他の記事を読む

善悪が逆転するイラン核問題

2010年5月19日   田中 宇

 5月3日、ニューヨークの国連本部で、NPT(核拡散防止条約)の加盟国が5年に一度集まって核廃絶の世界体制を見直す「NPT見直し会議」が開幕した。5年に一度の見直しなので突っ込んだ討論が行われ、会期は5月28日までと長い。世界の核廃絶を目標に掲げ、昨年に早々とノーベル平和賞をもらったオバマ大統領は、核廃絶を推進する機構としてこの会議を重視していた。

 ところが、見直し会議の初日、国家元首として最初に演説したのは「核兵器開発疑惑」でオバマの仇敵となっているイランのアハマディネジャド大統領だった。彼は、初日の会議に参加した唯一の国家元首で、国連では各国代表が国内での位の高い順に演説する決まりなので、国連など国際機関のトップ3人に続き、この日の4番目の演説者となった(5番目はクリントン米国務長官)。 (Ahmadi-Nejad to attend NPT summit

 アハマディネジャドは演説で「すべての核兵器保有国はIAEA(国際原子力機関)の核査察を受け、核兵器を廃棄すべきだ」とぶち上げ「他国を攻撃すると脅す核保有国である米国やイスラエルこそNPT違反だ」と非難した。また「すべての国には核の平和利用をする権利がある。イランなど途上諸国が核の平和利用を認められないのはおかしい」と主張した。 (President Mahmoud Ahmadinejad looks far afield for diplomatic help

 日米欧で情報源がマスコミ報道しかない人々は「イランは核兵器を開発している」と思っているだろう。そのような人から見れば、アハマディネジャドの演説は、泥棒が防犯について力説するようなもので、聞くに値しない。しかし実は、イランが核兵器開発しているという指摘は米イスラエルの策略による濡れ衣で、IAEAはイランを何度も査察し、核開発が平和利用に限定されていることを確認している。 (歪曲続くイラン核問題

 米イスラエルの影響下にある国際報道の方が間違っていると気づいた上で、アハマディネジャドの演説を聞くと、実は彼がまっとうなことを言っていることがわかる。

 彼が言っている2点のうち「すべての核兵器を廃絶する」という目標は、オバマ大統領から広島の秋葉市長まで多くの政治家が言っていることと同じだ。もう一つの点である「あらゆる国に核の平和利用権がある」ということは、従来から国際社会の建前だったが、実際には、先進諸国は途上諸国に対して原子力のノウハウを出し惜しんできた。しかし最近、イランに触発されて、エジプトやヨルダン、サウジアラビア、シリア、トルコ、ベネズエラなどの国々が、ロシアやフランスなどの支援を受け、こぞって原発建設に乗り出している。ブラジルなどは、わざわざイランの原発で使えるかたちのウラン燃料の濃縮施設を稼働し、先進国に楯突く姿勢を強めている。 (Brazil Officially Starts First Uranium Enrichment Facility

 5月3日のNPT会議で、アハマディネジャドの次に演説したクリントン米国務長官は、イランの「核兵器開発」を非難したが、イランの核開発が平和利用ではないと主張する新たな根拠を何も示さなかった。 (White House Official: NPT Conference 'All About Iran'

 途上諸国から見ると、米国を正当に批判するイランに、米国が濡れ衣をかけて攻撃しているという図式が強まっている。クリントンは08年の大統領選挙(予備選)にオバマの対抗馬として出馬した際、軍事(ハードパワー)に頼りすぎたブッシュ前政権を批判して「ソフトパワー(外交力)」を前面に押し出す戦略を主張したが、今回の件では、クリントンよりアハマディネジャドの方がソフトパワーをうまく駆使している。アハマディネジャドを「核問題における途上国の代表」として評価する分析者もあらわれている。 (Ahmadinejad steals 'smart power' torch

 アハマディネジャドの演説で批判された米英イスラエルの国連代表は抗議の意味を込めて退席し、バンキムン国連事務総長も演説直前に会場を去った。だがバンキムンは、国連内で途上諸国がアハマディネジャドに対する支持を強めているのを受けて、アハマディネジャドと握手する光景をマスコミに撮影させ、政治的なバランスをとった。

▼アハマディネジャドとイスラエルを一騎打ちさせる?

 アハマディネジャドは、イランの大統領になって間もない06年9月にも、国連総会で演説するためにニューヨークを訪問した。この時の演説も、イスラム教徒として、同じ一神教徒のキリスト教徒とユダヤ教徒に呼びかけるダイナミックなものだったが、この時、米国の外交戦略立案の奥の院と目される外交問題評議会(CFR)は、シオニスト団体のトップなども集めて、アハマディネジャドとの「懇談会」をNYで開催した。 (Iran's Leader Relishes 2nd Chance to Make Waves

 並み居るユダヤ人たちから、ウラン濃縮をやめろと言われたアハマディネジャドは「貴国こそウラン濃縮をやめなさい。半年後には、わが国が貴国にウラン燃料を半値で売ってあげよう」と言い返した。(彼は政治ジョークの切り返しが好きらしく、今回の訪米でも、米テレビ局の取材で「ビンラディンがテヘランにいるという話があるが」と尋ねられ「ワシントンにいるんじゃないのか」と切り返している)

 私が「もしかして、隠れ多極主義者たち(NY資本家層)は、イスラム世界を反米反イスラエルの方向に扇動する指導者としてアハマディネジャドに目を付け、NYの国連総会に呼んで品定めをしたのではないか」「親イスラエルのふりをした反イスラエルであるNYの資本家たちは、イスラエルをアハマディネジャドと一騎打ちさせて潰そうとしているのではないか」と思ったのはこの時だ。それから1年半、一騎打ちの様相がますます強まり、イスラエルはどんどん不利になっている。

 資本家たちがアハマディネジャドを使って多極化を進めようとしているなら、NYでの今回のNPT会議において、彼が初日の加盟国演説のトップで、クリントンの直前になったのも、偶然の産物ではなく、事前に仕組まれた采配ということになる。

 今回のNPT会議は「核のコペンハーゲン・サミット」とあだ名されている。昨年末にコペンハーゲンで開かれた温暖化対策サミット(COP15)では、欧米が強く推進する温暖化対策(を口実にした新興国からのピンハネ)に、途上諸国や新興諸国が結束して猛反対し、話を潰した。途上諸国の主導役は中国で「中国対米国」の対立軸が形成された。同様にNPT会議は、核を軍事的にも経済的にも独占する欧米を、途上諸国が結束して非難した。途上諸国の主導役はイランで「イラン対米国」の対立軸が形成された。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(2)

 NPTに先立つ4月中には、ワシントンとテヘランの両方で「核兵器廃絶」をめざす国際会議が開かれた。インドや中国は、両方に代表を送った。米国はインドに、テヘランの会議に誰も派遣するなと圧力をかけたが無視された。中国は胡錦涛がワシントンに行き、テヘランには外務次官を派遣した。米国は、インドには文句を言ったが、中国には何も言わなかった。 (India snubs US, to attend nuclear meet in Iran) (China in the catbird seat on Iran

▼核の曖昧戦略をやめる余裕がないイスラエル

 イスラエルのネタニヤフ首相は当初、今回のNPT会議に参加するはずだった。ネタニヤフは、3月末の訪米時にパレスチナ和平問題でオバマから叱責されたため、対米関係の修復をめざし、オバマが力を入れているNPT会議に参加することにした。しかし、会議でイスラエルの秘密裏の核武装を非難する動議をエジプトやトルコが出そうとしていると知って、ネタニヤフは考えを変え、会議を欠席した。(Netanyahu Snubs US Meet Over Nuke 'Exposure'

 だが結局、イスラエルは欠席裁判にかけられた。エジプトが提案した「中東非核化」の動議が通り、米国も「世界的核廃絶」の一環としてエジプトが15年前(オスロ合意直後)から提唱してきた中東非核化構想に同意せざるを得ないという態度をとり、中東非核化のためのサミットが来年までに開かれることまで決まってしまった。 (`The 5' favor concrete steps to nuke-free Mideast

 アラブが提唱する中東非核化の標的は、当然ながらイスラエルである。アハマディネジャドも演説の中で中東非核化に賛同し、NPTに入らず核武装するイスラエルを非難した。IAEAの天野事務局長は、途上諸国の主張に押され、イスラエルにNPT(IAEA)加盟を求めた。IAEAは67年の歴史で初めて、次回の理事会(6月7日)でイスラエルの核武装について議論することになった。国連安保理も中東非核化を支持する決議を行った。イランは優勢に、イスラエルは不利になっている。 (Report: IAEA to discuss Israel's nuclear activities for first time

 エルサレムポストは、ネタニヤフがドタキャンする前に「ネタニヤフはNPT会議に出席し、イスラエルはNPTに署名してIAEAに入り、核廃絶をしていくと宣言すべきだ」という記事を出している。イスラエルの従来の国家戦略は、核兵器保有について否定も肯定もしない曖昧戦略を維持しつつ、米国に親イスラエルの姿勢をとらせることだった。オバマが世界核廃絶を掲げる今、このあいまい戦略をやめて、むしろイスラエルは米国と同様に核廃絶していくことを宣言しつつ、実際の核廃絶の手続きに無限の時間をかけ、米国にはイスラエルの引き延ばしを了承させる新戦略が良いということらしい。しかし実際には、ネタニヤフは米オバマ政権と国内右派にはさまれ、巧妙な戦略転換を行う余裕がない。 (Give up the nukes?

▼トルコとブラジルが解決するイラン核問題

 5月15日には、トルコ、ブラジル、インド、エジプト、インドネシア、アルゼンチン、ナイジェリアなど18カ国の首脳や高官がテヘランに集まる「G15サミット」が開かれた。通常、G15は途上国・新興諸国の経済協力を話し合うが、今回はイランが国連安保理から核兵器開発を非難されている濡れ衣を解消しようとする動きが展開された。 (Cool G-15 heads take the heat

 イランの核開発は平和利用であると以前から宣言してきたブラジルとトルコは、現在たまたま国連安保理の非常任理事国(輪番制)をしている。ブラジルとトルコはG15の場を使い、おそらく中国やロシアの賛同を得た上で、イランが持つ低濃縮ウラン燃料を、医療用アイソトープ製造原子炉の燃料に転換する話を進めることで、イランの核兵器疑惑を解消しようと動いた。

 イランはテヘランに医療用原子炉を持っているが、燃料が尽きかけており、アイソトープを使うガン治療などに支障が出ている。イランは以前、発電用原発の使用済み核燃料(核分裂性ウランの濃度3%程度)をフランスやロシアに輸出し、代わりに医療用原子炉の燃料(濃度20%程度)を得る交渉を進めていた。だが、イランは米欧に使用済み核燃料を奪われると疑って、先に20%ウランをイランに運び込むことを主張した半面、米欧はイランが20%ウランだけ取って使用済み核燃料を出さないと疑って、先に使用済み核燃料をフランスやロシアに出すことを主張し、対立が解けず、話が頓挫した。

 今回は、トルコがイランの使用済み核燃料を引き取って一時保管し、その間に20%ウランがイランに輸出するという、トルコによる仲裁策が提案され、イラン側はこれを了承し、話がまとまった。トルコはウランを濃縮する核燃料の再処理工場を持っていないので、どこか外国に発注せねばならない。最近トルコとの関係が緊密化しているロシアが再処理を受注すると推測される。トルコは以前、米イスラエル寄りだったが、昨年来イランに接近し、トルコがイスラエルの軍事情報をイランに流す話まで決めており、イランが信頼できる国へと転向した。 (近現代の終わりとトルコの転換

 国連安保理は米国の主導で、イラン制裁について議論している。トルコとブラジルは、非常任理事国として、この制裁案を無効にするため、アイソトープの話をイランとまとめた。イランは今後、120キロの20%ウランを得るために1200キロの使用済み核燃料を手放すが、これはイランが持つ使用済み核燃料全体の約6割に当たる。米国は「イランは使用済み核燃料を濃縮して核兵器を作ろうとしている」と主張してきたが、イランが使用済み核燃料の半分以上を手放すとなれば、もともと根拠がない核兵器製造の疑いはさらに薄くなり、イランを制裁する必要が減る。(イランは、以前から「兵器開発だ」と米国が指摘している使用済み核燃料の再処理自体はやめないので、米政府は引き続き「制裁が必要だ」と言っている) (Brazil-Turkey-Mediated Deal Puts Ball in U.S. Court

▼途上諸国が世界体制を転覆する

 トルコとブラジルによる動きは、米国が覇権国の威信をかけて展開してきたイラン制裁や政権転覆策に、風穴を開けるものだ。米国が隆々とした超大国だった以前なら、米国による報復が恐ろしいので、トルコやブラジルは動かなかっただろう。だがイラク戦争後、米国の威信は揺らぎ、米国が間違っている場合には、報復を恐れずに米国の戦略に横槍を入れられる新時代がきたことを意味している。いまだに対米従属一本槍の日本には想像もつかないような、国際政治の転換が起きている。

 今回動いたのがトルコとブラジルという2国だったことも意味がある。トルコは、従来の「欧米化」路線を捨て、昔のオスマントルコ時代のように「イスラム世界の盟主」になることを目指し始めている。トルコは「スンニ派の代表国」として、「シーア派の代表」であり、隣国でもあるイランと、戦略的な関係を持ちたい。(メッカを擁するサウジアラビアは、トルコとイランの動きに脅威を感じているが、対米従属を貫いてきた金満で臆病なサウジは、イスラム世界全体の反米感情の高まりの中で、強いことが言えない。サウジ国王は、イランのアハマディネジャドをメッカ巡礼に招待するなど、むしろ懐柔策をとっている) (Strategy shift in the Middle East

 一方ブラジルは、BRIC(中露印伯)の中で唯一ユーラシア大陸の外にある国で、中露のように安保理常任理事国(5大国)でもなければ、核兵器保有国でもないという自由な立場にいる。だから、核問題であり、ユーラシア地政学の問題であり、国連改革の問題でもあるイラン核問題を仲裁するBRIC(非米同盟)の代表としてうってつけだ。

 トルコもブラジルも、今回の動きの前に、ロシアと密接に連絡をとっている。ロシアのメドベージェフ大統領は先日トルコを訪問したし、ブラジルのルラ大統領はテヘランに行く前にモスクワに寄っている。ロシアは、今回の動きの中で黒幕に徹している。中国もおそらく黒幕的に動いている。

 国連では、米欧主導のイラン制裁案への反発を皮切りに、トルコやブラジルが他の途上諸国を率いて、米英が安保理を使って国際政治の方針や善悪を決定する現世界体制の転覆をめざす反乱が強まりそうだ。そこにおいて中露は、安保理5大国の一部であるため、前面に出ると途上国の批判にさらされる。だが、米英主導の現体制は、中露にとっても「人権外交」などを振り回される迷惑なものであり、途上国が結束して世界体制を転覆するのなら、それに協力したいと中露は思っている。だから黒幕的に動いている。

 トルコのエルドアン首相は今回、イラン核問題の仲裁に成功した後「安保理常任理事国の5大国は、自分たちは核兵器を持ったまま、他の国々には核廃絶しろと要求する。安保理は、イラン核問題を審議する場としてふさわしくない」と発言している。これは、米国の核兵器は少しずつしか削減しないのに、世界に核廃絶を求めるオバマの核廃絶戦略に対する批判にもなっている。 (Erdogan questions UNSC 'credibility'

▼米国を悪者にするオバマの戦略

 国連内で途上諸国が、米英主導の既存体制に対する反乱色を強めたのは、2年ほど前からだ。オバマの「世界核廃絶」は、この反乱を扇動する結果を生んでいる。オバマはロシアとともに核兵器を削減する合意(START)を結び、この合意で米国は5千発の核兵器の3分の1を廃棄することになっている。だが、実際に廃棄される核兵器は、数十発ずつに過ぎないと指摘されている。またオバマは、ロシアと核兵器削減で合意した直後、米国の核兵器開発の予算800億ドルを「核兵器の安全性を更新するため」という名目で計上している。 (国連を乗っ取る反米諸国) (Nuclear disarmament goal a harmful myth) (Obama Seeks $80 Billion for New Nukes

 従来、イスラエルの核兵器開発は、米国と関係なく行われたと考えられてきた。だが、米国の会計検査院(GAO)が5月6日に機密扱いを解いて発表した1978年の報告書によると、米国はCIAの戦略により、1957年からの10年間に、核兵器開発に必要なウラン235を合計22トン、イスラエルに送っていた。国連でイスラエルの核兵器が問題になるのと時期を合わせて、米政府の機関が、かつて米国がイスラエルの違法な核武装を手伝っていたことを示す文書を機密解除して発表するとは、まさに隠れ多極主義的だ。これらの出来事の結果、オバマの世界核廃絶策は、むしろ世界からの非難のほこさきが米国自身に向かうことにつながっている。 (Declassified GAO Report Exposes Fatally Flawed Israel Investigations

 今後、イスラエルは核武装とパレスチナ問題の両面で、世界的に非難される傾向を強めそうだが、イスラエルは有効な対抗策を持っていない。その一方で、レバノンのヒズボラは、イスラエルに攻撃された場合の防衛策や反撃策を練っている。クリントン米国務長官は「国連でイラン制裁が決まらない場合、中東で戦争の危険が高まる」と述べている。トルコ軍は、イスラエルの爆撃機が自国上空を通過してイランを空爆しに行く場合、イスラエル空軍機が領空侵犯した時点で撃墜できるよう、対シリア国境近くに地対空ミサイルを配備したと報じられている。 (Clinton raises prospect of `regional conflict' over Iran) (Turkey positions missiles to repulse Israeli aerial incursions



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ