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転換期に入った世界経済

2008年11月18日   田中 宇

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 11月15日、米ワシントンDCで開かれたG20サミットは、あいまいな内容の共同声明を発しただけで、金融危機や世界不況に対する新たな具体策を打ち出さずに終わった。共同声明の主旨は、金融規制を世界的に強化して危機の再発を防ぐことを決めた、というものだった。「すでに各国が打ち出した方策を列挙しただけ」「経済学部の大学1年生でも思いつく内容」と酷評されている。(関連記事

 今回のサミットを提案した英仏首脳は事前に、口々に「第2ブレトンウッズ会議を開くのだ」と大風呂敷を広げていたが、サミットは1日だけの開催で、記者会見や写真撮影などの式典をのぞいた実質的な討議は、数時間だけだった。1944年に戦後のドル本位制を決定したブレトンウッズ会議が、2週間も議論が続けられたのとは対照的な短さである。44年の会議では、事前の米英間の調整に2年間かけたが、今回は事前準備も米仏首脳会談以来の約1カ月しかなかった。この短さで、まとまった結論を出す会議をするのは、もともと不可能だった。(関連記事

 しかし今回のG20会議は、象徴的な意味、国際政治における長期的・歴史的な意味としては、非常に重要である。今後しばらく経ってみないと今回の会議の意味は確定しないものの、今の時点で私が推測しているのは「これで、世界の主導役をする組織は、英米主導のG7から、BRIC(特に中露)とEUと米国の共同運営による多極型のG20へと移行したのではないか」ということである。(関連記事その1その2

 第二次大戦後、米国の軍産複合体と結託して米政界に影響力を行使し続け、その力でG7を黒幕的に主導していた英国は、まだ主導権を守ろうとする姿勢を崩していない。そのため、世界の中心がG7からG20に変わると自国の影響力が低下する日本政府は、まだG20がG7に取って代わる可能性を認めていない。政府のブリーフィングを受けて書かれる日本のマスコミには「G20がG7に取って代わるかも」といった見方は載っていない。しかし、G20になると自国が含まれるので国際影響力の大幅増となる韓国では、新聞が「G20がG7に取って代わるかも」という論調を載せている。(関連記事

 1975年に設立されたG7は、1971年のブレトンウッズ体制の崩壊(ニクソンショック、金ドル交換停止)と73年の石油危機によって崩壊した米経済と米英中心の経済体制を、日独など他の先進国の協力によって立て直すために作られた(ニクソンショック後、為替市場に秘密裏に協調介入するために米英日独仏で作られた非公然組織のG5がカムアウトし、G7となった)。G7は、米英中心の世界体制を守るための組織である。

 近年は、BRIC諸国もG7サミットに呼ばれるようになっていたが、それは米英、特に英国が考えた世界支配構造(地球温暖化などの環境対策や貧困救済、紛争処理など)に協力するようBRIC諸国がG7から求められる場でしかなく、BRICの発言権は小さかった。BRICからは「G7に参加しても、休憩時間に招き入れられるだけなので出ても無駄だ」との不満が出ていた。(関連記事

 G7とは対照的に、G20はBRIC主導の国際組織である(BRIC+G7+サウジアラビアなど)。G20には欧州各国の他にEUが参加しており、いずれ英を含む欧州はEUとして議席が一本化され、BRIC+EU+米+日サウジなど、という形になる。昨夏以来の金融危機で、米英や西欧諸国は被害を受け、G7諸国の経済成長は鈍化し、中国などBRIC諸国の経済成長力や資金力に頼らないと、世界経済を回していけなくなった。それで今回初めて、力の限界にきたG7に代わり、G20主導で世界経済の建て直しが模索されることになった。

▼英仏の対峙と、無力を演じる米国

 今回のG20では、ヘッジファンドなどアングロサクソン型の金融システムを規制して葬り去ろうとする欧州・ロシア(特に仏露)の主張と、アングロサクソン型を残そうとする米英(特に英)の主張とが対立した。今後予測されるドル本位制の崩壊後の国際通貨体制についても、仏露は、投機で為替市場を混乱させるヘッジファンドを取り締まり、人民元やアラブ産油国(GCC)共通通貨が国際通貨として台頭できるようにして、多極的な基軸通貨体制を目指したい。これに対して英国は、世界共通通貨を作る構想を示唆し、対抗している。(関連記事その1その2

 G20会議の直前、仏サルコジと露メドベージェフの2人の大統領がフランスで会合し「G20会議での仏露の方針は、ほとんど一致している」との声明を発表した。EUは一枚岩ではなく、ロシアと協調して米英覇権の安楽死を目指すフランス(おそらく仏独伊西の協調体制)と、米英覇権の延命をはかる英国とに分裂している。(関連記事

 サルコジ大統領は、G20サミットに出発する直前、パリで「サミットに出て、ドルはもはや世界で唯一の(基軸)通貨ではないと宣言する」と放言し、あとで「あれはどういう意味か」と尋ねるマスコミに対して側近が「大した意味はない」と火消しに回る一幕もあった。(関連記事

 それでは米国はどうかというと、自国でサミットを開くというのに、ほとんど影響力を行使しなかった。ブッシュは任期末で発言しても無視され、次期大統領オバマは地元シカゴにこもり、ワシントンに出てこなかった。「隠れ多極主義」のブッシュ政権は、オバマ政権になってからではなく、わざわざ任期末にG20会議を開くことで、仏露による多極化戦略に力を与える効果をもたらしている。オバマ政権になってからだと、英国が、米における政治影響力を駆使して米国を席巻し、米国の影響力を使って英国案を世界に受け入れさせる策略をやりかねない。(関連記事

 次回のG20サミットは、オバマ就任後101日目にあたる4月30日に開かれる予定だ。オバマが「就任から100日は待ってくれ」と言ったので、101日目に設定されたのだろう。(関連記事

 オバマは英国の言いなりになるかというと、そうでもなさそうだ。米のヘッジファンド業界は、オバマ政権はヘッジファンドに対する規制を強化するので、これからは儲からなくなると予測している。ヘッジファンド経営者であるジョージ・ソロスは、今後ヘッジファンド業界の総資産は今の半分から4分の1に縮小すると予測している。(関連記事その1その2

 オバマは、米財務省の政策を見直す政権移行チームの主導役に、クリントンとカーターの政権の経済顧問をしていたヘッジファンドの元経営者(Josh Gotbaum)を選んだ。ヘッジファンド業界の内情を知っている彼が、次期政権の財務省のヘッジファンド規制強化の構想を作るのかもしれない。(関連記事

▼大量破壊兵器としてのヘッジファンド

 ヘッジファンドの中には純然たる儲けのためにやっているところが多いだろうが、この業界は内情が全く不透明なので、中には、軍産複合体や英国、もしくはその反対側にいる隠れ多極主義のニューヨーク資本家などの意を受けて、国際政治の暗闘の一環として、どこかの国の通貨や株式市場を潰したり、石油や金などの相場を急騰させたり下落させたりしている勢力もいそうだ。国防総省にとっては、ミサイルでなく為替投機で敵国を先制攻撃するのも戦略の一つであり、同省には経済分野の安全保障の部署がある。

 ヘッジファンドが途上国の為替を暴落させた1997年のアジア通貨危機は、国際政治を経済主導から軍事主導に転換させ、軍産複合体やネオコン、イスラエルが米政界で再台頭する先鞭をつけた。最近でも、ロシアは外貨準備が豊富であるにもかかわらず、ロシアの株価や通貨が異様に下落させられている。逆に、92年には、英国ポンドがヘッジファンドによって暴落させられている。

 ヘッジファンド業界が透明化され、資金が縮小すると、その後はおそらく投機による為替の乱高下が世界的に少なくなる。これは、資産を急増させるBRICや産油国などの途上国側の為替を投機によって潰そうとする英国や軍産複合体にとって不利になる。

 しかも英国は、この2カ月ほどの間に、急速に経済状態が悪化し、すでに不況に突入している。英国経済を支えるのは金融と不動産だが、金融界は米国と同じレバレッジ型(アングロサクソン型)の金融で、米国と同様に大崩壊している。金回りの悪化で、不動産市況も下落し、ピーク時から15%下がったと発表されているが、実際の下げ幅はその3割増で、統計数字が操作されているとの指摘がある。来年末までに、英不動産相場はピーク時より35%の下落になると予測されている。企業倒産も急増している。英国は来年、ひどい不況になるだろう。(関連記事その1その2

 英政府は景気対策のために金利を大幅に下げ、財政赤字を急拡大して景気テコ入れをやっている。だが、金融崩壊の状態が解消されないので、景気はどんどん悪くなる。利下げの影響で通貨ポンドが下落し、外国の投資家は英国債を敬遠するようになった。11月15日には、英の野党の「影の蔵相」が「ブラウン政権は、財政赤字を増やしすぎている。このままではポンドは崩壊する」と、大胆な政府批判を行った。(関連記事その1その2

 従来、ロンドンが世界的な金融センターであり続けられたのは、ポンドが強い通貨だったからである。ポンドに崩壊懸念が続くと、世界の資金はロンドンを敬遠するようになる。前回の記事に書いた「ビッグバン2」などの英金融再生策も破綻する。(関連記事

 もしかすると、次回のG20会議が開かれる4月末には、もはや英国は世界を主導できる国ではなく、財政や通貨が破綻に瀕し、それこそIMFに救済を求めねばならないような「失敗した国」に成り下がっているかもしれない。そうなると、G20を通じた世界の多極化を阻止しようとする勢力はいなくなる。

 世界の多極化を阻止しようとする勢力は英国だけではない。日本もそうだ。麻生首相はG20会議に際し、ドルの覇権体制の永続を強く望むと表明し、IMFに1000億ドルの資金を拠出すると発表した。しかし、G20の中では英国も仏露も、近隣の他の国々に事前に根回しし、仲間を募って主張を通そうとしているのに対し、日本は単独で動いている。そのため日本は、世界から重視されていない。(関連記事

 G20による新世界秩序は、地域ごとの多極的な構造なので、仏がEUを代表してロシアと協調するように、日本がG20で何か提案したければ、事前に中国、韓国と話をつけて日中韓でやるのが効果的だ。だが、日本はいまだに米英中心で、G7しか見ていない。日本政府は、米国が「隠れ多極主義」であることを見ようとしないので、昨今の国際政治の激動の本質が見えない。日本が何か提案したら米国が歓迎し、ドル本位制と日本の対米従属を維持できると思っている。それは、全くの夢物語である。

▼わきあがるドル破綻の暗雲

「隠れ多極主義」の米ブッシュ政権のポールソン財務長官は、英国に対する破壊工作をやっている。ポールソンは先日、米財務省が7000億ドルの公金を使って金融機関の不良債権を買い取る救済策を効果がないので中止し、代わりに金融機関に資本注入する救済策に変更すると発表した。不良債権の買い取りより資本注入の方がずっと効果があることは、10月にポールソンが不良債権買い取り政策を言い出した当初から指摘されており、市場は、今ごろになって方向転換するポールソンに懐疑心を抱き、米英の株価が急落した。中でも特に急落したのが、英国の銀行株だった。

 ポールソンの従来案では、不良債権を買い取る対象は「米国で営業している金融機関」で、米国で営業する英国の金融機関も救済対象になっていた。しかし資本注入となると、米国の金融機関しか対象にならない。(関連記事

 G20諸国の中でも特にお金を持っている中国とサウジアラビアは、自国の資金をIMFに注入し、その金で世界経済を救ってほしいとG20から要請されているが、その要請には消極的である。中国もサウジも、IMFに金を出すのではなく、自国の公共投資などを増やして経済成長を維持し、世界から商品を買うことで世界経済に貢献したい、と表明している。(関連記事その1その2

 中国やサウジは、今までIMFを牛耳ってきた英米から「今後は君たちの発言権を増やしてやるから、金を出してくれよ」と頼まれている。だが、中国もサウジも「英米は狡猾だから、金だけ出させて、こちらが希望することは、何だかんだと理由をつけて潰すに違いない」と疑っている。アヘン戦争やサイクス・ピコ条約以来、イラク戦争までの英米の200年の狡猾と暴虐を見れば、疑いは当然だ。

 しかし、中国やサウジが「英米を疑う自由」を享受できる期間は、今後それほど長くないかもしれない。というのは、中国やサウジが自国通貨をペッグしている米ドルの将来に、暗雲が垂れ込めているからだ。債券市場では9月のリーマン・ブラザースの倒産後、米国債の10年ものの利回りが、2年ものの利回りに比べ、じりじりと上昇する事態となり、金利差は2%から3%へと拡大している。この間、連銀が利下げしたので金利自体は低くなっているが、長期と短期の米国債の金利差が広がっている。(関連記事

 一般に、金利差が拡大するのは、不況から好況に切り替わりそうな時期である。長期的に好況になって金利が上がりそうだと予測する投資家が目先の長期国債を買い控え、長期債の利回りが上がる(2002年にこれが起きた)。しかし今回は、これから不況になる時期の金利差の拡大である。この場合、いずれ国債が売れなくなって金利が上昇すると予測している投資家が増えていると考えられる。また、株式など他市場での相場下落を嫌気して、資金を短期米国債に転換する投資家が増え、短期債の利回りが下がったこともあり、長短金利差が拡大している。(関連記事

▼オバマの財政赤字拡大

 いずれ米国債の買い手がいなくなると投資家が予測していることは、米国債のCDS(債券破綻保険)の保険料の上昇からもうかがえる。昨年度まで米政府の新規国債発行(財政赤字額)は5000億ドル前後だったが、今年度(来年9月まで)は、すでに7000億ドルの金融救済費と、5000億ドルの景気対策費が加わることが決まっており、赤字総額は通常年度の3倍以上の1・5兆−2兆ドルに達すると予測されている。

 米政府が救済せねばならない企業や金融機関は増えるばかりだ。9月には、投資銀行の残存2行が商業銀行に転換して米当局からの救済金を受け始めたし、最近ではカード会社のアメリカン・エクスプレスも商業銀行扱いに転換し、政府救済の対象となった。倒産寸前のGMなど自動車会社も、何とかして政府救済を受けようとロビー活動を展開している。今年度の財政赤字はもっと増えそうだ。いろいろな金融救済策と景気対策の財政出動を全部合わせると、すでに5兆ドルの支出枠が作られていると、米経済誌フォーブスが報じている。(関連記事

 米国内では、国民も金融機関も赤字増で、国債を吸収できる余力がない。頼みの綱は外国人投資家だが、投資家は中東でも中国でも、米国への投資に対する警戒感を強めている。いずれ、米国債は売れなくなり、長期金利はさらに高騰しかねない。米国は、国債とドルの破綻への懸念が強まっている。米経済誌バロンズは最近、米国債破綻を懸念する「米政府はもう借りられなくなる?」(Uncle Sam's Credit Line Running Out?)という記事を出した。

 オバマは、ブッシュ政権が消極的になっている自動車産業の救済に積極的で「今後2−3年は、景気対策がとても重要なので、財政赤字の増加を気にする必要はない」と表明した。財政破綻の懸念が高まっても気にせず、景気対策の財政出動を急拡大させる、という宣言である。(関連記事

 これは、意図的に米財政を破綻させるような、自滅的な財政赤字の急拡大をやった共和党のニクソン、レーガン、現ブッシュと同じ姿勢にも見えるが、オバマは民主党だ。多極主義のNY資本家が強い共和党ではない。民主党にもネオコンに似たネオリベラルはいるが、現時点では、オバマは自滅的ではないという前提で考えた方が無難だ。

 オバマは景気対策の急拡大で財政危機に陥りながらも、米財政を破綻させないようにすると考えられるが、その場合、中国や産油国といったBRIC・新興諸国の金持ち国を政治的に優遇し、米国を経済的に助けてくれるように誘導せねばならない。オバマも、G7ではなくG20を重視することになるだろう。オバマがヘッジファンド規制に積極的なのも、中国やサウジを頼らなければならなくなることと関連があるかもしれない。

▼リーマン破綻が世界の転機に

 今回のG20サミットは、世界経済の中心がG7からG20に転換する時期に入る転換点になりそうだ(今後しばらく流れを見ないと確実なことは言えないが)。それでは、世界経済の転換点となりそうな今回のG20サミットは、何故今の時期に開かれることになったのか。私が最近気づいた理由は「米当局がリーマン・ブラザースを破綻させたから」である。

 昨夏以来の米国発の金融危機は、何回かの転機を経ている。一つ目は昨年8月の金融危機の発生時で、これ以来、米金融界が主に帳簿外に持っていたCDOやSIVといった不動産担保債権があちこちで破綻し始め、それが簿外にあって所有者以外からは実態が見えないため、不動産担保債権の取引市場全体が恐慌(信用崩壊)に陥った。債権の多くが簿外にあって財務諸表上に見えないため、どの金融機関がどれだけの不良債権を抱えているか各市場参加者は判断できず、恐慌は金融機関相互の融資市場へと拡大し、米英の金融界は極度の貸し渋りに陥った(英金融界は米のコピーなので感染した)。

 伝統的な恐慌は、一般の商取引における信用崩壊(手形や銀行を信用しなくなることなど)を指すが、昨夏以来の金融危機は、不動産担保債権という、金融機関どうしでのみ取引される金融市場で起きており、一般の人々から見えにくいところで発生した。そのため、危機の本質がマスコミでもきちんと報じられなかった。米議会も、ポールソン財務長官らの説明で煙に巻かれた。金融機関が破綻しそうになるのは金曜日が多く「アジアで月曜日の朝の株式市場が開くまでに救済策を決めないとダメだ」とポールソンが議会や関係金融機関をけしかけ、議員や株主らの意向を無視して、不透明な対策が次々と決まった。

 金融危機の初期段階で、米当局が、金融界の簿外にある不良債権の全貌についての情報をうまく公開していれば、いくつかの金融機関は不良債権を償却し切れず潰れるものの、市場全体の相互信頼が再醸成され、金融界の恐慌は早期に解消されていただろう。しかし米当局は、金融機関を守ることを優先し(もしくは未必の故意的な自滅策で)、不良債権を簿外に放置することを許し続け、不透明な状況を持続させた。米当局は、本質的な解決策と無関係な利下げや、救済的な緊急融資の拡大しかやらなかった。その結果、危機はひどくなり、今年3月のベアースターンズ破綻という2回目の転機を迎えた。

 ベアスタ破綻を機に、米当局は救済的な融資を一気に拡大した。これは、金融市場の恐慌状態を解消する策ではなく、金融市場が死んでいるので当局が代わりの貸し手になり切るという、問題の根本解決にならない、その場しのぎの対策だった。これ以降、米英金融界では事実上、当局のみが唯一の貸し手となった。この後、当局による資金提供によって、金融機関は何とか運営していたが、半年後の今年9月15日(週末論議の末の月曜日の未明)にリーマン・ブラザースが倒産し、これと前後してメリルリンチ、AIG、ファニーメイなどが相次いで破綻して、3回目の転機が来た。

 この転機の後、米政府は金融界に対し、返済を前提とした救済融資だけでなく、返済されないことを前提とした公的資金の注入へと救済策を拡大した。救済融資も、それまでの最優良格付けの債権のみを借り手の金融機関からの担保として受け入れる(貸し倒れの懸念が少ない)体制から、ジャンク的な債権でも担保とみなす、貸し倒れ(公金での補填が必要になる事態)の懸念が大きい体制に転換した。公金注入と合わせ、米政府の金融救済策は、財政赤字の急増が不可避な段階に突入した。

 米当局は昨年末以来の約1年間で2兆ドルの救済融資を金融界に入れたが、そのうち1・1兆ドルは、リーマン破綻を機に融資条件がジャンク債担保にまで緩和された後の2カ月間に融資されている。リーマン破綻は、米国の財政破綻への地獄の扉を開いたのである。(関連記事

 リーマン倒産によって、リーマンが関与していたものなどの、巨額のCDS(債権破綻保険)が清算される必要が生じた。米政府はこの危機に対応するため、CDSを積極的に発行していた保険会社AIGを政府の傘下に入れ、AIGに救済融資をするなどして、CDSの清算を非公式に進めた。米財務省がAIGに入れた700億ドルの公金は、CDSの保険金としてゴールドマンサックスなどの金融機関の懐に入った。ポールソン財務長官は、ゴールドマン出身である。公金を直接にゴールドマンに入れると目立つので、AIGを経由させ、米国民と議会の目を欺いたと見ることもできる。(関連記事

 米当局の対策は、すべて目先だけの対症療法で、簿外の不良債権は放置したまま、その債権につけられていた保険であるCDSの清算を公金で行うという状況だった。当然、本質的な解決である銀行間融資市場の蘇生は起こらず、当局のみが唯一の貸し手で、しかも公金を使い、財政赤字を急増させながら、損失覚悟の救済融資を拡大する事態となった。

 米当局が唯一の貸し手だったのだから、どこの銀行を救済してどこを潰すかの生殺与奪を握っていたのは、米当局だった。米政府がリーマンの破綻を許可(誘発)したことに、欧州諸国は驚愕した。リーマンのような債券金融界の要衝を潰すと、債権の恐慌が拡大することは目に見えていた。そして、米政府は恐慌の拡大に対し、公金を使って非効率な対症療法を本格化させた。このままでは、いずれ米国は財政破綻し、ドルは基軸通貨の地位を失うだろうと、独仏などの当局者が考えるのは当然だった。

 リーマン破綻から10日後の9月26日、仏サルコジ大統領が「ブレトンウッズ会議のやり直し(基軸通貨体制の仕切り直し)が必要だ」と表明し、11月15日のG20サミットを開く構想を最初にぶちあげた。サルコジはその後、ロシアのメドベージェフ大統領や、ドイツのメルケル首相と話をつけ、10月初旬には訪米してブッシュと会い、サミットの開催を決めた。英国のブラウン首相は、通貨の多極化を実行されて英米の覇権体制を壊されてはたまらないと、サルコジに対抗する案を出したが、ブッシュは英国に冷淡で、サミットは仏露の主導となった。

 今後、米英の国債と通貨がいつ破綻するのか、破綻しそうでしないのか、先行きは確定的ではないが、米英ともに財政難がひどくなり、ドルとポンドへの信頼が陰って、米英経済覇権が崩壊に向かう可能性は高い。それとともに、G7中心の世界経済体制は、多極的なG20中心の体制へと転換していくことになりそうだ。世界経済は、多極型への転換期に入ったといえる。



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