まだ続くテロ戦争(2)2011年5月24日 田中 宇この記事は「まだ続くテロ戦争」(田中宇プラス)の続きです。 5月2日に米軍がパキスタンの隠れ家でオサマ・ビンラディンを「殺害」してから、米国とパキスタンの関係悪化に拍車がかかった。パキスタン側は、米国が自国に事前に通告せず、自国の領土に入ってきて殺害作戦をやったので怒っている。 (Boehner: U.S., Pakistan in make-or-break moment) アフガニスタンに駐留する米軍は以前から、タリバンが元来の本拠地であるパキスタンに越境して隠れていると主張し、アフガン側からパキスタンに無人の偵察機や戦闘機などを越境飛行させ、パキスタン領内を空爆してきた。それをもう一歩進め、ステルス型のヘリコプターで海兵隊の特殊部隊がパキスタン領の奥深くまで飛び、ビンラディン(もしくは人違いの別の人物)を殺害したのが5月2日の米軍の作戦だった。その後も米軍のパキスタン越境攻撃が続いている。 (◆ビンラディン殺害の意味) パキスタン側は従来から米軍の無許可の越境攻撃に怒っており、ビンラディン「殺害」後の5月14日、パキスタン議会は全会一致で米軍の越境攻撃を非難する決議を出した。パキスタンには、米軍が人違い殺人をしたと疑っている人も多く、パキスタン議会は、真相を調査するとともに対米関係を見直す委員会を作ることにした。 (Resolution condemning Abbottabad raid passed) パキスタンのギラニ首相は「再び米軍がわが国を侵犯してきたら、全面的に反撃する」と表明した。これに対し米オバマ大統領は「米国の安全に必要である以上、今後も必要に応じてパキスタンへの越境攻撃を続ける」と宣言し、パキスタン側との対立をいとわない態度をとっている。 (Pakistan PM Warns of 'Full Force' Response to Future U.S. Raids) (Obama vows to carry out more covert operations inside Pakistan) 実際5月17日には、米軍の攻撃用ヘリコプターがアフガンからパキスタン側に越境攻撃を試み、パキスタン軍が米軍ヘリを迎撃しようと発砲し、交戦になった(昨年9月にも似たような交戦があり、初めてのことではない)。この直後、アフガン国境に近いパキスタンの町ペシャワールで、米領事館の自動車が爆破される報復的なテロも起きた。 (Border Clash: NATO Helicopters Attack Pakistani Border Troops) (US, Pakistan Near Open War; Chinese Ultimatum Warns Washington Against Attack) 交戦後、米政界では「パキスタンを制裁すべきだ」いう主張が強まった。これを受け、翌5月18日に記者会見した米国のゲーツ国防長官は、パキスタンを米国の同盟国であると認めつつ「パキスタンは、ビンラディン殺害(という本来自国が手がけるべきことを)米軍が自国領にやすやすと(with impunity)入ってきて見事に挙行したのを見て、とても恥ずかしい思いをしているはずだ(これ以上パキスタンを制裁する必要はない)」と述べた。米側では「パキスタンをやっつけろ。あんな国は同盟国じゃない」と叫ぶ好戦派と「まあそう怒らないで」と抑えるゲーツのような人が組んで、パキスタンとの関係をじりじりと悪化させている。 (Bin Laden raid was humiliating to Pakistanis, Gates and Mullen say) ▼パキスタンをテロ組織とつなげた米英 パキスタンは、軍事と経済の両面で米国から支援されて成り立っている。パキスタン政府は、米国と戦いたくないと考えている。米国は、パキスタンがアルカイダなどテロリストをかくまっていると非難しているが、パキスタンがテロ組織をかくまう構造を作ったのは米国(米英)である。パキスタンとの対立は、米国の自作自演的な部分がある。 英国は第二次大戦後、インド植民地が独立する際、インド国内のイスラム教徒が、ヒンドゥ教徒主導の主流派と対立して別の国を作るよう誘導し、インドとパキスタンが恒久的に対立して強い国になれず、独立しても英国の言うことを聞く態勢を作った。 パキスタンはインドより弱かったので、カシミールなどでの印パ対立において、イスラム主義者のゲリラやテロ組織を使った非正規戦に頼らざるを得なかった。ゲリラやテロ組織を養成する軍の諜報機関(ISI)がパキスタンの国家戦略全体を見る傾向が強まり、ISIは「パキスタンの国家内国家」と呼ばれるようになった。ISIは英国軍の諜報機関MI6の支援で作られ、その後は米CIAに支援された。 1979年にソ連がアフガンに侵攻すると米CIAは、ISIが作ったパキスタンのゲリラ・テロ組織(聖戦士)にアフガン難民を合流させ、彼らをアフガンでソ連軍と戦わせ、ソ連を国力浪費のアフガン占領の泥沼に陥れた。10年後、ソ連は国家崩壊してアフガンから撤退した。 冷戦後、米国はアフガンを見捨て、内戦の再発を放置した。ISIはアフガンを安定化して影響下におこうと、アフガン難民を組織してタリバンを作り、95年に内戦がほぼ平定された。米国は当初、タリバンを容認したが、97年ごろからイスラム過激派や「ならず者国家」との長期戦(テロ戦争のひな形)を世界戦略に定めるとともに、米国はタリバン敵視に転じた。 反米主義を掲げて聖戦士を支援したオサマ・ビンラディンは、米国の戦略にとって格好の敵役だった。911前、ISIやCIAがビンラディンと接触しているという噂が絶えなかった。そのような構図の中、01年の911テロ事件が起こり、ビンラディンが「犯人」とされ、当初から元CIA長官(ウールジー)が「40年は続く」と指摘するような、恒久的なテロ戦争が始まった。 911後、米政府は「ISIがテロ組織(タリバンやアルカイダ)を支援したので911が起きた」とパキスタンを非難して圧力をかけ、テロ退治のためと称してパキスタンに7千人以上のCIA要員を送り込んだ(911以前からかなりの数のCIA要員がパキスタンにいた)。彼らは、テロ退治と言いつつタリバンやアルカイダと接触し、実際には、米国がテロ戦争(を口実とした世界支配)を長く続けられるよう、テロ組織をこっそり強化してきた疑いがある。 今年1月、パキスタン駐留のCIAの責任者であるレイモンド・デービスが尾行してきたISI要員を射殺し、パキスタン当局に逮捕された。この事件を機に、駐パキスタンCIA要員たちが、タリバンやアルカイダに接触し、大量破壊兵器の材料や製造技術の伝達などを含む、テロ組織に対する秘密の強化策を展開していた疑いが強まった。 (「第2の911事件」が誘発される?) ビンラディンが住んでいたとされる隠れ家を運営していたのはCIAだったとか、米軍が殺害したのはビンラディンとは別人のCIAがかくまっていた人物だったといった指摘がパキスタン側から出ている。「常識」的には、これらの指摘はとんでもない話にしか聞こえないが、CIAがずっとパキスタンで何をしてきたか分析していくと、あながち無根拠でもないと思えてくる。 ('US killed Bin Laden clone in Pakistan') ▼米国がパキスタンの核兵器を乗っ取る? 人違いだったとしても、オバマが指揮してビンラディンを殺害した作戦をやったことは、オバマ自身が米国を不健全で浪費的なテロ戦争の構図から脱却させたいと考えていることがうかがえる。オバマはタリバンと和解する意向と報じられてもいる。だが、軍産複合体は脱却を望んでいないだろうから、テロ戦争から足を洗うのは難しい。 (Obama presses for Taliban talks) ビンラディンの死後、アルカイダの頭目の後継者として、アフガン在住のエジプト人サイフ・アルアデル(Saif al-Adel)の名前が挙がり、彼がロンドンでテロを計画しているとの報道も早速出た。アルアデルは、ISIとつながっているという指摘がある一方で、米軍が06年にイラクのアルカイダ指導者ザルカウィを空爆で殺した時、アルアデルがザルカウィの居場所を米側に通報したとも指摘されている。アルカイダはどこまでも、誰のための組織なのか曖昧だ。 (Saif Al-Adel betrayed Zarqawi) 今年1月、CIA責任者のデービスを逮捕した後、パキスタン当局の中から「デービスらCIAは、タリバンやアルカイダのテロを支援・扇動してパキスタンを不安定にして、米国がパキスタンに核兵器を管理させろと圧力をかける事態を自作自演的に作っていた。デービスの所持品の中から、そのような計画書が見つかった」という指摘が出てきた。 (Cracks in decade-old US-Pakistan partnership) (Raymond Allen Davis incident From Wikipedia) パキスタンのザルダリ大統領は、すでに昨年10月に「米国は意図的にパキスタンを不安定にして、核兵器の管理権を奪取しようとしている」と指摘している。「CIAはISIの内部にスパイを送り込み、パキスタンの核兵器に関する情報を盗もうとしている」という指摘もパキスタン側から出されている。 (Pakistan President: US 'Arranging' Taliban Attacks) (Pakistan's intelligence ready to split with CIA) ビンラディン「殺害」後の米パキスタン関係の悪化の中、5月18日には「アルカイダがビンラディン殺害の報復として、パキスタンで内戦を起こすかもしれない。そうなってパキスタンが混乱した場合、米軍がパキスタンに進軍して核兵器を管理下に置く計画を、オバマ政権が練っている。この計画はパキスタンの大統領にも知らせていない」とする報道も出た。 (US to deploy troops if Paki nukes come under threat) この報道が出た4日後の5月22日、パキスタン南部のカラチの海軍基地をタリバンのゲリラ兵6人が襲撃し、16時間も基地を占拠し、駐機していた米国製のハイテクの対潜哨戒機P3Cを爆破する事件が起きた。P3Cは地上でも使用できるので、タリバン掃討に使われていた。事件を受け、米国などのマスコミは「パキスタンは核保有国なのに、たった6人のゲリラによる襲撃すら防戦できない。パキスタンの核兵器管理は大丈夫なのか。タリバンに奪取される恐れはないのか」といっせいに報じた。 (Taliban raid triggers Pakistan shockwave) (Taliban raid on naval base raises new questions about Pakistan's military) パキスタン駐在のCIAがタリバンやアルカイダを支援強化する「敵作り作戦」を展開し、米軍がパキスタンの核兵器を乗っ取る計画を持っていることをふまえ、タリバンが海軍基地を襲撃した事件について考えると、米国がパキスタンの核兵器を乗っ取る計画の一部として、タリバンの一部勢力を勧誘して襲撃させた疑いが出てくる。テロ組織を取り締まるはずの米当局が、接触相手の勢力にテロを起こさせてしまうのは、1993年の米国の世界貿易センタービルのテロ事件(未遂的)などにさかのぼる、米当局のお家芸だ。 (政治の道具としてのテロ戦争) たとえオバマがアフガン撤退を模索しても、パキスタンが不安定だと実現できない。逆に、パキスタンを不安定化して政府ごと反米の側に転じさせれば、米国はテロ戦争を恒久化できる。テロ戦争を終わらせたい勢力と恒久化したい勢力が、米中枢で暗闘している感じだ。
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