他の記事を読む

CBDCとBRICS通貨

2024年5月5日  田中 宇 

非米諸国を主導するBRICSは、米国側の金融システムやドルに頼らない独自の貿易決済システムを持ちたい。その動きは2022年春のウクライナ開戦後に加速した。覇権低下する米国がヒステリックな好戦性を強め、強烈に制裁されたロシアだけでなく非米側全体に、ドルなど米国側システムに頼るといつ制裁されるかわからないので危険だという意識が強まった。
新しい世界体制の立ち上がり

非米システムを作る組織としてBRICSが注目され、加盟国が倍増した。ドルは、バブルまみれで終焉に向かっている。ロシアなどの旗振りで、ドルを代替できるBRICS共通通貨を創設しようという機運が起きた。
だが、BRICSが単一の共通通貨を作る案は頓挫している。共通通貨を作るには、参加各国が経済政策を一致させねばならない(ユーロ圏みたいに)。参加国間の結びつきがゆるやかなBRICSには無理だ。
BRICS共通通貨の遅延

第二次大戦後の世界経済体制を決めた1944年のブレトンウッズ会議では、世界共通通貨(バンコール)を創設しようとする英国(ケインズ)案と、米ドルをそのまま国際基軸通貨にしようとする米国(ホワイト)案が出され、米国案が勝った。
それと同様にBRICSでも、新たに共通通貨を創設したいロシアなどと、非米側で最も強い中国の人民元を自然に基軸通貨にしようとする中国が食い違っているという説もある。
BRICS announce a blockchain-based payment system to create a common currency

共通通貨を作るなら、発行者はBRICSが持つ新開発銀行(NDB)になる。同行は本部が上海で中国の影響が強く、共通通貨も中国の影響力が強くなる。共通通貨はBRICS加盟国の諸通貨の経済力の加重平均になるが、その点でも最大規模の中国が強くなる。中国をライバル視する印度はこれを嫌う。
共通通貨を作ったら既存の各国通貨を廃止して共通通貨に統合するのであれば、大国であるBRICS各国は高プライドで国家主権の制限に敏感なだけに、困難がさらに増す。
BRICS weighs in on using stablecoins in settlements, Russian official says

これらの要因があり、BRICS共通通貨の創設はとりあえず見送られている。代わりに、現行のように各国通貨をそのまま貿易に使い、まず各国通貨の決済をやりやすくするシステム(BRICSブリッジ)をBRICSが作る案が最近決められ、推進されている。
Russia gives mixed signals about common BRICS digital currency

BRICSは、各国が自国通貨のデジタル版(CBDC)を新設し、複数のデジタル通貨の取引をつなげて相殺できるBRICSブリッジを新設して、BRICS諸国間の貿易決済を円滑にする構想だ。
BRICS諸国の多くはCBDCをまだ持っておらず開発中だ。中国やUAEは持っているが、ロシアは来年から実用化する。CBDCを持っていない国は、既存の銀行間送金(SWIFT代替システム)で決済するが、その資金もBRICSブリッジで相殺できる。柔軟に作られている。
BRICS announce a blockchain-based payment system to create a common currency

BRICSブリッジは、米国側でBIS(国際決済銀行)が作った「mブリッジ」を参考に開発(真似て模倣)している。mブリッジには中国やUAE、タイなどが加盟し、中国とUAEは1月から実用化した。米国が敵視制裁しているロシアやイランはmブリッジに入れてもらえない。それでBRICSは、mブリッジを模倣してBRICSブリッジを作った。
米国は、イランやロシアに濡れ衣をかけて敵視制裁しなければ、mブリッジのような米覇権下の便利なシステムを世界中で使ってもらえて、ライバルなしに覇権維持・世界支配し続けられた(中国も、もともと親米国だ)。

それなのに、余計な濡れ衣の敵視をやりまくるばかりに、非米諸国に警戒・敬遠され、BRICSにシステムを模倣され、米国自身は金融的に自滅して覇権をBRICS非米側に奪われてしまう。馬鹿だ。(実は馬鹿でなく、米諜報界による意図的な策なのだが)
これまで石油ガスの貿易決済は必ず米ドルで行われ(米サウジ間の協定に基づく)、このペトロダラーのシステムがドル(米覇権)の強さの一つだった。だが今や、世界の石油ガスの利権の大半は非米側にあるので、今後の石油ガス決済の中心は、米ドルでなくBRICSブリッジになっていく。その意味でも、米覇権は終わっていく。
Putin Signs Law on Digital Ruble

世界では今後、米国側より先に非米側でCBDCが実用化されていきそうだ。そもそも、米国側と非米側ではCBDCの主流な使われ方が異なっている。
米国側ではCBDCが、市民の日常的なお金の支払いや貯蓄の通貨として、現金(紙幣や硬貨)に代わって導入される構想、現金廃止とCBDC導入の可能性が描かれてきた。
On The Brink Of A Dramatic Change: The Digitalization Of Money

CBDCは決済コスト(通貨の発行・管理費用)を下げると同時に、政府(権力者)が人々や政敵を監視できる。通貨は従来、政府機関(中銀や財務省)が発行し、流通管理を民間銀行が受託してきた。民間銀行は、利ざや(預金と融資の金利差)の利益金で通貨の管理費を賄っていた。
だが近年、米国側(米欧日)は金融財政のバブル(負債)が膨張し、金利負担を減らさないと利払い増加で政府も民間も破綻するため恒久的な低金利策を余儀なくされた。
(それができなくなって金利が不可抗力的に上昇していくと、最終的な金融崩壊と覇権喪失になる。米国はその過程に入っている。日本はまだ低金利に拘泥している)

低金利が長引くと、銀行界は十分な利ざやを出せなくなり破綻していく。それで、CBDCを作って通貨を電子化し、既存の物理的な通貨の発行を減少ないし廃止・停止して、通貨の管理費用を減らすかゼロにする策が考案された。
物理的な現金を完全に廃止してCBDCだけにすれば、民間銀行界が全部潰れてもかまわなくなる。CBDCは、民間銀行でなく中央銀行が全ての国民や法人の電子口座を作り、スマホのQRコード決済などでお金の支払いや受け取りをするシステムだ。
CBDCの中銀口座は無利息で、利子をつけたければ民間金融機関の口座を作って移す必要がある。高リスクを了承しないと、わずかな利子すらもらえない。かつて銀行口座は利子がついて当然だったが、そんな時代は二度と戻らない。

従来の現金は匿名で支払い・備蓄できるが、対照的にCBDCは完全記名制で、個人や法人の個別の支払いや受け取り、備蓄の内容がすべて政府(中央銀行)に把握される。
CBDC導入と現金廃止が実施されると、政府が個人を徹底監視できる国家体制を作れてしまう。脱税や裏金作りも難しくなり、政府の権力者が、野党や民間企業を服従させやすくなる。
このように米国側のCBDCは、覇権末期につきものの金融バブル膨張への対策として考案されている。

対照的に、非米側・BRICSで準備されているCBDCは、主に貿易を担う国有企業や大企業が、他の非米諸国と取引する際の決済手段として用意される。現金は廃止されずCBDCと併用される。
個人や中小企業も希望すれば「BRICSペイ」としてCBDCを使えるが、それが主目的でない。ロシアですら、決済はミールカードで十分便利なのでBRICSペイは要らない。
これまで非ドル諸通貨の国際決済手段が存在しなかった(みんな米ドルやSWIFTに依存していた)ので、ウクライナ開戦後に米国側と非米側の断絶が激化した後、非米側は対米自立した決済手段の新設が必要になり、安価にシステムを作れるCBDCを使うことになった。

米国側も非米側も、CBDCを導入する理由は決済コストを下げられるからだ。だがその背景は正反対だ。米国側は、覇権低下でバブル膨張して低金利を強いられ、決済コスト(通貨管理費用)を下げざるを得なくなった。
非米側は、米国側の覇権低下によるとばっちり(濡れ衣の敵視制裁や、金融崩壊時に米国側債券で損失)で被害を受けるのを避けるため、米国側から独立した新たな貿易決済システムの創設が必要になり、それを安上がりに作るためにCBDCを使っている。
米国側のCBDCは一般国民向けなので、監視強化やプライバシー侵害が問題になる。対照的に、非米側のCBDCは国有企業向けだから、それらの点が問題にならない。
Is Switzerland About To Become First Country To Outlaw A Cashless Society?

非米側のCBDCはどんどん具現化しているが、米国側のCBDCは具現化していない。たぶん今後も実用化できない。先進諸国では、監視強化に対する非難を無視してCBDCを導入するのだという強硬策になっていない。スイス中央銀行の総裁は、一般向けのCBDCを導入しないと公言した。
Swiss National Bank's Jordan against issuing retail cenbank digital currency

日銀も、表向きだけCBDCに前向きだと喧伝されるが、実際はやる気がない。日銀総裁は、CBDC導入の可否をいつまでに決めるかも定めていない(永久に未決)とか、広範な社会の利益になるものしか導入しない(監視強化の弊害があるなら導入しない)と言っている。
Bank of Japan Governor Ueda spoke on Central Bank Digital Currency

監視強化の問題点より前に、CBDCはインフラ的に大きな欠陥がある。CBDCにはスマホとインターネット接続が不可欠だ。現金は誰でも、いつでもどこでも使えるが、CBDCは、スマホを使いこなせて、電池切れにも画面割れにもならず、ネットにつながっている場所でしか使えない。
CBDCは災害に弱い。携帯電波が届かない地下室や山の中で使えない。山小屋でビール買えない。現金が廃止されないなら、非常用に現金を併用すれば良いが、現金を廃止したら、いざというときにお金が使えない非常に不便な社会になる。
クレジットカードやカード型の電子マネーも、決済する端末に電源と通信機能が必要だ。
ふだんはスマホQRやカード決済で、非常用に現金を併用する社会は、すでに世界中で具現化している。現金の流通量は、すでに大きく減っている。現状で良いじゃないか。ペイペイも楽天ペイもd払いもゆうちょペイも、スイカもイコカもあるのに、いまさら日銀ペイを作る必要はない。
Aussie Telco Blackout Chaos Proves Cash Still Remains King

CBDCは、カリブ海のバハマやジャマイカ、アフリカのナイジェリアなどですでに導入されている。中国でも実証実験的に導入された。だが、いずれの国でも人々が広く使う状況になっておらず、通貨流通量の0.1%ほどしか使われていない。
カリブ海諸国やナイジェリアでは、通貨流通コスト削減や経済先進化のためにCBDCを導入したが、ネット接続やスマホ普及の問題のほか、CBDCの口座に引き出し上限額を設ける(ナイジェリアの場合)などの制限をつけたため、人々がCBDCを信用しなくなり失敗した。
Why Did CBDC Fail in Nigeria?

ナイジェリアのCBDC導入は現金廃止を伴ったため人々の不満が大きくなり、政府は現金復活を余儀なくされた。ナイジェリアは地下経済が大きく、そこでは現金しか使えない。地下経済を潰すために当局が2021年にCBDC(eナイラ)を作ったが、人々は圧倒的に現金を好み、国民の1%未満しかeナイラを使っていない。
How A CBDC Created Chaos & Poverty In Nigeria

中国はコロナ下の2020年にCBDC(デジタル人民元)の実証実験を開始したが、こちらも流通量は0.1%以下だ。
習近平の中共は、反対派一掃策として国民監視を強めている。全国民の資金流通を把握できるCBDCはうってつけで、一時は導入が本格検討された。
だが、CBDCを社会通信簿制度と合体し、反政府的な人民の資金保有残高を懲罰的に減らす策の可能性などに対して人々が敏感に反応し、CBDCが敬遠された。結局、中共はCBDCを実用化していない。
They Want To Implement A Global System Of Digital Identification "For All" That Would Be Connected To Our Bank Accounts

中国では現金が残されているものの、現金の使用は実質的なやり方で大幅に制限されている。人民元の最高額紙幣は2100円相当の100元札で、価値が1万円札の5分の1しかない。紙幣でタンス預金や支払いをするのを困難にするため、意図的に高額紙幣を作っていない。
店舗での買い物や交通機関の運賃支払いは多くの場合、ウィチャットペイかアリペイのQR決済しか使えず、現金払いを受け付けない店も多い。地下鉄などの券売機は、小額紙幣も使えるものもあるが100元札などは使用不能で、駅の近くの店で現金で何か買って釣り銭で小額紙幣を得ようとしても現金を受け付けてもらえない。タクシーもQR決済のみ。万事休すになる。
When Will Globalists Attempt To Introduce Their Digital Currency System?

中共は、人々をQR決済に追い込んで現金利用を減らすことにより、QR決済のデータベースを監視することで人民・政敵の管理や追跡ができる。不人気を押し切ってCBDCを導入する必要はない。
人々の動きを徹底監視できるCBDCの特徴は本来、習近平の中国のような強烈な独裁国家のためにある。その中国ですらCBDCを導入しないのだから、もっとやんわりとした監視体制でかまわない米欧はCBDCを導入しなくてよい。
米国覇権が今後さらに崩壊し、覇権延命のため強烈な監視体制を敷いて反対派を抑圧する必要が出てくるかもしれない。そうなったらCBDC導入が必要かもしれないが、それは今でない。
Trump Vows To "Never Allow" A Central Bank Digital Currency

日本は、上から加圧しなくても国民が勝手に「自粛」してくれるので、米欧よりもさらに一段階やんわりとした監視体制だ。日本では、自民党の裏金作りや、財界人の節税のために、高額紙幣の1万円札が流通している。マイナンバー制度を作ったが、お役所の縦割りの弊害を意図的に残し、国民のお金に対する監視や補足を不十分なままにしてある。
日本では、ガチガチにしないので国民が勝手に自粛してくれる。身勝手な漢民族だと、こうはいかない。ガチガチが必要だ。国民管理の面で、中国と日本は対極にある。

米国側ではCBDCが導入されない。非米側は導入するが、それは国民監視のためでなく、対米自立した決済システムを作るためだ。
こうした全体像を理解していない人が多い。世界が米国側と非米側に分断されていることを勘案せず、世界中で監視強化のためにCBDCが導入されている、米傀儡のIMFがそれを推進している、などとオルトメディアで騒がれている。
そうじゃない。IMFは、もう米傀儡でない。リーマン危機後、IMFはBRICSのお世話役に転換した。IMFは、BRICSの非ドル決済システム作りのために、CBDCを推進している。
DOLLAR DEMISE: Shift from dollar-based financial world to CBDC-focused system is IMMINENT



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ