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イスラエル再戦争の瀬戸際

2007年5月8日   田中 宇

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 イスラエルで4月30日、ウィノグラード委員会の中間報告書が発表された。イスラエルは昨年夏、北隣のレバノンからイスラエルをロケット攻撃してくる武装組織ヒズボラと戦争し、勝てなかったばかりでなく、逆にレバノン国民の反イスラエル世論を煽ってヒズボラ支持を拡大してしまう愚策を行った。ウィノグラード委員会は、イスラエルの政府や軍が、愚策を展開した理由を探り、責任者を追及するための組織である。(関連記事

 中間報告書は、オルメルト首相らが政府内での十分な検討をせずに攻撃を拡大したことや、数年前からヒズボラが武力を増強していたのにイスラエル軍が見逃していたことが批判されたが、こうした論調は、事前に予想されていた範囲だった。報告書がオルメルト首相に引責辞任を求めていなかったので、昨夏の戦争以後、支持率低下に悩むオルメルトは、これで首がつながったとマスコミで指摘された(ウィノグラード委員会は、オルメルト自身が設立したので出来レース的ではある)。(関連記事

 報告書の中身は予測の範囲内だったが、イスラエル政界では、これを機に反乱が起きた。5月2日、オルメルト政権のナンバー2であるリブニ外相が、記者会見をして「オルメルトは引責辞任すべきだ」と主張した。(関連記事

 昨夏のレバノン戦争以来、イスラエル政界では、オルメルトを辞めさせてリブニと交代させようとする動きが見え隠れしていた。昨夏の戦争は、アメリカのチェイニー副大統領らブッシュ政権の好戦派(隠れ多極主義者、ネオコン)が、オルメルトをそそのかして自滅的な戦争拡大をやらせたものだ。(関連記事その1その2

 開戦直後、自滅戦争をやらされていると気づいたリブニはその後、戦争を早く終結させようと、国連と交渉し、停戦会議を開かせたり、停戦監視の国連軍を派遣させたりする画策を行い、約1カ月後、何とか停戦にこぎつけた。(関連記事

 停戦したものの、イスラエルの軍や政府、諜報機関には、中堅幹部として、チェイニーと同一歩調をとる好戦派(リクード右派、入植者)がたくさんおり、アメリカと自国の好戦派に取り囲まれているオルメルトは、政策の方向転換ができなかった。そのためイスラエル政界では、オルメルトを辞めさせようとする動きが出て、それが5月2日のリブニの反乱の背景に存在していた。

▼イスラエルの好戦派と現実派

 イスラエルは、1967年の第三次中東戦争でアラブ側に勝って西岸とガザを占領して以来、占領地に入植する宗教的、好戦的な若いユダヤ人活動家たちをアメリカから多数受け入れたが、彼らはその後30年かけてリクード右派としてイスラエルの政府や軍に入り込み、いくつもの要職をおさえている。

 リクード右派は、国際社会の意向を無視してパレスチナ人をアパルトヘイト的な状況に押し込めたり、他のアラブ諸国に追放したりしてイスラエル領土の拡大を実現するのだと言っているが、その方針は非現実的であり、むしろイスラエルを存亡の危機に追い込んでいる。そのため私は、彼らの中心は、イスラエル愛国者のふりをして、実は30年かけてイスラエル潰しを画策する、アメリカの隠れ反シオニストの資本家たちの手先なのではないかと疑っている。(「イスラエルとロスチャイルドの百年戦争」参照)

 2001年の911事件から、2003年のイラク侵攻まで、当時のイスラエルのシャロン首相は、ブッシュ政権の動きはイスラエルにとってプラスだと考えていたが、その後、イラク占領が泥沼化し、中東全域で反米反イスラエル感情が高まり、イスラエルを敵視するイスラム過激派への支持が増えた。このままではイスラエルは潰されると感じたシャロン首相は、入植者をガザと西岸の占領地から撤退させて隔離壁を作り、過激化するパレスチナをイスラエルから隔離する「撤退戦略」を2005年に開始した。(関連記事

 だが、リクード右派の猛反対を受けつつも、何とか手始めにガザからの撤退を挙行した後、シャロンは2006年1月に脳溢血で倒れてしまった。副首相だったオルメルトが首相に昇格したが、かつて右派指導者であり好戦派の手口を知り尽くしていたシャロンに比べると、オルメルトは政治技能がなかった。

 オルメルト政権下のイスラエル政府内は、イスラエルを自滅させようとするアメリカや自国の好戦派と、自滅からの回避を目指すリブニら現実派との暗闘が続いている。現実派は、レバノンに大きな影響力を持つシリアと和解してヒズボラを抑制させたり、アラブ諸国と和解してパレスチナ過激派を抑制してもらうなど、外交努力によってパレスチナ側との緊張関係を緩和することを模索した。(関連記事

 だが、シリアとの交渉は再三にわたってブッシュ政権から邪魔されて実現しなかった。アラブ諸国の政府も、自国内の反イスラエル世論に押され、イスラエルが承諾できない「先にパレスチナ難民のイスラエルへの帰還を認めよ」という条件を出し、交渉に入らなかった。結局、オルメルトは自滅的な方向から脱していない。(関連記事

▼パレスチナ組織の4割を支援するイラン

 昨年から、チェイニーらアメリカの好戦派は、イスラエルに対し、イランの核施設を先制攻撃させようと誘導し続けてきた。チェイニーからオルメルトへの誘いは、イスラエルがイランを先制攻撃したら米軍も参戦するシナリオと推測されるが、昨年のレバノン戦争の前例から考えて、イスラエルがイランを攻撃しても、実際にはアメリカは参戦せず、口だけの応援しかしないかもしれない。その場合、イランはヒズボラとハマスにイスラエルを攻撃させるだろうから、イスラエルはアメリカ抜きで3正面の戦争を戦わねばならなくなる。(関連記事

 イスラエル軍内などの右派幹部はマスコミに「イランとの戦争は不可避だ」とリークし続けているが、オルメルトは、チェイニーの提案に乗って先制攻撃したら大変なことになると知っているようで、実際にはイスラエルによるイラン攻撃は行われておらず、したがってアメリカとイランとの戦争も起きていない。(関連記事

 しかし、イスラエルがイランを攻撃しないでいる間に、イランの方では、戦線をイスラエルに近づける策略を展開している。イランは、2005年にアハマディネジャド政権ができてから、アメリカのイラク占領失敗で反米感情が高まったのを利用して中東の覇権国になることを目指し、中東全域の反米反イスラエル勢力に資金や武器、軍事技術を提供する戦略を強化している。その対象の中心は、レバノンのヒズボラ、ガザのハマス、それからシリア政府といった、イスラエルと隣接する諸勢力である。

 イスラエル軍によると、すでにパレスチナの各種の組織のうち40%は、イランからの援助を受けている。従来の常識だと、パレスチナでは、反米色が強いイスラム主義のハマスはイランから支援を受けているが、反米色が弱い左翼のファタハは、サウジアラビアやエジプトなど親米アラブ諸国との関係が強く、イランとは敵対関係にあるとされていた。だが最近では、ファタハ傘下のアルアクサ殉教団などの武装組織も、イランの軍事支援を受けている。(関連記事

 ここ数年、アメリカや西欧諸国は、自爆テロを止めないという理由で、パレスチナに対する経済援助を凍結してきたが、その結果パレスチナ人は、欧米に対して従順になるどころか、逆に反米的なイランからの経済支援に頼って生きていく度合いを強めてしまった。その結果が、ファタハまでがイランの傘下に入るという現状である。(関連記事

 ブッシュ政権は昨年来「ファタハに武器を渡してハマスと内戦させる」という方針を採っているが、これは反米反イスラエル勢力を強める効果しかなく、まさに自滅的である。(関連記事

▼リブニ反乱の裏にガザ大攻撃

 4月25日、ガザを拠点とするハマスは「イスラエルと戦争する準備ができたので(約く半年前から続けてきた)イスラエル軍との停戦協定を終わらせる」と発表した(イスラエルは昨夏のレバノン戦争にあたり、ガザのハマスと停戦していた)。イスラエルと停戦している間にハマスは、イスラエル軍が管理するガザ・エジプト国境のフェンスの下に何本もの秘密のトンネルを掘り、そこを通じてイランから新型兵器や軍事顧問を受け入れてきた。そうした戦争準備が完了した、とハマスは発表し、ガザからイスラエルに短距離のロケット砲を撃ち込んでイスラエル軍を挑発した。(関連記事

 この後、オルメルト政権内では、ハマスを退治するためにガザに大攻撃をかけるかどうかをめぐり、激論が始まった。好戦派は「早くハマスを壊滅させないと、どんどん強くなるばかりだ」と早期の攻撃開始を主張したのに対し、現実派は「大攻撃は昨夏のレバノン戦争の繰り返しになり、イスラエルを危険にする。南でハマスと戦争を始めたら、北のヒズボラも攻撃してくる」と反対した。(イスラエル軍は過去半年間、ガザに地上軍を最小限しか入れていない)(関連記事

 現実派は、ガザに大攻撃をかける前に、すべきことはたくさんあると、政府内で主張した。エジプトからガザへの武器搬入の秘密トンネルを探知する技術を向上させてトンネルを潰すとか、ガザに刺客(スパイ)を放ってハマスの軍事幹部を暗殺するとか、有人戦車ではなく無人兵器を使って境界線近くのロケット砲発射施設を破壊するとかいった方法を、現実派はオルメルトに提案した。だがオルメルトは、現実派の案を却下した。(関連記事

 この後、現実派はオルメルトを首相の座から引きずりおろさない限り、イスラエルはガザで自滅的な戦争を始めてしまうと考え、ウィノグラード委員会の報告書発表の時期をとらえて、5月2日、リブニがオルメルトに辞任要求を突きつけるという反乱を挙行した。

▼リブニをクビにできないオルメルト

 ところが、いずれリブニが反乱してくることを前々から予期していたであろうオルメルトは、自らに対する与党カディマ内での支持を固めており、与党内でリブニの反乱に公然と同調した議員は数名しか出てこなかった。ホワイトハウスからカディマの各有力者に電話が入った可能性もある。結局、リブニが反乱を起こしてから1日のうちに、反乱は失敗したことが分かった。(関連記事

 好戦派の側からは、リブニに外相を辞任するよう求める圧力が強まった。首相に反旗を翻したものの、与党内で十分に支持されなかった閣僚が辞任するのは当然である。しかし、リブニは外相を辞めなかった。オルメルトも、リブニをクビにしなかった。(関連記事

 イスラエルは、チェイニーの言いなりになって戦争を拡大したら、戦争の泥沼にはまって終わりだが、逆にブッシュ政権から見放された場合も、仇敵に囲まれているイスラエルは終わりである。チェイニーの好戦的な誘いに対し、オルメルトは、積極的に乗ってはならないが、強く拒否してもダメである。あくまで友好的な態度を崩さず、丁重かつ上手にお断りし続けねばならない。

 昨夏、オルメルトはチェイニーの誘いを断ることに失敗し、レバノンで自滅的な戦争をやってしまったが、その後は現実派と好戦派がバランスすることで、イスラエルは再度の自滅戦争を何とか避けている。ここでリブニをクビにしたら、バランスが好戦派に有利になり、イスラエルは自滅に近づく。与党が分裂して解散総選挙になれば、好戦派の親玉であるリクードのネタニヤフ党首が次期首相になるかもしれず、これも危険である。結局、反乱宣言から4日後の5月6日、リブニとオルメルトは対談し、対立を解消することにした。(関連記事

 もしオルメルトが辞任し、リブニが首相になっていたら、イスラエルはチェイニーの言うことを聞かなくなっていただろう。その場合、イスラエルがアメリカから見放されることを防ぐには、アメリカ側のユダヤ系の政治組織やマスコミを動員し、すでに米議会で審議の過程に入っているチェイニーに対する弾劾決議案をテコ入れし、チェイニーを副大統領から外す必要がある。チェイニー弾劾案は、民主党の反戦系議員らが提出しているもので、このままでは否決されるだろうが、オルメルトが辞任し、イスラエルが隠然と反チェイニーに転じていたら、事態は変わったかもしれない。(関連記事

 リブニが反乱を起こす直前には、アメリカの雑誌「タイム」が「世界で最も影響力がある100人」の一人にリブニを選んでいる。100人の中には、オルメルトもブッシュもチェイニーも入っていないが、現実派と見られているライス国務長官や、地球温暖化対策の闘士であるアル・ゴア前副大統領、次期大統領候補のヒラリー・クリントンは入っている。アメリカをブッシュ・チェイニー的な「隠れ多極主義」から、911以前の「米英中心主義」に引き戻すための人選とも感じられる。(関連記事その1その2

 リブニの反乱は、単なるイスラエルの内政問題ではなく「シオニストと資本家」「米英イスラエル中心主義と多極主義」といった世界的な政治構造をめぐる大きな対立の一環で、米英イスラエル中心主義による挽回作戦だったのかもしれない。リブニの反乱の失敗は、いまだに多極主義者が強いことを示している。

▼アラブはイスラエルを許さない

 リブニの反乱失敗を受け、イスラエルでは好戦派が「間もなくガザに大侵攻をかけざるを得ない」という見方をマスコミにリークしている。リブニは、オルメルトと手打ちした翌日の5月7日「ガザ大侵攻を挙行するのが良いかどうか、政府内で会議を開いて決める必要がある(自分を含めた会議をせずにオルメルトと好戦派の将軍だけで侵攻を決めるな)」と表明した。イスラエル軍がガザに大侵攻するかどうか、瀬戸際の攻防がまだ続いていることがうかがえる。(関連記事

 先日、イラクの復興をめぐる外相会議(イラク安定化会議)がエジプトで開かれ、中東諸国やEU諸国、米露や日本などから外相が出席した。この会合では、アメリカとシリアの外相会談が2年ぶりに実現し、アメリカとイランとの外交接触も図られた。アメリカは、ブッシュ・チェイニーの好戦的な中東戦略を放棄して軟化し、イランやシリアとも話し合ってイラク復興の道を探る現実派の路線に転換したという見方が、世界のマスコミに載っている。

 だが、イラク情勢をめぐるアメリカの対応の変化をイスラエルの視点から見ると、事態はむしろイスラム側の好戦派を力づける展開になっている。シリアとアメリカの外相会談で、米側のライス国務長官は、シリアがヒズボラを支援していることを全く批判せず、シリアが対イラク国境のゲリラの通行を阻止してくれるように頼んだだけだった。これでシリアは、対イラク国境の警備を強化してアメリカのイラク占領に貢献する見返りに、アメリカから非難されずにヒズボラ支援を続けられることになった。ヒズボラは強化され、イスラエルは危険にさらされる。(関連記事

 また、アメリカと親米アラブ諸国(エジプト、サウジなど)が集まったイラク支援会議にイランが呼ばれたことは、親米アラブ諸国が「イラク再建への協力」を理由にイランと関係を強化することをアメリカが容認したことを示している。イスラエルはリブニの発案で、今年初めから、親米アラブ諸国とイスラエルが「反イラン」で結束することで、イスラエルの孤立を解消するとともにイランを封じ込める国際戦略を推進してきたが、親米アラブ諸国とイランとの関係強化は、この戦略を破綻させた。(関連記事

 アラブ諸国やイランは、アメリカがイラクから撤退した後の中東情勢を予測し、国家戦略を立て始めている。アメリカがイラクから撤退した後は、アメリカを撤退させた反米イスラム主義が英雄視され、アラブ諸国は「親米」の看板を下ろし、イランやシリアと関係を改善するだろう。すでにサウジアラビアの王室内では、親米派のバンダル王子の力が弱まっていると報じられている。(関連記事

 そしておそらく、中東諸国は、イスラエルと和解しようとは考えなくなる。イスラエルは建国以来、パレスチナ人などアラブ側に対する攻撃や弾圧をさんざんやってきた(好戦派の入植者が最大の貢献者だ)。しかもアラブ人は、自分たちよりイスラエルの方が巧妙で、戦争が上手いことを知っている。イスラエルがアメリカの後ろ盾を失って弱くなり、アラブ側に、イスラエルと和解するか、戦って潰すかという選択肢が生まれた場合、アラブ人は潰す方を選ぶだろう。イスラエルを許し、生かしておいたら、いずれ再び力をつけ、アラブ側を攻撃するかもしれないからである。

 アラブ諸国やイランは、自らイスラエルと戦う必要はない。パレスチナにはハマス、レバノンにはヒズボラという、イスラエルの空爆ですべてを失った、イスラエルを極度に憎む貧しい大衆に支持された武装勢力がおり、イスラエルに復讐できる日に備えて準備している。失うものの少ない彼らが、アラブを代表するかたちで、イスラエルと戦ってくれる。オルメルトが再び好戦派に引っかけられれば、復讐の日は早く訪れるし、リブニら現実派が頑張って外交努力をすれば、その日が来るのはやや遅れる。

 しかし、もはや中東でのアメリカの影響力失墜が、時間の問題でしかない現状では、イスラエルが消耗戦に巻き込まれずにすむ可能性は低い。イスラエルが先制攻撃を決意すれば、イランやシリア、アメリカなどを巻き込んだ「ハルマゲドン」的な中東大戦争になるが、それは中東の人々のイスラエルへの敵意を強めるばかりで、イスラエル国家の生き残り戦略には寄与しない。



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