米中間選挙後に世界は混乱する?2006年11月7日 田中 宇アメリカで、ここ数カ月の株価上昇など経済の活況は、ブッシュ政権の「下落防止チーム」による粉飾的な選挙対策だったのではないかという見方が出ている。11月7日の中間選挙が終わることによって、選挙対策としての粉飾策が終わり、その後は化粧の剥げた米経済の本来の悪さが露呈する局面になるのではないか、という予測である。 この見方をしているのは、ニューヨークポストのジョン・クルーデル(John Crudele)らである。彼らは、米政府の財務省を中心に作られている「大統領府金融市場作業部会」(President's Working Group on Financial Markets)が、下落防止チームであろうと指摘している。(関連記事) 1988年にレーガン大統領によって作られたこの作業部会は、財務省、連邦準備銀行、証券取引委員会、先物取引委員会などによって構成され、もともとは金融市場が暴落したとき、一時的に政府が民間金融機関を動員し、各種のテコ入れ策を行って事態を改善するために作られた。 作業部会は年に数回開かれるが、相場が堅調なときは休眠状態だった。だが今年7月、大手の投資銀行ゴールドマンサックス会長だったヘンリー・ポールソンが財務長官に就任した後、作業部会は1カ月半(6週間)に一回の日程で開かれるようになり、急に活発に動き出した。 作業部会が「下落防止チーム」であるに違いないと指摘する分析者たちは、ポールソンはブッシュ大統領から選挙前に米経済を良くしてくれと頼まれて財務長官に就任し、政治的に石油相場を下げたり、金相場を下げて資金が株や債券から金に逃げないようにしたり、世界各国の中央銀行に米国債を買わせたりするため、作業部会を活用したのではないかと推測している。(関連記事) この作業部会が活発に動いていることは、有力金融新聞であるウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が報じている。陰謀論系の分析者たちの当て推測ではなく、事実性の高い話である。WSJによると、ポールソン財務長官は、政府の金融規制を緩和するよう、民間の金融機関にロビー活動をやらせ、金融市場の活性化を図っている。ポールソンは側近に命じて、世界各国の金融市場の相場動向を監視し、緊急時には相場のテコ入れを行う財務省内の司令室(command center)も稼働させた。この司令室は、2003年の予算削減で閉鎖されていたのを復活した。これらのWSJの指摘は、ポールソンが金融市場を人為的にテコ入れしていることを示している。(関連記事) WSJが、陰謀論系の分析者の分析と異なっている点は、ポールソンの活動を中間選挙で共和党を勝たせるための陰謀的な粉飾とは書かず、「エンロン事件のスキャンダル以来、規制されすぎているアメリカの金融市場の競争力を取り戻すため」と書いていることだけである。(関連記事その1、その2) 最も過激な陰謀論系の分析者は、中間選挙後に作業部会による粉飾が終わった後「11月中に金融市場の危機が始まって世界に波及し、1年ぐらいは世界的な金融危機が続く」と書いている。この予測が当たるのかどうか私は分からないが、この分析者が書いている「ブッシュ政権は、何の代替財源も用意せず、4億ドルの減税と35%の政府規模拡大を行っている。こんな無謀な財政政策は必ずや破綻する」という指摘には同意できる。(関連記事) ▼選挙対策としてのベーカー委員会 もう一つ、私が選挙対策のための粉飾だったのではないかと勘ぐっているのは「ベーカー委員会」である。この組織については、以前の記事に書いたが、チェイニー副大統領ら米政権内のタカ派によって引き起こされたイラク占領の失敗を救済するため、タカ派のライバルだった国際協調派の大番頭であるジェームス・ベーカー元国務長官が、ブッシュの懇願を受けて超党派の委員会を作り、イラク対策に乗り出した、という話だった。 ベーカー委員会は、イラクとその周辺国の有力者たちと話し合い、これまでゲリラによって阻害され続けてきたイラクの新生軍隊や警官隊の育成を成功させるとともに、シリアやイランなど、これまでブッシュ政権が敵視して交渉を拒否してきたイラク周辺諸国と話し合いを開始してイラクの安定化に協力させ、中東の人々の反米感情を煽ってきたパレスチナ問題も解決するという、軍事重視から外交重視への政策転換をブッシュ政権に起こそうとした。 しかし結局、ベーカーらは中東の有力者たちと話をしただけで、現実は何も変わっていない。米国内の世論や、ブッシュの母体である共和党内には、イラクの泥沼化を引き起こしたブッシュの軍事偏重の政策への反感が強くなっており、11月7日の中間選挙で共和党を勝たせるには、軍事偏重を捨てて外交を重視する態度の転換を見せる必要があった。国際協調派のベーカーが登場して活発に動けば、ブッシュ政権は変わりつつあるというイメージを広げられる。ベーカー自身は本気で政策転換に取り組んだのかもしれないが、結局は宣伝の道具に使われただけである。(関連記事) 10月23日には、ホワイトハウスの広報官が「ゲリラとの戦いに勝つまでイラクを撤退しない」という従来の方針を転換すると発表し、イラクからの米軍撤退を示唆したが、その翌日には、駐イラクの米軍司令官が記者会見でイラク駐留軍の増派を発表し、撤退話はイメージ戦略にすぎないことがばれている。(関連記事) 米マスコミでは、一時は「米軍は1年半以内にイラクを撤退する」という話が流れたが、これも投票日直前には、選挙対策にすぎなかったと断定的に報じられるようになった。(関連記事その1、その2) ベーカーを使ったイメージ作戦が巧妙なところは、イラクを早く安定させてくれという米国内からの要求に応えるだけでなく、イラクをさっさと分割して無力化してくれという、イスラエルからの正反対の要求にも応え、一時は「イラク3分割案」を検討しているかのような情報リークをしたことである。イスラエルも、アメリカの選挙結果を左右できる政治力を持っているので、二枚舌が必要だったのだろう。3分割案は結局、イラク人の側から反対され、実現しないことになった。(関連記事その1、その2、その3) ▼イラクのマリキ首相を反米に押しやる イラクに関しては、米中間選挙の投票日の2日前に、サダム・フセイン元大統領の死刑判決が発表されたことも、選挙対策であろう。こうした「正義」の名の下に行われるアメリカの汚いやり方をたくさん聞かされているイラクとイスラム世界の人々は、どんどん反米になっている。 ベーカー委員会が活発に動いていたこの2カ月間に、イラクの情勢はさらに悪化し、アメリカの傀儡だったはずのイラクのマリキ首相も、今や反米的な発言をするようになっている。(関連記事) もともと、マリキが首相になれるよう取りはからったのはアメリカなのだが、マリキはイラク政界で力を持っておらず、ゲリラを抑制できなかった。10月中旬には、アメリカ側から「イラクで影響力が強い各派の数人の指導者を結束させ、マリキを追い出すクーデターをやらせるのがよい」という話が漏れ出てきた。この後、マリキは反米的な態度を強め、アメリカが敵視するサドル師などシーア派の過激派との連携を強めるようになっている。(関連記事) 今は反米過激派の象徴のように言われるサドル自身、以前はあまり反米ではなかったし、政治力もなかったのに、アメリカから敵視され、殺すと脅されて抵抗しているうちに、イラク人からの支持が急増し、今や英雄である。アメリカは、わざわざ敵を強化するようなことを繰り返している。パレスチナのハマス、イランのアハマディネジャド、レバノンのヒズボラ、北朝鮮の金正日、いずれもアメリカによって「強化」され、現在の強い地位を築いている。これは、故意に敵を強化し、アメリカを自滅に導くもので、チェイニーら隠れ多極主義者の戦略の結果であろう。(関連記事その1、その2) ▼投票日前日の軍人の反乱 アメリカの投票日前日の11月6日には、米軍系の新聞「アーミータイムス」が、ラムズフェルド国防長官の辞任を求める社説を掲載した。(関連記事) ラムズフェルドは、巨額の予算を使って米軍をハイテク化する「米軍再編」を強く推進し、911以来急増した国防予算の多くをハイテク化の開発費に使いすぎ、その反動で、イラクに駐留する兵士は、防弾チョッキや装甲車の防弾装備すら足りない状態が続いている。米軍兵士の家族やOBの中には、ラムズフェルドを憎んでいる人が多い。 兵士や元兵士とその家族からなる軍関係者は、共和党にとって大切な票田だ。選挙直前の社説は、共和党に投票してほしければ、ラムズフェルドを選挙後に辞めさせることを秘密裏に約束せよ、という軍関係者からの要求が背後にありそうだ。ブッシュは、選挙後の適当な時期にラムズフェルドを罷免するかもしれない。 ラムズフェルドが辞めたら、軍の予算はハイテク化関連が減り、歩兵の関連費が増えるだろうが、歩兵の待遇が改善されるとは限らない。ラムズフェルドの辞任は、以前からネオコンが要求してきたことでもある。ネオコンは、ラムズフェルドが辞めて歩兵関連予算が増えたら、歩兵の全体数を増員して、イラクとアフガンだけでなくイランやシリアなどにも米地上軍を侵攻させ、政権転覆作戦を拡大したいと考えてきた。ネオコンの息のかかった人が次の国防長官になったら、米軍兵士はもっと酷使されるかもしれない。(関連記事) ▼イラン威嚇の軍事演習も政治ショー? このほか、米軍がNATOやアラブなど同盟諸国と率いて10月31日からペルシャ湾内のバーレーン沖、イランの向かい側の海域で開始した「テロ対策」の軍事演習も、11月7日のアメリカの選挙と関係がありそうだ。(関連記事) 米政界への影響力が強いイスラエルは、アメリカがイランを空爆することを望んでいる。アメリカがやってくれないと、イスラエルが単独でイランと対峙せねばならず、イスラエルが負けて国家的に滅亡しかねない。滅亡を避けるためには、アメリカにイラン攻撃をさせる必要がある。選挙に際し、イスラエルロビーから共和党にかけられた政治圧力への対応として、軍事演習が行われたのではないか。 とはいえ、イスラエルとアメリカのユダヤ人は、アメリカがイランを攻撃する気がないのはすでに知っている。在米ユダヤ人の有力者たちは、イスラエルの危機回避、もしくは滅亡後に備えた対策を考える会合を、今夏以来、何回か開いている。(この件は長くなりそうなので改めて書く)(関連記事その1、その2、その3) 今後、アフガニスタンとパキスタンも、さらに混乱しそうで、パキスタンのムシャラフ政権は崩壊間近という感じである。ムシャラフ大統領は、国内のイスラム原理主義勢力(親タリバン)を和解しようとしているが、その矢先の10月30日、アフガン国境近くの原理主義勢力の拠点が空爆され、和解策は吹き飛んだ。当初、空爆はパキスタン軍によるものとされていたが、その後、実は米軍(NATO軍)の仕業であることが判明した。(関連記事) アメリカはムシャラフがタリバン系勢力と和解することを不快に思っており、空爆によって阻止したのだろうが、この行為は親米だったムシャラフ政権を終わらせ、核保有国であるパキスタンをイスラム原理主義の国に変えかねない。ここでも、親米の国を反米に転換するブッシュ政権の「故意の失策」が行われている。(関連記事) アメリカは経済面や軍事・外交面だけでなく、国内の社会面でも混乱がひどくなることを予兆させる動きもある。ブッシュ大統領は10月下旬、議会を通った「暴動対策法」(Insurrection Act 1807)の改定案に署名し、発効させた。法改定によって米大統領は、米軍に対し、これまで禁じられていた米国内への派兵を命じることができるようになるなど、事実上、戒厳令を敷ける権限を手にした。今後、米国内で暴動や混乱が発生した場合、警察などではなく米軍が出動し、鎮圧にあたれるようになる。(関連記事) 以上、ここに書いた話はすべて不確定ではあるのだが、全体として、これからアメリカの崩壊、中東の混乱拡大、世界経済の危機などが起きそうな感じがする。私は、アメリカの中枢にいるのは世界を多極化したい人々だろうと分析しているだけに、今後予測される世界的な崩壊(ハードランディング)は、世界が多極化するプロセスの一つになるのではないかと思っている。世界は、混乱の時期を経て、最終的には、アメリカ中心の体制から、より多極化された体制へと転換していくだろうと希望的に考えている。 田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |