったことがなくても、2人の政策の背後にあるものは「EU統合推進」で一致している。サルコジも含め、3人とも欧州エリートの戦略を実現する人々である。 ▼ナポレオン以来の強い権力者を作る構想も 日程的にも、すでに見通しがついている。EUは6月28-29日にサミットを開き、そこで「成長協約」など一連の新戦略を決定する予定だ。新戦略の内容は、6月前半までにかなり確定するだろう。ギリシャのやり直し選挙は6月17日で、EUサミットの前に、ギリシャ新政権がどうなるかがわかる。ギリシャで誰が政権に就こうが、EUの成長協約を了承するよう、EUからギリシャ政界に対し、1か月かけて根回しが行われるに違いない。 これらが予定通りに進めば、ギリシャの政治危機は終息に向かい、他のEU諸国も「財政協約があるのだから、緊縮に協力しても良いのでないか」という論調が出てきて、EU全体の緊縮策に対する拒否反応が緩和されていくと予測される。成長協約の登場によって、オランドは選挙公約を果たせる。もともとオランドは緊縮をやらないと言ってない。オランドは17年度予算までに財政赤字を解消する目標を発表しており、これはサルコジとほとんど同じだった。 (Hollande seeks wider EU fiscal pact) EUは統合が進み、ますます超国家的な中央集権になるだろう。次に構想されているのは、EUの行政機関である「欧州委員会」の委員長(バローゾ)と、EU各国の首脳で構成する政治家の会合である「欧州理事会」の理事長(ファンロンパウ)という、EUの2つの最高職位を統合し、より強い「EU大統領」を新設することだ。これにより、ナポレオン以来200年ぶりに、全欧州的な強い権力者が登場する。この新構想は、独仏伊など欧州大陸諸国の外相会議で検討されている。欧州統合に懐疑的な英国は外され、東欧諸国などを扇動して妨害工作をやりかねないので検討状況を教えてもらえない。 (Eurocrats' secret plan to abolish EU sovereignty) NATOは来年末までにアフガニスタンから撤退する計画だが、アフガン撤退後、独仏など欧州大陸各国は、NATOと別の欧州連合軍の形成を急ぎ、米英覇権の一部であるNATOから離脱を進めると推測されている。オランドは、それを推進するとともに、中国などBRICSとEUとの連携を強め、EUを多極型世界の一員に据えるために大統領になったとも言われている。 (France 2012-2014: The big republican earthquake and its international impact) オランドは、中国専門家(Paul Jean-Ortiz)を外交顧問に据えた。サルコジ就任時、フランスのGDPは、中国の73%(つまり4分の3)だったが、今では33%だ。仏は中国の3分の1の経済規模しかない。2017年には4分の1に落ちると予測されている。横ばいの欧州の経済力は、急成長する中国と対比すると、どんどん落ちている。フランスやEUが、世界の極の一つとして、中国などBRICSと交渉し、今後の多極型の世界での勢力をできるだけ大きくしておくには、できるだけ早く中国などと戦略的関係を切り結んだ方がよい。だから、オランドの国際戦略の最重要課題は中国である。 (日本も同様の状況なのだが、何も手を打っていない。清貧に鎖国するつもりなのか、それとも「無条件降伏」の繰り返しで良いと思っているのか) 欧州統合が進むと、それまで米国(英国が黒幕をしている米国の世界支配)の覇権下にいた欧州は、支配される側を脱却し、自立した地域覇権集団になる。当然ながら、英国はこれに反対だ。英国は一応EUに入って様子を見ていたが、米国の弱体化に反比例して欧州統合が進みそうなのを見て、ギリシャ国債市場などを投機的に攻撃し、ユーロとEUを潰そうとした。ところが「メルコランド」の独仏新協調によってユーロ危機が乗り越えられ、欧州統合が進み、金融行政統合によって米英流のデリバティブも禁じられるとなれば、英国はEUから出て行きたくなる。しかし、英国の主たる貿易相手はEUであり、英米同盟が弱まる中、英国がEUから出ていけば、孤立した貧乏な島国に成り下がる。英国はEU内にとどまらざるを得ない。 (Eurozone debt crisis: Europe's nations must break free from the Brussels straitjacket)
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