再浮上した沖縄米軍グアム移転2011年5月14日 田中 宇5月12日、米議会の3人の有力な上院議員が、日本と韓国での米軍駐留について、米政府が新たな財政支出を減らせるようにするための提案を、米政府の国防総省に対して行った。この提案の中に、辺野古に基地を作って普天間基地の海兵隊を移転する計画について、時間的、財政的に実現不可能であると断言するくだりがあり、日本ではそこだけ注目されている。だが、この提案の本来の意図は、米政府の財政赤字問題を解決することだ。 (沖縄発の情報が重要 背景に米の国内事情) (米政府、軍事費削減で方針転換) 08年秋のリーマンショック以降、米政府は金融救済と景気対策に巨額の公金をつぎ込み、財政赤字が急増している。連銀が米国債を買い支える策(QE2)も今年6月で終わり、米国内外の投資家の間には米国債を忌避する傾向が目立ち、新興市場諸国はドルを外貨準備の通貨にすることを避け、ドルに代わる備蓄手段として金地金が高騰している。米議会では「政府が財政赤字を減らさない限り、これ以上赤字を増やせないようしてやる」と主張し、財政赤字の法定上限額の引き上げを拒否する動きが強まっている。米政府は財政緊縮が必須となり、聖域だった軍事費(防衛費)の削減に着手する動きが始まっている。米国の軍事費は10年で倍増した。米政界は、世界中の米軍駐留費用を見直そうという話になり、その一つが今回の、日韓での駐留米軍の移転事業に関する財政切り詰めの議員提案だった。 (Bring War Dollars Home by Closing Down Bases) (U.S. Military Spending Has Almost Doubled Since 2001) 米政府も軍事費の削減に積極的だ。オバマは先日、パネッタCIA長官を国防長官に横すべりさせる人事を発表したが、パネッタはクリントン政権時代から予算削減の専門家として知られている。パネッタはCIAの予算を精査して削減させた後、国防総省に乗り込んでくる。 (Reshuffle heralds big US defence cuts) (先日の米軍のオサマ・ビンラディン殺害も、今回の議員提案と同列の出来事だ。米政府は、殺害によって「テロ戦争」の目的が達成されたことを内外に示し、軍事費削減を進めやすくなった。米軍が殺したのがビンラディンでなく人違いで、米政府がウソをついているのだとしても、米国などのマスコミがそう報じない以上、米国内での議論は「アルカイダのトップが死んだのだから米政府は軍事費を削れる」という方向になる) (ビンラディン殺害の意味) 今回の提案は、上院軍事委員会のレビン委員長(民主党)と、同委員会の共和党の筆頭委員であるマケイン上院議員、上院東アジア太平洋小委員会のウェッブ委員長(民主党)の3人が行った。3人のウェブサイトを見ると、この件に関して、ウェッブのサイトに詳しい情報が載っており、レビンのサイトには1本だけ、マケインのサイトには何も載っていない。ウェッブがまとめた案を、上院軍事委員会の両党のトップが支持して3人連名の提案となったようだ。両党トップが支持したことで、この提案は上院軍事委員会の総意となった。 (Strengthening Relations in East Asia (Jim Webb)) (Senators Levin, McCain, Webb Call for Re-Examination of Military Basing Plans in East Asia) ▼合理的なグアム移転費削減案 提案は、韓国の部分(米軍司令部のソウルの北から南への移転)と、日本の部分(沖縄米軍のグアム移転)に分かれている。韓国に関しては、韓国軍でもできることを在韓米軍がやっていないかどうか、無駄を省いていく必要があると主張している。その上で、在韓米軍の基地をソウルの北から南に移転する事業について、米議会の十分な精査を経ずに進められており、必要経費が膨張しているので、いったん事業を止めて、先に米議会の精査をすべきだと述べている。 また国防総省は、在韓米軍の米国人要員のほとんどを単身赴任から、家族も連れた赴任に転換する計画を巨額経費をかけ、韓国政府にも金を出させて進めているが、北朝鮮との対立激化で不安定な韓国に家族を連れて駐留することは良くないので中止すべきだと提案している。今回の提案は、韓国の対米従属派と米国の軍産複合体が、在韓米軍の駐留の恒久化を目論んでいることにメスを入れている。 日本に関しては、沖縄県民の意志をふまえ、沖縄での米軍駐留を縮小していくことをかかげ、普天間基地に駐留する海兵隊の大半(8千人と家族の合計2万3千人)をグアムに移転する必要があるとしている。半面、人口が18万人しかいないグアム島に2万3千人もの人が引っ越してくると都市インフラがパンクするとグアム島民が懸念し、連邦政府にインフラ整備の財政支出を求めている。その対策として、沖縄からグアムに移転するのは司令部要員(3千人)のみとして、残りの5千人については、ハワイやカリフォルニアの海兵隊基地に家族を置き、輪番制の単身赴任にすべきだと提案している。 (Top senators call U.S. military plans in Japan unworkable, unaffordable) (普天間基地は終戦から朝鮮戦争まで5年間、基地として使われず放置されていた間に周辺に住宅が密集して建てられ、朝鮮戦争から現在まで、滑走路周辺の安全確保の用地がない危険な状態のまま使われている。米政府も普天間の危険性を認めている) (日本の官僚支配と沖縄米軍) 海兵隊の移転とともに、グアムに射撃場を作る計画だったが、これも地元で反対が強いため、提案書は、グアムの代わりにテニアン島に訓練基地を新設すべきだと主張している。グアムとテニアンは約200キロ離れている。米軍内からは従来「グアムに駐留してテニアンで訓練だと、往復に時間がかかりすぎる」と反対が出ていたが、今回の提案はこの点について、テニアンの訓練基地を、居住施設を併設した御殿場市にある「キャンプ富士」(日米合同の東富士演習場)と同じ形式にすることで、訓練に参加する海兵隊をグアムでなくテニアンに駐留させる提案をして、米軍の反対に応えている。 (Fewer Marines, more airmen to Guam proposed) 日米間では、グアムに移転せず普天間に残る海兵隊の部隊を、辺野古に新設する基地に移す計画だったが、反対運動によって建設は進んでいない。提案書は、今後基地建設が最もうまく進んだとしても完成まで10年かかり、日米が合意していた2014年の完成は全く無理だとしている。また、日本政府は大震災後、巨額の復興支出を必要としており、米国側の財政難と合わせ、資金的にも辺野古の基地新設は無理だと断言している。 提案書は、辺野古に代わる海兵隊の移転先として嘉手納空軍基地を挙げている。普天間と嘉手納の統合案は、従来から出ていたが、嘉手納基地は軍用機の離発着時の騒音が激しく、騒音の増大につながるとして、地元は統合案に反対している。この点に関して提案書は、嘉手納に現在駐留する米空軍の部隊の一部を、施設に余裕があるグアム島のアンダーセン米空軍基地や、日本国内の他の基地に移すことで、普天間から海兵隊が移ってきても、嘉手納の騒音が大きくならないようにすることを提案している。アンダーセン基地は、ベトナム戦争時に急拡大した施設が余っており、稼働率が半分以下になっている。グアム側は、今回の提案に反対していない感じだ。 (U.S. Senators Levin, Webb, McCain's Statement on Restructuring U.S. Defense Forces in Asia - Ripples, Not Shockwaves for Guam Military Buildup) また、嘉手納基地は滑走路の周辺に広大な(6千エーカー)弾薬庫の敷地を地元民から強制借り上げしており、沖縄の土地不足の元凶の一つになっている。これについて提案書は、嘉手納の弾薬庫機能の一部を、8千エーカーの敷地を持つアンダーセン基地の弾薬庫などグアムの2つの弾薬庫に移動し、嘉手納基地の土地の一部を地元民に返還すべきだと述べている。 提案書は、辺野古の新基地建設の中止、沖縄からグアムに引っ越す予定だった海兵隊の家族の一部をハワイやカリフォルニアの既存の海兵隊基地の住宅に引っ越させることによるグアムの住宅増設の必要性の低下などによって、日米合計で何十億ドルかの財政の節約ができ(グアム移転費の総額は110億ドル)るとしている。また、沖縄県民が望む辺野古移転の中止と米軍縮小を実現でき、普天間基地や嘉手納弾薬庫の一部の敷地も地元に返還できて、よりよい日米関係を築けると書いている。私が見るところ、今回の提案書は、かなり合理的で良い案である。 (Observations and Recommendations on U.S. Military Basing in East Asia) ▼米議員提案は日本官僚の贈賄力に勝てるか 今回の提案書に対し日本政府は、「お上」である米国が正式にやめろというなら従うしかないが、辺野古の廃案はできるだけ避けたいようだ。北沢防衛相は「提案書は議員がまとめたものであり、米政府の正式な方針でない」と軽視した。 (辺野古案は「頓挫」 政府に動揺広がる) 米国では、議員やシンクタンクが政策や戦略を提案し、それを関係者や政界全体で検討し、良ければ政府(大統領)が政策として採用する。今回のように提案者が有力なほど、正式な提案の前に政界内で根回しされている。議員の提案を官僚が巧妙に潰すか換骨奪胎することが多い日本とは違う。米軍は部外者に冷たい組織だが、3人の提案議員のうち2人は元軍人だ。特に、提案をまとめたウェッブは70年代に海兵隊員として沖縄に駐留し政策立案を担当しており、海兵隊の「身内」である。今回の提案は、議員の机上の空論でない。 (Jim Webb From Wikipedia) オバマ大統領は、軍事費をうまく削りたいと考えている。軍事費削減は軍産複合体(ロビイスト)の反対が強いので難しい。そんな中、有力議員が日韓をめぐる軍事費削減を提案してきたのだから、オバマも喜んでいるはずだ。 (Pentagon warns on big defense cuts) グアム島では、議員提案が発表される2日前に、沖縄から移転してくる予定の海兵隊のための施設の建設工事の一時停止が決定されている。今回の提案が正式な政策になると、グアムに来る海兵隊員の数が減り、グアムの基地での建設事業に変更が必要になる。これは提案が正式採用されそうな兆候だ。 (Billion-dollar Guam construction proposal deadline delayed) 今回の提案は、東アジアにおける米軍の力や存在感を落とさずに、費用削減をやろうとしている。提案をまとめたウェッブは準備の一環として、日韓やグアムの他にベトナムにも行き、政府首脳に会っている。ベトナムの件は今回の提案に載っていないが、日韓とグアムとベトナムをつなぐと、米軍の「対中包囲網」となる。つまり今回の提案は、中国の台頭に対峙する戦略で、米国の覇権を守りつつ、米国の軍事費を削ろうとする正統的なものだ。反戦的、孤立主義的、隠れ多極主義的な感じはしない。しかし、日本政府は提案を喜んでいない。 (Senator Jim Webb's East Asia Trip: Record of Activities and Achievements) 官僚機構(対米従属派)が誘導している今の日本政府は、日米同盟の象徴として、米軍が減員せず今後も末永く日本(沖縄のみ)に駐留してほしいと考えており、米軍のグアム移転計画をひそかに迷惑な話だと思っている。日本も韓国も立派な軍隊を持っており、防衛費も十分で、米軍なしに自国を防衛できるが、日韓ともに政府は「うちの軍隊は弱いので米軍が必要です」とウソを言って国民を軽信させている。 日本政府は、辺野古に海に向けた基地を作って普天間の海兵隊を移し、米軍駐留の阻害要因となってきた普天間問題を解決し、辺野古を米軍に好きなだけ使ってもらい、ずっと沖縄に駐留してほしい。だから今回、米議員が「日本は震災復興の負担が重く、新たな基地を作る巨額費用を節約したいでしょうから、辺野古案はやめましょうよ」と提案しても、日本政府は「議員の提案でしかない」と意図的に軽視している。 日本は、思いやり予算や、グアム移転費の6割負担として、米軍に毎年80億ドル(6千億円)以上の資金をあげている。日本は米国に贈賄することで、対米従属策の象徴たる米軍駐留を維持している。米政府は、この資金をもらい続けるため、日米合意の中に今後も辺野古案を残すことを了承するかもしれない。辺野古の反対運動はおさまらず、基地建設はどんどん遅れる。だが、海兵隊の沖縄駐留が続くのだから、日本の官僚機構としてはそれでよい。 一昨年秋の鳩山政権の初期、日本政府(民主党)は、日米対等化や東アジア共同体構想(日中連携)を打ち出すとともに、米国に贈賄して海兵隊を沖縄に引き留めておく策略をやめようとした。民主党は、沖縄県民を基地追い出し運動にいざない、沖縄の政治運動が盛り上がった。鳩山や小沢一郎は、基地の地元の民意の力を借りて、官僚機構が維持する米軍贈賄策を破壊しようとした。 だが官僚機構は、傘下のマスコミや検察を動員し、鳩山や小沢に対する中傷やスキャンダル作りが行われ、鳩山政権は半年で終わり、小沢も封じ込められ、政府は官僚の言いなりの菅政権になった。昨秋の沖縄県知事選挙も、有効な基地追い出しの策を打てると期待された伊波洋一(元宜野湾市長)が敗北し、県内民意を受けて一応県外移転を言っているだけの感じの仲井真弘多が続投している。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転) 前国防長官のラムズフェルドは、世界中で米軍の恒久駐留をやめて、代わりに兵器軽量化と輸送機部隊による有事のみの速攻駐留体制を米軍再編策によって確立しようと考え、その一環として海兵隊グアム移転を進めようと04年に沖縄に来て「辺野古移転案は死んだ」「美しい海を守るべきだ」と宣言したが、その後黙ってしまった。奇才ラムズフェルドも、日本官僚の贈賄力にかなわなかった。それ以来ずっと米側は、かたちだけ辺野古案を残すことに了承している。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) 今回の議員提案で、ラムズフェルド以来7年ぶりに、米側から「辺野古移転案は死んだ」という宣言が繰り返されたわけだが、今後これが米政府の正式提案になるかどうか、微妙なところだ。財政難の米政府にとって、日本からもらう巨額の思いやり予算はありがたいはずだ。米政府が、日本との間に確立している贈収賄の構図を破棄してまで、辺野古をやめてグアム移転を進めたいと考えるかどうか疑問だ。 ▼嘉手納統合案はダメなのか 今回の提案では、普天間基地に駐留する12500人の海兵隊のうち8500人をグアムやハワイなど米国に移動し、残る4000人を米空軍の嘉手納基地に移すことを提案している。嘉手納の騒音がひどくならないよう、玉突き的に嘉手納の米空軍の一部を、グアムのアンダーセン空軍基地や日本国内の他の基地などに移す構想だ。 これに対し、嘉手納の地元や沖縄県内からは「嘉手納統合案は絶対反対だ。騒音を減らすというが信用できない」という意見が出ている。「辺野古案の代わりに嘉手納統合案を出しただけの今回の米提案は、沖縄の地元の反対を受け、うまくいきそうもない」というのが、対米従属派傘下とおぼしき本土マスコミの主要な論調となっている。地元の懐疑的な民意が、米軍駐留を永続化したい東京の対米従属派によって使われてしまっている。 (「なぜ県内移設だけ」 嘉手納統合提案) 地元の民意が嘉手納統合案に懐疑的なのは、これまで嘉手納統合案が何度も出され、うまくいかずに潰れているからだ。具体的に騒音が減少する米空軍F15部隊(28機)のグアム移転などが先行すれば、地元も納得する。嘉手納統合案を前から推進してきた沖縄選出の下地幹郎衆議院議員も、鳩山政権時代にグアム移転構想が盛り上がった際、そのように書いている。下地氏は、米側の議員や軍関係者と頻繁に接触してきた。 (「1+1=0.5 新たな新嘉手納統合案」 下地幹郎) しかし嘉手納空軍の分散策も、たとえ米政府の正式な提案になったとしても、日本政府がその気にならない限り実現しそうもない。嘉手納の離発着回数を減らすには、嘉手納に2ついるF15部隊のうち一つをグアムに移転するとともに、外来機による訓練離発着を嘉手納から日本本土の基地や民間空港に移す必要がある。本土には稼働率が非常に低い地方空港が多くあるが、米空軍がこれらを使えるようにするには、各空港の地元との調整など、日本政府の努力が不可欠だ。官僚機構が妨害工作すると調整できずに終わる。 海兵隊のグアム移転に関しては、どのくらいの規模の部隊が日本に残るのかも不透明だ。8500人が普天間からグアムに移ると発表されているが、現在普天間に全部で何人いるのか明確でない。日本外務省は1万8000人と言い、在日米軍当局は1万2500人と言い、もっと少ない可能性もある。普天間からグアムに移る8500人という数も水増しされていると、ウィキリークスが先日暴露した米国務省の機密公電(と称する文書)に書いてある。 (U.S. padded cost, personnel for relocating Marines to Guam: WikiLeaks) 兵隊をどこに何人駐留させているかは、敵に知られたくない機密であり、沖縄駐留海兵隊の人数や、移転予定の人数が不透明なのは仕方ない。だが、その不透明な数字に沿って移転計画が立てられ、予算がつけられ、沖縄に何人残るかわからないまま残留部隊を嘉手納に統合する話が出ているところが問題だ。日本政府が、沖縄からの米軍撤収を本気でやる組織なら、国民が海兵隊員の数など知らなくても問題は解決されていく。だが日本政府を動かす官僚機構が、本当は米軍駐留を維持したいと考えている疑いが強い以上、政府を信頼して任せることができない状態が続いている。 沖縄の人々が、米軍に出ていってほしいと言っても、米軍は「君たちの政府は、ずっといてくれと言ってるよ。不満は俺たちでなく、自分らの政府に言ってくれ」と言うだけだ。そして日本の本土では、マスコミによる情報操作がある限り、国民のほとんどが沖縄の問題に無関心な事態が続く。震災後、戦争中に匹敵するひどい言論自粛も起きている。沖縄県民は日本人の1%しかいない。この「民主主義」の構図の中で、米軍の沖縄駐留が恒久化している。 このように考えると、たとえ今回の米議員提案が米政府の正式な提案となっても、日本政府の姿勢が変わって在日米軍のグアム移転を本気で進めたいと考えるようにならない限り、事態は進まない。意図的な停滞が続く。官僚機構の姿勢は米軍駐留の恒久化で変わらないだろうから、米軍が沖縄から出ていき日本が真に自立する状況を作るには、政治によって官僚の妨害を乗り越えるしかない。強い政治指導者が必要だ。日本の政界では、菅政権を終わらせようとする動きがあるが、これが成功して動き出すと、進展が起こるかもしれない。
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