欧米日すべてが財政破綻する?2010年2月12日 田中 宇2月10日のFT紙に、米ハーバード大学の歴史学者ニアール・ファーグソンの「ギリシャ財政危機は米国に飛び火する」(A Greek crisis is coming to America)と題する論文が載った。それによると、EUは、ギリシャからポルトガルに飛び火した国債危機を救済する制度を持っておらず、今後数カ月間はユーロ圏の危機が続き、資金逃避先としてドルや米国債が買われる。 だが、米国も財政赤字が急増し、赤字を増やして挙行した雇用対策も大した効果がなく、米議会は「米国は二度と均衡財政に戻らない」とまで予測している。米国の財政破綻を防いできたのは、金融救済策として連銀が米国債を買い、人民元のドルペッグ維持のため中国が米国債を買うという、2つの買い手がいたからだ。だが、連銀は「金融が安定してきた」として米国債の買い支え(量的緩和策)をやめる方向に動いている。中国の米国債購入も減り、06年には新規発行の米国債の47%を買っていたのが、昨年は5%しか買わなかった。米国は「世界最大の赤字国が、いつまで世界最強でいられるか」という問題を抱えている。国債危機は、近く英国に波及するが、問題は、その後いつ米国に危機が波及するかであり、これは欧米全体の財政危機であるとファーグソンは書いている。 (A Greek crisis is coming to America) 英国でロスチャイルド家の研究をして著名になった英国人ファーグソンは、911とともに米ニューヨークに移り、すぐに米国の言論界で有名になった。マスコミを操作する筋から引っ張り上げられた観がある。彼は当初「米国は911を機に、顕在的な帝国に転換すべきだ」とタカ派の(英国の国益になる)論調を発していた。 (米英で復活する植民地主義) (せめて帝国になってほしいアメリカ) その後、イラク占領の失敗、リーマンショック後の経済危機などを経て、彼は、米国が破綻に向かっていると指摘するようになった。08年には「米国は、19世紀に過剰な借金で財政破綻したオスマントルコ帝国のように崩壊しそうだ」と書き、昨秋のG20サミット後には「ドルは、中国に見捨てられて崩壊する。それは意外に早く起きるだろう」「来年はドル安になる」と述べている。 (An Ottoman warning for indebted America) (Niall Ferguson: The Dollar Is Finished And The Chinese Are Dumping It) ▼台湾問題の制裁で中国が米国債を売る? 国際金融の現状を見ると、ファーグソンの予測や分析が、かなり当を得たものだと感じられる。先日、米連銀のバーナンキ議長は「量的緩和策をやめるので、民間銀行から企業・消費者への融資の金利が上がる」との予測を発表した。連銀は「米金融界が安定し、景気は回復しつつある」と分析し、民間銀行への資金流通を引き締め、その後利上げもする予定だ。実際には、米経済は回復しておらず、連銀が引き締めを開始する3月以降、状況が再び悪化しそうだ。米国の住宅ローン全体の2割は、担保価値が負債を下回る債務超過になっており、ローン金利の上昇は、住宅市況と景気全般をさらに悪化させる。 (Higher interest rates ahead, Bernanke says) (One in five US mortgages "underwater" in Q4) 格付け機関のムーディーズは先日、米経済が成長鈍化した場合、税収減と景気対策の財政再出動が重なって、米国の財政状況がさらに悪化するので、米国債は今のトリプルAから格下げされうると発表した。連銀の下支えがなくなるので、バンカメやシティといった米国の大手商業銀行も、格付け会社から格下げの方向に見直しされている。 (Moody's warns US of credit rating fears) (BofA, Citigroup rating outlooks negative-S&P) 連銀と並んで、米国債とドルを買い支えてきた中国も、先日米政府が台湾への武器輸出を決めた後、いつまで米国を救済し続けるか不透明になってきた。中国軍の幹部は2月9日、台湾に武器を売る米国を制裁するために、米国債の一部を売って米経済を混乱させるのがよいと提案した。 (China PLA officers urge economic punch against U.S.) 実際には、中国は人民元のドルペッグをやめないと表明し続けており、米国債を投げ売りする可能性は低い。中国軍幹部の発言は口だけの脅しと考えられる。だが、米経済が不況の二番底に向かう半面、中国経済が驚くべき高成長になるという、米中が対照的な状況になる中で、ドルペッグは中国のインフレを激化させている。 (Analysis: Yuan Not In Play As Sino-U.S. Tensions) 中国のシンクタンク(China International Capital Corp)は、6月にカナダで開かれるG20サミットの前後に、中国政府が人民元の対ドル為替を切り上げると予測している。同社は、以前は「人民元は3月に切り上げられる」と予測していたが、2月4日に米政府が中国に「人民元を上げろ」と圧力をかけ、中国が「圧力を受けて人民元を上げたと思われるのはいやだ」と考えた結果、切り上げは6月に延期されたと説明している。この説明が正しいかどうか不明だが、人民元が切り上げを必要とする時期に入った感じはする。中国政府が人民元の上昇を容認するほど、中国はドルや米国債を買わなくなる。 (Yuan Peg May Hold Until June as U.S. Calls Backfire, CICC Says) ▼いつ英米に危機が飛び火するか 2月11日には、アジア重視のスイス人投資家マーク・ファーバーも、CNBCテレビで「いずれ、米国を含むすべての(先進)諸国の財政が破綻する。新興諸国は、先進国より財政が健全だ(だから新興諸国より先進国の方が破綻する)」と述べている。 (Marc Faber: All governments will default on their debt including the US) また、以前からドル崩壊や多極化を予測してきた欧州のシンクタンクEU2020は昨年末の段階で「2010年春、ギリシャの財政危機が欧州各国から英国、米国に飛び火し、先進諸国が全体的に国債破綻に瀕する新事態が起きる」と予測していた。 (LEAP/E2020 Spring 2010 - A new tipping point of the global systemic crisis) この予測通り「2010年春」に先進諸国の国債破綻が起きるとしたら、今後の数週間はギリシャ、ポルトガル、スペインなどユーロ圏諸国の国債危機が続くものの、3月末に連銀が量的緩和策をやめる時期に入ると、その後6月のG20サミットあたりにかけて、危機が米国や英国に飛び火し、G20サミットで人民元の切り上げや、新たな世界的な金融危機対策がとられるといったシナリオが考えられる。その間に英米側から新たな延命策が発せられれば、危機は先延ばしされるが、延命策も無限ではない。今年じゅうに危機が再燃する可能性が高い。 ▼日本は財政破綻しにくい 「すべての先進諸国が財政破綻する」と言う場合、米英とユーロ圏だけでなく、日本やオーストラリア、カナダなども財政破綻すると考えられるが、それはあり得るのか。まず日本から考えてみると、確かに日本は累積の財政赤字が世界最大規模であり、英米の国債が売れなくなって破綻するなら、日本国債の破綻も当然考えられる。しかし、日本は国債の85%を国内の投資家に買わせている。 日本国民の預金が政府に貸し出され、30年かけて役立たずの土木建造物が全国各地に作られ、巨額の財政赤字が残った。国民の預金が無駄に使われたのは確かだが、政府の監督下にある日本の機関投資家が日本国債を買わない傾向を強めるとは考えにくい。米英は資金逃避を防ぐため、日本を含むあらゆる他の国々を「危険だ」と吹聴する報道の傾向を強めている。日本人は米英発の論調に流されやすいので、今にも日本が財政破綻しそうだという感じが強まるだろう。だが、金のやりとりがおおむね国内で完結している日本の財政は、昨今のような国際的な資金流出による危機の中では、意外と破綻しにくい。ファーグソンも、以前の論文でそのことを指摘している。 (Newsweek: Niall Ferguson - An Empire at Risk) オーストラリアやカナダは、英米より財政と金融が安定している。両国は資源輸出国なので、今後予測される資源インフレの中でむしろ優勢になる。先日、豪州の野党が「我が国はまもなく財政破綻する」と表明して物議を醸したが、実際には、豪州の財政赤字は先進諸国内で最低水準だ。豪野党はむしろ、アングロサクソンの一員として英米の財政を救おうと、自国の財政を意図的に悪く描いてみせたのかもしれない。 (Australia close to defaulting on debts) 欧州のユーロ圏も、短期的に財政危機が続くものの、長期的にはむしろ危機を利用して、EU加盟諸国の国権をEU当局が奪い、超国家組織としてのEUが強化される。独仏を中心とする欧州大陸諸国が、英米に従属してきた従来の状態を脱出していく方向になる。EU当局は昨秋、事実上の大統領制を確立し、超国家組織として権限を強めていける体制になっている。 今回、ギリシャが他の諸国からいくら批判されても放漫な経済政策を改めなかった経緯が問題視され「加盟国の経済政策の決定権をEUに集約すべきだ」という論調がEU上層部で出ている。EU統合は、加盟国の国民には不評で、デンマークやフランス、オランダ、アイルランドなどの国民投票で何度も否決されている。だが、そのたびに欧州のエリートたちは、否決された政策の名前だけ変えて再評決にかけるなど、本質的に非民主的なやり方でEU統合を強行し、かなり成功している。その流れで見ると、ギリシャの財政危機を口実に、経済政策に関する政治統合が進められていくと予測される。 (Germany backs Greek bail-out as EU creates 'economic government') 今のユーロ圏の国債危機が、やがて英米の財政破綻へと波及したら、英米の覇権は解体される。中国はドルペッグをあきらめ、人民元はアジアの国際通貨として地位を高め、アジアは対米従属を脱して中国中心の地域になる。一方、EUは政治統合を進め、欧州も米英の傘下から抜けて自立した地域になる。これは、私が数年来予測してきた多極化の進展である。 英国は、しぶとく生き残りを画策している。先日カナダで開かれたG7の財務相会議で、英国は、国際的な金融破綻を救済する基金として、世界の大手金融機関に国際的な金融取引税(トービン税)を課すことを提案し、他の諸国の同意を得た。これまでトービン税に反対してきた米オバマ政権も、自国の金融救済に使えると考えたのか賛成に転じた。今後、4月のIMF理事会での了承を経て、6月のG20サミットで正式決定される見通しとなった。 (G7 warms to idea of bank levy) (Global bank tax near, says Brown) 英米はこの基金で自分たちを救済しようとしており、この件は英米中心主義の延命策である。たがその一方で、トービン税の導入は、G20、IMF、国連といった「世界政府」的な機関に独自財源を与え、多極型の世界構造の樹立に不可欠な要件を満たすことになる。英国が、自国を救うために、世界を多極型に転換させるトービン税制の導入を提唱せねばならなくなったこと自体、英国の国際的な影響力の低下を象徴している。
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