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アメリカが描く「第2冷戦」

2001年6月18日   田中 宇

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 3月21日、ホワイトハウスにおいて、アメリカのラムズフェルド国防長官がブッシュ大統領に対し、アメリカ軍の大規模な戦略転換についての計画を説明した。90分間にわたって行われた会合は、ブッシュ政権が初めて米軍の全体的な戦略について検討するものだったが、同時にその内容は、第2次大戦から50年間続いてきたアメリカ軍の戦略を、根本から変えるものだった。

 新戦略の前提となっているのは、1991年にソ連が崩壊し、その後を継いだロシアも弱体化し、もうヨーロッパが東からの軍事的脅威を受けなくなったという、冷戦後の変化である。第2次大戦後のアメリカ軍は、ソ連軍の侵略から西ヨーロッパを守ることを重要な課題としてきたが、もうその可能性はなくなった。

 そして新戦略では、今やソ連に代わって中国がアメリカにとって脅威となり始めており、今後アメリカが他国と戦争せねばならないとしたら、その相手は中国であると予測している。

 アメリカが中国と戦うとすれば、前線基地となるのは沖縄や韓国の米軍基地だが、近年は世界的にミサイルの精度が上がっており、中国のミサイルがこれらの米軍基地を正確にねらい打ちできる可能性が高まっており、沖縄や韓国の米軍基地だけを使っていると中国に勝てない可能性がある。そのため、アメリカ領であるグアム島など中国から遠いところにある基地から出撃し、中国まで飛行して爆撃できる長距離型の戦闘機を増やす必要がある、という主旨の主張がなされた。

(沖縄や韓国の米軍基地を使わない理由がミサイル精度との関係になっているが、そのほかに、沖縄や韓国における米軍基地への反対運動の高まりや、日本や韓国を今後長い目で見た場合、アメリカの言うことを聞かない政権ができる可能性があることを懸念したのではないか)

 また同様に、これまで米軍の主力だった大型の航空母艦もミサイル攻撃を受けやすくなっているため、今後は大型戦艦の建造は控え、代わりに小型で高速の戦艦を重視することや、同時に2つの戦争を別々に戦うことに備えていた従来の態勢をやめることなども盛り込まれた。

▼上層部だけで決められた新戦略

 新戦略はアメリカ国防省で、現場の意見を聞いてまとめるのではなく、完全なトップダウン方式で決められた。国防長官が大統領に説明したときも、関係者を集めて開く会議形式ではなく、ブッシュがラムズフェルドを呼んで話を聞くという個人的な形式で行われた。

 その後、ラムズフェルドは国防省の幹部たちに対してこの戦略を説明したが、それは非常に手短なものだった。国防省内で現場に近い制服組の幹部からは、省内の混乱を懸念する声が出た。会合から2日後、ワシントンポストが国防省筋の話として新戦略のことを報じたが、その情報源は国防長官の独走を不満に思う制服組ではないかと思われる。

 やや奇妙だったのは、アメリカの大手新聞の多くが、ワシントンポストのスクープを後追い報道しなかったことである。イギリスなどヨーロッパの新聞はこぞって米政府筋に再確認して後追い報道したが、ニューヨークタイムスやロサンゼルスタイムスなどは報じなかった。私が調べた中では、アメリカの中小地方紙でこのことを報じた新聞があったが、それはロイター通信社の記事だった。(この件に関するガーディアンの記事

(ニューヨークタイムスなどは、ブッシュ政権になってから、微妙だが重要な政府の動きを報じない傾向が強まっている。特に外交問題のニュースでそれが目立つ。ガーディアンやタイムスなど、イギリスの新聞の方がアメリカ政府の動向を突っ込んで報じている)

▼二枚舌だったクリントン

 アメリカが中国を冷戦後の敵として設定したのは、これが初めてではない。クリントン政権時代の1996年には、アメリカは中国を仮想敵とするかたちに日米安保体制を再編し、日本の軍事力を高めようとした。

 しかし、日本側では「中国との対立は避けた方がいい」という意志があった上、韓国や東南アジアなどの近隣諸国も、日本の軍事力強化を「日本帝国の復活につながる」として反対したため、構想は立ち消えとなった。その後クリントン政権は作戦を変え、日中以外のアジア諸国に対して「米軍が東アジアに駐留するのは、日本と中国の両方を牽制し続けるため」と説明しつつ、冷戦後の一時期縮小していた東南アジア諸国などとの共同軍事演習を復活させた。

 アメリカはここ数年、軍事的には中国包囲網を作りながらも、経済的には中国での投資や販売を増やしている自国企業を支持する必要があり、敵視と友好関係の両方を維持するという、複雑な外交を展開している。クリントンは中国を敵視するそぶりを全く見せなかったのに対し、ブッシュはもっと赤裸々に振る舞っている点が、前政権と現政権の違いである。

▼わずか10日後に起きた軍用機衝突

 アメリカの国防長官が、これからは中国を最大の敵とみなす、と大統領に説明してからわずか10日後の4月1日、中国南部の領海ぎりぎりのところで、中国軍の交信電波などを傍受しながら飛んでいたアメリカ海軍の偵察機が、中国軍の戦闘機と空中衝突し、偵察機は海南島の空港に不時着し、中国軍機は墜落してパイロットが行方不明となる事件が起きた。

 偵察機の乗員は約2週間にわたって中国側に留め置かれ、アメリカでは反中国の報道が噴出した。中国では「偵察機は領空侵犯していた」という報道が展開され、反米の世論が強まり、米国防長官が大統領の前で描いたシナリオどおり、米中が敵対するかたちとなった。

 米中双方の主張が食い違っており、衝突事故が実際はどのようにして起きたか、私には不明に感じられる点が多い。米軍の発表によると、中国軍の戦闘機は以前にも米軍の偵察機に接近する挑発飛行をしていたというが、米軍機が大型で低速のプロペラ機で、中国機が速度を落としにくいジェット戦闘機だったことから、米軍機が意外な方向転換をすれば中国機は避けきれず、中国側のみの挑発から発生した事件ではない可能性もある。

 この後、4月下旬には、ブッシュ大統領が米テレビのインタビューで、中国が台湾を攻撃した場合「どんな手段をとっても台湾の防衛を助ける」と答え、「台湾防衛に対して曖昧な態度をとるのが良いとしてきた従来のアメリカの政策を越えた」と報じられた。また、その直後にはブッシュ政権は、アメリカがこれまで台湾に売ることを控えてきた比較的新型の潜水艦8隻などを、台湾に売る決定を下している。

▼中国はどの程度脅威になるか

 こうした流れから、アメリカが中国敵視政策を強めているのが分かるが、そこで問題となるのが「中国は、日本を含む周辺諸国やアメリカにとって、どの程度脅威なのか」ということである。

 この記事を書いている最中にも、中国は上海に中央アジア5カ国とロシアの首脳を集め、中国と中央アジア、ロシアとの関係を強化し、協力してイスラム原理主義闘争の鎮圧する「上海協力機構」の会合を開いている。この機構には新たにウズベキスタンが加盟した。前回の記事「アメリカを出し抜く中国外交」に書いたような、世界的な中国の影響力拡大が急ピッチで進んでいることは間違いない。

 中国は、台湾にとっては明らかな脅威だ。台湾の人々が自力で築いた繁栄した民主主義体制に対して「中国には、場合によってはそれを壊す権利がある」 と主張している。またチベットに対しても、インドネシアが東チモールに対して行ったような、国内植民地としての圧政(経済開発を進める一方で自治要求を潰し、本土からの移民を大量流入させて、地元の人々を少数派にしてしまう政策)を行っている。南沙群島の領土権争いでも、中国は東南アジア諸国を威圧する態度が目立ち、周辺国の警戒感をあおる結果となっている。

 とはいえ、中国が「中国の領土だ」と主張しているこれらの地域が受けている脅威と、それ以外の国々と中国との関係とは、分けて考える必要がある。私は、台湾の現体制は維持されるべきだと考えているが、中国が台湾を侵略する可能性を叫んでいるからといって、中国が場合によっては日本やフィリピンにも侵攻するとは思えない。

 中国が今後、さらに強大な国となったとき、周辺国に対してどのような態度をとるのか、まだ予測がつかない部分が大きい。明・清までの昔の中華帝国を継承するような振る舞いを行うだろうとの予測もあり、これが正しいとすれば、強大化した中国は、日本や韓国、東南アジア諸国を対等な存在とみなさず、見下して扱う可能性が大きい。その場合、アメリカが中国に対抗していた方が、日本や東南アジアなどにとっては都合が良いということになる。

▼知らないうちに巻き込まれかねない日本

 その上で私が懸念を抱くのは、最近のアメリカのやり方は、アジア諸国のために中国を牽制するのが目的ではなく、アメリカの軍部が勢力を維持拡大するために米国内の政治を動かし、中国を敵に仕立てようとする意図が見え隠れしていることである。以前の記事「アメリカのアジア支配と沖縄」でも紹介したように、アメリカ軍は日本人の多くが知らないうちに、日本を「第二冷戦」に巻き込み始めている。

 台湾も同様に巻き込まれており、台湾の新聞では、こうした懸念を表明している記事を見かけた。(タイペイタイムスの記事

 しかし、日本ではこうした懸念について、あまり国内で報じられず、語られていない。むしろアメリカを信頼しきった論調が目立つ。外交というものは権謀術数が渦巻く国家のサバイバルゲームだから、米軍が日本を巻き込んで新冷戦を始めようとしても、それ自体は仕方がないことだ。アメリカの真意を察知し、断るべきところは上手に断ればいいだけのことである。

 外交に国家の存亡がかかっている敏感な台湾は、それを実行している。しかし日本は、無知なまま戦争に巻き込まれ、致命的な結果となる可能性が日に日に大きくなっているように見えるのだが、そんなのは無用な心配だろうか。



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