あちこちで膨らむ金融再崩壊の種2009年12月4日 田中 宇米国の中央銀行にあたる連邦準備制度(FRB、連銀)が、すでに事実上の破綻状態(債務超過)に陥っているという指摘が出ている。連銀は今年4月、銀行から企業や個人への不動産担保の融資を増やして米経済をテコ入れする目的で、最大1兆2500億ドルの不動産担保債券をファニーメイ(米連邦住宅抵当公庫)など不動産金融公社から買い取る計画を開始した。連銀は、現在までに1兆ドル前後の債券を買い取った。 (Federal Reserve Press Release : April 29, 2009) これによって連銀の資産は1兆ドル規模から2兆ドル規模へと倍増し、連銀の資産に占める不動産担保債券の割合は、昨年の0・6%から、45%以上に増えた。問題は、この債券の「質」である。米国の不動産市況は悪化し続け、今後まだ底値になるまでに45%は下落すると予測されている。担保不動産の価値続落の可能性が高いため、ファニーメイなど不動産金融公社の株はすでに無価値だと指摘されている。つまり米国の不動産金融公社は、事実上破綻しているのに存続しているゾンビ(亡霊)である。 (Case-Shiller Still Predicts Massive 45% Fall from Today's Values) (Fannie, Freddie common shares worthless, KBW says) 不動産金融公社は、米国民に住宅ローンを貸す米国に必須の公的機関であり、潰すわけにはいかない。公社群は、リーマンブラザーズ倒産直前の昨年9月以来、政府管理下に置かれている。潰せないので連銀が債券を買い、公社を存続させている。不動産金融公社の債券を買いたい投資家がいないので、しかたなく連銀が買っている。その結果、連銀の資産の45%が不動産金融公社の債券となった。当然ながら、この債券は市場に出しても売れない。価値が額面割れしたジャンク債である。 公社の債券がどの程度額面割れしているのか不明だが、もし5%以上の額面割れが起きているとすると、連銀は債務超過になってしまう。連銀の資本金は528億ドルであり、連銀が持つ1兆ドルの公社債券の価値が5%以上下がると、連銀の資本金でカバーできなくなる。公社債券の価値はおそらく半値に近いだろうから、米連銀はすでに大幅な債務超過だ。連銀自身がゾンビになっている。ゾンビがゾンビを助けている。 (The Federal Reserve Becomes the `Buyer of Last Resort') 連銀は事実上の中央銀行であり、市中銀行ではないので、一時的に債務超過になっても、それで潰れるわけではない。だが、米国の不動産市況はこの先何年か復活しそうもなく、連銀は著しい債務超過状態を今後何年も続けることになる。連銀は11月末、不動産担保債券の買い取りをやめていく方向性を表明した。これは、連銀に対する信用不安を解消するための表明だろうが、連銀が債券買い取りをやめたら、これからの不動産市況悪化の中で、ファニーメイなどは経営が行き詰まる。連銀は買い取りを続けざるを得ないだろう。 (Fed Begins Testing Strategy to Exit Securities Program) 米議会では、無茶苦茶な運営をしている連銀を査察する法案が可決に向かっており、来年早々には米国の会計検査院であるGAOが連銀を査察することになりそうだ。その結果がどの程度発表されるか、米英中心主義の宣伝機関と化しているマスコミがどの程度それを報道するか不明で、隠匿される可能性が大だが、連銀の信用が失墜の方向にあることは確実だ。不確実なのは、連銀の信用失墜の顕在化がどのような速さや形状で展開していくかである。 ▼いずれ破綻するドバイ 金融収縮や不動産市況の悪化は、連銀を崩壊させる前に、民間金融界を崩壊させかねない。それも、先進国の金融が先に潰れるのか、それとも新興市場諸国が先に潰れるのか、微妙なところだ。事態はあちこちで火を噴きそうな状況にある。新興市場の方では、先週の記事に書いたドバイワールドの破綻が、連鎖的に他の新興市場に拡大していく恐れがある。FT紙は「次はギリシャが危ない」と書き、WSJ紙は対抗するようにギリシャ財務相の弁明的な論文を載せた。 (Greek tragedy Will Athens be next to default?) (The 'Greek Problem') ドバイの金融危機は先週顕在化したが、今週は沈静化している。ドバイ政府は「ドバイワールドの債券には、政府保証はついていない」と宣言し、ドバイワールドが債券を償還できなくてもドバイ政府は責任をとらない態度を表明した。しかし、ドバイワールドは、ドバイの君主が作った会社であり、君主つまりドバイ政府が責任を持つべき企業であることは明白だ。ドバイで派手な事業をやっている企業の多くはドバイ政府系の会社であり、責任回避の宣言をしたドバイは今後、全体的に資金調達が難しくなる。投資家はドバイ政府にはしごを外されることを恐れ、ドバイワールド以外の会社にも金を出したがらないだろう。 (Dubai World's Debt Not Guaranteed by Government) ドバイの開発事業の多くは未完成で、追加の資金が不可欠だ。ドバイの君主は、石油収入で金持ちである隣のアブダビ首長国の君主に土下座して「身内」から金を工面し、外国から借りた金を返すべきだった。そうすればドバイの国際信用は何とか保てたかもしれない。だがドバイの君主シェイク・マクトゥームは、これまでの成功で尊大になり土下座を嫌がり、責任回避に走った。この行為は最終的に、ドバイ政府そのものを滅ぼしかねない。 (Dubai cast adrift as credibility crumbles) (ドバイの破綻) ▼先進国の大手30金融機関に「遺言状」を書かせるG20 ドバイ発の新興市場連鎖破綻の可能性とは対照的な動きとして、G20傘下の財務相会議である「金融安定委員会」(Financial Stability Board、FSB)が、破綻した場合に世界の金融システムに悪影響が出る米欧日など先進諸国の30行の金融機関(24の大手銀行と6つの保険会社)をリストアップし、破綻した場合にどう整理・清算するかを各行に決めさせる「遺言状」(living wills)と通称される文書を作成させていることが明らかになっている。 (Thirty financial groups on systemic risk list) リストされた30行は、今後の金融危機で潰れる可能性がある。FTによると、日本では、三菱東京UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行、野村証券が30行の中に入っている。つまり、国際的に活動する日本の大手金融機関はすべて危ないということだ。米国ではバンカメ、シティグループ、ゴールドマンサックス、JPモルガンチェース、モルガンスタンレーが名を連ねる。こちらも主要大手の全員である。英国、ドイツ、フランス、スイス、スペイン、イタリア、カナダの主要銀行も入っている。 バンカメなどは、米政府から出資してもらっていた金を全額返し、政府傘下から脱して健全に戻りつつあると報じられている。だが、この「健全化」は眉唾だ。米当局は、財務省が金融機関に資本注入して政府管理下に置くという、昨秋の金融危機対策が金融界に不評だったので、代わりに連銀が銀行に低利融資したり不良債権を買い取ってやったり、リーマン破綻前に多かったハイリスクハイリターンの金融デリバティブ手法を認めて儲けさせる(金融バブルを再膨張させる)といった間接救済に切り替えた。米当局がバンカメなど金融界を救済している状況自体は変わっていない。むしろ間接救済の方が、最終的に連銀に不良資産を集積させ、ドルの信用失墜につながり、米金融界の不良債権を増すので、長期的に米国にとって不利益が大きくなる。 (Bank of America's TARP Move Helps Shed Stigma) G20のFSBが「遺言状作成」を要求した30行に、日本の最大手銀行のすべてが入っていることは、日本人にとって驚愕だ。銀行から預金を引き出したくなる。しかし、G20の遺言状作成戦略についてよく考えてみると、これは政治的な動きだと感じられる。今回の30行には、中国など新興市場の銀行は入っておらず、標的は旧G7の先進諸国の銀行だけだ。ドバイの例に見るように、新興市場諸国の機関投資家の中には、先進国の機関投資家よりずさんな投資をしているところがいくつもありそうだ。しかし新興諸国の金融機関は、今回のG20の危険リストに入っていない。 欧米と中露など新興市場諸国が対等な立場で議論するG20は、覇権の多極化を推進する機関である。今年9月、G20と米政府が、世界経済の意志決定の中心的な機関がG7(G8)からG20に替わったと宣言した。G20は、先進国の金融機関やヘッジファンドなどが、従来型の自由市場原理に基づいて金融活動を持続することを抑制している。97年からのアジア通貨危機に象徴されるように、英米中心主義の勢力にとって、政府の規制を受けない自由市場原理の中でヘッジファンドなどを動かし、新興市場諸国の市場を破壊することが一つの覇権維持策だった。その構図を壊すことが、世界を多極型の成長構造に転換するために必要なので、G20は自由市場原理で動く国際金融機関に「倒産しそうだから」と言いがかりをつけ、G20の監督下に入れようとしている。 (Chinese official slams banks over derivatives) G20のFSBが作った「危ない金融機関リスト」は、世界を多極化させる政治的な動きとして見るべきである。しかし、米欧日の大手金融機関は危なくないかというと、そうも言い切れない。冒頭に書いたように、いずれ連銀とドルに対する信頼失墜が顕在化し、米国債の価値も大幅下落する可能性が高まっている。米欧日の大手金融機関は、米国債やファニーメイ債券など、米国の公社債を多く持っている。連銀やドルが崩壊したら、大手以外の日本の金融機関の多くも経営危機に陥る。連日、金相場が市場最高値を更新するのも納得できる。金高騰は「バブル」だとする分析があるが、今起きているのは金のバブル膨脹ではなく、ドルや米国債のバブル崩壊の一環としての金高騰である。 (Investors taking contradictory path with gold) ▼インフレとデフレが混在する世界 ドルの脆弱化を受けて、世界では各種の両極端な混乱が起きている。米国ではバブル的な軽審査融資(コブライト)の復活と、不況的な貸し渋りが同時に起き、世界ではインフレとデフレが混在している。両極端のどちらがひどくなっても金融危機が再燃しうる。金融再崩壊の種が、あちこちで膨らんでいる。コブライト(コブナント・ライト covenant light)とは、十分な信用調査をせずに銀行が資金を融資することで、リーマンショック前に横行していた。今、米当局が金融緩和を続けているため、部分的に金余りが起こり、コブライトが復活している。 (Fears grow about overheated US debt market) しかしこの復活は、ほとんど金融界とその身内の中だけで起きており、一般の米国人は住宅ローンも企業の資金調達も絞られている。連銀は、各銀行に資金供給する一方で、不良債権増加を抑制する名目で、銀行が融資を増やさないよう監督している。この政策は、銀行を救済するだけで、米国民や中小企業を救わず、米経済の足を引っ張り、最後には銀行も潰れてしまう。 (The Credit Crunch Continues) 日本はデフレ宣言をしたが、オーストラリアはインフレ懸念の増大で10月以来3カ月間に3回も利上げした。豪州は、鉄、鉛、ボーキサイトなど資源輸出が経済を牽引し、資源価格の高騰で経済が好転している。日本はまだ不況色が強いものの、私が見るところでは、日本のデフレ宣言の最大の理由は不況ではない。中国人民元がドルペッグされたままの状況下で円高ドル安(円高人民元安)が進むと、日本製品の対米、対中の輸出競争力が低下するので、デフレ宣言して量的緩和策で金余り状態を作り、円安に誘導しているのである。 (Australia raises rates for third month) 豪州が輸出する世界有数の埋蔵量を誇る鉱物資源は、価格が高騰しても一定以上の量が売れるが、日本が輸出する工業製品は、他の諸国との厳しい価格競争があり、為替に敏感だ。インフレ豪州とデフレ日本の違いはここにある。豪州にとって資源高と豪ドル高は利得になるが、日本にとって円高による輸出製品高は企業収益を悪化させる。 (経済覇権国をやめるアメリカ ▼弱いふりに戻る日本) ドルの潜在危機が高まっているのに、日本がドルに合わせて円を弱くするのは危険だ。ドルとの無理心中になる。本来なら、日本のような国こそ、中国などBRICやIMFが発する「基軸通貨として、潰れつつあるドルではなく、IMFのSDR(特別引出権)を使おう」という提案を明確に支持することが必要だ。だが、戦後ずっと対米従属のプロパガンダに漬かってきた日本人には、そうした発想が全くない。日本での議論の多くはピンボケで、多極化の意味を考察していない。今後のドル崩壊とともに日本も崩壊する懸念がある。 欧州からは、11月末に欧州中銀の総裁らが中国を訪問し、中国に人民元の対ドルペッグをやめるよう求め、ペッグをやめられないなら、そのことで欧州から中国への輸出が減ることのないよう、中国の発電所で欧州製の部品を使うなど、政府調達に占める欧州製品の割合を増やしてくれと、実利的な代替策を要求している。日本も、同様の要求を中国に対して言える立場にある。中国政府は、人民元のドルペッグ維持が世界にとって不健全だと知っているので、うまく要請すれば、代替策をとるだろう。日本が陥りそうな最も間抜けな展開は、深く考えないまま、対米従属の代わりに対中従属の国になっていくことである。 (EU2 to Press China for Stronger Yuan Amid Fears on Recovery) このように、金融再崩壊の種が世界のあちこちで膨らんでいる。米国の実体経済は悪化が続く。米国では銀行倒産も増え、預金保険制度(FDIC)はいずれ破綻する。その破綻と、ドバイから他の新興諸国に拡大するかもしれない破綻と、どちらが先に起きるかという感じだ。英国の財政破綻の可能性も強まっている。先進国の中で、金融緩和策をやめたところから順番に通貨高になるが、緩和策をずっと続けているとドルと共倒れになる。金は高騰していく可能性が高い。IAEA事務局長がエジプト人から日本人に代わり、イランへの圧力が強まりそうだが、実際に戦争になれば、原油が高騰する。今後1-2年は、多くの分野でリスクが高まるだろう。 【参考:本文中に出てくるウェブサイトのURLの中に、ウォールストリートジャーナル(WSJ)とファイナンシャルタイムス(FT)のものが多く出てきます。これらは有料サイトで、お金を払っていない人は最初の部分しか読めませんが、無料で全文を読む方法があります。それは英語版のグーグルもしくは英文グーグルのニュース検索で、記事のタイトルもしくはURLを入力し、そこから記事に飛んでいくと、記事の全文が読めます。WSJとFTは、自社の記事の宣伝のために、グーグルから飛んできた場合にだけ全文が表示される設定にしてあるようです。】
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