経済で接近するパキスタンとインド2011年10月19日 田中 宇パキスタンがインドに、低関税や規制の少ない貿易を許す「最恵国待遇」を与えることになった。インドはすでに1996年、パキスタンに最恵国待遇を与えている(その後911が起こり、印パ関係が悪化方向になった)。今後、印パ間の貿易が活発化していくことが予想される。印パは11月に経済閣僚会議を開き、そこでパキスタンが正式にインドに最恵国待遇を与え、相互の貿易関係について協議する。同時に、印パ間を行き来する経済関係者に対するビザ発給の緩和も行われる。印パ国境の貿易拠点も拡充されることになった。 (Granting MFN status to India) パキスタンは従来、米国と中国からの支援を受け、何とか経済をまわしてきた。米国の当局は911後、パキスタンをテロ戦争やアフガニスタン侵攻の拠点として重視する半面、イスラム主義の影響下にあるパキスタン軍がテロ組織を支援していると非難し、パキスタン側を怒らせてきた。最近、米国がパキスタンを非難する傾向がさらに強まっている。米国は財政難の中、パキスタンへの経済援助を減らし始めている。経済的に窮乏するほど、パキスタンは国家組織が崩壊して「失敗国家」の色彩を強め、反米のイスラム主義が強まって米国に不利になるが、米国側はその点を軽視している。パキスタン国内には、インドに最恵国待遇を与えると、インドの製品やサービス(映画)などがパキスタン市場に流入し、パキスタン企業が潰されるとの懸念がある。だがパキスタン政府は、自国が崩壊するよりましだと考え、それまでのインド敵視を和らげ、インドとの経済関係を強化していくことにした。 (Islamabad looks to India to aid economy) 一方、中国はここ数年、米国がパキスタンを非難して経済支援を減らしていく穴を埋めるように、パキスタンへの支援を強めている。中国は、インドと敵対する面がある。インドの政府系企業がベトナム沖の南沙群島海域で海底油田の開発にたずさわっており、中国はインドを批判している。だがその一方で中国は、パキスタンを安定化するためインドとパキスタンの和解が必要だと考えている。中国とロシアが主導する上海協力機構は、今年6月の年次総会で、印パの和解を進め、和解が実現したら印パを上海機構に同時加盟させる構想を打ち出した。その後、印パの外相会談が行われ、08年のムンバイテロ事件以来の印パの敵対関係が氷解し始めた。今回の印パ間の経済協調は、こうした流れの上にあり、中国の思惑にも沿ったものだ。 (◆立ち上がる上海協力機構) パキスタンがインドに貿易上の最恵国待遇を与えることを発表する1週間前の10月4日、インドはアフガニスタンと安保や経済関係の協約を結び、両国が戦略関係になることを決めた。インドは、アフガニスタン軍を強化する訓練などを実施する予定だ。これはインドが、アフガニスタンに大きな影響を与えてきたパキスタンに対抗する動きとして報じられている。 (India and Afghanistan sign security and trade pact) (Strategic Partnership with Afghanistan: India Showcases its Soft Power) しかし、インドがアフガニスタンとの関係を強化する一方で、パキスタンとの貿易関係も強化したという全体像を見ると、むしろインドは、パキスタンと敵対するのでなく、パキスタンと協力してアフガニスタンの安定化に貢献する戦略をとっているように見える。中国や上海機構は、インドとパキスタンが和解して上海機構に入り、その上で上海機構が全体として米軍撤退後のアフガニスタンを安定化していく構想を持っている。 (インドとパキスタンを仲裁する中国) インドは最近、南アフリカやブラジルと行ったIBSAサミットで、南アやブラジルというBRIC諸国に対し、インドと結束し、テロ問題でパキスタンを批判しつつアフガン問題を解決していくことを提唱した。この点で、インドはパキスタンを批判する態度を変えていない。だがBRICは、米国のテロ戦争を批判する傾向があり、パキスタンやアフガンの問題に対するBRICの考え方は、中国や上海機構に近い。インドが米国と組んでパキスタンを批判する従来の状況に比べると、インドがBRICと組む方が、パキスタンの窮地を理解する姿勢が強くなる。 (India for common Afghanistan-Pakistan policy) 米国はパキスタンへの非難を強め、パキスタンを見捨てる傾向を強めているのと対照的に、NATO内の欧州勢は、パキスタンを同盟諸国の側につけておくことが地政学的な戦略上、大事だと考えている。欧米がパキスタンを見捨てると、パキスタンはインドやアフガニスタンとともに非米同盟的な上海機構の側に入り、南アジアにおける欧米の利権が失われてしまうからだ。だが欧州勢の懸念をよそに、印パとアフガンがしだいに上海機構の側に吸い寄せられていく展開が、目立たないかたちで続いている。 (West must keep Pakistan ties, says Nato chief)
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