中国が北朝鮮を政権転覆する?2006年10月19日 田中 宇10月9日の北朝鮮の核実験以来、中国の北朝鮮に対する態度が以前より敵対的になっている。報道によると、中国当局は、国内の学者などがメディアで「中国は、北朝鮮の政権を転覆すべきだ」といった主張を展開することを容認するようになった。 中国外務省は、北朝鮮の政府と国民とを分けて考えているような言い方を外国の外交官に対して発するようになったとも指摘されている。今後、北朝鮮でクーデターが起きて金正日政権が転覆された場合、中国は「クーデターは民意に基づいているので支持する」と言えるようにしているかのようである。(関連記事) 核実験後、北朝鮮との貿易が集中している中国側の丹東の銀行では、北朝鮮への送金を停止する措置がとられている。北朝鮮から中国の瀋陽に、ビザを取って正式なルートで出稼ぎに来ていた労働者たちは、中国当局からビザ更新を拒否され、北朝鮮に帰国している。丹東や瀋陽の銀行では、北朝鮮から中国への送金にも時間がかかるようになり、中朝貿易は打撃を受けている。(関連記事) 中国政府が北朝鮮に対する態度を硬化させたのは、核実験が実施されたことが最大の原因ではない。核実験は、態度硬化のきっかけでしかない。中国が北朝鮮を批判したり、政権転覆支援を示唆したりする本質的な理由はおそらく、中国が北朝鮮にアドバイスした経済開放政策が進まず、中国が目指してきた「北朝鮮を中国のような社会主義市場経済に軟着陸させていく」という目標が実現していないからである。 北朝鮮に関して中国(と韓国)が望んでいることは、安定維持や混乱回避である。北朝鮮の安定を維持するためには、北朝鮮を貧困から脱出させ、経済成長する状態にすることが必要だ。中国は、1970年代末から始めた市場経済化が成功しており、この方式を北朝鮮にもやってもらいたい。 中国は1980年代以来、香港から市場経済を学ぶため、香港のとなりに新たな開発区として深センを作った。これと同様に中韓は数年前から、中朝国境の中国側の丹東のとなりに北朝鮮側の新義州、南北境界線の韓国側のソウルのとなりに北朝鮮側の開城、というぐあいに北朝鮮の南と北に経済特区を作らせ、北朝鮮を市場経済に移行させようとしている。(関連記事) ▼北朝鮮で親中派と反中派の対立 一昨年には、中国から北朝鮮への産業投資が活発になっていると報じられ、中国式の経済改革が北朝鮮で進み出したことをうかがわせた。ところがその後、中朝間の経済関係はさほど伸びていない。中国政府によると、中国から北朝鮮への金融以外の直接投資額は、2004年が1410万ドル、05年が1437万ドルと微増である。中朝の貿易総額も04年が14億ドル、05年が16億ドル、06年1−8月が10億ドルで、横ばいに近い。(関連記事) これらの数字を指摘しているアジアタイムスの記事は「中朝貿易は核実験後も繁盛している」という趣旨で書かれているが、北朝鮮のような新興市場は、経済開放が進んでいるなら、もっと数字が伸びるはずだ。中国政府は中朝貿易が拡大していると見せるために増加傾向の数字を出している可能性もあることを考えると、中朝貿易は拡大しているとはいいがたい。 中朝貿易が伸びていないのは、北朝鮮政府が経済開放策(経済改革、市場経済化)に対する積極性を失っていることをうかがわせる。中国の分析者によると、北朝鮮政府内では最近、親中国派と反中国派との対立が激しくなっている。金正日総書記自身は親中国派で、反中国派は、金正日一族を政権から引きずりおろそうとしているという。反中国派とは、中国が北朝鮮にやらせている改革開放に反対する人々である。反中国派が強くなっているため、金正日は、改革開放の進展を減速せねばならなくなっているわけで、これが中朝貿易の横ばい状況の背景にありそうだ。 北朝鮮で改革開放に反対している主な勢力は軍である。軍の首脳たちは、経済開放によって北朝鮮と外の世界との緊張関係が緩和されると、自分たちの政治力が失われてしまうので、改革開放を「社会主義の理念を忘れた裏切り」として反対している。金正日は、軍の不満をなだめようと待遇改善をしているが、経済開放が進んでいないということは、軍の反対がいまだに強いことを示している。(関連記事) このような北朝鮮内の状況と、先日の核実験との関係を考えると、金正日は、経済開放を進めることよりも、むしろ軍が求める外界との緊張関係を拡大する政策を重視し、核実験を挙行したということになる。 中国が北朝鮮の政権転覆を画策しているという話は以前からあったが、今回また出てきているということからも、北朝鮮側が改革開放に消極的になっていることに中国が苛立っていることが感じられる。 中国が望んでいるのは、軍内で改革開放に賛成している将軍たちにクーデターを起こさせて政権をとらせ、北朝鮮の政権内で改革開放を止めている勢力を金正日もろとも政権から外そうとする動きだろう。だが、中国が嫌う北朝鮮の不安定化や、国家としての全崩壊を回避しつつ、この手のクーデターを成功させるのは難しい。 最近、中国の分析者は1990年代後半に平壌で3回のクーデターがあったことを明らかにしたが、これらは6年以上前の話である。金正日はクーデター防止に尽力しているだろうから、最近もクーデターが起きそうな状況かどうかは不明だ。その一方で、北の核実験後、中国が北朝鮮国境に越境防止用のフェンスを作ったことからは、北朝鮮の崩壊やクーデターが近いことを感じさせる。 (関連記事) ▼中国を入れてアジア版NATO 北朝鮮をめぐる行き詰まりは今後も続く可能性が大きいが、アメリカが北朝鮮の問題を中国に任せる傾向はどんどん強まっている。核実験を機に、アメリカ政府からは「中国や日本を含めた東アジア全体とアメリカで、アジア版NATOのような多国間安全保障の枠組みを作るべきだ」という構想が出てきた。(関連記事) 「アジア版NATO」の構想は以前からあったが、以前は、中国包囲網としての、日米豪などを核にした多国間の安保組織としての構想だった。(関連記事) ところが今では中国はアメリカの「敵」から「重要な味方」に変身し、北朝鮮の核問題に象徴されるアジアの安全にかかわる諸問題を多国間で解決するための枠組みとして、米政府はアジア版NATOを提起している。「アメリカは中国に頼らないと北朝鮮やイランの問題を解決できない」という論調も、最近アメリカの新聞によく載るようになった。(関連記事その1、その2) 安倍首相の中国訪問は、アメリカが中国を敵から味方へと転換する節目の時期に行われている。そのことは、前回の記事に書いた、安倍訪中はアメリカの圧力を受けたものではないかという私の推測を補強している。
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