人民元切り上げ問題にみる米中新時代2003年9月16日 田中 宇中国はアメリカの敵なのか、それとも味方なのか。これは、かなり前から私の中にある問いである。中国が共産主義国で、アメリカが共産主義を敵視してきたという経緯から考えると、中国はアメリカの敵と考えるのが自然だ。多分、日本人の多くは、そう考えているだろう。 しかし、以前出した本「米中論」(光文社新書)にも書いたが、アメリカと中国の200年間に及ぶ関係史をみると、冷戦時代の1950−60年代を除くと、中国はむしろアメリカにとって自国の繁栄を支える「約束の地」だと考えられてきた。1850−1900年ごろにアメリカの西部開拓が西海岸まで達して一段落して、その次の開拓先(開発投資先)として考えられたのが、太平洋の向こう側、清朝が衰退して近代国家へと衣替えしようとしていた中国だった。 その後、中国での支配を拡大していく日本との対立が日米戦争に発展し、日本が負けた後は間もなく朝鮮戦争によって冷戦体制に入り、米中は敵対関係になった。ところがアメリカでは、中国を潜在的に重要な投資先と考えるロックフェラー家などの資本家が強く、彼らは1969年にニクソンを担ぎ出して大統領に就任させた。ニクソンは国務省にも国防総省にも知らせずに中国側と秘密交渉して訪中を成功させ、米中関係を一気に好転させた。冷戦勃発から現在まで、アメリカには中国を敵に仕立てることで利益を得る軍事派と、中国を親密な投資先にしたい金融派がおり、両者のせめぎ合い(騙し合いまたは合議)の中で対中国政策が決まるのだと私は考えている。 このようにせめぎ合いの末に決まる傾向が強いため、アメリカの対中政策は本質が見えにくい。たとえば、昨今の北朝鮮の核兵器問題を解決するための外交努力を中国が主導しているのもその一つだ。アメリカは、北朝鮮問題を中国に押しつける反中国の態度をとりながら、実のところは東アジアに対する支配権を縮小し、その分、中国が覇権を拡大することを容認・推進している。これは、アメリカの親中国派(国務省)が、反中国派(国防総省)の一強主義的な理屈を換骨奪胎して使っている例である。(関連記事) ▼ドル下落と人民元 今回の記事の主題である中国人民元の切り上げ問題も、本質が見えにくい。この問題は、中国政府が自由な為替取引を認めておらず、中国人民元は1ドル=8.3元前後の水準で固定相場制をとっていることに起因している。 昨年夏、アメリカがイラクに侵攻しようとする態度を強める中で、ドルは世界中で売られて為替が下がり、特にユーロに対して下落を続けた。これは、サウジアラビアなど巨額資産を持つイスラム産油国が、イスラム世界を敵視するアメリカのやり方に反発し、ドル売りユーロ買いを続けたり、石油の販売をドル建てからユーロ建てに変更する動きをしたことが一因だった。(関連記事) こうした流れの中で、ドルに対して固定された中国人民元はドルとともに安くなり、ヨーロッパなどでは値段が下がった中国製品が流入し、地元の製造業に打撃を与えるに至った。 経済が悪化し、相次ぐ戦争で財政赤字も急増したアメリカのドルが下落するのは当然だと思われる半面、輸出も国内消費も盛んで今後さらに経済成長が望める中国の人民元がドルと足並みをそろえて下落するのは不自然で、いずれ人民元の対ドル相場が見直されるに違いないと考えた世界の中国系投資家が、資産を人民元に換えて中国の株や不動産などを買う動きを加速させた。 投資家がこぞって人民元を買う中で、ドルとの相場を一定に固定しておくためには、中国の通貨当局は毎日6億ドル分の人民元を売ってドルを買う動きを続け、今年の上半期には昨年同期の2倍の額のドルを買うに至った。この異常なドル買いに対して危機感を抱いたアメリカの通貨当局(FRB)は7月中旬「中国は人民元の固定相場を見直すべきだ」と警告を発した。(関連記事) ▼中国に圧力をかけるふりをする この警告を機に、話は政治的な意味合いを帯び始めた。アメリカでは歴史的に反中国の傾向が強い民主党が、来年の大統領選挙を視野に、中国に甘いブッシュ政権を批判する意味で「中国に人民元を切り上げさせるべきだ」という主張を開始した。フランスなどヨーロッパ勢も人民元を切り上げるべきだという合唱に加わり、同じく人民元が安値感を強めたことで競争力を失っている日本の財界や政府に対しても、一緒に中国に圧力をかけようと誘ってきた。その結果、米民主党、EU、日本という三者が「人民元を切り上げるべきだ」という主張で団結するに至った。(関連記事) 守勢に立たされたブッシュ政権は9月上旬、スノー財務長官を中国に派遣し、中国政府に人民元を切り上げるよう圧力をかけるそぶりを見せた。ところがこれは「そぶり」だけで、実際にはほとんど何の圧力もかけていなかった。ブッシュ政権を支持するアメリカの大企業の多くは、中国を生産拠点として活用しており、人民元が安いことが人件費の安さにつながって儲けを増やしており、人民元とドルとの為替が固定になっていることが利益を安定させており、大企業はブッシュに「中国に圧力をかけるな」と求めたからだった。(関連記事) それまで「反中国」の色彩が強かったアメリカの共和党右派系マスコミであるウォールストリート・ジャーナルや英エコノミスト、フィナンシャルタイムスなどは8月に入り、いっせいに「人民元は切り上げるべきではない」という主張を載せ始めた。彼らの主張は以下のようなもので、まさに中国政府を擁護する「金融派」の考え方だった。
これらの主張は、それまで中国の「人権侵害」「覇権拡大」などを批判してきたアメリカのマスコミを見慣れてきた目には、新鮮な感じがする。冷戦終結後、経済成長を続ける中国に対してアメリカは、封じ込めの対象として見る傾向を次第に弱め、緊密な関係を築く傾向を強めてきたが、今はその最終段階にあるように感じられる。 民主党のクリントン政権は、最初は天安門事件を起こした中国政府を非難していたが、2期8年の任期の最後の方では、日本より中国と親しくする態度を露骨に表した。その後のブッシュ政権は当初、タカ派の対中封じ込め政策(コンテインメント)と、金融派の親密政策(エンゲージメント)という2つの政策を合成して「コンゲージメント」という新語を造ったが、これは言葉だけに終わった。結局、911事件の発生とともに「タカ派は中東で戦争する。金融派は中国で儲ける」という現実的な棲み分けができているのが現状だと思われる。
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