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バンカメの危機

2011年8月25日   田中 宇

 米国の最大手の商業銀行の一つバンクオブアメリカ(バンカメ)が、米国の次の金融危機の引き金を引くかもしれないという話は、以前にも書いたが、その傾向がさらに如実になってきた。バンカメが抱える不良債権の95%は、バンカメが08年の金融危機の際、米政府や金融界からの強い要請を受けて買収した大手不動産金融機関カントリーワイドが持っていた住宅ローン債権だ。 (米大手銀行で次に倒れるのはバンカメ?) (Bank of America: Could it fail and start another financial crisis?

 当時、カントリーワイドがバンカメに救済的に買収されず倒産していたら、住宅ローン債権市場の全体が瓦解し、08年秋の米金融危機は、リーマンショックにそれが加わって、もっとひどいものになっていただろう。米金融界を救ったバンカメはその後、米財務省が公金を注入して金融界を救ったTARPや、連銀による債券買い取り(QE2)といった公的な救済策を受け、カントリーワイド買収の損失を穴埋めしていた。 (When J.P. Morgan Defends Bank of America… And Addressing Multiple Rumors

 しかし、TARPもQE2もすでに終わった。米政府にも連銀にも、金融界を救済できる余力が大幅に減っている。米住宅市況は、金融界がローン破綻物件を塩漬けして売りに出さないようにして下落を防いでいるにもかかわらず、下落し続けている。連銀は、バンカメなど米金融機関から不良債権を買い取り、メイデンレーンLLCなど数社の法人(勘定)を別に作って債権を塩漬けしておく事実上の「とばし」をやっている。いずれ不動産の価値があがり、不良債権が優良債権に変質するのを待っているのだが、その時が来るのは早くとも何年か先だ。 (New York Fed Faces `Inherent Conflict' in Mortgage Buybacks

 数年前の活況時、住宅ローン債券など不動産担保債を起債した時には、条件に曖昧な点があっても債券がよく売れたが、今になって起債時に法的な不備があったという訴えが起こされ、バンカメ側が最大90億ドルの損害賠償を負うかもしれない展開も起きている。昨年来、バンカメに債券を買い戻せといってくる機関投資家が増えている。 (BofA Mortgage Risk May Rise $9 Billion If Judge Sides With MBIA) (US investors pressure Bank of America

 バンカメの経営陣は、これまで一貫してカントリーワイドは良い買い物だったと強気の発言をしていたが、ここに来て、カントリーワイドを買収したことを後悔していると発言に変わった。 (Bank of America execs say they regret Countrywide purchase

 バンカメは不良債権と共倒れになることを防ぐため、カントリーワイドの部門だけを切り離して倒産させることを検討していると報じられている。バンカメはもともと、米金融界や政府から懇願されてカントリーワイドを買収した。カントリーワイド部門が発生する不良債権の増分を、政府や金融界から十分に穴埋めしてくれなくなっているので、バンカメは、カントリーワイド部門を切り離して倒産させるぞという脅しを、昨年末から何度か流すようになっている。 (Bank of America: Is Countrywide Bankruptcy Possible?

 カントリーワイド部門が倒産すると、巨額の不動産担保債券が債務不履行となり、債券市場の中核をなす不動産担保債券市場の全崩壊につながるだろう。リーマンショックの再来となる。米金融界や米政府は、なんとしてもこれを避けたいはずだ。特に、90年代に不動産債権の証券化の仕掛けを作って事実上、債券市場を創設したといえるJPモルガンは、カントリーワイド部門が倒産すると、自行の存亡の危機となる。だから市場には、JPモルガンとバンカメが合併するという噂が流れている。合併するとともに、米政府が合併後の新会社の優先株を1000億ドル分購入したり、バンカメの資産に政府保証をつけたりして救済するという説だ(バンカメ自身は否定している)。 (BofA has No Urgent Capital Need: Whitney) (JP Morgan May Take Over Bank Of America

 市場では、バンカメが必要としている救済金の額について、最大2000億ドル、最大500億ドル、救済金など不必要、という3つの説が流れている。バンカメは、2000億ドル説は誇張だと発表し、この説を書いた分析者も、一部に誇張があったことを認めた。 (Bank of America: Could it Need $200 Billion in Capital?) (Here's Why Bank Of America's Stock Is Collapsing Again

 バンカメの苦境が誇張されたものだとしても、米金融界は、誇張された情報で大銀行が潰れることがある状態だ。リーマンショックの余波が続いていた08年末には、シティグループが危ないという噂が流され、シティ株が先物売りされて急落し、シティの債券のCDS(破綻保険)の料率が薄商いの中で急騰し、シティは本当に潰されかけた。米政府が3千億ドル以上の債務保証をシティに与えて保護し、シティは難を逃れた。 (米金融界が米国をつぶす

 今、バンカメは、株が年初来で半値にまで下がり、CDSは史上最高値に近い水準に高騰している。バンカメは、悪質な噂だけで危機に陥る状況に近いといえる。もし今後、バンカメが本当に危機になり、米政府による救済が不可避となると、オバマ政権が議会と大騒ぎして議論して決めた財政赤字の削減策が吹き飛び、逆に、赤字を急増させてもリーマンショックの再来を防がねばならないという話になるかもしれない。



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