プーチンを敵視して強化してやる米国2011年12月19日 田中 宇12月4日のロシア議会選挙に際し、プーチン首相が率いる与党「統一ロシア」は不正の限りを尽くしたが、得票率は選挙前の70%台から、過半数を割る49・3%に下がった。市民は選挙不正に怒り、モスクワでは5万人とも10万人とも言われる人々が12月10日の反政府デモに繰り出し、独裁者プーチンに辞任を求めた。ソ連崩壊直後以来の大規模なデモだ。「アラブの春」とウクライナの「オレンジ革命」を合わせた市民革命がロシアで起きつつある。来年3月の選挙で大統領への返り咲きを狙う、不正まみれの独裁者プーチンは辞任に追い込まれ、ロシア政界は市民の希求どおり、米英式のリベラルな民主主義に転換するだろう・・・。 (The humbling of a tsar) 以上は、最近のロシアをめぐる動きについての、米英や日本の新聞記事の論調をつなげたものだ。こうした論調は、いくつかの点で、微妙に歪曲されている。 (The Russian Spring Has Begun) ロシアの政治風土から考えて、12月4日のロシア議会選挙で、ある程度の不正があった可能性はある。だが、統一ロシアの実際の得票率(49・3%)は、選挙当日の出口調査(48・5%)や、選挙前にロシアのマスコミなどが発した予測(46-53%)とほぼ合致している。不正があっても、選挙結果を大きく変えるものだったとは考えにくい。「全体の15%以上が不正な票だ」というWSJなど米新聞の指摘は、誇張されている感じだ。 (Russian legislative election, 2011 From Wikipedia) 米英の記事の中には、統一ロシアの得票率が50%を割ったことを強調するものが目立つが、獲得議席数の比率は53%で過半数だ。共産党(獲得議席比率19%)、公正ロシア(13%)、自由民主党(12%)は、いずれも野党とはいえ、プーチンの戦略に正面から敵対していない。自由民主党は右翼で、プーチンの古巣である諜報機関KGBの肝いりで作られた政党だ。公正ロシアは左派で、党首がプーチンの政策を支持している。その他のリベラル政党は5%以下の得票率しか得られず、選挙規定で足切りされ、議会に出てこられない。ロシア議会は、選挙後も親プーチンである。 (Liberal Democratic Party of Russia From Wikipedia) (A Just Russia From Wikipedia) 3月の大統領選挙に、ロシアで3番目の金持ちのプロコロフ(Mikhail Prokhorov)や、9月に財務相を更迭されたクルディン(Alexei Kudrin)が出馬を表明した。彼らはプーチンの対抗馬という体裁だが、実際には2人ともプーチン陣営に頼まれて出馬した感じだ。複数の対抗馬がいた方が、選挙が民主的な印象になる。2人は落選した後、プーチン政権からおいしい利権をもらえることを期待しているのかもしれない。プーチンはプロコロフについて「立派で手強い対抗馬だ」と、皮肉っぽいコメントをしている。 (Russian oligarch to challenge Putin) このような事情を見て「やっぱり不正だらけじゃないか」と言う人もいるだろう。だがそのような人は「リベラル勢力が与党になるはずであり、それ以外の結果は不正である」という米英マスコミ流の見方に毒されている。 ロシアでは冷戦後のエリツィン政権の時代に、米英に支持された、リベラルを標榜する経済人たち(オルガルヒ)が政権内に入り込み、国有資産をさんざん私物化し、ロシア経済をひどく落ち込ませた。米英は諜報機関を通じてオリガルヒを支援し、ロシアの弱体化に成功した。この惨状の構造にようやく気づいたエリツィンは00年、KGB出身のプーチンに政権を譲り、プーチンは強攻策でオリガルヒを退治し、エネルギー戦略を軸に、ロシアを何とか立て直した。 (プーチンの逆襲) ロシア人の多くは、この20年の展開を見ているので、欧米流のリベラル派を嫌っている。独裁で強権的なプーチンの方がましだと思っている。リーマンショック後の世界不況で生活が悪化し、不満が募る市民が多いものの、彼らが欧米リベラルを支持するはずだと考えるのは、米英発のプロパガンダ戦略に巻かれている(報道歪曲は、米英の世界戦略を考えれば当然のものであり、だまされる方に責任がある)。 (ロシアの石油利権をめぐる戦い) 12月10日のデモが、ソ連崩壊後の混乱期以来20年ぶりの大規模なものだったことは確かだが、モスクワでの参加者は当局発表で2・5万、参加者側の概算で5万人であり、米国紙などが報じる人数(5万-10万人)の半分だった。 (2011 Russian protests From Wikipedia) ▼米国が支援するほど不利になるリベラル ロシアのリベラル勢力は弱いものの、米国から支持されている。たとえば、今回の議会選挙の監視をやったロシアのリベラル系の市民団体「ゴロス」は、全米民主主義基金(NED)やUSAIDといった、米政府とつながりが深い組織から資金援助や支持を受け、協調関係にあることを明言している。 (Color Revolution for Russia?) 米当局から支援されることは、ロシアの市民団体にとって、長期的にマイナス面の方が大きい。米政府は、ロシアがプーチンによって強さを取り戻すほど敵視し、その前にロシアが弱く混乱している時には敵視しなかった。米政府は、ロシアを弱体化させておきたい姿勢を明示している。自国を弱体化させたい外国勢力に資金援助されたロシアの市民団体ゴロスが、ロシアの選挙を監視し、不正がたくさんあったと発表した。多くのロシア人が「ゴロスは、ロシアを潰そうとする米国の傀儡だ」と思うようになって当然だ。 ('US undoubtedly provoked Russia unrest') ロゴスを支援する米国のNEDは、反米諸国の民主化運動を支援して政権転覆につなげる世界戦略の一環として、米議会が財政措置を行い、CIA要員が各国の反政府運動を訓練する役割を受け持って運営されている。USAIDは、米国務省傘下の組織だ。いずれもグルジアやウクライナで、政権を転覆して反ロシア的な国にするために展開された「カラー革命」を支援した経緯がある。NEDやUSAIDに支援されている反米諸国の市民運動の中には、政権転覆を目的にするものが多い。 (ウクライナ民主主義の戦いのウソ) ロシア当局がゴロスを「特定の政党(統一ロシア)を不利にする情報を拡散させた」という名目で検挙した。米欧や日本のマスコミは「プーチンは自分の不正を隠すため、市民の選挙監視団を弾圧した」との論調だが、ロシア人の多くは「プーチンを潰してロシアを弱体化させたい米国の傀儡勢力が、当局に検挙された」と考えているだろう。米当局系の団体がゴロスを資金援助したり、公然と支援したのは、米国にとって失策である。 (Emails expose watchdog's dollar deals) ロシア選挙の直後、米国のクリントン国務長官が早々と「ロシアの選挙は自由でも公正でもない」と発言したのも得策でない。ゴロスが主張する選挙不正についての検証が行われる前に、米政府が決めつけ的な発言したため、むしろ米国が公正でないことを露呈してしまった。プーチンは「選挙をめぐる分析が不十分なのに、決めつけでロシアを攻撃している」とクリントンを批判し返した。 (Russia tells US, Moscow no pushover) ▼ロシア加盟で中露が強くなりそうなWTO プーチンがエジプトのムバラク元大統領のように失脚するとの見方がある。だが、すでに見たように、プーチンの権力は弱まっておらず、たぶん失脚しない。逆にプーチンは大統領に返り咲いた後、中国など他の新興諸国を誘って、米国から覇権を奪おうとする動きを強めるだろう。ムバラクが米イスラエルの傀儡として、エジプトを30年間、貧しくて弱くて混乱した国に据え置く政策をやっていたのに対し、プーチンはロシアを豊かで強い国にしようとしている。 (Russia's Putin likely to end silence on protests) 民主化運動に譲歩しろとムバラクに迫り、対米従属のムバラクを失脚させたのは米政府だ。対照的に米政府はロシアで、反政府運動を下手なやり方で支援して米国の傀儡に仕立ててしまい、プーチンを実質的に強化している。ここまで考えると、米国の失策が単なる過失なのか、未必の故意なのかという、いつもの疑問が出てくる。来年は米大統領選があるので、オバマは今後さらにロシアや中国への敵視を強めていくと予測される。ロシアは中国と組んで対抗するだろう。 (Obama Raises the Military Stakes: Confrontation on the Borders with China and Russia) 今後、ロシアが中国と組んで米英中心の世界体制に対抗してきそうな分野のひとつが、ロシアのWTO加盟によってはずみがつく貿易の分野だ。WTOは12月16日の年次の閣僚会議で、ロシアの加盟を承認した。加盟申請以来18年ぶりだ。 (Russia becomes WTO member after 18 years of talks) 現在のWTOは、08年に始まったドーハラウンドが、農業補助金や工業品に対する関税の問題などをめぐり、先進諸国と途上諸国の対立が解けず、交渉が途中で止まっている。ロシアの加盟を決めた今年の年次閣僚会議でも、中心議題である新ラウンド設立での進展は見られなかった。しかし今後、ロシアが加盟することで、途上諸国側の交渉力が強くなり、事態が途上諸国に有利なかたちで進展していく可能性が強まる。 (WTO talks end, still deadlocked) 中国は01年にWTOに加盟し、今年で10年になる。この間、中国は貿易紛争に関する交渉力や策略の力をつけ、WTOの中で途上諸国を率いる指導力を発揮する一方、米国に貿易制裁されたら仕返しをする力もつけている。中国は最近、米国からの自動車輸入に報復関税をかけた。オバマは先日のAPECで「中国は(貿易の)決まりを尊重していない」と非難した。これは実のところ、WTOを舞台にした中国の貿易交渉が巧みで、米国がやられているので、オバマが悔しがって中国を批判したものだ。 (China shows its skills with world trade rules) 中国は貿易交渉力をつけたが、米英覇権を崩そうとする意図が弱い(自国周辺の影響力にしか関心がない)。半面、プーチンのロシアは、米英覇権を崩そうとする意図が強いが、貿易交渉力が弱い。今後、そんな中露が組んでWTOの意志決定を乗っ取り、途上諸国に有利な世界貿易体制を構築していこうとする可能性がある。今後、世界不況が再燃して保護貿易の傾向が強まりそうな中、WTOの主導権が先進国から途上国(中露やBRIC)に移っていくとしたら、その意味は大きい。 (Georgia signs trade deal opening Russia's way to WTO) ロシアのWTO加盟は米国に不利なことだが、実のところロシアのWTO加盟は、米国が誘発したものだ。WTOに加盟するにはすべての加盟国の賛同が必要だが、これまでロシアと敵対するグルジアが反対し、ロシアの加盟を阻止してきた。だが今年11月、米国がグルジアに圧力をかけてロシアと貿易協定を結ばせた。グルジアはロシアのWTO加盟に反対しなくなり、ロシアの加盟が実現した。米国は以前、ポーランドにもロシアのWTO加盟に反対させ、ずっとロシアの加盟を阻止してきた。それなのに米国は今回、わざわざプーチンが大統領になる時期を選んでWTO加盟を許す「利敵行為」をしている。 (Why Russia is poking America's eye in Central Europe) ▼WTOで孤立しそうな米国 ロシアがWTOに加盟しても、米国自身はロシアとの貿易関係を改善しない可能性がある。WTO加盟国どうしは、相互に貿易上の最恵国待遇を与える必要がある。だが米国は、冷戦中の1974年に制定した「ジャクソン・バニク条項」で、ロシアが移民問題などの人権問題を改善しない限り、ロシアに最恵国待遇を与えることが禁じられている。 (What's Next for Russia and Putin?) この条項は、もともとソ連当局が、ソ連からイスラエルに移民しようとするユダヤ人の出国を妨害したことに対し、当時米政界で台頭してきたばかりのイスラエル右派(ネオコンなど)が民主党のヘンリー・ジャクソン上院議員らと謀って立法したもので、冷戦体制を永続させようとする軍産複合体と、在米イスラエル右派勢力が合体した戦略の第一弾である。この条項は、すべての共産主義国(冷戦後は市場経済でない国)を対象にしているが、中国やベトナムはその後、大統領の権限で対象から除外している。 ロシアがWTOに加盟した以上、米議会はロシアをこの条項の対象から外す必要がある。米政府は、ブッシュ政権の時から条項自体の廃止を議会に提案し、オバマ政権は来年必ず廃止するとロシアに約束している。しかしこの条項は、軍産複合体が「ロシアは人権侵害をしているのだから、米国はロシアに対抗して大量の核兵器を保有せねばならない」と主張できる根拠の一つだ。米議会では、ロシアを条項から外すことに強い抵抗がある。 来年は米大統領選挙がある。中露に強硬姿勢の方がマスコミでの人気が高まる米政界の風潮からして、条項は改定されず、米国は今後もロシアに最恵国待遇を与えず、WTO内で悪者にされる可能性がある。その場合、WTOでの米国の発言力が弱まり、先進国(米欧)より途上国(中露)の発言力が強くなる状況が加速する。 米国は来年、東欧へのミサイル防衛設備の配備計画などでもロシア敵視を強めそうだ。だが同時に来年は、米パキスタン関係が悪化し、アフガニスタンへのNATO軍の補給路としてロシア経由のルートを多用せざるを得なくなる年でもある。米国は、構造的にロシアを敵視できない状況が強まる中で、ロシア敵視を強めようとしている。失敗があらかじめ予定されている。 半面、もし米国がロシアに最恵国待遇を与えると、それは米国がロシア敵視を大きく緩和することを意味する。対米従属のために、北方領土問題を口実にしたロシア敵視策を維持している日本が、はしごを外されることになる。 (多極化と日本(2)北方領土と対米従属) ▼WTOも温暖化対策も中露を強化する 先進国より途上国、欧米より中露の発言力が強まっている分野は、WTOの貿易部門だけでない。地球温暖化対策を検討している国連のCOPでも、力関係の転換が起きている。温暖化対策は京都議定書のころ、先に先進諸国が温室効果ガスの削減体制を作ってから、あとで中国など途上国を入れさせ、温室効果ガスを削減しきれない途上国から、先進国がピンハネする構図だった。 (◆失効に向かう地球温暖化対策) しかし、09年末のCOP15の前から、中国を中心として途上諸国が結束を強め、COPの構図を「これまで大量の温室効果ガスを排出した先進国が、途上国の今後の温暖化対策のために巨額資金を出す」というものに転換した。COPは、先進国が途上国からピンハネする構図から、途上国が先進国からピンハネする構図に180度転換した。この構図は、今年のCOP17でも変わっていない。 (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題) 先日南アフリカで開かれたCOP17では、土壇場で京都議定書の延長と、次世代の温暖化対策の国際的な枠組みを作ることが決まったが、この次世代の枠組みは、中国など途上諸国にとって有利なものであるはずだ。次世代の枠組みの方向性について曖昧な発表しかされておらず、発表内容からは、誰にとって有利な枠組みなのか全く見えない。しかし、次世代の枠組みを作ることが決まった直後、カナダが京都議定書からの離脱を宣言した。そのことから、COP17で決まった次世代の枠組みは、先進国に不利で途上国に有利な方向性であることがうかがえる。 (Canada roundly condemned on Kyoto quit) カナダは日本と並び、京都議定書の延長に反対していた。それは、先進国が有利なはずの温暖化対策の枠組みが、途上国に有利なものに転換してしまったからだ。COP17の土壇場で決まった次世代の枠組みが、それほど先進国に不利なものでなければ、カナダは今後の交渉に期待して枠組みの中にとどまったかもしれない。だがカナダは、次世代の枠組みが決まって24時間後に、京都議定書を含む枠組みから離脱した。これは、新たな枠組みが、これまでよりもっと途上国に有利、先進国に不利で、カナダとしては、今後の交渉に全く期待できないということだろう。おそらく日本政府も即時離脱したいだろうが、日本は産業界が環境ビジネスで国際的に儲けようとしているので、イメージの劇的な悪化につながる京都議定書からの離脱を宣言できないのだろう。 (In Unprecedented Move, Canada Withdraws from Kyoto Protocol) 先進国の市民運動家からは、COP17で決まった次世代の枠組みについて「先進国の貧しい市民から途上国の大金持ちに、富を移転させていく構想だ」「先進諸国が支払わされる資金は(これから国連に作られていく)世界政府の財政にあてられる」といった指摘が出ている。これらは言い得て妙である。 (Quote of the Week - what Durban is really about) ここでいう「世界政府」とは、私流に言うと、多極化した世界がばらばらにならないよう、各地域の諸大国が談合する場である。具体的には、途上国の発言力が強まりつつある国連や、米英中心のG7に取って代わって世界の意志決定の中心に座った多極型のG20などのことだ。「新ヤルタ体制」もしくは「冷戦で実現しなかったヤルタ体制の復活」と言ってもよい。温暖化問題(COP)やWTOは、多極化の道具に転換し、新しいヤルタ体制の一部になっている。 (UN Calls For Eco-Fascist World Government At Durban Summit) ヤルタ体制は第二次大戦の末期、米ソが戦後の世界体制について交渉したヤルタ会談が発祥だ。ヤルタ体制は、米国とロシア(ソ連)が、中国(カイロ会談で招待された)などと協調して世界を管理する、多極型の「新世界秩序」である。米国では、その後の冷戦時代を通じ、ヤルタ体制を壊し、代わりに米国と中露との恒久的な敵対構造を維持したい勢力が強かったが、70年代から今に至る40年間は、ヤルタ体制に引き戻そうとする勢力(隠れ多極主義)と、それを阻止しようとする勢力(米英中心主義)との暗闘が続いている。 昨今の構図は、米国がロシアを下手くそなやり方で敵視し、最後にロシアに譲歩してヤルタ体制への戻りを黙認せざるを得なくするものだ。これは、イラク戦争などで中東の人々を反米にしたあげくに民主化してやり、ムスリム同胞団やイランの台頭を誘発してイスラエルを窮地に陥らせている中東での隠れ多極主義と並列する、米国の傾向である。
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