日中通貨協調と中国包囲網2011年12月26日 田中 宇12月25日、首相になって初めて中国を訪問した野田首相が、日中間の貿易決済に、米ドルでなく、円と人民元という両国の通貨を使う制度を強化し、円元間の直接取引を行う為替市場を新設し、日本の政府系金融機関が中国で元建ての債券を発行するなど、日中間の直接の為替金融関係を進展することを、中国政府と合意した。 (PBOC: China, Japan Pledged To Strengthen Bilateral Financial Cooperation) 日本政府は人民元建ての中国国債を購入し、G7諸国の中で初めて人民元を外貨準備に組み入れることを決めた。中国政府はすでに日本国債を買い増しており、日本はこれを日中持ち合いの状態にしていきたい。現在、日中貿易の60%がドルで決済されているが、今回の日中協定が具現化していくと、今後しだいにドルの割合が減り、代わりに人民元の割合が増えていくと予測されている(元建て取引は、中国の貿易総額の1割程度)。 (Tokyo eyes Chinese state bonds investment) 中国はこれまで、東南アジアなど各地の発展途上国や、ロシアなど新興市場諸国との間で、人民元を貿易決済通貨にする制度を強化するとともに、相手国の中央銀行が元建ての中国国債を買い、相手国の政府系金融機関などが中国で元建ての債券を発行できるようにして、相対取引的な人民元の国際化を進めてきた。今回の日本との協定はその一つだが、日本は、これまで中国が人民元国際化の相対取引協定を結んだ相手としてダントツに最大だ。 (国際通貨になる人民元) 経済規模が世界第3位の日本と、第2位の中国が、相互の通貨を使って貿易したり債券発行したりする体制を強化することを決め、第1位の米国の通貨であるドルへの依存度が低下するのが、今回の日中協定の構図だ。日本が人民元を外貨準備の中に組み入れることは、中国包囲網の強化をもくろむ日米軍事同盟の精神に反するとの批判を避けるため、日本政府は「(わが国と同様に中国包囲網的な米国との軍事同盟を強化している)オーストラリアも、中国の国債を買って外貨準備に組み入れる方針を決めている」と釈明している。 (Yen-Yuan Trade Plan to Cut Dollar Dependence of China, Japan) 実際のところ米国は、今回の日中協定について、反対しないどころか、大いに賛成している。米国にとって、人民元が国際化して為替のドルペッグをやめて自立していくことは、以前からの強い要望だった。円は国際通貨だが、元はまだ違う。日中貿易で元を使う割合が増えてドルの割合が減ると、米国の金融界に入る手数料が減るが、米国政府はそれを問題にしていない。 (Japan, China Deepen Financial Ties) 現実論として、日本の最大の貿易相手は米国から中国に代わっているのだから、日中貿易の主流がいつまでもドル建てなのは不便だ。中国はすでに、日本の多くの企業の存続にとって不可欠な存在になっている(最後にはノウハウを全部吸収されて捨てられるとわかっていても)。 ドルを見捨てる印象がある今回の日中協定は、日本政府にとって大っぴらに進めたくないことらしく、今回は協定の枠組みだけ作る象徴的な合意にとどまり、協定に基づく具体的な動きについては何も決めていない。しかし今回の野田訪中では、日中韓FTAについての協議を来年進めることとか、東シナ海の海底ガス田の日中共同開発の話など、中国包囲網と逆方向の議題がいくつも出されている。 ▼印象としての中国包囲網と現実としての対中協調 前回の記事に書いたが、東アジアの国際情勢の現状は、印象としての中国包囲網(中国が地域覇権国になることへの阻止)と、現実としての中国が地域覇権国になることの容認(台頭する中国との協調)という、矛盾する2つの方向性が併存している。マスコミは印象の方ばかりを論じ、現実を強調する論調を排除するプロパガンダ的な様相を強めている。 (中国包囲網と矛盾する米朝対話) 安保面では最近、日米インド3カ国の安保会議が米ワシントンDCで初めて開かれた。「中国の脅威」の問題は、公式な議題になっていないが、隠然とした主題だったとされている。米国・オーストラリア・インドの3カ国安保会議も開かれた。このように中国包囲網の強化策のような展開がある一方で、6カ国協議の再開に向けた動きも進んでおり、安保面も印象と現実の相克が続いている。 (Meeting the China Challenge) 経済面では来年、米国主導・中国除外の貿易協定TPPに日本が入るかどうか、国内的な議論が再燃しそうだが、その裏で、おそらく目立たないかたちで日中韓FTAの交渉が始まる。ここでも、象徴的な対米従属の方向と、現実的な対中協調の方向が併存しそうだ。韓国でも同様の構図として、表向きの米韓FTA議論と、裏側の日中韓FTAの議論が並立していくことになる。 TPPは日本にとって、対米従属の維持という政治目的の達成以外に、経済的な利得にならないという、ほとんどトンデモ話的な協約だが、マスコミ的には日中韓FTAの方がトンデモ話として報じられていくだろう。現実は「裸の王様」的な度合いを加速している。トンデモ話が「最良の選択」としてマスコミを席巻し、その挙げ句にひどい崩壊に至るのは、イラク戦争で見えたネオコンの隠れ多極主義の図式だ。日本の対米従属派は、米国の隠れ多極主義に振り回されている感じだ。 (◆ひどくなる世界観の二重構造) こんな事態にならないようにするには、早めに対米従属一本槍から足を洗っておくべきだった。もし一昨年の秋に登場した、対米従属から対中協調に転換を試みた小沢一郎と鳩山政権の民主党の最初の体制が、官僚機構に潰されずに残っていたら、こうした裏表のある現状が生まれなかったかもしれない。マスコミの視点からは、このように分析すること自体がトンデモ話になってしまうのだが。 (東アジア共同体の意味) (中国の覇権国化や、イラク占領失敗、米国の金融危機など、具現化する前に私が予測を発したときには「田中宇の空想」扱いされたが、具現化すると「世の中の常識」になってしまい「田中宇は当たり前のことしか言わず、つまらなくなった」と評される結末になっている。今後もこのパターンが繰り返されるだろう) (消えた単独覇権主義) 日本は、経済的な不利益が大きくなるので、しだいに米国の過剰な戦略につき合えなくなっている。たとえば米国は最近、日本に対し、イランからの原油の輸入をやめるよう圧力をかけてきた。だが、イランからの原油輸入をやめたら、日本は原油の調達に窮するので、日本政府は米国の要求を拒否している。米国は韓国にも同じ要求をして断られている。 (Japan refuses to stop Iranian oil imports) 経済分野における米政府の中国敵視策は、法的な行き詰まりを見せ始めている。米政府はここ数年、中国側が過大な補助金支出やダンピングを行っているとして、中国からの輸入品に対抗的な制裁関税をかける政策を続けているが、米国の連邦裁判所が最近、この政策を不当とする判決を出した。米政府は、中国を「非市場経済」とみなす一方で「市場経済」の国の政府にしか適用できないはずの「過大な補助金支出」という非難を中国に適用しており、これは一貫性がなく不当だとする判決だ。この裁判には、まだ上告審があるので決定的でないが、米国の過激な中国敵視策に、同盟諸国が安直に追随していると、突然に米国が方向転換して梯子を外されかねない。 (The Name of the Trade Game) ▼ユーロに続き中国を攻撃する投機筋 米英マスコミでは最近「中国経済が間もなくバブル崩壊で瓦解する」という見方が喧伝されている。中国政府は08年のリーマンショック後、輸出の減少による経済減速を補完するため、国内でインフラ整備事業をさかんに行い、国内投資が中国経済(GDP)の半分を占めるまでになっている。 (China Debts on Local Projects Dwarf Official Data) だが、ここにきてユーロ危機など世界不況が再来しそうな中、中国の過剰投資が、不動産のバブル崩壊や、インフラ整備のために資金を借りまくった地方政府や大手銀行の不良債権の急増など、破綻の構図を強めている。中国政府は、バブル崩壊を恐れ、インフラ整備の一環である鉄道建設の計画を、来年42%減らすことにした。これまで世界から中国に集まっていた資金の海外流出や、それにともなう市中金利の上昇も起こっている。来年は中国バブルが起きそうだというのが米英マスコミの論調だ。 (China to Cut Railway-Construction Spending) しかし「間もなく中国のバブルが崩壊する」というのは、ドル防衛のために、ドルより先にユーロを潰そうとEU諸国の国債市場を崩落させた米英の投機筋が、ユーロの次は、ユーロと並ぶ「次世代の基軸通貨」と目される中国(人民元)を潰そうと準備していることを示している。米国のヘッジファンドのねらいがEUから中国に移動している。 (Hedge fund alarm bells are ringing over China) ということは、ユーロ危機が米英金融マスコミの誇張作戦であるように、中国経済の危機に関する報道にも誇張が入っているということだ。ユーロ圏は、金融界の資金難が悪化しており、来年早々また金融危機に襲われるだろうが、ユーロ圏の中心のドイツ経済は好調が続き、失業率も低く、消費も堅調だ。ユーロが誇張攻撃の挙げ句に崩壊する可能性はあるが、誇張報道があることは間違いない。同様に、中国経済も来年以降、誇張報道と投機筋の攻撃によって崩壊するかもしれないが、崩壊必至という報道が誇張作戦であることも確かだ。この誇張報道作戦には、日本のマスコミも参加している。 (Crisis fails to dent German optimism) 中国経済が崩壊する可能性が強いなら、わざわざ日本政府が従来の中国敵視策を引っ込めてまで、ドルの利用減につながる今回の日中の金融協定を結ぼうとしないだろう。中国が崩壊しにくい一方でドルの基軸通貨としての機能が低下するおそれがあるから、日本政府はリスクヘッジ的に日中の通貨の関係を強化せねばならないのだろう。 今の中国のように高度成長を続ける国は、成長に合わせて国内インフラの整備を急がないと、インフラ不足が成長の足を引っ張る事態となる。世界からの影響で成長が一時的に鈍化したときに、投資過剰のバブル崩壊が起きるのを防ぐのは難しい。中国は開放経済の開始以来30年、何度もバブル崩壊が起きている。経済の成熟後に起きた日本のバブル崩壊と異なり、中国のバブル崩壊は発展途上に起きている。 米英マスコミの傾向から見て、来年はユーロ圏と中国経済の両方で危機が煽られる。だが同時に、米国の財政赤字問題や金融危機の再燃も懸念がある。米国は中露敵視を強めるだろうが、敵視策の効果は低下しつつある。イスラエルやイランなどの問題をめぐって、米国とその他の国際社会(EU+BRIC)の対立が激しくなっており、来年は中東の不安定も続くだろう。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |