イラン核問題が妥結に向かいそう2012年4月10日 田中 宇4月14日からの国際社会(米英仏露中独。P5+1)とイランとの半年ぶりの核問題の交渉再開を前に、イスラエルの政府高官たちが、イランがどこまで譲歩したらイランを脅威とみなすことをやめるかという、問題の落としどころについて語り始めた。 (Israel signals willingness to accept Western plans for next round of Iran nuclear talks) ネタニヤフ首相は、イスラエルのマスコミ取材に対し、イランが同国内のフォルドの施設で行っているウラン濃縮をやめて、すでに濃縮してあるウランを国際社会の側に引き渡すなら、核問題の解決とみなすと表明した。ネタニヤフは、イランが濃縮したウランを引き渡す代わりに、医療用など非軍事用途のウランを受け取るのはかまわないとも述べた。バラク国防相も、CNNに対して似たようなことを述べた。 (Have Netanyahu and Obama agreed on the outcome of negotiations with Iran?) イランは、ガン治療などに使う医療用アイソトープ(放射性同位体)が不足している。イランは以前、テヘランの実験炉で20%の濃縮ウランを燃やして医療用アイソトープを作っていたが、実験炉のウラン燃料が切れている。イランは一昨年から、国際社会との交渉で、国内に保有する発電用原子炉用の低濃縮(3%)のウラン燃料1200キロを引き渡すので、それをロシアかフランスあたりがアイソトープ製造用の実験炉の燃料120キロに再処理して返送してほしいと言っていた。1200キロの低濃縮ウランは、イランが保有する低濃縮ウランの6割にあたる。これを手放せば、イランが低濃縮ウランを追加で濃縮して核兵器を作ることが困難になり、イランが核兵器を作っていないことの証明にもなる。昨年、トルコとブラジルが仲介して、このシナリオを進めようとしたが、うまくいかなかった。 (善悪が逆転するイラン核問題) イランは昨年、自力で3%のウランを20%まで濃縮することをIAEAに報告し、IAEAの監視を受けながら、濃縮を開始した。米国やイスラエルがイランの核施設を空爆すると言い出したので、イランは空爆を避けるため、聖地コムの近くのフォルドに地下の施設を作り、そこに遠心分離器を並べて濃縮作業をしている。イスラエルの高官たちは、イランがフォルドの施設を停止し、自力で濃縮したウランを手放す代わりに、アイソトープを作るための実験炉の燃料を受け取るなら、イランを脅威と見なすことをやめると表明した。これは昨年、トルコとブラジルが仲裁しようとしたシナリオの再現である。イスラエル政府の表明と前後して、米国政府も、フォルドのウラン濃縮施設を閉鎖することが、イランに求める最重要課題だと表明した。 (U.S. Defines Its Demands for New Round of Talks With Iran) イランは今のところ、フォルドのウラン濃縮について、IAEAも認めた事業であり、IAEAの監視も受け、あらゆる国に認められた核の平和利用権を行使しているだけなので、やめないと言っている。しかしイランは昨年、トルコとブラジルが同じシナリオを提案したとき、賛成している。今後の交渉しだいで、イランが実験炉の核燃料を得る代わりにフォルドのウラン濃縮をやめ、イスラエルも認めるイラン核問題の解決が達成される可能性が高まる。 (Iran nuclear talks: west demands closure of Fordo underground facility) ▼イスラエルの態度転換は画期的 イスラエル政府はこれまで、核問題でイランが何を譲歩したら解決と見なすかについて、全く語ったことがなかった。解決の道筋を示さず、イランは核兵器開発しているので核施設を空爆してやる、と根拠の薄い非難を繰り返してきた。イスラエルが今回、フォルドの閉鎖と濃縮ウラン放棄を解決の条件として出してきたことは、画期的だ。米イスラエルなどは、表向き解決したい素振りを見せつつ、細部に交渉相手が拒否せざるを得ない点を潜ませておき、交渉を決裂させる外交術をよくやるので、本当に解決につながるのか不明な部分がある。だが、ここにきてイラン核問題が妥結に向かいそうな流れが急に見えてきたことも確かだ。 (Time for reaching diplomatic solution to Iran nuclear standoff limited) オバマ大統領は、先日韓国で開かれた核安保サミットの席上、トルコのエルドアン首相と2時間も会談した。エルドアンはその後テヘランを訪問してハメネイ最高指導者と会うことになっていた。オバマはエルドアンに「イランが世界に対し、核兵器を開発していないことを証明できたら、米国はイランが核の平和利用を続けることを認める」と、ハメネイに伝えるよう、伝言を託したという。この伝言が意味するものは、イランがフォルドを閉鎖して濃縮したウランを外国に移転したら、米国はイランが核兵器開発していないことを認め、イランがロシアに作ってもらった原発を稼働させて発電することなど、従来からイランがやってきた核の平和利用を認める流れだろう。 ('Obama signaled to Khamenei that U.S. could accept civilian nuclear program in Iran') 今後もし核問題が解決すると、国際社会がイランを許すことになり、中東におけるイランの地位が急上昇する。イランは国際社会(米欧)から敵視される従来の状況でさえ、シーア派の宗教ネットワークや反米主義の仲間意識などを使って、イラク、レバノン、ガザ、シリア、アフガニスタン西部など広範な地域に影響力を持ってきた。この状態で国際社会がイランを許すと、中東の国際政治のバランスが急変動する。スンニ派王室(少数派)に弾圧されているシーア派国民(多数派)が反政府運動を続けるバーレーンで、王政が転覆されるかもしれない。サウジ東部の油田地帯も不安定化する。 (バーレーンの混乱、サウジアラビアの危機) イランが許されることは、中東において、米国とイスラエルの力が衰えていることの象徴としてとらえられるだろう。米英の傀儡として機能してきたヨルダンやクウェートの王室も、生き残り策を間違うと転覆される。対照的に、パレスチナ人はイスラエルや米欧に強気の要求をするようになる。エジプトや北アフリカ諸国のムスリム同胞団やサラフィ主義者などイスラム主義勢力の政治力が強まる。イラン問題が解決されると、イランとイスラエルとの戦争は回避されるが、イランが許されて台頭すると、パレスチナ問題におけるイスラエルへの非難が強まり、ガザや西岸、レバノンが戦争になりかねない。 (Iran, China's Rise, and American Strategy) (◆多極化に呼応するイスラエルのガス外交) こうした新事態について、ロシアや中国などBRICSは、すでに準備を始めている。BRICS諸国(中露印伯南ア)は、3月末にインドで開いたサミットの共同声明(デリー宣言)の中で、パレスチナ問題の解決に対して注力すると、比較的詳細に述べている。中東の問題解決の主導役がこれまでの米英から露中に交代する傾向が強まっているが、その傾向はBRICSのデリー宣言からもうかがえる。 (BRICS Summit: Delhi Declaration) イスラエルが自国の存続を米英でなく中露に頼む傾向を強めそうなことも、これからの注目点だ。今後の1−2年で、中東の国際政治状況が大きく変わるかもしれない。 ▼鳩山イラン訪問との関係 中東の主導役が米欧から中露になっていきそうな今の時期に、折も良く日本の鳩山由紀夫元首相がイランを訪問し、アハマディネジャド大統領と会談した。対米従属からの離脱や、日中連携となる東アジア共同体の創設などを掲げて首相になった鳩山ならではの、多極化への対応といえる。核問題でイランが許されれば、各国は、イランとの貿易や投資を再びやれるようになる。鳩山は勝手に個人的にイランに行ったのでなく、野田政権の名代として行ったのだろう。 もう一つ余談だが、米国のパパブッシュ政権時代の元国務次官補(Bernard Aronson)がニューヨークタイムスに、ブラジルがイランに範を示すためにウラン濃縮を放棄し、イランとブラジルが新興諸国と発展途上諸国に呼びかけ、世界的にウラン濃縮に規制をかける新たな国際体制を構築すべきだという提案を発表した。 (Can Brazil Stop Iran? ) ちょうどブラジルのルセフ大統領が米国を訪問中なので、こうした提案が出たのだろうが、BRICSの中で、露中印のように核兵器を持っておらず、南アのように過去に核兵器開発もしたことがないのは、ブラジルだけであることを考えると、深い提案だ。最近の記事に書いたように、核兵器の不拡散を徹底するには「第4世代」の原子炉に比べて核兵器転用が比較的容易な軽水炉の原発システムを、ウラン濃縮や核燃料再処理を含め、世界的に廃止していく必要がある。 (◆日本の原発は再稼働しない) すでに核兵器を持っている米英仏露中印などに、自国の核兵器を廃棄して核廃絶運動を主導することを期待するのは無理だ。対照的に、これからウラン濃縮を放棄しそうなイランは、米国から脅されてもひるまず堂々と非難し返せる力量を持っている上、自国が世界から尊敬されることを強く希望している。せっかくイランがウラン濃縮をやめるなら、返す刀でウラン濃縮の規制を含めた新たな世界的な核廃絶運動を、途上諸国を率いて行えば、イランは世界的に尊敬される。米国は、オバマがめざしてきた核廃絶を、代わりにイランに推進してもらえる。 イランだけだと世界は聞く耳を持たないだろうから、そこにBRICSの一角からブラジルを合流させ、イランとブラジルでウラン濃縮に対する規制を含めた核廃絶をやってもらうべきだ、というのが今回の提案の趣旨だろう。イランと同様、北朝鮮も、世界から「大国」として尊敬されたいと強く考えている。今後イランの核問題が解決するとしたら、次は北朝鮮が核廃棄に応じ、イランと北朝鮮という「悪の枢軸」が、米中露などの大国に核廃絶を迫るという、奇想天外な展開になるかもしれない。
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