ユダヤ第三神殿の建設2010年3月24日 田中 宇3月15日、パレスチナ(イスラエル)の聖都エルサレムで、フルバ・シナゴーグというユダヤ教の礼拝所の再建竣工式がおこなわれた。エルサレム旧市街のユダヤ人地区にあるこのシナゴーグは、18世紀に建てられたものの数年後に破壊され、19世紀に再建されたが1948年のイスラエル独立時の中東戦争でアラブ軍によって再び壊された。67年の第三次中東戦争でイスラエルがエルサレムを占領した後、シナゴーグの再建が検討され、最近になって再建工事が進み、三度目の再建が実現した。 (Hurva Synagogue From Wikipedia) 3月15日にフルバ・シナゴーグが再建されたことは、ある「預言」と関係している。18世紀にリトアニア(当時はポーランド)のビリニュス(ビルナ。当時の欧州ユダヤ文化の中心地のひとつ)に住んでいたビルナ・ガオン・エリア(Elijah ben Shlomo Zalman)という高名なラビ(ユダヤ伝道者)が「フルバ・シナゴーグが3度目に再建された時、第三神殿の建設が始まる」という預言を残していたと報じられている。 (Vilna Gaon From Wikipedia) (If the Vilna Gaon was right, the 3rd Temple is on its way) 「第三神殿」とは、旧約聖書(ユダヤ教とキリスト教)の教えの中にある、エルサレムの「神殿の丘」に再建されると預言される神殿である。預言によると、第三神殿の再建はイスラエルと反メシア勢力(もしくは抽象的に善と悪)との最終戦争(ハルマゲドン戦争)が起きる直前に行われる。旧約聖書などの解釈では、第三神殿が再建された後、イスラエルと反メシア勢力との最終戦争が起こり、その最中に救世主(キリスト、メシア)が第三神殿に再臨し、最終戦争を終わらせてくれて、その後千年の至福の時代が訪れることになっている。 (Third Temple From Wikipedia) (キリストの再臨とアメリカの政治) 歴史上、エルサレムのユダヤ人の神殿は、紀元前10世紀から紀元前6世紀の「バビロン捕囚」まで存在した「ソロモン王の神殿」(第一神殿)と、バビロン捕囚後から紀元後70年のローマ帝国による破壊まで存在した「ゼルバベル王の神殿」(第ニ神殿)の2回にわたって建設と破壊を繰り返している。その関係で、今後再建されるものが「第三神殿」と呼ばれている(こうした「歴史」自体、旧約聖書とその周辺にある「作り話」「神話」だという人もいるが)。 第三神殿の建設予定地は、古代に2回ユダヤの神殿が建設されていたエルサレムの「神殿の丘」であるが、そこは現在、メッカとメディナに次ぐイスラム教にとっての第三の聖地であり「岩のドーム」と呼ばれるモスク(イスラム礼拝所)が建っている。ユダヤ教の第三神殿を建設するには、イスラム教徒にとって聖なる岩のドームを壊さねばならない。キリスト教とイスラム教は、教義的にユダヤ教からの派生(口の悪いユダヤ人に言わせると「イスラム教はユダヤ教の違法コピー」)であり、そのために聖地の重複が起きている。 中東和平が進展した1990年代には、ユダヤ教の研究者の中から「古代のユダヤ神殿は、岩のドームと全く同じ場所ではなく、100メートルほど離れた場所にあった。だから第三神殿は、イスラムの岩のドームのとなりに作り、2つの宗教が同じ聖地を共有する形にすべきだ」とする、パレスチナ和平にとって都合の良い新解釈も出された。だが、今のイスラエル右派はこの説を採らず「岩のドームを壊して第三神殿を作ろう」と叫びつつ「ユダヤ人以外はエルサレムから出て行け」と求めるビラを市内でまいている。 (Third intifada in pipeline: PLO official) ▼神殿の建設はすでに始まっている? 旧約聖書の解釈と、ビルナ・ガオン・エリアの預言の両方が正しいとすれば、3月15日にフルバ・シナゴーグが再建された翌日の3月16日から、第三神殿の建設がひそかに始まっていることになる。この話を真に受けて、パレスチナ人や他のアラブ人、イスラム世界の全体が、イスラエルへの非難を強めている。パレスチナでは「インティファーダの再開」を呼びかける声も強まっている。 ('Hurva synagogue prelude to al-Aqsa destruction') ニューヨークタイムスなどのマスコミは「フルバ・シナゴーグ竣工が一つの理由となって、パレスチナ人やアラブ人の反イスラエル運動が激化している」と書いているものの「イスラム教徒にとってこのシナゴーグ竣工が問題なのは、岩のドームを壊すユダヤ第三神殿の建設につながるからだ」という、深い部分の説明を書いていない。「第三神殿」というキーワードはメディアの表側に出ず、イスラム世界とユダヤ人の双方の口コミで広がっている(中東でイスラム教を熱心に信仰する貧困層は新聞など見ず、情報源はモスクでの説教である)。 (Rebuilt Synagogue Is Caught in Disputes Over Jerusalem) おりしも3月10日には、米国のバイデン副大統領がパレスチナ和平推進のためにイスラエルを訪問している間に、イスラエル政府の住宅担当大臣が、エルサレム市内北部の占領地域内に1600戸の住宅建設に許可を出した。これは「占領地内の住宅建設を凍結せよ」と求めていたバイデンらオバマ政権の高官たちを激怒させた。イスラエルのネタニヤフ首相が住宅建設許可を撤回しなかったため、米イスラエル関係は30年ぶりといわれる悪化を見せている。米政府がイスラエル非難に回ったため、パレスチナ人などイスラム世界の人々は、ここぞとばかりに反イスラエル運動を強めている。マスコミ報道は「占領地内の住宅建設問題で、世界がイスラエルを非難している」と報じている。 しかし私の分析では、イスラム世界を激怒させている大きな理由は、第三神殿とつながるフルバ・シナゴーグ竣工の方である。パレスチナ人などのアラブ人の多くは、米国がイスラエルに牛耳られていると認識しており、米国のイスラエル非難は口だけだと以前から思っている。 ▼イスラム教徒を怒らせるための神殿建設話 フルバ・シナゴーグの竣工は、一見すると「預言の的中」のように見えるが、実はそうではなく「預言に合わせた」もしくは「預言をだしに使った」だけである。イスラエル側は67年にエルサレム旧市街を占領して以来、いつでもシナゴーグを再建できたはずだ。実際にイスラエル政府がシナゴーグ再建を認可したのは2000年のことだ。 時期的に、95年のラビン首相暗殺によって中東和平が座礁し、97年にネタニヤフが首相になって、イスラム教徒をパレスチナから追い出す右派主導の戦略を開始し、01年に911事件が起きて米国を「反イスラム戦争」(テロ戦争)に巻き込んでいく流れの中で、シナゴーグの再建工事が始まっている。フルバ・シナゴーグの再建は、イスラム教徒を激怒させ「米国対イスラム」の戦いを誘発し、パレスチナからイスラム教徒を追い出す戦略の一部と考えられる。 シナゴーグ竣工式の10日前の3月5日には、イスラエルの警察隊200人が「パレスチナ人が観光客を襲撃した」という言いがかりを口実に、金曜礼拝中の「岩のドーム」を襲撃し、パレスチナ人礼拝者たちと激突し、逮捕者を出している。パレスチナ人に「第三神殿を作るために岩のドームを壊しにきた」と感じさせる動きがとられている。 (Israeli forces raid Al-Aqsa compound) 神殿の丘と並んび、イスラムとユダヤの聖地が重なっている重要な場所として、パレスチナ(西岸)の町ヘブロンの「マクペラの洞窟」がある。イスラムとユダヤの両方の重要人物であるアブラハム(イブラヒム)の墓なのだが、イスラエル政府は、この聖地を「イスラエルの国家遺産」に指定すると3月3日に発表した。これも、パレスチナ人やその他のイスラム教徒を怒らせるための扇動策に見える。イスラエル軍は以前から、マクペラの洞窟(イブラヒム・モスク)に出入りするイスラム教徒の礼拝者に入場制限などの嫌がらせを続けてきた。 (Netanyahu: Israel Will Not Change Status Quo at West Bank Holy Sites) ▼聖書の展開どおりに事件を起こす 米国のキリスト教原理主義者たちの聖書解釈によると、キリスト再臨への流れは(1)ローマ帝国に滅ぼされたイスラエル国家が再建される(2)イスラエルが強くなり、エジプトからイラクまでを支配する(3)エルサレムに第三神殿が建てられる(4)イスラエルと反イスラエル勢力との最終戦争が起きてキリストが再臨する、という展開だ。イスラエルは1948年に建国し(1)はすでに成就した。ブッシュ政権でイスラエル右派系のネオコンが戦略立案を握り、イラク占領やイラン威嚇などの「中東民主化」を展開したことで、中東におけるイスラエルの影響力が間接的に強まり(2)が実現したと考えられる(エジプトは以前から米国の傀儡だ)。今後、イラン、ヒズボラ、シリアなどとイスラエルが中東大戦争を起こせば(4)になる。その間にある(3)が、間もなく起きても不思議ではない・・・ ・・・こんな風に考えることは十分に可能で、米国のキリスト教右派や、イランのシーア派の中には、救世主の再臨が近いと思っている人が多い(イスラム教の中でもシーア派には、マフディという救世主の再臨が教義に盛り込まれ、強く信仰されている)。日本でも「ハルマゲドンが近い」と書くと「いよいよ来たか」と真剣に思う人がけっこういそうだ。 しかしよく見ると、911以来の米イスラエルの動きの中には、むしろこの「ハルマゲドン神話」を利用して、預言のとおりに事態が運命的・必然的に展開していると人々に思わせる、米イスラエルの右派勢力による国際政治戦略が見え隠れしている。たとえば03年、イラク占領の開始時に米軍が最初の会議を開いたのは、イラクのウルという町で、聖書によると、ここはユダヤ人の始祖アブラハムの故郷である。 当時は、ブッシュ前大統領が聖書をよりどころにしているという記事も繰り返し報じられた。今回のフルバ・シナゴーグの竣工も、過去の預言に合わせて実施されている。古今東西の新興宗教の中には、既存の大宗教に似せてだましのからくりを作り、信者に「教祖は奇跡を起こした」「的中する預言を放った」と思わせるものが多いが、それらと似た手口である。米イスラエル右派が特別な点は、ユダヤ教の右派や米キリスト教原理主義といった、本物の大宗教の勢力を巻き込んだ点である。 私の予測では、ハルマゲドン的な大戦争は起きるかもしれないが、キリストは再臨しない(自分こそ再臨したキリストだと吹聴する者は出現するかもしれないが)。ユダヤ人による「岩のドーム」に対する破壊は試みられるかもしれないが、それはイスラム教徒を怒らすためであり、延々と「破壊するぞ」という脅しが繰り返されるだけで、実際には第三神殿は作られないだろう(イスラム教徒の怒りが足りないと、岩のドームが壊されて第三神殿の建設が着工するかもしれないが)。 ▼米イスラエル内部の暗闘 しかし、そもそも米イスラエルの右派とは何者なのか。何のためにイスラム教徒を怒らせるのか。私がこの問いに突き当たったのは、911後にブッシュ政権内で右派が台頭し、イラク侵攻に向かった02年夏ごろからだ。当初の私は「米国対イスラム」の図式を作り、米軍を中東に恒久駐留させて、イスラエルの支配地域を拡大するのが右派の戦略だと思っていた。しかし02−05年に、イスラエルで右派の頭目といわれてきたシャロン首相が「占領地からの撤退」をしだいに強く掲げるようになって、これは違うぞと思った。 (イスラエルの清算) (イスラエルの綱渡り戦略) 右派(ネオコン)が国防総省を握って米軍をイラクに恒久駐留させ、イスラエルの拡張戦略は成功しているのだから、イスラエルは占領地から撤退する必要などないはずだったが、シャロンは国内右派の猛反対を押し切ってガザから撤退し、西岸との間に隔離壁を設け、西岸併合とは逆方向に進もうとして、その挙げ句、シャロンは脳卒中(と発表されている何事か)で再起不能になった。 どうやら、拡張戦略は米国からの押し売りでイスラエル側の本意ではなく、むしろシャロンは、中東で反イスラエル的なイスラム主義が極度に強まるのはイスラエルにとって脅威だと考えていたようだった。歴史を調べてみると、イスラエルの右派(入植者)の多くは70年代以降に米国からイスラエルに移住したユダヤ人政治活動家で、イスラエルの政治は、この米国系の右派に乗っ取られている。シャロンはもともと右派に支持されて政権についたが、その後、右派がイスラエルを危険にしていることに気づき、転換を画策している間に死んだ(殺された?)。 シャロンが植物人間になった後、副首相から昇格して政権を引き継いだオルメルトは、右派に騙されて06年夏にレバノンのヒズボラとの戦争になり、あと一週間停戦しなかったらシリアやイランとの戦争に発展するという、中東大戦争の一歩手前までいっていた。オルメルトを騙したのは、米国のチェイニー副大統領らだった。要するに、米国のネオコンやチェイニー、AIPAC(在米ロビイスト組織)といった米国の右派と、リクード(入植者が多い右派政党)などイスラエルの右派は、親イスラエルのふりをして、イスラエルをイスラム側との戦争に陥れて潰そうとする隠し戦略をやっていた。06年夏のレバノン戦争を停戦に持っていったのは、シャロンの秘蔵っ子といわれるリブニ外相だった。 06年初めには、米ブッシュ政権はイスラエル政府の反対を押し切ってパレスチナで選挙を実施させ、イスラエル敵視のイスラム主義勢力ハマスを勝たせてしまった。これ以来「中東民主化」は、中東をイスラム主義化、反イスラエル化する戦略と同義になった。 (ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」) その後、08年にオルメルト首相が汚職事件で辞任を決め、外相だったリブニが次期首相になると思いきや、組閣に失敗して総選挙となり(多党体制のイスラエルは必ず連立を組まねばならないが、右派が画策すると連立政権が組めない)、選挙ではリクードが勝って、AIPACなど米国の右派とのつながりが深いネタニヤフが首相となった。もしリブニが首相になっていたら、シャロンの遺志を継いで入植地の撤退を何とか進めようとしただろうが、右派とのつながりが深すぎるネタニヤフでは無理だ。 (米覇権衰退を見据える中東) (U.S. era of Jewish and Evangelist pressure is over) 米国では、右派の色彩が前面に出ていたブッシュと対照的に、今のオバマは右派戦略からの脱却を掲げて当選した。だが「かしこい」オバマは、米中枢の既存勢力との衝突を避け、外交と経済という二本柱の戦略立案を、共和党系を含む従来勢力に任せた。その結果、政権内に「隠れ右派」が多数入り込み、見かけはブッシュ時代と反対だが本質は同じという結果になっている。 米イスラエル右派の下っ端の人々は、本気でイスラエル強化やキリストの再臨を支持している純粋な右派なのだろうが、右派の上の方には、右派のふりをした反右派が入り込んでいる。彼らは「テロ戦争」を過剰にやって失敗させ、イスラム主義を扇動して、70年代以来米政界を牛耳ってきたイスラエルを自滅させようとしている。彼らは本質的に、米国の財政赤字とドルを過剰発行して米国の単独覇権(英国とイスラエルが米国の戦略を動かしてきた世界体制)を崩壊させようとしている「隠れ多極主義者」と同一である。ネオコンはキッシンジャーを敵視していたが、この敵視は演技だろう。 (イスラム過激派を強化したブッシュの戦略) ▼表向き同盟国、裏で関係悪化の仕掛け作り 先日、米国のバイデン副大統領のイスラエル訪問に合わせるように、イスラエル住宅省が占領地での住宅建設許可を発表し、米イスラエル関係が悪化したが、住宅省は以前から右派(入植者勢力)の牙城だ。発表は、対米関係を悪化させるための意図的なものだろう。しかも発表されたのは、占領地内の住宅建設の中でも、パレスチナ人居住地域の中にユダヤ人住宅を建設する敵対的・悪質なもの(ギロ、ハルホマ、マーレーアドミン、キリヤットアルバなど)ではなく、1980年代にイスラエル国内に併合した、ユダヤ人だけが住んでいる地域(ラマット・ショロモ、Ramat Shlomo)の住宅拡大であり、イスラエル側の認識では占領地内ではない。 (US May End Up Boosting Netanyahu) イスラエルの世論は「ラマットショロモでの住宅建設は正当であり、米国の怒りの方が間違っている」と考えており、この世論がある以上、ネタニヤフは怒る米国に対して譲歩できない。ネタニヤフは「住宅建設の発表はタイミングが悪かった」と釈明したが、建設をやめるとは言わなかったので、米側は怒る姿勢をやめていない。米側が仕組んでネタニヤフとの関係を悪化させているのだと考えられる。米政府は表向き「イスラエルとの関係は悪化していない」「関係が良いからこそ、時には喧嘩するのだ」と言っている。 (American-Israeli relations Where did all the love go?) 米側が、表では最重要の同盟国だと言いながら裏で関係悪化の仕掛けを作るという、ややこしいやり方をする理由は、米政界がいまだにイスラエル右派に握られているからだ。3月21日、米ワシントンDCで開かれたAIPACの年次総会には、米連邦議員の約半数と、クリントン国務長官とネタニヤフ首相ら両国高官が出席した。オバマは「ちょうどインドネシアを訪問するので、出たいけど出られません」と弁解した。AIPACは、米政界で強い力を持っている。米側がイスラエルとの関係を悪化させるには「イスラエルと仲良くしたいが、あんなことをされると仲良くできません」と言える口実を作らねばならない。 (Obama Won't Restrain Israel - He Can't) (AIPAC policy meeting begins amid US-Israeli tension) ▼いよいよ反イスラエル化する米軍 これまで「右派の牙城」と思われてきた米国の国防総省も、イスラエルを潰すための隠れ多極主義的な反旗をひるがえし始めている。米軍の中東担当の最高責任者であるペトラウス大将(中央軍司令官)は最近、米議会の証言で「イスラエルと周辺勢力との和解が進まない中で、米国が親イスラエルの態度をとっているので、中東全域で反米感情が高まり、中東での米国の影響力が低下し、イラクやアフガニスタンでの米軍戦死者が増えることにつながっている」と、イスラエル非難と受け取れる陳述を行った。イスラエル右派系の圧力団体ADLはペトラウスを非難した。 (U.S. general: Israel-Palestinian conflict foments anti-U.S. sentiment) (ADL targeting ....Gen. Petraeus?) 米国でパレスチナ支持の運動をする人々は、このやりとりに飛びつき「米国民のみなさん、米軍とイスラエルのどちらを支持しますか。米軍と連帯してイスラエルを非難しよう」と呼びかけている。これまでパレスチナ支持運動は、軍産イスラエル複合体を敵視してきたが、ここにきて「軍産」と「イスラエル」が分裂し「軍産」と「パレスチナ支持者」が結託し「パレスチナ人に対するイスラエルの暴力と横暴のせいで、イラクやアフガンで無駄に米軍兵士の命が失われている」「イスラエルのせいでアルカイダが強化されている」と主張する展開になっている。 (The Petraeus briefing: Biden's embarrassment is not the whole story)(Americans -- Are You With Gen. Petraeus And Adm. MullenOr With Israel ? ) そもそも「アルカイダ」は茶番な存在だし、シャロンの例を見ればイスラエルはむしろ米側によるイスラム主義扇動の被害者であるとわかる。だが、茶番の上に茶番を重ねて、裏にある本来の目的を遂げるのが、多くの諜報戦略の特質であり、中途半端に茶番を指摘するだけでは本質を見失う。(たとえば911謀略説を唱える人の多くは「謀略だ」と叫ぶだけで、なぜ米国があの謀略を必要としたのかを十分に考えず、中途半端である) 国防総省が反イスラエル化することは、イスラエルにとって非常に危険だ。右派が立案したイスラエルの戦略は、イスラム主義を扇動することで米軍を中東に恒久駐留させ、イスラエルが米軍に守られつつ中東支配を強めるものだ。この戦略下で、米軍が反イスラエルの姿勢を強めると、米軍は「さっさと中東から撤退しよう」と考える傾向を強め、イスラエルはイスラム主義の憎悪に取り囲まれたまま取り残される。 これを防ぐためには、イスラエルは早めに中東大戦争を誘発し、イランとの戦争に米軍を引っ張り込んで、米軍が中東から出ていけない状況を作り出すしかないだろう。ハーバード大学などの学者たちが最近まとめた報告書には、そのようなことが示唆されているという。 (US-Israel spat plants seeds of crisis) 06年のヒズボラとの戦争で、チェイニー米副大統領に引っかけられたことにイスラエルが途中で気づき、リブニが急いで停戦をまとめて以来、イスラエルは米国にイラン侵攻させたいと考え、米国はイスラエルにイラン侵攻させたいと考えて、膠着状態が続いてきた。今回の米イスラエル関係の悪化は、そうした従来のバランスを崩し、イスラエルがイランに侵攻しなければ反イスラエル化する米軍が黙ってイラクから出ていき、イスラエルが取り残される新事態を作っている。 この新事態に誘導され、イスラエルがイラン(もしくはヒズボラ)との戦争に入るなら、それはハルマゲドン的な中東大戦争になり、米国の右派(隠れ多極主義者)の隠れた目的である「イスラエル潰し」が現実のものとなりうる。エルサレムのユダヤ第三神殿の建設話や、その前提となるフルバ・シナゴーグの再建と合わせ、聖書に書かれたことを「実現」する壮大な演技が展開しているように見える。
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