欧米リビア戦争の内幕2011年3月20日 田中 宇3月18日、国連の安全保障理事会が、リビア上空に飛行禁止区域を設定し、リビア軍機が反政府勢力を空爆することを禁止した。19日には、フランスが戦闘機でリビア軍の車両や施設を空爆し、英米もリビア軍の地対空砲基地などに向けて海上から巡航ミサイルを発射した。この戦争は国連安保理の決議を経ているため、名目上は「国際社会」とリビアとの戦争だが、決議で棄権したロシアや中国、インド、ブラジルというBRIC4カ国とドイツなどは戦争に参加しないことを表明しており、事実上、欧米とリビアとの戦争だ。 (China and the Libyan muddle) チュニジアやエジプトの民衆革命の影響で、リビアでも2月後半、独裁者のカダフィによって特に抑圧されてきた東部地域の都市ベンガジなどの人々が決起し、西部の首都トリポリにいるカダフィの政府を転覆しようと西部に向かって進軍し、内戦が始まった。だが、3月12日ごろからカダフィの政府軍の優勢が伝えられ始め、3月17日には政府軍が、反政府派の最大拠点であるベンガジの近郊に接近した。反政府派が浮き足立ち、さらに東のエジプト国境に向けて敗走しそうだとも報じられた。 (Army moves east, pounds rebels in Brega) このような中、それまでリビアに対する軍事制裁に消極的だった米政府が、態度を転換し、国連安保理でのリビア制裁決議に対し、積極的な姿勢を示すようになった。英仏は、3月初めから、飛行禁止区域の設定などリビアに対する軍事制裁に積極的で、安保理でさかんに提案していた。カダフィの政府軍が勢いを盛り返したため、欧米側が軍事制裁をしても反政府勢力の劣勢が変わらず、欧米主導の軍事介入は長引く可能性が大きい。軍事介入を強く主張する英仏は、自国だけでは手に負えそうもないので、米国の主導が不可欠と考えた。 だが、財政難で軍事費の縮小を余儀なくされている米国は、すでにアフガニスタンやイラクを抱えて過剰派兵になっており、米軍のリビア派兵につながりかねない軍事制裁に消極的だった。イスラム世界との関係修復を目標にしているオバマ大統領は、イスラム世界の反米感情を再び高めかねないリビア軍事制裁をやりたくなかった。米国のゲーツ国防長官は、飛行禁止区域を設定することはリビアとの戦争を意味し、利口な人間がすることではないとまで言っていた。3月15日には、英仏はリビアを軍事制裁することをあきらめたと報じられていた。 (Fears moment passed for Libya intervention) ▼戦争の主導役でなく補佐役に徹したい米国 それなのに、米国が態度を変えて安保理決議に積極的になった理由の一つは、反政府勢力の最大拠点であるベンガジが陥落することを容認できなかったことだろう。だが、それよりもっと重要と思われる点は、米政府が自国主導でリビアと戦争するつもりでないことだ。オバマは、リビア上空の飛行禁止区域を維持するのは欧州とアラブ諸国の主導で行われ、米国はそれを助ける役割に徹すると表明している。米国防総省は「米軍のパイロットが米軍の戦闘機に乗ってリビアを空爆することを意味するものではない」と表明し、リビア上空に偵察機を飛ばして情報収集したり、後方支援などはするが、それ以上のものではないと言っている。米国の有力な上院議員であるリチャード・ルガーは「オバマは、リビア側に飛行禁止区域を守らせる行為(つまり戦闘)を米国が行うという意味でなく、外交的な意味で、国連による飛行禁止区域の設定に賛成した」という趣旨のことを述べている。 (Obama trying to limit military involvement in Libya) 米軍は3月19日、英軍と一緒にリビア沖の地中海にいる駆逐艦や潜水艦から、西部のリビア軍の拠点に向けて巡航ミサイルを110発撃った。だがその後、米政府高官は「米国は戦闘行為を何週間も行うつもりはなく、数日で終わらせる予定だ。その後は、もっと後方支援的な役割に徹することにしている」と述べている。米高官は「リビアに対する武力行使に米国が参加しているのは、カダフィの軍がベンガジを攻撃するのを阻止するための一時的なものであり、カダフィが辞めるまで武力行使を続けるわけではない」とも言っている。米国は、安保理決議に基づくリビア軍事制裁で空爆など直接の戦闘を手がけるのは英仏であり、米国は直接の戦闘に参加せず、情報収集や後方支援などだけを手がけるという意味で、安保理決議に賛成したと考えられる。対照的に英仏、特にフランス政府は、安保理決議が出たらすぐにでも戦闘機を出す用意があると言って決議を積極的に進め、決議が出るとすぐにフランスが戦闘機を出してリビア軍を空爆し始めた。 (Gadhafi defiant after coalition missile, jet attacks) 米国は英仏に「戦闘は君たちでやってくれ。僕らは後ろで助けるから」と言ったわけだが、これがその通りにいくとは限らない。リビア軍は飛行禁止の設定を無視して反政府勢力を潰そうとし続け、欧米とリビアとの戦争が長引く可能性が高い。英仏の戦闘力は、米国に比べてはるかに小さく、リビアとの戦争を延々と続けることができない。国内の反戦運動も予測され、英仏だけではやりきれない。英仏は、米政界の右派(軍産複合体)を全力でたらし込み、米軍をリビアでの戦闘に引っ張り込もうとする。英仏軍がリビアとの戦闘で負けそうになったら、米軍が戦闘に出て行かざるを得なくなる。 フランスは単独で戦闘機を出したが、英国はもっと狡猾で、今のところ米軍と一緒に海上からミサイルを発射しただけだ。しかも、米軍が駆逐艦と潜水艦を何隻も出したのに対し、英国は潜水艦を1隻出しただけだった。英国は、米国と一緒にミサイル発射することで、英米が一体であることを演出し、リビアとの戦争があたかも米国主導で始まったかのようなイメージを作り出すことに成功している。米英などのマスコミは、有事に軍産複合体の傘下のプロパガンダ機関として機能するので、英国が描きたい構図をそのまま報じている。 (Qaddafi's Air Defenses 'Severely Disabled' Following Military Strikes) 英仏は、2月にベンガジで決起した反政府勢力がカダフィ政権を転覆させると予測し、反政府勢力に肩入れしてしまったため、その後、反政府勢力に反撃を加えて盛り返したカダフィは「英仏の石油会社には二度とリビアの石油を売らない。中露やインドに売ることにした」と宣言し、このままだと英仏はリビアの石油利権を失う。そのため英仏は、是が非でもカダフィを倒さねばならず、米国の軍策複合体を何としても引っ張り込もうとしている。(カダフィは石油を米国企業にも売らないと宣言したが、米政府はすでに自国企業がリビアから石油を買うことを事実上禁止している) (3月17日の速報分析) ▼前面に立たされるアラブ諸国 米国がリビア制裁に対する態度を転換したもう一つの理由は、アラブ諸国を巻き込むことにしたからだ。アラブ連盟は3月12日、国連に対し、リビア上空に飛行禁止区域を設定してほしいと要請した。その後、米政府は、国連安保理がリビア制裁を決議する2日前の3月16日、飛行禁止区域を監視し、必要に応じてリビア軍と交戦する行動にアラブ諸国も参加するならば、米国として飛行禁止区域の設定を支持すると表明した。アラブ諸国の中から、カタールとアラブ首長国連邦(UAE)が、リビア軍と交戦の可能性がある国連軍に派兵することになった。サウジアラビアとヨルダンも派兵する可能性がある。 (Amid uncertainty, allies prepare for no-fly zone) アラブ諸国はこれまで、アラブの域内で国際紛争や、欧米との敵対が起こり、欧米主導で「国連軍」などが編成され、アラブ地域で軍事介入や戦争が行われても、名目以上の軍事参加をしてこなかった。その主因は、アラブ地域の国際紛争のほぼすべてが、英仏などがアラブを植民地支配していた時代の国境線引きなどに起因し、アラブにある石油利権などの保持を目指す欧米が誘発した紛争であり、アラブ諸国は事実上の被支配的な地位に置かれ続けてきたからだ。派兵するのは、事実上の植民地の宗主国である欧米だけだ。欧米も、アラブ諸国に派兵への参加など望んでいなかった。 しかし今回は事情が違った。米政府は初めて、実質的なアラブ諸国の軍事参加を、リビア問題への軍事協力の条件とした。この米国の行動の意味するところは、アラブ地域に属するリビアの問題は、アラブ諸国の問題であり、軍事的解決を米国やNATO(欧米)に頼る植民地根性はもうやめてくれということだ。 (At UN, US Pushing for Broader Military Authorization Versus Gadhafi -- But Only With Arab Participation) 今の米国は単独覇権国として「世界の警察官」をやり続けることを嫌がっている。リビアの問題は、アラブの問題であると同時に、地中海地域の問題である。地中海地域は、南側がアラブで、北側は欧州(EU)だ。EUでは英仏がリビア制裁にやる気満々だ。EUとアラブ連盟という、地中海の南北の地域組織が、リビア問題の解決を主導してほしいというのが米国の主張だと読める。軍事力も経済力も落ちてきた今の米国は、単独覇権型の世界体制でなく、地域の問題を地元の大国群が解決する多極型の世界体制を目指していることが、今回のことからも見て取れる。米国は、それを目立たないようにやっている。私は以前から、このような米中枢の性向を「隠れ多極主義」と呼んできた。 とはいえ、アラブ諸国の戦闘参加は容易でない。アラブ人がアラブ人と戦う、イスラム教徒がイスラム教徒を殺すという、同胞殺しになってしまい、多くのアラブ諸国やイスラム諸国で国民の反発が強まるからだ。ムバラク政権を倒したばかりで市民運動勢力の発言力が強いエジプトは、いち早くリビアの戦闘への不参加を宣言した。リビア東部と隣接するエジプトは本来、リビアの東部勢力を支援する傾向が強く、東部地域を信用しなかったカダフィはエジプトと仲が悪かった。こうした利害関係からすると、エジプトはリビア東部の反政府勢力を支援して戦闘に参加しても不思議はないのだが、民衆の発言力が強い状況下で、不参加を宣言した。(代わりにエジプトは、リビア反政府勢力に陸路で武器を送っている) (Egypt arming Libya rebels, Wall Street Journal reports) 世論の反発を覚悟してまで、アラブ諸国がリビア軍事制裁に参加することにした背景には、エジプトと並ぶアラブの盟主であるサウジアラビアが、バーレーンに対する軍事介入を米国に黙認してもらうための交換条件として、米国が求めたリビア軍事制裁への参加を是認したことがありそうだ。サウジ政府は3月14日に、バーレーン政府の要請に基づいて千人の軍隊を派兵し、同国の反政府運動の鎮圧に乗り出したが、その一週間前の3月7日、サウジ主導のペルシャ湾岸アラブ諸国(GCC)が、リビアに飛行禁止区域を設けることに賛成を表明した。そして3月11日に米国のゲーツ国防長官がバーレーンを訪問した後、サウジ軍がバーレーンに進軍した。 (3月17日の速報分析) バーレーンで国民の7割を占めるシーア派の決起が拡大し、スンニ派の王室が政権転覆されると、すぐとなりのサウジの大油田地帯である東部地域でも、住民の大半を占めるシーア派が、サウジ王室に対して権利拡大の要求運動を拡大し、油田地帯の政情が不安定になりかねない。米国の傀儡ともいえるサウジ王室は、中東の「民主化」を求める米オバマ政権の黙認を何とか取り付けて、民主化要求運動を弾圧する自国軍をバーレーンに進軍させる必要があった。 そしてサウジは、米国から求められたアラブ諸国のリビア制裁への軍事参加を了承しつつ、自国は派兵せず、代わりにこれまでサウジがたくさん金を出して「子分」として経済支援してきたGCC加盟国のUAEとカタールという2カ国に、リビア制裁への軍事参加をさせている。サウジ王室は、自国が派兵しないことで、アラブ諸国やイスラム世界でのイメージダウンを避けようとしている。UAEはサウジと一緒にバーレーンにも軍事介入しているが、米政府はUAEに対し、バーレーンへの介入を批判する一方で、リビア介入への戦闘機の派遣を求めるという矛盾した言動をとっている。 (Obama Takes Hard Line With Libya After Shift by Clinton) ▼BRICの台頭とEU統合の後退 国連安保理でのリビア制裁に対する各理事国の賛否の状況も、世界の体制が米欧中心から多極型に転換しつつあることを示すものとなった。15カ国の安保理の理事国のうち、常任理事国である中国、ロシアと、非常任理事国であるブラジル、インドというBRICの4カ国とドイツが棄権し、残りの10カ国が賛成した。BRICは今回、初めて4カ国が集団的に安保理で政治力を行使した。BRICは数年前から何度か4カ国の首脳会議や外相会議を開いており、国際社会で欧米に対抗しうる政治勢力として台頭しつつある。今回の安保理での行動は、BRICの台頭を象徴している。 (Bric abstentions point to bigger UN battle) 半面、EU内では、フランスがリビア侵攻に非常に積極的で、いち早くリビアの反政府組織を正式な政府と認めた。対照的に、ドイツは非常に消極的で、安保理の非常任理事国として、反対こそしなかったものの棄権に回った。独政府は、好戦的な仏政府を批判している。EUは一昨年から、参加各国の外交政策を統合する方向に動いており、すでにEUとして外相(外交安保上級代表)も置いている。だが今回のリビア制裁問題に関し、独仏というEUの中枢2カ国が、正反対の姿勢を貫いている。この分裂状態は、EUの外交政策を統合していく流れを大きく後退させている。EUは財政統合をめぐっても紛糾しており、下手をすると統合が頓挫しかねない。BRICの台頭と、EUの弱体化が同時に起きている。 (3月12日の速報分析) 欧米とリビアの関係は、イラク戦争前のイラクと欧米の関係に似てきた。空爆だけでは、おそらくカダフィ政権は潰れない。地上軍でリビアに侵攻することは、欧米全体が望んでいない。カダフィは、かつてのイラクのフセインと同様、上空に飛行禁止区域を設定されても政権を維持するだろう。そしてフセインが国連制裁下でイラク国内のシーア派やクルド人の決起を容赦なく弾圧したように、カダフィは国連制裁下でもリビア東部の反政府勢力を容赦なく弾圧するだろう。国連制裁によって、リビアの人々はむしろ苦しみを深めることになりそうだ。 (リビア反乱のゆくえ) 欧米がカダフィ政権を潰すことに成功したとしても、その後のリビアが安定するわけではない。むしろ独裁によって国内を統一していたカダフィがいなくなることで、各部族が自分たちの利権を拡大しようと衝突し、部族間の対立が強まり、国家としての統一が崩れ、内戦が長期化する懸念がある。欧米は、イラクとアフガニスタンに加えてリビアでも軍事介入の泥沼にはまり、米国やNATOの軍事力の浪費が激しくなり、ロシアや中国が漁夫の利を得ることになりかねない。 (Stalemate fears haunt military planners)
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