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まだ続くテロ戦争

2011年5月22日   田中 宇

 5月2日、米国政府がアルカイダの頭目オサマ・ビンラディンを殺害したと発表し、2001年の911事件の「犯人」に対する報復(処罰)として行われていた「テロ戦争」も、これでようやく終わりに向かうと、世界の多くの人々が考えた。しかし、その後米議会で検討されている法律案を見ると、米国の上層部には、テロ戦争を終わらせたくない、恒久化したいと考えている人が多いと感じられる。

 問題の法案は、米国の「国防授権法」(National Defense Authorization Act、NDAA)の一部をなす「アルカイダ、タリバン関係勢力との戦いに関する確認」(Affirmation of armed conflict with Al-Qaeda, the Taliban, and associeated forces)と題する条項である。国防授権法は、米連邦議会の下院が毎年、翌年度の米国の国防に関する方針や予算の全体について決定する法律で、毎年30以上の分野(章)からなる膨大なものだ。そして、来年度版の国防授権法の第10章の34項(第1034項)が、問題の項目である。 (Comparison of 2001 Authorization for Use of Military Force (AUMF) and New World Wide War Authorization (H.R. 1540, Sec. 1034)

 来年度の国防授権法は、5月18日に議会下院の軍事委員会で圧倒的多数(賛成60、反対1)で可決され、5月23日からの週に下院本会議で審議される。本会議でも簡単に可決されるだろうとの見方が出ている。 (House readies passage of FY 2012 NDAA bill next week

 米国で、国家を代表して他国との戦争を開始する権限を持つのは、議会の下院である。その一方で、戦争を遂行する米軍の最高司令官は大統領だ。米国が外国から脅威を受けた場合、議会を召集して開戦するかどうかを決めていたら時間がかかり、その間に敵から攻撃されるかもしれない。そういった理由(口実)で、米議会があらかじめ大統領に条件つきで開戦権を委譲する時がある。1991年の湾岸戦争の時や、2001年の911事件の時がそうだった。

 911では事件から7日後に、議会が「テロ組織に対する武力行使の承認」(Authorization for Use of Military Force Against Terrorists、AUMF)という法律を可決した。これは911テロ事件に関与した勢力に対する武力行使に限定して、議会が大統領に開戦権を委譲した。この法律に基づいてアフガニスタン侵攻が01年10月に行われた。03年春のイラク侵攻も、この法律を使った挙行が検討されたが、フセインはアルカイダと関係ないという批判が多かったので、最終的に議会が別の新法を作って大統領に開戦権を委譲した。 (Authorization for Use of Military Force Against Terrorists From Wikipedia

▼開戦権が大統領にあった方が戦争しやすい

 議会は大人数であり、反戦派を含む多様な勢力がいる。しかも議会で戦争を審議する際、政府は、戦争すべきと考える根拠となる情報を、全国民にといわないまでも、少なくとも議員たちに開示せねばならない。政府が曖昧な情報しか持っていないと、議会に戦争開始の決定を下してもらえない。それに比べ、大統領が議会から包括的な開戦権を委譲してもらっている場合は、大統領と国防総省幹部など数人だけで開戦を決定し、挙行できる。開戦事由について外部の人々を納得させる必要がない。テロ戦争もイラク戦争も開戦事由が曖昧だが、これらの戦争の開戦は、ブッシュ政権内のチェイニー副大統領とネオコンの数人の高官で決定された。開戦事由は後付けのいい加減なものだった。

 テロ戦争では、開戦事由となった911事件が本当にアルカイダの仕業なのかどうか曖昧だ。ツインタワー瓦解の映像的なショックが全米を覆っている事件直後のどさくさ紛れに、ブッシュ政権のホワイトハウスと議会のタカ派は、911の報復としての戦争を起こす権限を大統領に委譲する法律(AUMF)を作ってテロ戦争を開始した。戦争の必要性を議会で審議する本来のやり方だと、事件直後の衝撃が去った後、アルカイダが911の犯人だと考えられる証拠を見せろと議会が政府に求め、テロ戦争は長く続かなかっただろう。

 米政界では、共和党を中心に一部は民主党にも、米国が恒久的に世界のどこかで戦争を続け、それによる恒久的な有事体制によって米政府の恒久戦争体制を維持するとともに、軍事力によって米国の覇権を維持し、米国の防衛産業の利益も確保するという軍産複合体(タカ派)の勢力が強い。彼らにとっては、戦争の決定権が議会にあるよりも、大統領にあった方が、曖昧な理由で戦争できるので都合が良い。

 ブッシュ政権は軍産複合体の色彩が強く、911後のAUMF決定時、米国にとって脅威となるあらゆる勢力に対して、自衛のための先制的な戦争を起こす権限を、議会から大統領に委譲する法律を議会に作らせようとした。だが議会の反対が強く、最終的に委譲されたのは、911の犯人に対する報復的な戦争を起こす権限だけだった。 (Congress must OK war actions

 ブッシュ政権と対照的に、今のオバマ政権は、リーマンショック後の財政難の中、財政再建策の一環として、むしろ米国が軍産複合体から背負わされている恒久的な戦争体制を解消しようとしている。オバマは、ビンラディンを「殺害」して911の報復を完了させ、議会が大統領に戦争権を委譲する体制を終わりにしようとした。

 しかし議会の下院の過半数を握る共和党の中にいる軍産複合体系の勢力は、議会でなく大統領が開戦権を持つ状況を変えたくない。そこで今回、下院の共和党議員を中心に、AUMFの拡大版となる新法を作り、それを例年の国防授権法の中の一つの項目として紛れ込ませた。それが今回の「アルカイダ、タリバン関係勢力との戦いに関する確認」である。

▼オバマが断っても開戦権を押しつける議会

 911直後のAUMFでは、大統領が自由に開戦できる対象を、911の計画・遂行・幇助をした勢力と規定していた。それが今回の新たな確認条項案では「アルカイダ、タリバンと、その関係勢力」に変わっており、彼らと米国との敵対関係が終わるまで、大統領が「米国内または海外で」彼らと戦争できる権限を付与している。これまでのテロ戦争は911に対する報復だったが、この新法が可決された後のテロ戦争は、たとえアルカイダやタリバンが911と関係なくても続行できる。

 米当局は「ビンラディンが死んでもアルカイダは存続する」という見方を発表している。アルカイダは曖昧な存在であり、アルカイダについて調べていくほど、存在感が薄い組織であることがわかる。米当局は、米国を嫌悪して「米国と戦うんだ」と叫ぶイスラム教徒なら、誰でもアルカイダと定義できる。多くのイスラム諸国に反米過激派がいるので、米大統領はその中のどの国に対しても戦争を仕掛けられる。

 また、タリバンは「ビンラディンをかくまった疑い」によって米国の敵とされてきただけに、今回の新法での911の切り離しが重大な意味を持つ。米軍内では「ビンラディンが死んだのでタリバンは米国と和解したがっている」という見方が出ており、すでに米軍とタリバンとの秘密交渉も行われている。だが、今回の新法が可決されると、米軍がタリバンと和解してうまくアフガニスタンから撤退していくことが、法的に阻止されてしまう。 (With bin Laden's death, U.S. sees a chance to hasten the end of the Afghan war

 オバマ大統領は「すでにホワイトハウスは戦争について十分な権限を持っており、新たな戦争の権限など必要ない」という意向を持っている。しかし議会の方は「オバマが要らないと言っても、彼の後任となる大統領たちが拡大された戦争の権限を必要とするかもしれない」という理由で、アルカイダやタリバンとの恒久戦争権を大統領に与えようとしている。

 オバマは「そんな権限なんか要らねえよ」と声高に断ると、ケネディのように謎めいた事件で殺されかねないので、慎重にやっているようだ。恒久戦争を画策する軍産複合体と、それを許すと米国の財政難がひどくなるのでやめさせたいと考える勢力との暗闘がある。

 今回の新法は「休眠条項」(sleeper provision)と呼ばれている。平時には使わないが、いざというときに役に立つ法律条項という意味だ。911のようなテロ事件など起爆剤的な事件が起きた時に、根拠が薄くてもアルカイダのせいにして、それを開戦事由として使い、休眠条項を起動して大統領が恒久的な戦争を起こせる。いずれ共和党がまた政権をとり、ブッシュ前大統領のような側近の言いなりの大統領になったら、911のようなテロ事件を誘発し、アルカイダという実体不明の組織がやったことにして、テロ戦争を再強化するつもりなのかもしれない。 (New Authorization of Worldwide War Without End?

▼いったん作られると解消困難な好戦的状況

 民主党寄りの傾向があるニューヨークタイムスは、今回の新法に強く反対する社説を出した。社説は「未来の政権が、イランを空爆したいと考えたとき、議会にはからずに挙行できるようになる」と警告している。イランは反米だがシーア派のイスラム主義の国で、スンニ派イスラム主義の(「シーア派を殺せ」などと叫ぶことが多い)アルカイダと異質な存在だが、大統領に開戦権があれば、そのような基本的な点も無視して「イランはアルカイダと組んでいるので空爆せねばならない」と宣言して開戦できる。イラク侵攻の時も、世俗主義(左翼)でイスラム主義を嫌悪していたイラクのフセイン政権がアルカイダと結託しているという事実誤認の開戦事由が提起されていた。 (A Conflict Without End

 来年度版の国防授権法(NDAA)には、すでに述べたアルカイダやタリバンに対する恒久戦争条項のほか、軍産複合体好みの条項がいくつか盛り込まれている。たとえば、国防総省が必要でないと明言したF35戦闘機の予備エンジン(alternate engine)の高額な開発費が予算計上されている。不要な兵器であっても、それを開発したことにして、実際はその資金を別の用途に使う。この方法は、秘密作戦が多くなっている国防総省でよくあることだ。財政難のおり、国防総省の会計を透明化する努力が、会計検査院(GAO)など議会や政府内でおこなわれているが、効果が上がっていない。予算をごまかして秘密の戦争を拡大したい国防総省にとって、詮索好きの議会でなく、言いなりの大統領が開戦権を持つのが都合良い。 (Senators: GAO should investigate DOD

 軍産複合体はかつてソ連との恒久的な冷戦体制を維持することで、軍事費の増大と、封じ込め策を使った覇権維持策を続けていた。冷戦体制はレーガン政権によって壊され、その後「第2冷戦」ともいえる「テロ戦争」が画策されたが、米政界ではロシアを敵視して旧版の冷戦構造を復活しようとする動きも続いている。今回の国防授権法には、ロシアとの核軍縮(START)の実施内容に見直しを入れ、米露が和解に向かわないような仕掛けを作ることが模索されている。 (National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2012 Mark Up

 これとは別に国防総省は、イタリアに駐屯していた空軍部隊をポーランドに移すとともに、ルーマニアにミサイル防衛システムの基地を作るなど、ロシア包囲網の復活を狙うような動きも見せている。米政界では、第1冷戦も第2冷戦もまだ終わりになっておらず、再活性化がしつこく画策されており、ロシアは警戒して米国に警告を発している。 (US to set up permanent base in Poland) (U.S., Romania announce missile defense site plans

 米政界には多くの考え方があり、共和党内も軍産複合体系のタカ派だけでなく、中道保守派(タカ派をある程度抑えつつ米国の覇権を維持したい勢力)、茶会派(反国際主義、反連邦的なリバタリアン)という、少なくとも3つの勢力がある。下院の共和党内では「ビンラディンが死んだのだから、米軍を早くアフガンから撤退しよう」という提案も出ている。 (War fatigue in House GOP

 しかし911以来10年続く、有事を理由とする米当局からマスコミへの隠然とした統制の結果、アルカイダやタリバンとの戦争に対し「アルカイダは実体ある組織なのか」「911は本当にアルカイダの仕業なのか」といった根本的な疑念を議会で発することは、事実上許されていない。アンデルセンの童話「裸の王様」的な事態が固定化している。その結果、アルカイダという自作自演的な存在を口実に大統領が議会の詮索を受けず自由に戦争でき、軍産複合体に有利な国防授権法が、米下院の軍事委員会で圧倒的多数で可決されることになる。

▼リビア戦争でも米中枢の暗闘

 開戦権をめぐる国防授権法の話とは別に、米当局が裁判所による審査なしに米国民の通話やメールなどを自由に盗聴・傍受できる「人権無視」との批判が強い愛国法(USA PATRIOT Act)の延長も、同時並行的に米議会で検討され、4年間の延長が決まった。愛国法は時限立法で、5月29日に期限切れになるはずだったが、その1週間前に延長が決まった。 (Congressional Leadership Seeks Four-Year PATRIOT Act Extension

 オバマが5月初旬のタイミングでビンラディンを「殺害」したのは、人権無視と批判される愛国法の延長を必要しなくなる状況を作りたかったのかもしれないが、それは果たせなかった。有事体制が一度作られると、プロパガンダが固定化し、10年経っても「人権」より「アルカイダとの戦争」が重視される。

 米国ではアルカイダと関係ない戦争でも、一度始めたらなかなかやめられない。その好例は、3月からのリビア戦争だ。米国の軍事費を削りたいオバマは、当初からリビアと戦争したくなかったが、リビアの石油利権が死活問題の英仏や、米国内の軍産複合体が「リビア東部の民主化運動を守らねばならない」と騒ぎ、国連安保理で飛行禁止区域が設定され、英仏主導で空爆が始まった。米政府に対し「米国もリビアを空爆してくれ」と各方面から圧力がかかったが、オバマ政権は「空爆はNATO(英仏)に任せており、米国は支援だけだ」と言い続けている。 (◆欧米リビア戦争の内幕

 米国では、ベトナム戦争中(ニクソンが軍産複合体を裏切って悪者にされ出した後)の1972年に定められた法律で、米国が脅威にさらされて開戦した場合、開戦から60日までは大統領が議会の承認なしに戦争を実行しても良いが、それ以上の期間は議会の承認が必要とされている。最近、対リビア開戦から2カ月が過ぎ、米議会は「60日をすぎたのでリビア戦争に必要な立法をしますよ」とオバマに提案した。 (Obama Suggests U.S. Involvement In Libya Limited, Support From Congress Welcome But Authority Not Needed

 しかしオバマ政権側は「米国はリビア政府と戦争していない。リビアの民主化運動を支援しているだけだ」と言い張り、米議会からの立法提案を断っている。米政府がリビアと戦争しているという認識を示し、議会がリビア戦争を立法化すると、すでに泥沼化しているリビア戦争は、米国の地上軍の派遣が必要だという話になり、米国はどんどん本格的にリビアと戦争せねばならなくなる。軍産複合体やタカ派は一時的に喜ぶが、イラクとアフガン戦争の先例と同様、巨額の財政赤字を垂れ流したあげく、米国にとって何の国益も得られないまま、泥沼化を認めて撤退せざるを得なくなる。オバマ政権が「リビアとは戦争してない」と言い続けるのはまっとうだ。 (Limited Kinetic Action: Gates Denies US `At War' With Libya

 だが、巧妙さにおいては、オバマより軍産複合体の方が上手だ。事態はすでに事実上、米国とリビアが戦争している状態だ。オバマ政権が「リビアとは戦争していない」と言っても、それが米国の税金の無駄遣いを防ぐためとは誰も思ってくれない。「オバマは違法な戦争をしている」と言われ「早く議会にリビア戦争について立法してもらうべきだ」という世論が強まるだけだ。その世論に流されてリビア戦争を立法すると、あとはイラクやアフガンの二の舞的な泥沼化の道を進むことになる。

 イラクもアフガンも米軍が撤退を余儀なくされるとともに、イランや中国やロシアといった反米非米の諸国に利権をとられる度合いが増し、米国の力の浪費と覇権の多極化に拍車をかける結果となっている。テロ戦争を延長してアフガン戦争を長引かせるほど、米国の力の浪費が進む。リビアも、カダフィを潰して東部地域が政権をとったらエジプト的なイスラム主義が強くなるだろうし、カダフィが生き延びた場合も、カダフィは欧米敵視になったので中露などBRICが漁夫の利を得る。

 これらを総合して、米政界のタカ派がなぜ過剰に戦争をやりたがるのかを考えると、タカ派は「隠れ多極主義」的な勢力に入り込まれているからではないかという、いつもの仮説が浮かび上がってくる。この一見逆説的な仮説を排除すると「タカ派は間抜けだから、自国の長期的な国益を損なっていることに気づいていない」という「タカ派間抜け説」しか残らない。米国では911後、連邦政府での公務をめざす優秀な若者の多くが、国防総省やCIA、共和党系のシンクタンクなど、タカ派的な政府部門に入りたがる傾向だ。タカ派が間抜けだと考えることぐらい、間抜けな話はない。

「まだ続くテロ戦争(2)」に続く



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