米英で復活する植民地主義2001年11月12日 田中 宇戦争というものは、ふだんは「良識」という装飾におおわれている言論の下にある本音をさらけ出すものらしい。9月11日以降、以前には声高に主張することができなかった赤裸々な論調が、アメリカとイギリスの右派陣営から出されるようになった。 その代表は「アフガニスタンやイラク、パキスタン、サウジアラビアなど問題がある(イスラム教の)国々は、地元の人々に政治を任せていると周りに迷惑をかけるだけなので、英米が植民地支配していた状態に戻すべきだ」という主張である。 その手の主張は最近、英米のいくつかの右派系メディアで目につくようになった。その中で最も「読みごたえ」があったのは、10月中旬にアメリカの新聞「シカゴ・サン・タイムス」に載った「帝国主義こそ解決策」という論説だ。 この論文によると、イギリスやフランスはかつてインドやアフリカに対しては植民地として直接統治したが、その後支配した中東に対しては、より安上がりな間接統治を行い、それは中東諸国が独立した後の今日まで続いている。地元の統治者に権力を維持させ、それを背後からコントロールするのが間接統治だが、地元の統治者は、西欧が直接統治する場合に比べて腐敗がひどく、今日まで地元の人々に苦しみを与え続けているという。 ▼欧米が中東を間接統治している そして論文は「地元の統治者は、エジプトのムバラク大統領に象徴されるように、自国のマスコミが自分を批判することは許さないが、マスコミがアメリカの悪口を書くことは自分に批判の矛先を向けさせないためのガス抜きとして許している。だからアメリカがいくらエジプトを経済支援しても反米意識が強まるばかりで、間接統治は失敗した。9月11日以降、それがはっきりした以上、アメリカは帝国主義に戻り、アフガニスタンやその他の中東の反米諸国を直接統治すべきだ」と主張している。 論文は、直接統治に戻す行為を「新植民地主義」と赤裸々に呼ぶことに抵抗があるなら、クリントンやブレアの得意技だった呼び名だけ美しく飾る手法をまねて「国際社会による支援策」などという名前をつけてやればいい、と結論づけている。 多くの人々にとって「植民地」とは過去の遺物であり、民族主義の高まりによって独立が勝ち取られた以上、植民地は二度とよみがえらない方がいいものだろうが、この論文はそうした価値観に立っていない。 それどころか、少なくとも中東では「独立」は欧米が間接統治を続けるための表面的な変化にすぎなかったと指摘し、欧米が必要と思えば、武力で中東諸国の独立状態を破壊し、直接統治に戻す権利を英米が持っているのだと主張している。 一方、この論文が(わざと?)見落としているのは「間接統治」そのものが「腐敗」の原因となっているということである。 たとえばエジプトのムバラク政権が腐敗していて、しかもアメリカの傀儡だということはエジプト人も事実として認めるところだろうが、アメリカが間接統治をやめれば、ムバラク以外のもっとまともな指導者が出てきて、エジプト政府の腐敗も減るかもしれない。しかし、そもそも間接統治というものは、傀儡になるしかない指導者が権力を握っているからこそ成り立っている。エジプトで有能な統治者が出てきたら、間接統治も機能しなくなる。 ▼テロリズム対策の決定打は植民地主義 似たような主張は「ウォールストリート・ジャーナル」や「フィナンシャル・タイムス」「ガーディアン」などにも出ている。 ウォールストリート・ジャーナルは10月9日に「テロリズム対策の決定打は植民地主義」という記事を出した。筆者はポール・ジョンソンという「ユダヤ人の歴史」などの著作で知られるイギリスの歴史学者である。 この論文では、イスラム原理主義テロリストを19世紀の地中海の海賊にたとえている。18世紀末、北アフリカやアラビア半島などイスラム教徒の領土を拠点にした海賊が、英仏など西欧諸国の商船を襲う事件が相次いだ。これに対し、フランスは海賊を根絶するために北アフリカを植民地にした。またイギリスはアラビア半島のイエメンなどを植民地にし、そこを拠点に中東を支配し、海賊や盗賊の横行を防いだ。西欧諸国にとって、植民地主義とは、商業を妨げる海賊を退治する行為と密接に結びついたものだった。 そう分析した後、この論文では、今回の戦争でもアメリカとその同盟国は、アフガニスタン、イラク、リビア、イラン、シリア、スーダンといったようなテロリストを擁護する国々を一時的に軍事占領するだけでなく、短期間で民主主義に移行できないようなら、行政的に統治する必要がある、と主張している。つまりここでも、欧米による、中東諸国に対する植民地支配が提唱されている。 ところが、19世紀の世界では、西欧から見ればアラブの船は「海賊」だが、アラブから見れば西欧が「海賊」だった。海賊退治や宣教師保護(今でいう「邦人保護」)は、西欧諸国が植民地を拡大するときに常用する大義名分だった。そういう観点を、この論文は故意に見ないようにしているように思える。 ポール・ジョンソンは中東諸国に対する「新植民地主義」を提唱する一方で、「イスラムの教えそのものにテロリスト的な要素が含まれている」と主張する論文を、アメリカの右派メディア「ナショナル・レビュー」に書いている。 これらの論調からは、イスラム世界と、アメリカを中心とする欧米キリスト教世界(プラス日本など)が対立を深め、その結果欧米がイスラム世界を再び植民地支配する新しい世界が成立すれば良いと考えていることが読みとれる。こうした状況が生まれることは、パレスチナ問題で行き詰まっているイスラエルなどにとっても好都合だろう。 ▼「アメリカ帝国」への賛否 ガーディアンに載った論文「新しい帝国主義の時代がきた」は、ニアル・ファーグソン(Niall Ferguson、ニオール・ファーガソン)という、ロスチャイルド家の研究などで知られる英オックスフォード大学の歴史学の教授が書いたもので、「アメリカは非公式な帝国から、おおっぴらに帝国主義を行う帝国へと変わるべきだ」という副題がつけられている。 この論文によると、新しい帝国主義は「政治的グローバリゼーション」という美名をつけられて、東チモール、コソボ、ボスニアなどで「国際社会」によってすでに実施されている。今後アフガニスタンだけでなく、パキスタンやサウジアラビアなどでも、欧米が手をつけられない状態になる前に、欧米の植民地にしてしまった方が良く、アメリカが支払うコストから見ても帝国主義は実は安上がりだ、とこの論文は書いている。 一方、こうした「新帝国主義」への反論も出始めている。たとえば「アジア・タイムス」にペペ・エスコバルというコラムニストが書いた論文である。 エスコバルによると、新帝国主義者の戦略は、最初に「文明の衝突」に代表されるようなイスラム世界と欧米との対立構造を(でっちあげて)描いておいてから、9月11日以降、イスラム世界がテロリストを擁護しているという理由でイスラム諸国を攻撃し、英米が直接統治する植民地に戻してしまおうとするものだ。英米は、独仏や日中などに対してこの戦略をほとんど説明していないが、この戦略はやがて世界から反対を受けることになる、と指摘している。 この論文は、アメリカのアフガン戦争がベトナム戦争のように泥沼の失敗に終わるだろうとも予測し、アメリカという大帝国はすでに大きくなりすぎて、没落への道をたどり始めている、と述べている。 ▼日本の振る舞い 私がこれらの論文を読んで勘ぐったことの一つに、9月11日以降の日本政府のアメリカべったりの振る舞いは、もしかすると新帝国主義の時代が来ることに備えているのではないか、ということがある。 日本は明治維新後、欧米列強が世界を植民地として分割していく過程に途中から便乗し、列強が同盟軍を作って中国大陸などを侵略する際、同盟軍の一員となって分捕り合戦の分け前にあずかった。それから数十年、英米が再び帝国主義に回帰していくとしたら、日本はアメリカに付き従うことで、前回と同じように支配する側の一員となって分捕りの分け前をもらえるかもしれない。 ドイツなどと同様、日本は過去に、英米に対してより多くの分け前を要求し、その結果起きた第二次大戦に負けている。世界が帝国主義時代に戻るとしたら、英米は日本やドイツを「今回は味方なのか、敵なのか」という疑念の目で見るだろう。それに対して「もちろん味方です。分け前よろしく」と言っているのが昨今の日本政府の行動なのではないかと思える。
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