最近の国際情勢から(12月28日)2010年12月28日 田中 宇
▼米英から中国に移る石油ガス利権 英BPや米エクソンモービルといった米英系の石油会社が、世界各地に持っていた油田やガス田などの資産売却を加速している。エネルギー利権を売買する市場に乗っている資産の総額は、昨年半ばに200億ドルだったのが、今年始めに460億ドルとなり、今では900億ドルにまで増えている。最大の買い手は中国の国営石油ガス会社で、特に中南米などにある資産を買いあさっている。この件を報じたFT紙は、米英系の石油ガス会社が売却しているのは中核的な資産以外の部分だから大したことはないという風に書いている。 (Oil and gas assets flood on to market) たしかに、中国企業が積極的に買収している中南米やアフリカなどの石油ガス資産は、今はまだ遠方の貧困国の利権でしかない。だが今後を長期的に見ると、中南米やアフリカ諸国などの比較的貧しい国々こそ、これから中産階級が増え、長い高度経済成長に入り、人口が多いので世界経済の牽引役になりうる。辺境資産は中核資産に化けていくだろう。中国の台頭をきらう日本人は「米英が中国に屑を高値買いさせている」と思いたいだろうが、その楽観視はたぶん間違いだ。たぶん、米英は中国にお宝をあげてしまっている。エネルギー覇権の移転が起きている。この傾向は数年前からのもので、FTは07年にすでにこの流れを報じている。 (反米諸国に移る石油利権) 中国ばかりに買わせず、日本勢も中南米やアフリカの石油ガス資産を買えばよいとか、中国でなく日本こそ親米英の国なのだから米英から石油ガス資産を売ってもらえるはずだといった、日本人らしい発想もでてきそうだ。だが石油ガス利権は、お金だけでは買えない国際政治上の商品だ。中国はアジアの覇権国になる気があるので、その見返りとして従来の覇権国である米英から石油ガス利権を売ってもらえる。日本は高度成長した1970-80年代に、米英からアジアの覇権国になってくれと頼まれたが、日本の上層部は、戦後の楽ちんな対米従属から抜け出ることを嫌がり、最後には90年代に自分でバブルを崩壊させて、米国を追い抜くことを拒否した。世界のことに責任を持つ任務(覇権)をいやがる日本に、国際利権を与えるわけにはいかないだろう。好むと好まざるとにかかわらず、今の日本は、清貧な鎖国の道を歩まざるを得なくなっている。 ▼レバノン、エジプト、シリアで摘発されるイスラエルのスパイ網 中東のレバノンでは今年9月以来、イスラエルがレバノン政府や軍の上層部でスパイ網を作り、通信の盗聴や、公文書偽造によるかく乱作戦、ハリリ元首相の暗殺などを手がけてきたことが暴露されている。1970年代から90年代まで、イスラエル軍がレバノンを部分的に占領していた時期に、要人や技術者らを買収してスパイに仕立て、スパイ網を構築し、06年夏のヒズボラとの戦争での正確なピンポイント空爆などの「成果」を挙げたと考えられるが、このほどレバノンでの捜査から、イスラエルがシリアやエジプトでもスパイ網を張りめぐらせていることが発覚し、事件は国際的な様相を帯びてきた。 ('Lebanese president spied on by Israel') (Hezbollah says it found Israeli spy device) エジプトでは、イスラエル軍の諜報機関モサドが数人のエジプト人をリクルートし、イスラエル人を中心に外国からの観光客が多く来るシナイ半島で観光客を誘拐する事件を起こし、シナイ半島に観光客が来ないようにしてエジプト経済に打撃を与えようとする計画が進行していたと、エジプト捜査当局が発表した。この件で2人のイスラエル人と4人のエジプト人が逮捕された。この事件が表沙汰になる2日前、駐エジプトのイスラエル大使夫妻が急遽、逃げるように帰国した。 (Egypt arrests 4 citizens over spying for Israel) (Israeli amb. suddenly leaves Cairo) シリアでは、当局の治安担当部局の人間がモサドから20万ドルもらってスパイをしていた容疑で逮捕されたが、何をスパイしたのかは不明だ。シリアとエジプトは、レバノン政府から情報をもらって捜査を開始した。本件について、イスラエル政府は沈黙しており、反論していない。事実上、スパイ活動をしていたことを認めている。 (Israel maintains silence over alleged Egypt spy ring) エジプトはヨルダンと並び、アラブ諸国の中でイスラエルと国交してきた数少ない国である。イスラエルと仲良くするとスパイ網を植えつけられてしまうことがわかった以上、エジプトは今後、イスラエルとの関係を疎遠にしていかざるを得ないだろう。高齢の独裁者であるムバラク大統領の寿命が迫る中、誰が後継者になるにせよ、エジプト政府は国民からの求心力の低下を抑えるため、国民の間で嫌悪感が強いイスラエルを政府も敵視するそぶりを見せる必要が増している(息子のガマル・ムバラクの後継独裁は難しくなっている)。 (US memos conclude a push by Mubarak to install son as Egypt's president would be tough sell) (Allam: Israeli operative case should be studied further) スパイ網を持つことは、その国の内情を把握できて有利な外交を展開できるだけでなく、その国と戦争する場合に弱点を把握できる利便性がある。レバノンでは、イスラエルを敵視するヒズボラが台頭して事実上の与党となっている。ヒズボラ(と事実上その傘下のレバノン国軍)は、イランやロシア、フランスから武器を供与されている。国連は、05年のハリリ暗殺について調査を進めているが、調査団は米イスラエルの影響下にあり、ヒズボラに濡れ衣を着せようとしている。そんな中でヒズボラは台頭し、現首相である息子のハリリは、ヒズボラを怒らせたくないので、国連に対し、父の死についての捜査をやめるよう求め始めた。 (Report: Lebanon PM halts backing of Hariri tribunal in effort to calm tensions with Hezbollah) (Report: France to send Lebanon 100 anti-tank missiles) ヒズボラ主導でレバノンのスパイ網が摘発除去されると、相対的にイスラエルは弱体化し、ヒズボラがイスラエルを戦争で打ち負かすことができるかもしれない状態になる。中東は武力が問題を「解決」しうる地域だ。ヒズボラやシリア、イランなどが、イスラエルと交渉するよりイスラエルを潰す方が早いと考える傾向を強めている。イスラエルの力の唯一の後ろ盾である米国は、イラク占領に失敗し、中東における足がかりを失いつつある。イスラエルの将来は非常に危うくなっている。 (パレスチナ和平交渉の終わり) スパイというと、旧ソ連や中国のスパイが欧米日の西側諸国に入り込んでいるというイメージが強いが、それよりも政治的に悪質(見事)なスパイ網は、米イスラエルが準敵国や同盟国に張りめぐらせたものだ。ウィキリークスでも、米国が同盟諸国に作ったスパイ網の一端が暴露されている。日本も、米国のスパイ網にしっぽりと入り込まれていることだろう。日本の場合、経済的な技術などは盗まれても、政治的には対米従属一筋なので、米国に見られて困る秘密は少なく、ご自由にお持ち帰りくださいという感じだろうが。 ▼影の銀行システムの光と影 米国で倒産(Chapter 11)が減少している。米国では資産10億ドル以上の倒産が昨年45件あったが、今年は15件だった。倒産が減った主因は、リーマンショック後に凍結されていたジャンク債市場が再活性化し、経営難で債券格付けがジャンク級まで落ちた会社でも債券を発行して資金調達ができる状態になり、倒産しにくくなったことだ。つまり、米金融のバブルを拡大させた「影の銀行システム」(債券金融システム)の機能が根強く残っている。 (Why Chapter 11 Cases Are Shrinking) 何も価値がないところから資金を発生させ、無から有を生み出す影のシステムは、倒産を減らし、株式や米国債市場への資金流入を増やし、裕福層の消費を喚起して、雇用など米国の実体経済が悪いにもかかわらず、経済回復が順調に進んでいるように見える状況を生み出している。その一方で影のシステムは、07年のサブプライム危機、08年のリーマンショックに象徴される金融危機(債券バブルの崩壊)の元凶でもある。影のシステムの再活性化は、米国のバブルが再膨張していることを示しており、いずれまたリーマンショック級の金融崩壊が起こりうる。 (影の銀行システムの行方) 影のシステムの再活性化は、米連銀による量的緩和策(QE2)に支えられている。連銀が量的緩和によって資金を過剰に市場に流し込み、それが金余り現象を再発させ、ジャンク債に対する旺盛な需要と、米国債からジャンク債までの債券の下落(金利上昇)防止につながっている。問題は、この過剰発行がいつまで世界の投資家の不安を煽らずにいられるかという点だ。たとえば世界一の資金を持つようになった中国の政府系の専門家の間からは、ドルと米国債の危険性を指摘する声がたびたび発せられる。最近は、米長期国債の利回りが突然に上昇したりもする。連銀のグリーンスパン前議長は以前から、米国債の金利上昇に対する懸念を示唆している。債券金利の上昇が止まらなくなると、米国債からジャンク債までの債券市場が崩壊し、金融バブルが崩壊してリーマンショック的な危機が再来し、影の銀行システムと米国債とドルのドミノ倒しになりうる。 (米金融危機再来の懸念) バブルの膨張と崩壊は、1971年のニクソンショック以来、ドルが必然的に抱えるようになった世界経済の持病である。バブルの再崩壊はいずれ起きる。投資する人は、短期で儲け、再崩壊前に資金を引いて、金地金やコモディティに換えておいた方が良いかもしれない。とはいえ、バブル再崩壊がいつ起きるかは、まだ見えない。金地金については、ETFは全般的に現物の裏づけが怪しい。○○貴金属などで保管証書のみ保有するのも、いざという時に同社の保管地金総量の不足で引き出し不能になりうる。現物を自分で保管した方が安全かもしれない。 年末なので、米国金融市場で来年にむけて心配な10の点について書いた記事も見た。連銀が米株を大幅底上げしているとか、株価上昇を予測する「専門家」たちは「集団心理」による集団的誤認に陥っているとか、最近の株価上昇は00年のITバブル前の様相と似ているので崩壊がありうるとか、金地金建てで計るとダウ平均株価は下落しておりドルの弱体化が見えるとか、米住宅相場はあと23%下落しそうだとか、米国の州や市など地方政府の財政破綻か最も心配だとか、そういったかなり本質的なことが列挙されている。 (10 Reasons to be Cautious for the 2011 Market Outlook)
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