米金融危機再来の懸念2010年9月26日 田中 宇9月23日、米オバマ大統領の経済顧問で、米連銀(FRB)の元議長のポール・ボルカーがシカゴ連銀で講演した。ボルカーは、用意してあった講演原稿を全く使わず、即興で別の話をした。彼は、怒ったようにポケットに手を突っ込んだまま、銀行業界からビジネススクールまで、金融バブルを拡大させた諸勢力を手当たりしだい非難した。「金融システムはリーマン倒産以来、ずっと壊れた(broken)ままだ」などと語った。自分が作ったオバマ政権の金融改革法を自画自賛しつつも「金融界からのロビー圧力を受け、米当局がうまく金融改革法を施行していけるかどうかわからない」と述べた。 (Volcker Spares No One in Broad Critique) 私が注目したのは、ボルカーが「金融システムの中でも決定的に崩壊しているのは、不動産担保債権(債券)市場(mortgage market)である」「不動産担保債権市場は、偶然にも、米国の資本市場の中で最も重要な部門となっており、米政府の傘下に置かれた(subsidiary)部門でもある」と述べたことだ。 このボルカーの指摘は、私にピンとくるものがある。「不動産担保債権市場が、米政府の傘下に置かれている」という意味は、米国の不動産債権の大きな部分を占める住宅ローン債権の大半が、ファニーメイとフレディマックという米政府系の住宅専門金融機関2社の債務保証を受けている。ローン債務者が失業などによって返済できなくなって債権が不良化した場合、ローンの貸し手の銀行は、政府系2社から金を出してもらえる。2社は表向き独立採算制だが、経営破綻した場合は、米政府が2社の債務を引き受けることになっている。つまり、米国で住宅ローンの破綻が一定以上に増加し、政府系2社も破綻すると、最後は米政府の公金、つまり米国民の税金で、不良化した銀行の住宅ローン債権が穴埋めされる。だから「不動産担保債券市場が、米政府の傘下に置かれている」ということになる。 (The True National Debt) 住宅ローンと並んで大きな不動産担保債権市場である商業不動産の不良債権も、商業不動産相場の下落傾向が続く中で、米当局に抱えてもらっている。08年秋のリーマン破綻以来、米銀行界が抱える商業不動産担保債券(ジャンク債)を、米財務省が買い取るとともに、米連銀が担保として受け入れて巨額の金を銀行に貸し出す量的緩和策をやっている。1980年代までの金融危機では、連銀などが抱えた担保割れの不良化した不動産担保債券は、何年か経って不動産市況が回復すると、最終的に連銀の儲けになって終わっていた。しかし今回は、どうも不動産市況の二番底が来そうで、以前のようなハッピーエンドにならない可能性が拡大している。 ▼最も崩壊しているのは不動産債券市場? 不動産担保債券の多くは「ジャンク債」として売買されている。ジャンク債市場は今、異様な活況を呈している。不動産担保債券市場は、以前の記事に書いた「影の銀行システム」そのものであるが、リーマン倒産によって崩壊しかけた影のシステムは、その後、もともと影のシステムを拡大発展させた立役者であるJPモルガン・チェースなどの尽力によって復活し、今年初めから回復基調にある。 (Aviva Sees High-Yield Bond Boon in `Goldilocks' U.S. Economy) (影の銀行システムの行方) ジャンク債の破綻率は昨年8月に13・2%だったものが、今年8月には5・1%に下落し、その後も下落傾向だ。最も信頼のおける債券とされる米国債と、信頼のおけないはずのジャンク債との利回り差が1・8%ポイントまで縮小している。いったんジャンク債の市場が好調になると、金融機関は破綻しそうな企業にも金を貸しやすくなって企業破綻が減る好循環に入る。 (Bond Markets Get Riskier) ジャンク債市場が好調なので、赤字会社でも債券を発行して資金調達でき、米国の倒産件数が減っている。ムーディーズの格付けで倒産寸前の評価である「B3ネガティブ」の企業数は、昨年6月の288社から、今年9月時点で195社へと減っている。倒産が少ないので、マスコミは「景気は回復している」と報じる。ジャンク債市場で調達された資金が株式市場に投入され、株価を下支えしている。これも「景気回復」の象徴と報じられ、米経済の状況はそれほど悪くない、という話になっている。 (Default Risk in U.S. Drops to Lowest in 2 Years, Moody's Says) ボルカーが言った「不動産担保債権市場は、偶然にも、米国の資本市場の中で最も重要な部門となっている」という言葉の意味は、ジャンク債市場が作った資金が、倒産を防ぎ、株価を押し上げて、米国の(表向きの)景気を支えているという意味だろう。「偶然にも」(only happens to be)というのは、本来なら鉱工業やサービス業などの実体経済の状況が株価や景況感に反映されるべきところを、今の米国はそうなっておらず、ジャンク債の資金が横入り的に株価などの景況感を支える結果となっているという意味にとれる。 昨今のジャンク債の活況を見る限り、ボルカーがいう「金融システムの中でも決定的に崩壊しているのは、不動産担保債市場だ」という指摘は間違っている。だが、07年夏に米国でサブプライム住宅ローン債券市場の破綻から金融危機が起こり、ジャンク債市場が崩壊状態になった過程を見ると、ジャンク債市場が活況すぎるのは、むしろ危険な状態だと感じられる。市場が活況になるほど、投資家は高利回りを求めてリスクの高い債券を好んで買うようになって「バブル」が拡大し、担保不動産の価格下落による市場崩壊の懸念が潜在的に増すからだ。 (Ultra-Low Bond Yields a `Double-Edged Sword,' Wells Fargo Says) 米国の住宅や商業地の不動産市況が良いなら危機再来の可能性は少ないが、実際には米不動産市況が悪化している。不動産市況が悪化してジャンク債の担保割れが広がり、それが一定以上の規模になったところで、投資家がジャンク債のリスクを急に心配し始めるパニックが起こり、一気にジャンク債が売れなくなって、経済を下支えしていた債券市場(影の銀行システム)の全体が凍結・崩壊し、実体経済まで悪化したのが、07年夏以降の米国発の世界経済危機の本質だ。同じパニックが繰り返される恐れがある。本質論として、ボルカーの警告は正しい。「サブプライム危機のバージョン2が起きる」という予測も出ている。 (Subprime 2.0 Is Coming Soon to Suburb Near You: Edward Pinto) ▼粉飾される米住宅相場 米国の住宅価格は下落傾向にある。その上、価格の下落を防ぐ粉飾策まで行われているという指摘が出ている。粉飾は複数の手口が指摘されている。その一つは、全米不動産協会(NAR)に所属する全米の不動産業者が入力している中古住宅の売買指標になっているMLS(Multi Listing Service)に対し、実際よりかなり高い販売価格を入力する不動産業者が多いという疑いだ。住宅市況が悪化しているため、売り手が希望する価格よりかなり安く約定するケースが多いのに、売り手の希望価格の満額で売れたとMLSに入力する業者が多い。最大で40%の価格粉飾が見られるという。 (Painting the Real Estate Tape: Bogus Housing Sales Prices) 価格下落防止策の二つ目は、住宅ローンの貸し手である銀行がやっているものだ。債務者がローンを返せなくなった時、銀行は、ローンの担保となっている住宅を差し押さえて競売にかけるのが通常だが、これだと競売にかけて安く買いたたかれた時点で安い価格が確定し、大量の競売物件が出る昨今の状況下では、住宅価格の下落に拍車をかけてしまう。それを防ぐため銀行は、債務者が住宅を売りに出し、その売上代金分を銀行に渡せばローンを清算できる「ショートセール」に出すことを認める。住宅価格が下がる中、ショートセールに出すとローン総額より低い価格でしか売れないが、銀行は、物件が売れるまでローン破綻を確定して損失計上することを延期できる。高めの価格をつけて売りに出せば、買い手がつかないので、銀行はずっと損失を確定せずにすむ。 (Short sale (real estate) From Wikipedia) 全米の中古住宅の売り物件は今年4月以来25%増えたが、増分のかなりの部分がショートセールだ。住宅相場の下落が激しいカリフォルニア、アリゾナ、ネバダの各州では、今年7月に売りに出た中古住宅の30%以上がショートセールだ。市場に売りに出さず、指標に出てこない隠れたショートセールも多いとされ、これらは「影の住宅在庫」(Shadow Housing Inventory)と呼ばれている。マイアミ、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴなどの大都市でショートセールによる価格粉飾が顕著だ。影の在庫が市場に出てこざるを得なくなると、住宅市況は崩壊的に下落し、住宅を担保とする債券の市場(影の銀行システム)も崩壊する。 (Shadow Housing Inventory: The Coming Avalanche?) これとは別に、米政府が支援援助して返済困難な住宅ローンを再編する事業も行われており、再編の過程に入っているローンも、銀行の不良債権から除外されている。その総数は全米で50万件以上で、これも住宅下落の延命策となっている。 延命策は無限に続けられるものではない。米銀行界では、債券市場が好調な今のうちに資金調達し、その資金を損切りに回すことで、住宅ローンの不良債権を償却しようと、抱えている住宅物件を売りに出す動きが始まっている。これは個別銀行の延命策にはなるが、住宅市況を悪化させる。住宅市況では、需給の悪化より、銀行による放出の方が、ずっと激しい下落を引き起こすことが知られている。 (Surge in Housing Supply Will Drive Down Prices) ウォールストリート・ジャーナルは「今後数ヶ月の米住宅市況は、ローン金利や米国民の住宅購買意欲に依存するのではなく、銀行がローン破綻した物件をどう処理するかによって大きく変わる。銀行が物件を放出すると、短期間で住宅相場が大幅下落する。リーマンショック前がそうだった」と書いている。 (Banks' Plans for Foreclosed Homes Will Drive Market) ▼破綻再来は早ければ今年中 ニューヨークタイムスには「無理をして住宅価格を下げないようにし続けても需要が回復しない。価格維持策をやめて、いったん下げるところまで下げた方が良い」という意見が載った。だが、そんなことをしたら、まさに自滅だ。住宅価格が下がるだけでなく、銀行の倒産、債務保証していたファニーメイとフレディマックの破綻と何兆ドルかの財政支出の必要、影の銀行システムの再崩壊による債券市場の崩壊と、資金源がなくなったことによる株価の急落、金価格の高騰、米国債を含む債券金利の高騰、ドルと米国債に対する国際忌避などを引き起こしてしまう。 (Housing Woes Bring a New Cry: Let the Market Fall) すでに米国以外の各国中央銀行は9月中旬、フレディマックとファニーメイなど米国の公債を、一週間で7%も売り払っている。今後、米国の不動産市況が悪化するときが、米金融とドルと米国債の崩壊が再び顕在化するときになると考えられる。それは、早ければ今年中に起きそうな感じになっている。 (Central Banks Cut Holdings of U.S. Agency Debt by 7% This Week)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |