内戦化するリビアに米軍が侵攻する?2011年3月1日 田中 宇米軍の空軍や海軍がリビアの周辺に展開し始めていると、米国防総省が発表した。米国務省は、リビア東部で暫定政権を作った反政府勢力を支援する用意があると表明した。国務省は、今週中にも反政府勢力の代表を米ワシントンDCに呼び、支援に向けての会議を開く予定になっている。リビア反政府勢力の側は「米国の傀儡」と見られたくないので、表向き、外国からの支援は要らないと言っているが、実際には米国務省の招待に応じる方向だ。 (Libyan Opposition Presses Gadhafi, Establishes Government, Sets Crude Shipment) (U.S. moves ships, aircraft as Libya fighting rages) 米オバマ政権は財政難だ。米議会では、防衛予算も削るべきだという意見が出ている。だからオバマら政権中枢の人々は、米軍をリビアに本格介入させたくない。米軍はリビア沖に展開を開始したが、これはリビアから避難する人々を支援するのが主眼で、米軍のリビア侵攻を意味しないと報じられている。しかし、防衛予算の削減に抵抗している軍事産業など軍産複合体にとっては、米軍がリビアに侵攻せざるを得なくなり、その関係で予算削減が棚上げされ、防衛費の増加が続くのが望ましい。軍産複合体の系列の政治家である共和党のマケイン上院議員らは、オバマ政権に対し、米国がリビアの反政府勢力に武器を供給すべきだと言い出している。 (Clinton: US ready to aid to Libyan opposition) オバマ政権のゲーツ国防長官は先日「もう米軍は中東やアフリカで大規模な地上軍侵攻をすべきでない」と「ゲーツ・ドクトリン」ともいうべき宣言を行った。これはリビアや、その他の革命が進行中のアラブ諸国の混乱をおさめるために米国が地上軍を使って介入すると、アフガンやイラクのような泥沼にはまるので、やるべきでないという宣言だ。この宣言は、アラブ諸国の混乱に乗じ、米軍の侵攻先を増やして米政府の防衛費削減を棚上げさせたいと考える軍産複合体の策略を、先制的に抑止する意図があったと考えられる。 (The Gates Doctrine: Avoid Big Land Wars) ▼リビアは革命でなく内戦 マスコミではここ1週間ほど、今にも反政府派が、カダフィの拠点である西部の首都トリポリを陥落させ、リビアの政権転覆を成就させそうだという報道が席巻している。だが多くの報道を読んでいくと、実際にトリポリに行ってみることに成功した欧州の記者たちの記述に出くわす。それらによると、トリポリ市内は戦闘になっておらず、親カダフィの自警団が闊歩する中で平穏が保たれ、食料は高騰しているものの商店は開いており、街頭では市民が歩いている。中東専門の英国の新聞記者ロバート・フィスクやBBCが、そのように報じている。 (Robert Fisk with the first dispatch from Tripoli) (Colonel Gaddafi's men look to be in firm control of Tripoli) 今にもトリポリが陥落してカダフィは殺され、リビアが反政府派によって「解放」されそうだというイメージは、政治的な意図を持って発せられている誇張の可能性がある。カダフィが独裁者であることは間違いないが、リビアの反政府運動の構図は、エジプト型の「独裁者VS国民」ではない。リビアは独立前に東部地域と西部地域が別々の主権を持っていた部族社会で、カダフィ政権の40年間で石油利権などの富を奪われ続けた東部が、富を吸い上げ続けた西部に対して反旗を翻したのが、今回の反政府運動である。西部にもカダフィを見限った部族があるようだが、まだカダフィを支持している部族もいるようで、現状は「革命」でなく「内戦」に近い。 (リビア反乱のゆくえ) カダフィの勢力が早々に打ち負かされ、東部が主導する反カダフィ派がリビア全土を掌握すれば、本格的な内戦にならず、独裁者カダフィが失脚させられたという革命的な展開になる。リビアの石油利権がほしい欧米にとって、カダフィは交渉相手として手強かったが、カダフィを倒して作られるリビアの新政府はもっと「民主的」な(つまり弱い)政権で、閣僚や政策立案者には欧米石油会社の傀儡のような人々が入り、欧米の言うことを良く聞く政権になるだろう。米軍侵攻直後のイラク新政権がそうだった。 このような利害のもと、欧米のマスコミは「もうすぐカダフィは倒れる」という論調を世界に広め、カダフィに国際的な圧力をかけて失脚へと誘導したいのかもしれない。だが、カダフィがもうすぐ失脚するイメージが誇張であるなら、予定通りカダフィが早々に失脚するとは限らない。カダフィが粘るほど、事態は内戦に近くなり、リビアの混乱は長引き、石油の生産が止まる。 欧米マスコミは、カダフィを倒そうとするリビア東部地域の勢力を「善玉」として描く傾向が強い。東部の人々は、カダフィによって石油利権を奪われてきた被害者であることは確かだが、カダフィが失脚して東部主導の新政権ができたら、東部が西部に仕返しする可能性が高く、政府が新たな被害者となる。 ▼イラク式もアフガン式も軍事介入は成功しない 国連では、英仏主導でリビア制裁が検討されている。だが常任理事国である中国やロシアは否定的だ。中国政府は、ソーシャルメディアを操る米国系の勢力からエジプト型の政権転覆の画策を受け、それを強く弾圧し始めているだけに、安保理でリビア制裁に賛成したら自国に不利な先例を作ることになる。中国は、リビア制裁に反対を貫くだろう。国内にコーカサスの反逆的なイスラム教徒を抱えるロシアも賛成しないだろう。EUはリビアの石油利権がほしいはずだが、ドイツは軍事介入に反対している。欧米がリビアに軍事介入してドイツ軍に戦死者が出たら、アフガン占領の愚策の繰り返しになる。 (West moves military assets around Libya) (ソーシャルメディア革命の裏側) (ドイツ・後悔のアフガン) 国連で決議ができないとなると、残るやり方は米国が単独介入を宣言し、欧州が協力する「アフガン方式」か、中露独の反対が強いままだと、米英が国際世論の反対を押し切って侵攻する「イラク式」になる。地上軍で介入せず、リビア上空に飛行禁止区域を設定し、空爆のみをやることになれば、フセイン政権時代のイラク制裁のパターンになる。 いずれにしても米軍の出番となり、軍産複合体は、国防費削減を棚上げする口実を増やせる。米軍が地上軍を入れるとしても「少数精鋭の特殊部隊を入れるだけだから、占領の泥沼にはならない」という説明がなされるだろう。この説明はアフガン侵攻の時もイラク侵攻の時も使われたが、いずれも結局は少数精鋭で手に負えなくなって地上軍の大派兵となり、占領の泥沼に陥って今や失敗が確定している。 軍事介入の大義の面でも、イラクは大量破壊兵器など開発していなかったし、アフガンでもタリバンとビンラディンは一心同体でなく、いずれも必要ない介入だった。同様にリビアも、東部と西部の歴史的な部族対立の中でよそ者が片方を支援して介入するのだから、介入の必要のない、大義なき戦争になる。中東における米国の評価をますます下げる結果になる可能性が高い。 (The narcissism of the iPad imperialists who want to invade Libya) 介入したら意味のない長い泥沼の戦争になるにもかかわらず、今の国際世論は「国際社会はカダフィによる民衆殺戮を早く止めねばならない」「国連で制裁を決議できないなら米国主導で軍事介入する必要がある」という方向に動いている。軍産複合体は喜んでいるだろう。しかし、もし米軍がリビアに介入したら、それは米国の防衛費の増大に拍車をかけ、米政府の財政難をひどいものにして、最終的には米国債が売れなくなって、米国の財政破綻とドル崩壊を早める結果になる。
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