中国包囲網の虚実(2)2011年11月17日 田中 宇これは「米国が誘導する中国包囲網の虚実」の続きです。 11月16日、米国のオバマ大統領が、大統領就任後初めてオーストラリアを訪問し、北部の港町ダーウィンに2500人の米軍海兵隊を駐屯させる計画を発表した。来年、まず250人が駐屯する。豪州に米軍が恒久的に駐留するのは初めてだ。豪州への駐留は、米軍が中国包囲網を強化する一環であると報じられ、1970年代に終わったベトナム戦争以来の、太平洋地域における米軍の増強であるとか、米豪軍事同盟の30年ぶりの大転換であるとか言われている。 (Eyeing China, U.S. Expands Military Ties to Australia) 日米同盟の強化、南シナ海の南沙群島問題への米国の介入、北朝鮮への対抗を理由とした米韓軍事同盟の強化、インドと米国との軍事関係の強化など、米国は中国の軍事台頭に対抗して中国包囲網を着々と拡充しており、オーストラリアへの初めての米軍駐留もその一環である、というのが日米などのマスコミの大方の論調だ。これで米国が軍事的な軸足を中東からアジアに移動してきたことが明らかになったとも指摘されている。TPPも中国を入れないことで、経済的な中国包囲網なのだという指摘もある。 (US to base 2,500 troops in Australia) しかし、今回の件を詳細に見て考えていくと、事態はもっと複雑であることがわかる。米軍の海兵隊は、総数の3分の2以上がアジア太平洋地域に駐屯しており、そのほとんどが沖縄にいる。2500人の海兵隊がどこから移動してくるのか、米政府は発表してないが、沖縄からの移動になる可能性が高い。沖縄の海兵隊の多くは、住宅密集地の中にある普天間基地にいる。普天間から辺野古への移転は、沖縄の人々の強い反対により、進んでいない。米政府は日本政府に、来年までに辺野古移転を決めろと圧力をかけているが、移転は実現しないだろう。 (Obama, Noda Talk Futenma: `Both Sides Understand We Are Approaching a Period Where You Need to See Results') 普天間の海兵隊を、辺野古でなくグアム島に移動する構想もある。しかしグアム島の人々は、大量の海兵隊員とその家族が引っ越してくると島のインフラがパンクしてしまうと恐れ、海兵隊の移転に反対する声が強い。海兵隊や空軍の訓練場所を沖縄からグアムに移すことについても、グアム側の反対が強まっている。沖縄とグアムの状況を見て今夏には、米議会の3人の上院議員が、沖縄の海兵隊をグアムだけでなくハワイや米本土にも分散移転する構想を発表している。 (Group to protest shift of U.S. military exercise from Okinawa to Guam) (日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会) このような海兵隊の駐屯をめぐる苦境がある一方で、日本や韓国、東南アジア諸国、豪州などの東アジア諸国は、米国がアジア太平洋地域から撤退していきそうだと懸念している。米政府は財政難を理由に、軍事、外交の両面を「効率化」するといって、これまでのような世界に対する手厚い関与をやめていこうとしている。 米国が出て行ったら、アジア諸国にとって、急速に台頭する中国の影響力が大きくなりすぎる。そうしたアジア側の米国への懸念が昨年から強くなり、米政府は対策として、クリントン国務長官が「米国はアジアに関与し続ける」と表明したり、中国とASEANが対立する南沙群島問題で、米国がASEANの肩を持ち、中国を激怒させたりしている。だが、これらは象徴的な動きでしかなく「口だけ」の観もある。 (南シナ海で中国敵視を煽る米国) そんな中で、豪州政府が米国に対し、沖縄からグアムに移転する予定になっている海兵隊の一部を豪州に駐屯させても良いと提案した。提案は今年6月、豪州のシンクタンク(Lowy Institute)が作り、9月に豪州と米国の軍幹部が会議を開いて方向性を決定した。昨今の米政界では、中国を仮想敵とみなして反中国的なことを言うほど選挙に有利だということになっている。共和党の大統領候補の多くは、露骨に反中国的なことを言う。それでオバマ政権も、豪州への海兵隊駐屯開始を、豪州側から提案された便利な策だったので実施するとは言わず、中国包囲網の一環だと演出しているのだろう。 (Permanent US Military Presence in Australia) 豪州経済は、中国に鉄鉱石や石炭などを売ることで成り立っている。中国が豪州産品を輸入しなくなると、豪州経済は成長が鈍化する。豪州政府は、海兵隊の駐屯で中国側を怒らせたくない。そのため、今回の件は、米軍が豪州に基地を作って駐屯するのでなく、海兵隊が豪州軍の基地の一部を借りて駐屯する形をとっている。こうすることで、外国軍を駐屯させたくないと考える豪州国内の世論にも配慮している。 ▼中国包囲網の「遠巻き」化 今回の件に関して中国では、マスコミが米国や豪州を批判する論調を載せているが、中国政府は米豪を非難していない。中国政府は米豪の行動に意表を突かれ、何も言えないのだという見方があるが、今回の動きは遅くとも9月に報じられ始めており、中国政府は十分に予測できたはずだ。むしろ、今回の件は中国にとって脅威になっていないので看過していると考えた方が妥当だ。 (The U.S. expands military activity in Australia and stresses its Asian presence.) 今、海兵隊が駐屯している沖縄は、中国本土からの距離が約500キロだ。それに対し、来年から海兵隊が駐屯する豪州のダーウィンは、中国本土からの距離が十倍の5000キロもある。海兵隊は中国との敵対を強めるのでなく、中国の近くから撤退していくのである。米軍が初めて豪州に駐屯する点は「中国包囲網」という感じもするが、米軍は中国と露骨に敵対するのでなく「遠巻き」にしている感じだ。海兵隊にはグアムに移る予定の部隊もいるが、グアムは中国から約2500キロで、これまた撤退していく方向になる。 豪州への駐留は、中国とASEANが対立する南沙群島の近くに米軍を置くことを意味するという指摘もあるが、南沙群島までの距離は、沖縄から2500キロ、ダーウィンから3000キロだ。沖縄からダーウィンへの海兵隊の移動は、南沙群島に近づくことになっていない。 海兵隊の一部が沖縄から豪州やグアムに移ることの意味については、沖縄だと中国が自国の影響圏の境界線と考える「第1列島線」に隣接し、中国軍のミサイルが飛んでくる場所なので、もっと遠くて安全な「第2列島線」の外側である豪州やグアムに移るのだという指摘がなされている。 (US and Australia tighten military ties September 14, 2011) 2つの列島線とは「中国は朝鮮半島から沖縄の西側沖合、台湾、南沙群島をつないだ第1列島線の西側を影響圏とし、米国は伊豆諸島からグアム島、フィリピン、インドネシアをつなぐ第2列島線の東側を影響圏として、相互に干渉しない」という米中の暗黙(ないし秘密)の了解事項のことだ。 (第1、第2列島線の地図) (消えゆく中国包囲網) 今回の件が、第1列島線の近くにいる沖縄海兵隊を、第2列島線の外側の豪州やグアム島に移すことを意味するのだとしたら、それは、中国が日本(沖縄)を攻撃してきたときに米軍が日本を守るつもりがないことになり、日米安保条約が空文であることを意味している。米政府は、中国包囲網を作ることを示唆するが、具体的にやっているのは包囲網をしだいに「遠巻き」にすることだ。現実は、中国包囲網の強化とは逆の、第2列島線以東への撤退である。白を黒と言いくるめている感じだ。 オバマは豪州での演説で、今後の米国がアジア太平洋地域を重視していくことを強調した。オバマは豪州からインドネシアのバリ島に行き、米大統領として初めて東アジアサミット(ASEAN+日中韓印豪)に出席する。TPPでは、米国が経済面でアジア太平洋を重視していることを示している。日本では、米国は急にアジアを重視するようになったと歓迎されている。 しかし、沖縄から豪州への海兵隊の移動は中国近傍からの撤退だし、TPPは米企業を儲けさすために日本経済を弱めてしまうものになる可能性が高く、米国は同盟国に対する思いやりに欠けている。米国は韓国に対しても、米韓FTAを通じ、韓国経済を痛めつけようとしている。米政府の「アジア重視」は、裏表があり、目くらましが多い。 (貿易協定で日韓を蹂躙する米国) 【続く】
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