反イスラエルの本性をあらわすアメリカ(2)2009年6月5日 田中 宇この記事は「反イスラエルの本性をあらわすアメリカ」 <URL> の続きです。 米国を代表する企業で、最近まで世界最大の自動車会社だったゼネラル・モータース(GM)の6月1日の倒産は、世界に衝撃を与えたが、イスラエルでは、米オバマ政権が自国に突きつけている前代未聞の政治的選択肢との比類で語られている。 GMは米国の象徴だっただけに、従来は、経営難になっても「米国の象徴を潰すわけにはいかない」と米政界から神聖視され、倒産を先延ばしにしてきた。しかしオバマは、そんなタブーを無視してGMに「合理化できなければ倒産だ」と迫り、合理化に失敗したGMを、本当に潰してしまった。 同様にオバマは、イスラエルに対し「米国との良い関係を保持したければ、西岸での入植地拡大をやめて、パレスチナ国家の建設を助け、アラブ諸国と和解せよ」と迫っている。イスラエルは、オバマに命じられるままに入植地拡大をやめてパレスチナ国家の創設を容認するか、もしくは米国の命令を無視してパレスチナ人を西岸から追い出したり恒久的に封じ込めたりする強硬派の戦略を独力で続けるか、二者択一を迫られている。 1970年代、イスラエルで最初にパレスチナ人追放という強硬策を提唱したのは、米国から移民(帰還)してきたメイル・カハネというラビ(ユダヤ宗教者)だったので、ハアレツ紙は「イスラエルは突然、オバマかカハネかという二者択一を迫られている」「GM倒産というタブー破りをやってのけたオバマを見くびってはならない」と書いている。 (Israel's sudden choice - Obama or Kahane) ▼オバマは何をするつもりなのかわからない 1967年の第三次中東戦争以来イスラエルが占領する西岸に、右派を中心にユダヤ人が入植地を急拡大したのは1980年代からのことで、米国はクリントンやブッシュの時代から、入植地拡大に反対してきた。しかし、在米イスラエル系政治団体からの圧力を受けて、クリントンもブッシュも入植地反対は口だけで、イスラエルを非難することすらやっていなかった。オバマも当初はこれを継承し、入植地拡大には反対だが親イスラエルの態度は崩さない姿勢を、先日まで採っていた。しかし、4月にイスラエルで右派のネタニヤフ政権ができた後、オバマ政権は急にイスラエルに対する要求を硬化した。 ネタニヤフは5月18日に訪米してオバマと会談し、マスコミでは会談は親密で成功したとされている。しかし実際には、オバマはネタニヤフに入植地拡大停止を強く求め、入植地での人口の「自然増」に対応した住宅建設の拡大は最低限必要だと主張するネタニヤフと対立したようだ。会談後、ネタニヤフは、オバマは何をするつもりなのかわからない、と不安な心境を米国の共和党系のユダヤ人財界人に打ち明けている。 (Showdown Looming Over Israeli Settlements) 6月初めにイスラエルからバラク国防相が訪米し、米大統領府(ホワイトハウス)で安全保障担当のジム・ジョーンズと、パレスチナ問題について会談している最中には、オバマが予定外に突然登場し、入植地の拡大を止めるよう念押しした。米大統領側近と外国高官とのホワイトハウスでの会談途中に大統領がサプライズで登場するのは、ふつうは外国側にとってうれしい驚きだが、この件はイスラエルにとって非常に迷惑なことだった。 (Obama to tell Israel: Form new peace policy by July) 人口を急増させ、イスラエル・パレスチナ全体での人口比でユダヤ人を上回って「民主的」にイスラエルのユダヤ人国家性を崩壊させようとするパレスチナ人の多産に対抗し、入植地のユダヤ人右派は多産だ。人口の自然増を口実に、イスラエルは入植地拡大を正当化してきた。しかし、オバマ政権は自然増も許さない構えで、クリントン国務長官は5月末「自然増は例外だとか、アウトポスト(パレスチナ人を監視する前哨的な飛び地入植地)のみ撤去すればいいという話ではなく、入植地の拡大を全部止めることを、大統領は求めている」と荒々しく表明した。イスラエル側は、クリントンのぶしつけな言い方に驚愕した。 (US Out of the Israeli-Palestinian Conflict) 5月末にはロンドンで、オバマ政権のミッチェル中東和平全権大使とイスラエル政府代表が会議を持ったが、そこでもミッチェルは「大統領は、西岸で一台のコンクリートミキサーも動かしてはならない(すべての建設作業を止めろ)とおっしゃっている」と強く述べ、イスラエル側と口論になっている。 (Obama Turns the Screws on Israel) オバマは6月4日に、エジプトのカイロでイスラム世界に向けて融和的な演説を行ったが、その演説の草稿もイスラエルには見せなかった。ブッシュの時には全部イスラエルに見せており、現在の米イスラエル関係は20年に一度の冷却ぶりと言われている。オバマは、イラクやアフガンでの苦戦を緩和するためイスラム世界に協力を求め、対イスラム宥和策の一環としてイスラエルに圧力をかける演技をしているのだと、イスラエル側は見ている。 (Israel wary of Obama's Muslim speech) ▼「象が言うことを聞かなくなった」 オバマが求めているのは入植地の拡大停止であり、撤去ではない。大した要求ではない。しかしイスラエルの側は、これまでやすやすと米政界を牛耳ってきただけに、オバマに対して「傲慢だ」と憤り、小さなイスラエルが巨大な米国を操作してきた比喩から「象が言うことを聞かなくなった」と評している。実は、傲慢なのは米国ではなくイスラエルの方なのだが、イスラエル政界では露骨な米国敵視発言が蔓延している。戦略大臣のモシェ・ヤアロンは「独裁的で脅迫的な米国の言うことなど聞く必要はない」と言い、右派の入植者たちはエルサレムの米領事館前で集会を開き「オバマはユダヤ差別主義者だ」と叫んだ。 (Akiva Eldar: What will happen if Israel 'defeats' Obama?) (Minister pours fuel on US-Israeli fire) (Obama to Tell Israel: Form Peace Policy by July) イスラム側との対立激化を受けて世論が右傾化したイスラエルでは、右派的に過激な発言をするほど人気取りができる。ネタニヤフも「米国の不合理な要求は無視する」と、入植地拡大を続けることを公式表明し、米国を非難し、オバマを敵視する構えを強めている。中道野党のカディマは、米国と協調してイランを封じ込めねばならない時に米国と対立してしまったネタニヤフに、懸念を表明している。 (Netanyahu to ignore 'unreasonable' US) (Likud: Obama has crossed the line) オバマが巧妙なのは、オバマ側はイスラエルを敵視せず、ブッシュ政権以来の「入植地凍結、パレスチナ和平推進」の態度を保持しているだけという点だ。オバマは6月2日に「イスラエルとは特別に親密な関係は変わらない。親密だからこそ、正直に話すのだ。入植地を拡大してアラブ側と対立し続けるのは、イスラエル自身を危険にする。米国の国益にも反する」と言っている。オバマは、6月4日にエジプトで行ったイスラム世界に向けた演説でも、同様の表明をした。 (Obama reaffirms special relations with Israel but demands settlement freeze) オバマは、イスラエルと在米ユダヤ人右派が世界を巻き込んで展開してきたホロコーストのプロパガンダについては、否定するどころか熱心に乗る姿勢を見せ、今回、中東を歴訪してイスラム世界に対する融和的な演説を発した後、6月5日にドイツに行ってナチスのユダヤ人収容所(Buchenwald)の跡を見学した。親イスラエルの姿勢をとっているうちに反イスラエル的な結果を導き出すのが、ブッシュ以来の米中枢のお家芸である。イスラエル側は「(オバマは)死んだユダヤ人(収容所)より、生きているユダヤ人(入植地)を大事にしてほしいものだ」と揶揄している。 (Jewish Leaders Losing Patience With Obama Policy) (米国では、ホロコースト被害者として自伝を書いてベストセラーになった著者 Herman Rosenblat の話が、実は全くの作り話だったことが、今年に入って暴露されるなど、ホロコーストをめぐる誇張は、少しずつ問題にされるようになっている) (Exclusive: Holocaust Faker Speaks Out) ▼イランではなくイスラエルの核兵器が問題に オバマは、イスラエルを米国敵視の方に誘導すると同時に、米イスラエルの敵だったはずのイランやヒズボラなどのイスラム過激派勢力を事実上、活気づけるような言動をとっている。オバマ政権は5月以来「イランを含めたあらゆる国には、NPT(核拡散防止条約)の体制下で、IAEAの査察を受けながら、核の平和利用を行う権利がある」と認めるようになっている。6月4日のカイロでの対イスラム融和演説でも、オバマはイランの核平和利用を認めた。前ブッシュ政権は、平和利用を含むすべての核開発をイランに禁じていただけに、これは大きな戦略転換である。 (Text: Obama's Speech in Cairo) IAEAは以前から「イランを何度も査察したが、イランの核開発は平和利用に限定されており、核兵器開発を行っていると考えられる根拠はない」とする報告書を繰り返し発表している。米国がイランに核の平和利用を認めたことは、事実上「イラン核問題」の解決を意味する。 (Obama says Iran's energy concerns legitimate) イランはNPTを批准してIAEAの査察も受けているが、イスラエルはNPTを批准せず、秘密裏に60年代から核兵器を開発し、400発の核弾頭を持っている。オバマは6月4日のカイロ演説で「すべての国に核の平和利用権があるが、各国はまずNPTを批准せねばならない」と述べている。これはイランを許容するだけでなく、暗黙にイスラエルを批判している。米国は従来、イスラエルのNPT非加盟と核保有を暗黙に支持していたが、昨年末の米軍報告書以来、米国はイスラエルを核保有国とみなし、態度を転換し始めている。今後、米イスラエル関係の悪化が続くと、米国は、イランではなくイスラエルの核兵器の方を批判するようになる。 (反イスラエルの本性をあらわすアメリカ) 米国の東西研究所やランド研究所は「イランが核兵器を持ったとしても、弾道ミサイルの開発には15年はかかるので、米国にとって大した脅威ではない」とする報告書を出している。これも、イラン容認の方向だ。米軍内などでは「アフガニスタンの安定化に、アフガンの西隣にあるイランの協力が必要だ」という意見が強くなっており、NATOの一員としてアフガン西部を担当するイタリアは、すでにイランとの話し合いを開始している。 (Iran nuclear danger downplayed in reports) イランは、米国からの圧力が減じているすきに、自国で産出する天然ガスや石油を使ったエネルギー外交をさかんに行っている。東方向では、テヘランでイラン・アフガン・パキスタンの3カ国サミットを開き、イランからパキスタン経由でインドまで天然ガスを運ぶIPIパイプラインの建設について、とりあえずイラン・パキスタン間で正式に合意した。西方向では、イランからトルコを経由してギリシャまで天然ガスを運ぶ1700キロのパイプライン建設に着手している。欧州諸国は、ガス供給を使って脅してくるロシアとは別のガス輸入先を得られるので、イランのガスを歓迎している。 (Pakistan, Iran sign gas pipeline deal) (Iran starts Persian gas pipeline construction) 米国は、7月4日の独立記念日に世界各地の米国大使館で行う記念式典にイランの外交官を招待したり、米イランでサッカーの親善試合を行う構想が出たりと、イランに対する融和策が目立ってきている。しかし、これまでの全体的な流れから判断すると、おそらく米国はイランが周辺国への影響力を増し、世界各国と親密になって国際影響力を拡大することを容認するものの、イランの姿勢を反米から親米に転換させようとすることはしないだろう。 (US inviting Iranian diplomats to July 4 parties) (Obama may need Ahmadinejad after all) これは、米国の北朝鮮に対する姿勢と同じなのだが、米国は、イランや北朝鮮が反米非米同盟の一員として台頭することを誘発・許容するだけで、イランや北朝鮮を米国の覇権下に入れることを全くやっていない。米国は、自国の覇権拡大ではなく、逆に覇権を多極化へと誘導している。イランは、米国とではなく、ロシアや中国、それから反米的なベネズエラやキューバとの親密さを増している。 米軍は最近、パキスタンを安定化するために、中国にパキスタン軍に対する訓練や武器支援を頼んだが、これも従来の地政学的思考ではあり得ない話である。中露を中心とする非米反米同盟は、最近のドルの潜在危機拡大の中で、ドルに代わるバスケット制の国際基軸通貨(IMFのSDR利用など)を作ることまで手を伸ばしている。今後、ドルの崩壊感が顕在化するにつれて、ドル代替基軸通貨の話は「中露のたわごと」から「現実的な話」に変わり、覇権多極化が多くの人に実感できるようになるだろう。 (U.S. appeals to China to help stabilize Pakistan) (BRIC May Discuss Moving From Dollar: Kremlin) ▼ハルマゲドンの予行演習 イランが台頭して国際的な反米同盟を形成することは、イスラエルにとって非常に危険なことだ。たとえばベネズエラのチャベス大統領は4月末、自国にイラン外相とパレスチナのファタハ(パレスチナ自治政府)の代表を招待し、イランとファタハとの関係改善を仲裁した。ファタハとハマスが対立する従来のパレスチナでは、ファタハは親米の世俗主義で、ハマスは親イランのイスラム主義だった。しかし、ファタハと米イスラエルがやってきたパレスチナ和平は全く進まず、パレスチナの世論が反米反イスラエル化する中で、ファタハ内部では「反米に転じてハマスと和解した方がいい」と主張する勢力が増えている。チャベスの仲裁でイランとファタハの代表が会ったことは、ファタハが反米親イラン化してハマスと結束してしまう可能性を示している。 (Covert Palestinian Authority-Iranian get-together in Caracas) イスラエルは従来、ファタハ主導のパレスチナ政府を米国の傀儡として維持し、新生パレスチナ治安部隊も米イスラエルが訓練して監督下に置き、パレスチナ国家ができたとしてもイスラエルの言いなりになる仕掛けを作っていた。ファタハがイランやハマスと組んでしまうと、この仕掛けが崩壊し、パレスチナ国家はイスラエルを敵視する勢力に転換してしまう。 (US General Builds A Palestinian Army) 米政府は、このような構造転換の裏の流れを知りつつ、イスラエルに「パレスチナ国家の創建に協力しろ」と要求する声を強めている。だからイスラエルは驚愕している。オバマ自身がどこまで把握しているかは疑問で、おそらく外交顧問のブレジンスキーあたりが、チェイニーやネオコンからの流れを継ぎ、隠然としたイスラエル潰しの策略を練り、オバマを操っている。 米政府は「イスラエルがパレスチナ問題で譲歩し、パレスチナ国家が軌道に乗って問題解決に至れば、アラブ諸国での反米反イスラエル感情がおさまり、イランの影響力拡大を阻止できる。イランを抑止したければ、先にパレスチナ問題を解決せねばならない」と、イスラエルに迫っている。米国内では「米国がイランと和解すれば、イランを通じてハマスやヒズボラを抑止でき、イスラエルの安全にもつながる」という主張も出ている。イスラエル右派は、パレスチナ問題にイランを絡めることに強く反対している。 (Iran Tehran's role on Mideast peace) 米国の右派は、イランとイスラエルとを戦争させようとする策略も続けている。ネオコン系の研究者は最近「米国では従来、イランのガソリン輸入を制限する経済制裁が最も効果があるとされてきたが、イランのガソリンの輸入依存度はこの2年間で40%から25%に下がった。もはやこの経済制裁は効かない」と、イラン封じ込めには軍事侵攻しかないという趣旨の論文を書いている。米国が中東から足抜けしようとするほど、イスラエルはイランとの戦争を誘発して足抜けを阻止する策をとりたくなる。しかしイランとの戦争は、イスラエル自身の破滅になる。 (Shortcut on the Roadmap to War by Jim Lobe) 次の戦争は、ガザや西岸から再燃する可能性もある。モサド系の情報サイト「デブカファイル」は、5月末からハマスが西岸での軍事活動の準備に入り、対抗してイスラエル軍は西岸のハマス勢力を逮捕していると書いている。西岸のファタハの中に反米化せざるを得ないという考え方が広がると、ファタハとハマスで組んで西岸とガザの両方でイスラエル軍との戦いを再発するという展開があり得る。イスラエル軍は5月末、ガザ、レバノン、シリア、イランから同時に攻撃された場合を想定した、史上最大規模といわれる軍事演習を行った。これは「中東大戦争」「ハルマゲドン」の演習である。水面下で一触即発の事態が続いている。 (Hamas West Bank cells ordered to launch terror war on Abbas forces, Israel) (Israel Launches Doomsday Drill) ▼ヨルダンを潰してパレスチナにする その一方でイスラエルは「カハネ化」の方向に進んでいる。冒頭に書いた「イスラエルは、オバマに従ってパレスチナ国家を許容するか、(過激な宗教指導者)カハネに従ってパレスチナ人を追放する戦略を進めるか」という「オバマとカハネ」の選択肢の、カハネの方を選ぶ動きである。イスラエル議会では5月末「ヨルダンをパレスチナ人のホームランド(母国)とする」という決議が提案された。 (Israeli Proposal: Make Jordan the Official Palestinian Homeland) 120人の総議席のうち賛成は53人で、決議は採択されなかったものの、この提案は既存のパレスチナ和平案を根本からくつがえす内容だ。要するに「ヨルダン川の西岸ではなく、東岸にあるヨルダンをパレスチナ人国家として指定する。西岸はイスラエル固有の領土となり、西岸に住むパレスチナ人はヨルダンに移住する。ヨルダンは、80年前にイギリスが据えた王家(ハシム家。メッカ出身で、パレスチナ人ではない)が統治しているが、パレスチナ人が王家を打倒したいなら、勝手にやってよい」ということである。これは、西岸のパレスチナ人を東岸に強制移住させてパレスチナ問題の最終解決とする、カハネ的な案である。この案は以前からあった。 (A difficult plan whose time has come, confederation with Jordan) もともとメッカ知事だったハシム家は、第一次世界大戦時に英国から「アラブ全部の王様にしてやるから、オスマントルコ帝国に反旗を翻せ」と誘われて決起した。しかし英国は約束を守らず、アラブ地域の半分(シリアとレバノン)をフランスに割譲してしまった(分割支配が目的。サイクス・ピコ条約)。怒り心頭のハシム家をなだめるために、英国は急遽トランスヨルダン(ヨルダン川対岸の意。今のヨルダン)を建国し、ハシム家の息子の一人を王様に据えた。その隠れた目的は、英植民地だったパレスチナをヨルダン川で東西に分割し、不可避になっていたイスラエルの建国範囲を縮小することだった(ユダヤとアラブを拮抗させ、漁夫の利を得る戦略)。 このような歴史からすると、イスラエルが「東岸もパレスチナの一部だ」「東岸をパレスチナ人の国にせよ」と主張するのは一理ある。度重なる中東戦争で多くのパレスチナ人移住してきた結果、すでにヨルダンの人口の7割近くはパレスチナ人である。米イスラエル関係が悪化し、イスラエルが米英に気兼ねする必要がないなら、英米傀儡のヨルダン王家をパレスチナ人に打倒させ、国名を「ヨルダン・ハシム王国」から「パレスチナ」に改名すれば問題解決だ、とイスラエル右派が考えるのは自然である。 同時にイスラエル右派は「ユダヤ人国家に忠誠を誓わない者は国籍を剥奪する」という新法を作り、イスラエルの人口の約15%を占めるアラブ系(中東戦争で難民化せずイスラエル本土に住み続けたパレスチナ人)に対して適用しようとしている。ここ数年の「米イスラエル対イスラム世界」の対立構造の中で、アラブ系イスラエル人は、イスラム教徒・アラブ人(パレスチナ人)として覚醒し、イスラエルの祝日であるイスラエル建国記念日を「パレスチナ人にとっての亡国の日(ナクバ)」として悲しむ政治運動を強めている。イスラエルの右派は「ナクバ」の運動を違法化しようと、議会に提案している。これも、アラブ系国民を迫害追放しようとする「カハネ主義」である。 (Shas seeks authority to strip Israelis of citizenship) ▼美辞麗句のオバマ演説 このように中東で新たな事態が起きつつある中、オバマは6月4日、エジプトに来てイスラム世界に融和を持ち掛ける演説を行った。演説は、米国のすばらしさとイスラムのすばらしさを交互に賛美し、クルアーンと聖書とユダヤ聖典からバランスよく引用を盛り込んだ流暢なものだった。オバマは演説で、パレスチナ人を、かつて米国で奴隷として虐げられていた黒人にたとえた。これは、オバマが黒人であることを考えると、イスラエルに対する間接的な批判となっている。 だが、この演説に対するイスラム諸国からの反応は「美辞麗句ではなく、米国が無茶苦茶にした中東をどうやって良い状態にしていくのか、従来の失策の延長ではない、具体的な方策が全く盛り込まれていない」という悪評である。(一般的にものの見方が表層的な日本人には、オバマの演説は感動的な英語教材かもしれないが) (Muslims not sure speech means change they can believe in) オバマのカイロ演説には「アフガンにもイラクにも、米軍は恒久的に駐留させない」「イスラエルの西岸入植地は不当だ」「イランには核の平和利用権がある」といった方針が盛り込まれているが、これらは以前から米政府が建前的に言ってきたことの繰り返しであり、今では聞く側のイスラム世界に信用してもらえない。(私は、オバマは意外にもこれらの多くを実行し、本人が意図しない米国の覇権縮小と中東の大変動を引き起こすと予測している) オバマは演説で、テロ戦争は「911のテロ攻撃を受け、やむなく始めた戦争」だが、イラク戦争は「米国の方から始めた戦争(a war of choice)」だと言っている。これは「イラク戦争は侵略戦争だった」ということの婉曲表現なのだが「侵略戦争でした、ごめんなさい」と言わないところが、中東の人々には不満だ。「オバマは演説で、パレスチナ人は暴力をやめろと言ったが、中東で一番暴力をやってきたのは米イスラエルじゃないか」という、もっともな反論が出てくる。そして、この反論を放った反米イスラム主義のヒズボラには人気が集まっており、ヒズボラは6月7日のレバノン総選挙で勝利しそうである。 (Pakistanis Praise Obama Cairo Speech But Await Specifics) (Hezbollah: Cairo speech showed no US policy change) ▼エジプトのイスラム主義化を煽るオバマ演説 オバマは演説で、ブッシュ政権による中東への強制民主化戦略を批判する意味で「他国から政治制度を強制されるべきではない」と明言した。そして「政治制度は(外国から強制されるのではなく)その国の人々の意志に沿って決めるべきものだ。人々の意志は、その国の伝統の中に織り込まれている」と語った。これは一見もっともだが、今のエジプトでこれを言い放つことは、実は親米のエジプトを反米に変えてしまう危険性をはらんでいる。 カイロ大学でのオバマの演説には、10人のイスラム同胞団のメンバーが招待されていた。イスラム主義の思想を掲げる同胞団は、エジプトの現ムバラク大統領を腐敗した独裁政権とみなし、エジプト国民の民意によってムバラク政権を倒し、エジプトをイスラム主義の国に転換しようとしている。ムバラク政権は同胞団をテロリスト扱いして非合法化しているが、同胞団は1970年代から非暴力を掲げている。 (Muslim Brotherhood Members to Attend Obama's Cairo Speech) オバマの演説は、同胞団から見ると「イスラム教徒が多数派を占めるエジプト人の伝統に根ざしたイスラム主義に基づき、同胞団が民意を集める形でムバラク政権を選挙(もしくは民意を受けた決起)によって転覆することは、オバマも認めた正しいことなのだ」という話になる。思えば、米国はブッシュ政権時代から、ムバラク政権が嫌がるのを無視して、イスラム同胞団との接触を続けてきた。 (US Quietly Approves Contacts With Muslim Brotherhood) 米諜報機関はすでに昨年末「エジプトは中東の盟主の地位を失い、サウジアラビアに追い越された。エジプトは、親米政策は自国のためにならないと思い始めている」とする「ムバラク後」を見据えた報告書を出している。米国人の中東研究者からは昨年「イスラム同胞団はいずれエジプトの与党になる。米国は腐敗したムバラクなど見捨てた方が良い」とする提案が出されている。米政府の隠れた意図は、中東全体をイスラム主義で団結させて反米非米同盟の仲間入りさせ、世界の覇権体制を米英イスラエル中心から離脱させて多極化し、世界経済の拡大均衡を目指しているのだろうと、ここでも思えてしまう。 (U.S. report: Saudis replacing Egypt as regional leader) (Hear out the Muslim Brotherhood)
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